第四十四話「魔法の練習。」
[残酷表現]があります。嫌いな方や苦手な方はご注意ください。
左手側には大きく浅い川のせせらぎ。
右手側には深い森のどこかから響く、鳥の鳴き声。
のどかで美しい景色のなかにいると、だんだん散歩気分になってくる。
常緑樹の多い森だけど、ぽつぽつと紅葉している木もあった。
そうしてしばらく歩いていると、森のなかから「ハ~レ~」となんとも気の抜ける声が聞こえ、ポテポテとちいさな影が走り出てきた。
歩くニンジン?
三つの黒い点みたいな目と口があって、葉っぱが草っぽくふわふわしているところ以外は、どう見ても根っこを足にして(しかも二足歩行で)歩く「ニンジン」だった。
しかも続いて歩く「ダイコン」が現れ、飛び跳ねる「タマネギ」が出てくる。
気の抜ける声で「ハ~レ~」と歌う根菜トリオは、ポテポテとあたしの前に並ぶと、ひときわおおきな声で「ホ~レ~」と歌いながら頭の草をふわふわ揺らし、黄色っぽい粉を出した。
あー。・・・・・・エンカウント?
どうにも緊張感のない姿をしているので、変種の鳥くらいのイメージで眺めていたのだが。
頭の草から飛んでくる黄色い粉は、なんかヤバそうだ。
灰色の霧らしきものはないから、たぶん魔獣の一種だろう(マンドレイク?)。
お引き取り願いますー。
ということで、頭のなかで構築した[呪語]の魔法を発動させた。
「〈旋風〉」
それはつむじ風を起こして対象を吹き飛ばす魔法なのだが、発生したのはちいさな竜巻だった。
渦を巻くその突風は、根菜トリオを黄色い粉ごと飲み込み、ついでに周囲の小石や枯れ葉を連れて、ゴウッとうなりながら一瞬で空高く飛んでいった。
力加減、間違えたっぽい。
ごめんよー。
遠ざかる「ハァ~~レェ~~?」という三重奏の歌声を聞きながら、無事に着地できるといいねー、と遠い目で見送った。
それから数歩といかないうちに、鳥の鳴き声がやんでいることに気づいた。
かすかにのどが乾くような緊張感を覚えて足を止め、防御魔法を構築して呪文を唱える。
「〈水の楯〉」
空中から青く光る水が現れ、あたしを中心に球形を描きながらクルクルと回る、幾筋もの帯になる。
楯といいながら、いちおう全方向型の防御魔法であるそれに、近くの木の上から襲いかかってきた四つ足の影がバシッとはじかれた。
クルッと空中で一回転し、川辺に着地したのは灰色のオオカミ。
エンカウント、グレイウルフ。
大型犬くらいの大きさの体には、灰色の霧がまとわりついている。
初めて遭遇した、魔物だ。
奇襲をしかけてきた一頭を追って、森のなかから五頭のグレイウルフが現れたため、あたしはあっという間に六頭の魔物に囲まれた。
敵意をむき出しにしてうなり、時折攻撃してくるグレイウルフには、特異能力は無いらしい。
攻撃手段は牙と爪で、すべて〈水の楯〉に防がれている。
しかし、諦める様子が無いどころか、そもそも相手の力量を見極めようとする理性がひとかけらも感じられない。
「手当たりしだい襲うぜー!」という印象。
とりあえず彼らの攻撃は〈水の楯〉で防げているので、あたしにとってはほぼ無害。
先ほどの根菜トリオのように〈旋風〉で飛ばしてもいいのだが、魔物は灰色の霧によって伝染していく迷惑なもの、と聞いている。
巡り巡って厄介な魔物が生まれると面倒だし、できるだけ倒しておこう、と頭の中で攻撃魔法を構築する。
「〈水の刃〉」
唱えた[呪語]は空中に浮かぶ数十の青い刃を作り出し、あたしの魔力によって実体を得るのと同時に動く。
