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第四十三話「お出かけの前に。」



 奥の部屋から出てきたバルドーが、アデレイドにはしばらく後に消化の良いものを食べさせると言うので、とりあえず三人で朝ごはんをいただいた。

 しかし、今は落ち着いて眠っているし、じきに元気になるだろうとアデレイドの様子を教えてくれるバルドーがひどく不機嫌そうなので、食卓の空気はどうにも重かった。


 何で機嫌が悪いのかよくわからないから、とりあえず刺激しないようにして、食べ終わったら[呪語(ルーン)]の魔法の練習に行こう。

 あたしはそう思ってもくもくと食べていたのだが、ふと手を止めたイールが突然、バルドーに言った。


「『星読みの魔女』が啓示を受けるのを見て、畏怖するのでも、その身を案じるのでもなく、「怒る」ものは少ない。」


 バルドーは何も言わず食べ続けていたが、空気がぴりっと緊張した。

 何かを匂わせるような言葉だが、からかう様子はなく、イールは淡々として穏やかな口調で続ける。


「わたしが知る限り、女神の啓示に怒ったのはガウェインだけだった。」


「・・・・・・アデレイドの父親か。」


「そう、先代の『星読みの魔女』の夫となった、竜騎士の名だ。

 彼はルシェリーが女神の啓示を受けるのを見て、「(のろ)いのようだ」と怒っていた。」


 ふん、と鼻を鳴らしたバルドーは、ガウェインの言葉に賛成のようだ。


 え?

 『星読みの魔女』の力って、調和の女神の恩寵じゃないの?


