第四十話「琥珀の書。」
イールたちとごはんを食べているところ。
瓦礫の上で“闇”をまとって立っているところ。
ローザンドーラの宿屋でレグルーザと話をしているところ。
空を飛ぶホワイト・ドラゴンの背中から、緑の大地を眺めているところ。
現在から過去へ。
時を逆上りながら再生されるあたしの記憶を、「誰か」が見ている。
ラルアークと市場を歩いているところ。
王城で天音の修行を見ているところ。
料理人や商人たちとお菓子作りの相談をしているところ。
メイドさんたちと秘密のお茶会をしているところ。
自分の意志と関わりのないところで、勝手に再生されていくあたしの記憶。
それを見る、知らない「誰か」。
勝手にのぞくな。
許しなく触れるな。
言葉にならない激しい怒りに全身がふるえ。
「 ーーーーーー!!!」
あたしは拒絶の意志を込めて、爆発するように吼えた。
何も聞こえなかったし、何も見えなかったけれど、その拒絶によって「誰か」があたしの記憶から弾きとばされたことだけは感じられた。
けれど、いくらかほっとできたのは一瞬のこと。
どうしてか逆流がおさまらず、あたしは過去に見た人や物の記憶が突風のようにぶつかってきては、またたく間に通り過ぎていくという、わけのわからない嵐のなかにひとり取り残された。
十七年生きていれば、それなりの量の記憶は蓄積される。
それが突風のように吹きつけてきて、意味を掴みとる間もなく通り過ぎていくのだ。
混乱するし、ひどく疲れる。
けれど止める術などわからないし、現実世界ではないここから逃れる術も知らないし、そもそもまともに頭が働かない。
あたしは嵐のなかの野生動物のように、ただ身をかたくしてそれが終わるのを待ち続けた。
そうして、しばらく後。
嵐は唐突に止んだ。
ようやく終わったのか、と。
気がゆるみ、まぶたを閉じてほっと息をついたところで。
「サーレル」
優しい声で名を呼びながら、男の人にしては指の細い手が、そっとあたしの背中を撫でてゆくのに。
ぶらりと勝手に、尻尾がゆれた。
・・・ああ。
なつかしい。
そう、思って。
我に返った。
「・・・・・・。」
最初の方で再生されてたのは、確かにあたしの記憶だったけど。
何だあの、最後のやつ。
あたしの記憶じゃないぞ?
混乱していたが、それについて考えているヒマは無かった。
「我が後継者は、ロザリーではないのだな。」
うっそりとした悲しみに沈む声で言う、枯れ木のようにやせ細った男。
病的に白い肌をして、ミイラになりかけているような体に灰色のローブを着ている。
あたしとその男以外のものが存在しないこの空間で、彼は疲れたように座り込んだまま、ぼんやりとこちらを見ていた。
「ロザリーが来ぬのなら、我など時の果てに朽ちてしまえばよかったものを。
ブラウロードの後継に拾われるとは、奇妙な巡り合わせがあったものだ。」
こちらを向いているのに、あたしを見てはいないその目に気づいて、肌がゾワゾワとあわだった。
このひと、ダメだ。
見えているのに見ておらず、言葉が使えるのに意味が通じない、というたぐいの。
「ヤバい」どころではない、「壊れている」匂いがする。
「我を拒むは得策ではないぞ。」
どこか別の次元にいるかのような目をしているくせに、刺激しないよう逃げようかと思ったあたしを鋭く見抜き、男は薄く笑った。
「ブラウロードの後継にして、[黒の聖典]の継承者よ。
伝説の書と謳われし二冊を得た上で、まだ我を手に取る貪欲さ。
気に入った。
力を欲して我を開いたのだろう?
お前がロザリーでないことは残念だが、我は後代のために記されし魔導書。お前の必要とする力を授けることができよう。」
何と言われようが、力は要る。
そう思ったせいで完全に逃げそこねた。
「ならば受け取れ。我が愛しきロザリーの記憶とともに。」
ああ。このパターン三回目。
あたしはまたもや押し寄せる知識の海に飲み込まれた。
久々にちょっと短い話になりました。・・・短すぎでしょーか?でも、最初の方はこれくらいの量だったし。これでもわりと物語的には重要なとこが入ってたりして(言い訳)。すいません。世界背景が終わってちょっと息継ぎ。[琥珀の書]の中身については次回に持ち越します。お楽しみにー、て、楽しみになるのかなー・・・?