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第四十二話「近日、勇者旅立ち。」


 キッチンの床に散らばる割れた皿を片づけ、切りかけの野菜をてきとうに刻んで別の皿に盛りつける。

 あたしにできるのはそれくらいだ。

 いつも料理をしてくれているアデレイドがいないと、何をどうすればいいのかわからない。


 とりあえずお茶を二人分いれて、イールのところへ持っていった。


「『星読みの魔女』って、女神の啓示を受けるといつもこうなるの?」


 野菜の包み紙に使われていた新聞らしきものを読んでいたイールは、礼を言ってカップを受け取り、向かいのイスに座ったあたしの言葉に顔をあげた。


「女神の啓示を受けるのは一代にひとり。先代の『星読みの魔女』が亡くなると、次代たる娘に引き継がれるのだと聞いた。

 アデレイドは母親が亡くなったのは三年前だと言っていただろう。つまり彼女が女神の啓示を受けるようになったのは、三年前からということだ。

 おそらくまだ啓示を受けるのに慣れていないせいで、うまく対処できないのだろう。」


「ああ、慣れてないのかー。詳しいね、イール。」


「いや。『星読みの魔女』について本当に詳しいのは、妹だ。

 アデレイドの母の、ルシェリーになついていたと言っただろう?

 まとわりついて質問責めにしていた時があってな。わたしはそれを止めてくれと何度か呼ばれて、近くで話を聞く機会があっただけだ。」


 イールはどこかなつかしそうに目を細めて言い、一口お茶を飲んでから、読んでいた紙を差し出した。

 イグゼクス王国の王都で発行された、最近の新聞らしい。


「お前の妹のことが書いてある。西の街へ行くそうだな。」


 え? そーなの?

 ちょっとそれ、読んでもらえないかな?


「自分で読めんのか?」


 うん。読めんのよー。


「公用語の読み書きができない? しかし、[古語(エンシェント・ルーン)]と[神語(ミスティック・ルーン)]はあつかえるのだろう?」


 ついでに[呪語(ルーン)]もわかるようになったよ。


 [呪語]の魔法使うのは、どうも[古語]や[神語]の魔法を使うより難しそうだから、ちょっと練習してからじゃないと自信無いけど。

 なんか、不思議だ。

 [呪語]は[古語]より簡単に扱えるように改良されたもののはずなのに、なんであたしは[呪語]にだけ練習が要ると思うんだろう?

 自分についての謎が増えたなー・・・


 あ。

 とりあえず練習に行く前に、イールの封印が解けそうかどうか、見させてもらいたいんだけど。


「待て、リオ。[呪語]があつかえるようになっただと?」


 厳しい顔で「怪しげな本を抱いて眠っているから、まさかとは思ったが」とつぶやき、こちらを見る。


「リオ、深層潜行読解(ダイブ・リーディング)をしたのか?」


 なにそれ?

 聞き覚えのない言葉に首を傾げると、イールは「知らずにやったのか」と肩を落とした。


深層潜行読解(ダイブ・リーディング)

 魔導書の深層へ精神体で潜り、それに宿る『書の守護者』に継承者として認めさせることで、魔導書の主としてすべての知識を受け継ぐ手法のことだ。


 成功すれば短時間でその魔導書の知識すべてを得られるが、失敗すれば精神が体に戻れなくなって死ぬ。」


 ハイリスク、ハイリターンね。

 潜ったというより、飲み込まれたという方が正しいけど。

 確かに三冊とも、後継者とかそんな感じで言われたかも?


「わかっておらんようだな。いいか?