六頭のグレイウルフは、乱舞するブーメランのような鋭い刃でまたたく間に切り刻まれた。
・・・・・・。
スプラッタで、過剰攻撃。
怒りの咆哮と断末魔の悲鳴のなかで、グレイウルフは肉塊と化していった。
体にまとわりついていた灰色の霧とともに、その肉塊はぐずぐずと溶けるように消えてゆき、バラバラになった白い骨だけが六頭分、川辺に転がった。
鳥のさえずりが戻っているのを、どこか遠く聞く。
頭を落とせばいいものを、全身切り裂くのはやりすぎだ。
おそらく、ひとつの魔法に込める魔力の量がきちんと調節できていないせいで、予想した以上の威力になってしまっている。
脳裏に焼きついたスプラッタな光景に青くなりながら、近くに転がる石がすぱっと真っ二つに切れているのを見て、問題点をもうひとつ付け加える。
攻撃を当てる対象を限定できていない。
散らばる骨を避けて歩きながら、ぐるぐると考え続ける。
やったことを後悔する気はないが、ひどく無惨なやり方になったことがどうにもショックで、何とかする方法を思いつくまで落ち着けそうにない。
もっと練習するか、魔法の使い方を工夫して、やるのなら一撃で仕留められるようにしていかなければ。
魔力の量の調節については、ほとんど感覚の問題なので、慣れるまで練習するしかなさそうだが。
「コップいっぱいにくんだ水を、こぼさないようペットボトルのキャップについでみよう。ただし、キャップを動かしてはいけません」的な難易度なので、すぐにやれるようになる自信は無い(そんな器用じゃないし)。
当面、魔獣については〈旋風〉か、その上位魔法の〈竜巻〉で切り抜けよう。
魔物については、一撃で仕留められて、なおかつ周囲への被害を出さないよう、いくつかの魔法を組み合わせて対処してみよう。
思いついたのは、防御魔法を敵を中心にして展開し、その内部で攻撃魔法を発動させる「檻」。
〈火の楯〉と〈火の球〉の組み合わせとかだ。
[琥珀の書]にそうした魔法は無かったので、呪文の構成を考えながら歩いていると、しばらくしてまた魔物エンカウント。
緑のスライム。・・・の中に、クマ。
最弱の敵だと、勝手に思ってたんだけど。
目の前でうごめく緑の物体の中には、三分の一くらい消化されてるクマが入っている(内臓と骨が見えてすごいグロい)。
スライムってクマより強いのかー・・・・・・
じゃなくて。
緑のスライムの体からは灰色の霧っぽいのがゆらゆらしているので、間違いなく魔物だ。
たぶん半透明のぷよぷよしている物体の中央にある、“核”らしき緑の丸いカタマリを壊せば倒せるだろう。
が、そうすると三分の一消化済みなクマさんが、でろんとお出ましになりそうで。
・・・うん。
火葬でいかせてください。
貪欲な性質なのか、クマを中に入れたままこちらに向かってこようとする緑のスライムに、考えたばかりの魔法を使う。
〈火の楯〉を「どこに」展開するのかを変えただけなので、さほど難しいものではない。
「〈火の檻〉」
赤い光を灯した右手の人差し指を向け、スライムを囲むようくるりと円を描く。
すると、スライムの頭上でボウッと火が燃えあがり、半球状の檻となって魔物を閉じ込めた。
連続して、出現位置を変えた〈火の球〉の攻撃魔法を発動させる。
「〈火の球〉」
〈火の檻〉の中に〈火の球〉が数個出現し、爆発。
カッと光り、鈍い爆音がとどろいて〈火の檻〉がきしんだ。
〈火の檻〉の強度不足か、〈火の球〉の威力が強すぎたのか?