 よくわかっていないあたしの前で、すでに完全に食事の手を止めた二人の話が進む。


「ガウェインはそうして怒りながら、ルシェリーの『守り手』となった。」


「何が言いたい。」



「過度に干渉するつもりはない。

 ただ、勇者が召喚されてしまったからな。

 今代の『星読みの魔女』は、難しい役目を負うことになるだろう。


 しかし、アデレイドは力を継いでまだ三年。

 『星読みの魔女』として未熟である上、『守り手』もいないようだ。


 バルドー。ここを動く気はないか?」



「・・・・・・なぜオレに言う?」


「なぜ、と訊くか。ふむ。ならば問い返そう。

 わたしがそれを言葉にして良いのか?」


 落ち着いた態度を崩さないイールに、とても不機嫌そうだったバルドーは、ふとため息をついて緊張をゆるめた。

 テーブルの上に置いていた酒ビンを取ってぐびっと飲み、苦笑まじりに言う。


「やれやれ。話には聞いてたが、古竜エンシェント・ドラゴンの血族は鋭い・・・。

 たいていのヤツは、酒の匂いで誤魔化されてくれるんだが。」


「わたしの鼻を誤魔化したければ、[竜の血(ドラゴン・ブラッド)]でも飲むんだな。」


 そんな安酒の匂いでは誤魔化されてやれん、と言うイールに、あんな高くて強い酒、普段から飲めるか、とぼやくバルドー。


 話はそれで終わりのようで、イールは黙って聞いていたあたしに微笑んだ。


「すまんな、リオ。今のは聞かなかったことにしてくれんか?」


 何かを考え込むような沈黙のなかでまた酒を飲んでいるバルドーを見て、イールに視線を戻す。


 今の会話であたしが読みとれたのは三つ。

 一つ目は「イールは今代の『星読みの魔女』であるアデレイドの『守り手』として、バルドーが動くことを望んでいる」ということ。

 二つ目はそう望む理由が「バルドーがガウェインと同じように女神の啓示に対して怒った(怒るひとはまずいない)から」だということ。

 三つ目は「バルドーは見た目通りの人ではなく、それを隠している」ということ。


 勇者の召喚で『星読みの魔女』は難しい役目を負うという、気になる言葉が出てきていたが、今は質問するのに良いタイミングではなさそうだ。

 もとから事情のわからないことに首をつっこむ気もないので、口を閉じたまま、うん、とこっくりうなずいた。





 食事がすむと皿を片づけ、お茶を飲みながら何か話し込んでいるイールとバルドーに、ちょっと出かけてくるねーと声をかけた。

 先ほど話していた魔法の練習か、とイールに訊かれたので、そーだよとうなずくと、待てと止められてイスに座るよう言われた。


「今のわたしの力では気休め程度にしかならんが、守りをかけておこう。」

「守り?」


「魔法の練習ができる場所へ行くのだろう? 運が悪いと魔物と遭遇するやもしれん。お前に悪しき瘴気(しょうき)が触れんよう、火の精霊の守りを願う。」


 イスに座ったあたしの額に指先で触れて何かを描きながら、イールは不思議な旋律を低く歌った。

 おそらく人ののどでは奏でられないだろう、幾つもの音階を同時に絡めたようなその声は、さほどおおきくもないのに奥深く響いて美しい。

 けれどそれは、かすかに肌があわだつような、異形の美しさだ。


 いつまでも聞いていたいが、同時にどこかおそろしいと感じてしまうその歌に応じて、火の精霊の守りらしき紅い空気が目の前でふわりとゆらめき、歌声が止むとすうっと消えた。

 イールはそれを見て、かすかにため息をつく。


「やはり弱いな・・・。

 リオ。魔物の瘴気に触れぬよう、気をつけるのだぞ。」


 歌声の余韻にとらわれて、どこかぼんやりとしたまま「気をつけるー」と答え、ふと首を傾げた。


「そういえば、魔獣と魔物ってどう違うの?」


 イールが目を丸くし、バルドーは無言で酒ビンをテーブルに置いた。


 あー。

 一般常識ですね?


「そんなことも知らずに街から出る気か?」


 やめておけ、と厳しい口調で言うバルドーを、「待て、バルドー。事情がある」となだめて、イールが教えてくれた。



「魔物と呼ばれるものには二種類ある。


 ひとつは魔大陸から侵入してきた瘴気を持つ怪物、

 もうひとつはその瘴気に冒されて凶暴化した生き物だ。


 瘴気は灰色い霧のように見え、魔物を倒すと消えてしまう実体の無いものだが、それに冒されるとどんな生き物でも魔物と化す。」



 なるほど。

 それで瘴気に触れないよう気をつけろ、と言ったのか。


 ちなみに魔獣は、この世界で生まれた強い魔力を持つ獣。

 普通の獣とはけた違いの身体能力や、魔法のような特異能力を持っている。


 それと、魔大陸から侵入してきた魔物は倒すと瘴気とともに消えてしまうが、瘴気に冒されたこの世界の生き物は、倒すと骨を残して消えるのだという。


 へー。

 じゃあ、ホワイト・ドラゴンで飛んでた時にエンカウントしたのは魔獣か。

 魔物とはまだ出くわしたこと無かったんだなー。


 とりあえず気をつけます。

 教えてくれてありがとう。


 イスから立つと、本当に行くのかとバルドーに睨まれたので、危なそうだと思ったらすぐ逃げると約束して、[琥珀の書(アンブロイド)]で覚えた魔法を頭の中で構築した。

 すぐに逃げられることを証明するついでに、お出かけ。

 初めて使う[呪語]の魔法なので、頭の中で慎重に構築してから単語詠唱(ワン・スペル)で発動させる。


「〈空間転移(テレポート)〉」


 軽く持ちあげた右の手のひらの上に、ピンポン球くらいのおおきさの魔法陣がぽうっと現れ、ぶわっとふくらんであたしの体を包みこむ。


 行ってきまーす。


 そしてその魔法陣が消えると、あたしはバルドーの家ではなく、森の中を流れる川のそばに立っていた。


 うん。体に異常は無いし、転移先も指定した通りローザンドーラの近くのトコだ(イールが“初源の火”で四人の女の子たちを送った跡がある)。

 初めてにしては、なかなか上出来?


 ・・・・・・かなーと、思ったんだけど。


 転移させるものをきちんと限定できていなかったらしく、ちょこんと隣に鎮座するイスに気づいて、ありゃーと苦笑した。

 さっきまであたしが座ってた、バルドーの家のイスだ。

 まあ、巻き込んで連れて来ちゃったのが、イールやバルドーでなくてよかったと思おう。


 数日前に葬送の場となったここで騒ぐつもりはないので、イスを亜空間に収納して、数秒の黙祷を捧げる。

 そして魔法の練習に良い場所を探すべく、川沿いに下流へ向かって歩きだした。





 魔獣と魔物の違いが、ここにきてようやく出せました。あれこれと説明が遅くてすいません・・・。次話は魔法の練習の予定です。作者は魔法が大好きなので、[琥珀の書]で習得した魔法がいっぱい出せるといいなー、と思ってます。

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