 普通の魔導書には深層など無いし、『書の守護者』もいない。


 つまり深層潜行読解ができる魔導書は、普通の書ではない。

 そして、潜行できたとしても、無事に戻れるものはほとんどいない。


 実際、わたしにこのことを教えてくれた知人には、深層潜行読解を試みて戻れずに亡くなったという、親戚がいるそうだ。」


 ははー、とお茶をすするあたしに、あまり危険なことはするなよ、と物静かにいさめる口調で言って、イールは新聞を取った。

 よくわかっていないあたしに、それが何であるのかを教えて警告しただけで、済んだことを叱る気はないようだ。


 どうもありがとう。

 もうやらんので(たぶん)、だいじょーぶです。


 イールは新聞を読みながら話を戻した。


「お前の妹はアマネと言うのか。・・・もうじき王都での修行を終えて、【試練の森】で実戦に入るそうだ。」


 あたしは「ぐほっ」とお茶にむせた。


 イールは驚いて「大丈夫か」と訊いたが、あたしがげほげほセキこみながら笑っているのに気づくと、ちょっと引いた。


 いや、だって、【試練の森】ってさ。

 ほんと、どこまでもRPGで。

 なんというわかりやすいネーミングの初級ダンジョン。


 なんか勝手にツボにハマってしまった。


 隣でアデレイドが休んでいるので、できるだけ声をあげないように口元に手を当てて、なかなか止まらない笑いをおさえる。

 笑っちゃいかん、と思う時ほど笑えてくるのは何でだろう。


 あたしがそうしてぷるぷる震えながら背中をまるめている間、イールは視線をそらしてお茶を飲んでいた。

 しばらくしてようやく笑いがおさまると、あたしは「ごめん」と謝って、続きを教えてくれるよう頼んだ。


 イールは何事もなかったかのように教えてくれた(完全スルーされた)。


「勇者は王都の西の街シエナへ移り、【試練の森】へ入ると書かれている。

 イグゼクス王国のものたちは、おそらく実戦経験をさせるのと同時に、【風の谷】への入り口を探させるつもりだろう。

 【試練の森】は【風の谷】へ入る資格を選定される場だ。」


「【風の谷】?」


 口ひげの監督で有名な、王の虫と空を飛ぶ女の子が出てくるアニメ映画が思い浮かびますが。


「【風の谷】は風の大精霊が在る、五大聖域のひとつだ。

 過去に召喚された二人の勇者は、大精霊と契約を交わすことで強力な精霊魔法を得たと伝えられている。

 今代の勇者も、大精霊と契約することを期待されているのだろう。」


「五大聖域ってことは、大精霊は五人いるの?」



「いや。大精霊が存在するのは、地、水、風、火の四属性のみ。


 聖域が世界に五カ所とされているのは、大精霊の在る地に加えて、光の女神の器が変じたという【光の湖】が数えられているためだ。

 【風の谷】の他に大精霊がいるのは、南にある【火の砂漠】、東にある【地の森】、北にある【水の洞窟】。

 これで五大聖域だ。


 大精霊の在る聖域には、【試練の森】のように精霊からの選定を受ける場があり、資格ありと認められねば入ることは叶わん。

 ゆえに、『夜狩り』の一件で精霊に拒まれているこの世界の人間は、どの聖域にも入れない。


 イグゼクス王国としては、それを乗り越えさせることでお前の妹が「勇者」であるということを証明し、先走って召喚したその勇者に誰にも文句を言わせないだけの箔を付けたいのだろう。」



 あー。なるほど。

 タヌキオヤジたちが好きそうな(まつりごと)的発想。


「天音が王都を出るのはいつか、わかる?」


「正確な日付はわからんが、近く、民への披露をかねて、従者とともに大通りを巡ってから王都を出立するそうだ。」


 取り巻き連れて、パレードしながら出発するのね。


 ふむ。

 もちょっと長く修行しててくれると良かったんだけど、時間切れか。

 いよいよ実戦。


 逆ハーレム化してる従者たちは、敵と判断すれば天音に近づく前に斬りすててくれそうだが。

 あたしの義妹は、他人を楯にして後ろに隠れていられる性格ではない。

 自分のために誰かが手を汚すのを目前にしたら、黙ってはいられないだろう。


 天音は元の世界にいた時はおかーさんに鍛えられてたし、こっちに来てからは王城で連日修行してたから、戦う術はかなり念入りに仕込まれている。

 それに、人並みはずれた美貌のせいで何度か誘拐された経験もあって、命にかかわるような修羅場でも、冷静に状況を分析できるだけの精神的な強さを持っている。

 (うっかり巻き込まれて一緒に誘拐された時、普段の可愛らしさが嘘のように頼もしい姿を目撃しているので、そのへんは信用している。)


 【試練の森】が名前から感じた通りの初級ダンジョンなら、たいして苦戦することもなくクリアするだろうし、この世界の人間じゃない上に愛され体質だから、風の大精霊と契約を交わすのもやってのけるだろう。