どちらにしてもこのままでは危なそうなので、補強にもうひとつ魔法を構築。
「〈風の檻〉」
白い光を灯した人差し指で〈火の檻〉を囲む円を描き、風属性の檻を作ってしばし後、その内側で〈火の檻〉が壊れて爆発した。
〈風の檻〉はすべての火の粉を内側に閉じこめたが、爆風は通すようにしておいたので、スライムの焼ける鼻が曲がりそうにひどい臭いがあたりに漂った。
うぇー・・・
あまりにひどい臭いなので、〈旋風〉の魔法で強制的に空気を流してから〈風の檻〉を解除すると、灰色の粉がぱらぱらと散った。
スライムに食われていた、クマだったものだろう。
成仏してねとつぶやいて、その場から離れた。
スライムがいたところの石が黒くコゲただけで、周りに影響は出なかったので、やり方としてはいいみたいだ。
しかし、攻撃魔法の威力を調節できるよう練習するのと同時に、檻の魔法の強化と、属性による組み合わせ方を考える必要がありそうだ。
(属性のある魔法には、それぞれ相性の良い属性と悪い属性がある。「火と風」は相性が良いが、「火と水」は相性が悪い、というような。)
ある程度、考えていくべき方向を見出したところで、すこし気分が落ち着いた。
しばらく歩いたところで、おおきな岩を見つけて足を止める。
攻撃魔法や防御魔法だけでなく、〈分解〉の練習も今日の目的のひとつだ。
「〈水の檻〉」
岩を囲んで半球形に構築した〈水の檻〉を、〈分解〉で消す。
自分で作った問題を自分で解くという、なんともやりがいのない練習法だ。
しかし、〈分解〉は三つの段階を経る必要がある魔法なので、経験を積むという点ではそれなりの意味がある。
ちなみに〈分解〉の第一段階は、その魔法を作り上げている呪文を引き出し、どのように構築されているのかを見る〈呪文展開〉。
第二段階は、構築されている呪文のなかで最も重要な部分を壊す〈切断〉。
そして最後の第三段階で、壊した魔法をバラバラにする〈分解〉となる。
何度か繰り返すうちに、〈切断〉と〈分解〉に必要な魔力の量がなんとなくわかってきた。
でもあと何回か練習して、と思ったところで。
バサッと頭上で音がして、巨大な影が通り過ぎた。
何だろう、と見あげた先にいたのは、一羽の魔獣。
おおきな翼をひろげてゆったりと旋回し、高く、青い空からこちらを見おろす白銀の鳥。
ロック鳥。
ああー・・・・・・
でっかいねー。
敵意は感じられないのだが、なぜか明らかにこちらを目指して降下中な、〈旋風〉で吹き飛ばされてくれそうにない重量級の魔獣。
〈竜巻〉なら飛ばせるかもしれないけど。
いやー。
エンカウントは遠慮したいです。
あたしは頭の中で魔法を構築し、[呪語]を唱えた。
「〈空間転移〉」
ローザンドーラの近くの森から、バルドーの家へ。
今度は何も巻き込むことなく移動できたのだが、タイミングが悪かったらしい。
「ま、魔法使い・・・っ?!」
恰幅の良いおばちゃんが、戸口から目を丸くしてこちらを見ている。
その前で薬入りと思しき小ビンを手にして立っていたバルドーが、「ただの患者だ。気にすんな」とおばちゃんを外に押し出し、ドアを閉めた。
・・・・・・なんか、すいません?
お叱りの言葉がきそうで、やや体をちいさくしながら、亜空間から取り出したイスをさりげなく元の位置に戻していると、奥の部屋からなんだか怖い顔をしたイールが出てきた。
おう?
「リオ。無事に戻ったか。・・・練習はうまくいったか?」
まあ、それなりに。
何かあったの?
「アデレイドがだいぶ落ち着いてな。女神の啓示について話してくれたのだが、気にかかるものがある。できれば早く国へ戻りたいのだが。」
今すぐ封印の〈分解〉をしろってこと?
そんな急ぎなの?
「時期はわからん。だが、妹の身が危うくなりそうでな。」
そりゃー急ぎだ、とうなずいた。
家族の危険は、最優先事項。
差し出した手をイールが掴むのと同時に、魔法を発動させる。
「〈空間転移〉」
そうしてバルドーが戻ってくる前に、あたしとイールは姿を消した。
・・・・・・バルドーさん。逃げたんじゃーありませんよ?
ちょっとグロいのが出てきました。ので、いちおう前書きに一行付けさせていただきました。目次の一番上に[残酷表現あり]ってドドンとあるので、そう何回も要らんよー、という方もいらっしゃるかと思いますが。どうぞ見逃しといてやってください。
話の方は、ようやく動きが出てきました。旅立ちー、の前に、もちょっとイロイロありますが。とりあえずバルドーの家から離れる日を目指して、暑さに負けつつのたのた書いてますー。