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第四十六話「ちょうどいいトコ。」





 黙ってあたしを見ていたイールはしばらく後、おだやかに微笑んだ。

 そして、ゆっくりと首を横にふる。



「ありがとう、リオ。

 そこまでわたしを信じてくれたことには、礼を言う。


 だが、その役目を引き受けることは、できない。」



 期待するのと同時に、覚悟はしていたが。

 はっきりと断られて、思った以上に落胆した。


 あたしは双方の思惑を考えて妥協案を出したつもりだったのだが、イールの意図を読み間違えたのだろうか。

 嫁に来いと言ったのに、導き手になることはダメという、理由がわからない。


「どうして導き手はダメなの?」


「理由はいくつかあるが・・・。そうだな、おおきく言えば二つ。

 一つは、わたしがヴァングレイ帝国の皇位継承権を持つ、竜人(ドラグーン)の皇子であるためだ。」


 立場が問題?

 長く国を空けられないとか?


「ずっと一緒にいてくれって言ってるんじゃないよ? ただ時々、相談にのってもらえれば」


「そうではない。確かに長く同行することは難しいが、もし導き手になるのであれば、離れていても連絡を取る方法はある。」


 「じゃあどうして?」と首を傾げるあたしに、イールは微笑みを浮かべたまま答えた。



「お前がただ巻き込まれ、わけもわからず強大な力を得ただけの年頃の娘ならば、必要なのは庇護者だろうと考えていた。

 見知らぬ世界から守ってくれるものを、得体の知れぬ力を持つという精神的な重圧のなかで、自分を支えてくれるものを求めるだろう、と。


 わたしが嫁に来いと言ったのは、その身を守りながら精神的な意味で支えるには、伴侶として傍らに立つのがお前にとっての最善だと思ったからだ。

 無論、その能力についての懸念(けねん)もあったが。


 しかし、お前は「導き手」を求めた。」



 良いことだと思う、とうなずいて、どこか満足げに聞こえる声で続けた。



「己ひとりで立つことを覚悟しながら、他者からの言葉を聞こうとする姿勢を持つ。

 難しいが、大切なことだ。


 それに、こうして導き手を求めることができるお前の性質は、かけがえのない(えにし)を得るための、おおきな力にもなるだろう。

 これからも、今持っているその心を、忘れずにいてくれ。」



 ・・・うん。

 耳をふさがないよう、気をつけます。

 きちんと言葉にして教えてくれて、ありがとう。


 でも、イールはダメなんだね?



「リオ。お前の探すものを見つけることは、おそらくとても難しい。

 だが、そんなことを言われても、あきらめるつもりはあるまい?」



 そんなの当たり前。

 きっと見つけて、天音と一緒に帰るよ。



「うむ。お前ならばあきらめず、必要とあらば世界さえ巡るだろうと思った。

 ならばやはり、わたしはお前の導き手を引き受けるべきではない。」



 ・・・ふむ。



「つまり、帰る手段を探して、これからあたしは世界を巡るはめになりそうで。

 どこ行って誰と会うかわかんないから、イールは導き手にはならないほうがいい、ってこと?」



 イールはうなずいて、「わたしには味方も多いが、敵も多い」と答えた。



「それに、もう一つ理由がある。


 お前の力は精霊使いというより、精霊そのものに近く思える。

 精霊使いは歌によって精霊に呼びかけ、応じたものの力を得るが、お前は力を使うのに精霊と呼応する必要がないようだからな。


 精霊が導き手を必要とすることがあるとは、思いもしなかったが。

 その力の導き手になれるのは、おそらく大精霊か古竜エンシェント・ドラゴンくらいだろう。

 他にも良き師となれるものを、考えてはみるが・・・」



 今のところ思いつかない、と。


 どうも、いろんなことを考えた上でのお断りらしい。

 ふむ。じゃあ、しょーがないね。


 わかった、とうなずいたあたしに、イールはどこか神妙な口調で訊ねた。



「だが、リオ。命を救われ、封印からの解放までしてくれたお前と、恩を返しきれぬまま離れることは本意ではない。

 わたしは導き手の役目を引き受けることはできんが、どうだろう?

 友としてお前を支えることを、許してはもらえぬだろうか。」



 ・・・・・・友だち?



 思いがけない言葉を出され、すぐには理解できず首を傾げた。


 天音がらみのトラブルによく巻き込まれていた元の世界で、あたしに友だちはいなかった。

 話し相手なら家族がいたし、へたに親しい人を作ると、その人までトラブルに巻き込まれて被害拡大するし。


 それに、そもそもこの世界で友だち作ろうなんて考えもしなかったから、まるで思いつかなかったけど。


 普通の意味での友だちになれるかどうかはともかく、「友」としての立場でイールからの助力を得る、というのは良いかもしれない。


 お互い、必要以上に相手を縛らずにいられるだろうし、黙ってれば誰にもわからない。

 ちょうどいい位置(トコ)だ。


 いいねそれ、とにっこり笑ってうなずいた。


「じゃあ、友だちでよろしく。」


 イールもほっとしたように笑った。


「ああ。よろしく頼む。」




 その後は、これからどうするか、行動予定を話しあった。


 まず一度、バルドーの家に戻って、お世話になった二人にあいさつ。

 その後、イールはヴァングレイ帝国へ戻り、あたしはアデレイドと一緒に天音のところへ行く。


 イールの方が危なそうなので、一緒に行こうか? と訊いたのだが。

 『星読みの魔女』アデレイドが勇者に会いに行こうとしているから、お前は彼女に素性を話して同行してやってくれ、と頼まれた。

 バルドーが『守り手』になってくれるかどうかわからないので、紹介人と護衛の二役で同行してもらいたいらしい。

 あたしとしても、未来を知ることができる『星読みの魔女』が天音の味方になってくれるなら心強いので、紹介役をつとめることに異論は無い。


 それで結局、自分は大丈夫だと言いきったイールが、離れたところにいても姿を見失わないよう、[竜血珠(ドラゴン・オーブ)]を作ってあたしにくれることになり、別行動でいこうと決まった。