 しかし、そう思いはしても、心配がなくなるわけじゃない。


 あたしが城を出て収集した情報のなかには、予想外のものも多かったし。

 一度、話をしに行くついでに、様子を見てこよう。


 それには先に、イールの封印を何とかしないといけないわけだが。

 とりあえず、今のあたしでも何とかなるかどうか、見せてもらおう。


「イール、ちょっと首の後ろ見せてくれない?」


 許可なく手を出したりはしないと約束し、後ろを向いて髪の毛をどけてもらう。

 そして細い首にある[呪語]と、じーっと見ている間に浮きだしてくる呪文を読んで、しばらく考え込んだ。


 これならたぶん、[琥珀の書(アンブロイド)]にあった〈分解(ディスメンタル)〉の魔法で解ける。


 〈分解〉は一度組み立てて発動させた魔法を、文字通り分解して無効化する魔法で、つまりは「ハサミ」みたいなものだ。

 「しっかりと布に縫いつけられたボタン」な魔法を解くのに、一番望ましいのは「糸切りハサミ」だが、ただの「ハサミ」でも解けないことはない。


 ただ、注意事項がひとつ。


「この魔法、解いたら何か出てくるね。」

「出てくる?」


「イールの力を抑える封印の上に、もう一個魔法がかけてあるの。その魔法の中に、能力を限定された生き物が閉じこめられてる。」

「・・・なぜそんなことを?」


「たぶん、抑えるだけだと力がたまって、爆発するからじゃないかなー?

 爆発するほどたまる前に、その生き物がイールの魔力を食べるよう、くっつけてあるんだよ。」


 心当たりがあるらしく、イールは顔をしかめた。


「その生き物というのは、おそらくシャドー・ハウンドだ。

 影に棲み、死角から獲物に襲いかかって血肉とともに魔力を食らう、犬に似た魔獣。影に潜った時にはこちらからの攻撃が当たらない、厄介な相手だ。


 わたしの身にこの魔法をかけた、『黒の塔』の魔法使いが連れていた。


 魔力が抑えられていることはわかっていたが。回復が遅い上、体にたまらないのはそのせいか。」


「たぶんそうだろうね。三匹入ってるし。」


 イールはむっつりと口を閉じた。

 まあ、魔獣を三匹くっつけられて魔力食われてるよ、なんて言われて、ムカつくのはわかるが。


「あたしに任せてくれるなら、ある程度[呪語]の魔法使う練習してからになるけど、どっか違う場所に行って解いてみるよ。

 どうする?」


「頼む。」


 イールはあっさり言ってから、ふと表情をくもらせた。


「しかし、リオ。いいのか?

 魔法が解けた後、わたしが動ければいいが、どうなるかわからん。

 もしもの時は、お前がシャドー・ハウンド三匹を相手にしなければならんのだぞ?」


 気にするのは、あたしがほんとに魔法を解けるかどうかじゃないんだね。

 [呪語]の魔法は自信ないよって言ったも同然なのに。


 なんとゆーか。

 その、無条件に信じてる上に、こちらの身を心配してくれるその目に、どんな顔で何を言えばいいのやら。


「それはまあ、なんとかするよ。」


 できるだけマジメな顔をとりつくろって答えたが、イールははっきりとした言葉がほしかったようだ。


「倒せる確信があるのだな?」


 念を押して訊いてくるので、「ある」と短く返事した。


 [琥珀の書]で使えそうな魔法が修得できたっていうのもあるけど、そもそも一番強いあたしの力は“闇”だ。

 “闇”と通じる影に潜られても、追撃可能。

 まあ、“闇”を使うのは最終手段だけど。


 言葉の真偽を見抜くというイールは、あたしの返事でそれなりに納得してくれたらしい。


「ならば、任せる。」


 静かに言って、ゆったりとうなずいた。





 ようやくアマネちゃんの方の動きが伝えられましたが、再会できるのはまだもちょっと先になりそーです。・・・・・・はい。続き。書ければ投稿するつもりではあるのですが。蒸し暑さにやられて、ぐってりな作者でございます。縞白は夏がどーにも苦手で。スイカとかアイスとかが美味しい季節ですが、暑さって体力と気力が同時に削られますねー・・・。

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