 ちなみに[竜血珠]というのは、持ち主の位置を作り手に知らせる機能と、持ち主を守る力があるもの。

 作り方を聞いてみると、血を使って魔力を結晶化させ、その中にイールの意志に呼応する精霊を宿らせるのだという。

 そしてもし[竜血珠]に宿った精霊とあたしの魔力の相性が良ければ、遠く離れていてもイールと会話することができるらしい。


 運が良ければセキュリティと発信器付きの携帯電話が手に入る、と理解した。


 とても便利そうだ、が。

 イールとのつながりがものすごく強いので、マズい相手に奪われると命にかかわる呪いをかけられる可能性がある(最悪の場合、イールが殺される)。

 あっさりとした口調で「失くさないようにしてくれ」と言われて、かなりプレッシャー。


 気をつけるけど、そんなのどうやって持ち運べばいいの? と訊こうとして。

 開きかけた口を、閉じた。



 “闇”のなかで、黒い(まゆ)が震えている。



 繭の様子に気をとられて動きを止めたあたしに、「どうした?」とイールが訊く。

 そういえば、彼には何も言っていなかった。


 「スライムもどきになってたシャドー・ハウンド三匹を“闇”に捕獲したら、黒い繭になってねー。今、何か生まれそうなんだよー」と簡単に説明する。


 「そうか」とうなずいたイールは短い旋律を歌い、右手を前に伸ばして中空を掴むような動作をしたかと思うと、その手がいきなり燃えあがった。

 びっくして見ていると、イールはかすかに笑って燃えあがる炎の中から右手を引き抜く。


 その手が掴んでいたのは、抜き身の剣。


 黄金の柄に、おおきな楕円の紅玉(ルビー)がはめこまれた、なんとも豪華な剣だ。

 中空で燃えさかっていた炎は、きらめく真紅の刃に吸い込まれて消えた。


 真紅の騎士(クリムゾン・ナイト)だねー。

 かっこいいけど、スゴイ派手。


 じゃ、なくて。

 自分の魔力食ってた魔獣を始末しようと、やる気に満ちてるのはわかるんだけど。

 何が生まれるか見たいので、孵化するまでちょっと待ってほしいなー、と。


「リオ。ささいな好奇心が、時に身を滅ぼす元となるものだ。」


 ざくっときました。

 ・・・耳に痛いお言葉でございます。

 でも、繭のなかにいる間にバッサリって、どうにも悲しくない?


 なんてやっていると、ぶるぶる震えていた繭が、静かになった。


 あたしは「ただいま振動が止まりましたー」と実況中継してみる。

 イールは剣を持ったままだったけど、笑顔でわくわくしているあたしが譲らないのを見抜いたようで、ため息をつくように苦笑した。

 「油断するなよ」と言って、時間をくれる。

 ありがとー。


 ほっとして地上から見守っていると、おおきな黒い繭は鼓動するように“闇”のなかでゆらめきはじめた。

 ゆらゆらと揺れながら消えていく繭の中から、ひとつの生きものの姿が現れる。

 しばらくして完全に繭が消えると、それは眠るようにまるめていた体をゆっくりと動かし、音もなく立ちあがった。


 “闇”の奥でかがり火のように光る三対の眼は、真紅。

 毛並みは闇にとける漆黒で、イヌというよりオオカミに似た姿をしているが、一つの胴体に三つの頭部を持つそれは。



 三頭犬(ケルベロス)



 ゾウくらいの大きさからして、赤ちゃんじゃなさそうだけど。

 こんにちはー。


 予想が当たったのと、映画とかマンガとかの悪役で出てくるヤツよりかっこいいのとで、思わず顔がにへーとゆるんだ(イールからの視線がちょっと痛い)。

 たぶん敵になるんだろうけど、無事に孵化したことと、元の世界には存在しないだろう生きものをリアルで見れたのが、単純に嬉しい。


 あたしがそんなことを思いながらじーっと見つめていると、視線を感じたのか、“闇”のなかでケルベロスの三つの頭が動いた。


 意外なほど無垢な三対の眼が、あたしの姿をとらえる。


 そしてそれは、ウォン! と地響きのような低い声で三重奏をして、ふさふさした長いしっぽを左右に揺らした。





 ・・・・・・おう?





 北の皇子はとりあえず友だちで落ち着きました。そしてようやく登場、わんこです。久しぶりのもふもふ要素。まあ、裏道に出てくるわんこなので、頭が三つあったりします。作者はわりと好きなんですが、癒し系には当てはまらないのかなー?

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