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第三十九話「皇族の伝承。」



 第二の覚醒のショックで「八つ当たり」という名の単独魔物討伐の旅に出た二代目勇者は、しばらく経ってから黒髪黒目の幻影の魔法をまとって帰ってきた。

 金色の髪と目がよほど嫌だったのだろう。

 以降、それをはずすことはめったになかった。


 そして仲間と合流すると、旅の間に知り合い、とくに仲の良くなった森の一族(エルフ)が暮らしていた東の地で、北の大陸へ渡るための準備に入った。


 この準備というのは主に、移動手段の開発。


 初代の勇者は古竜エンシェント・ドラゴンに乗って魔大陸へ渡ったのだが、二代目勇者が召喚された時、古竜たちはだいぶ年老いていたのだ(古竜は源竜(オリジン)が死んだ後から子どもが生まれなくなり、滅びゆく種族となっていた)。

 古竜にふたたび飛んでくれというのは無理。

 となれば、海を渡って魔王の元へ行くための、新たなる移動手段を考えなければならない。


 幸いなことに、この二代目勇者は発明好きだった。


 彼は異世界の知識と発想で、この世界に特有の様々な素材や魔法を使い、嬉々としてイロイロな物を作り出した。


 ちなみに当時、迫害の対象とされていた黒髪黒目の彼を勇者として認め、ついてきた人間の仲間はわりと変わり者が多かったらしく、彼らは奇妙なものを次々と発明していく青年の研究に大喜びで参加した。

 (もちろん、噂を聞きつけた頭脳タイプの獣人(シェイプシフター)たちも数多く参加した。)

 そうして東の地には独特の文化が育まれ、後にバスクトルヴ連邦という国になった。



 世界はこれで、現在の大国四つという形になる。



 そしてそれぞれの国の成り立ちから、

 西方のイグゼクス王国と南方のサーレルオード公国が人間の国、

 北方のヴァングレイ帝国と東方のバスクトルヴ連邦が獣人と古竜の国、

 となっている。

 (バスクトルヴ連邦には人間も多いが、今もその大半は変わり者だと言われている。)



 そして二代目勇者は東の地で、多くのものの手を借りながら、空飛ぶ船を完成させる。


 名前は[パンドラ]。


 勇者によって名づけられ、「空船(スカイ・シップ)」と呼ばれるようになったそれは、何度かの試験飛行を無事に終えた。

 (もうこのテンマくん、同郷確定かなー。イールは名前の由来までは知らないらしいけど、「パンドラ」っていったら、「パンドラの箱」しか思いつかない。)


 彼らは装備を整え、[パンドラ]で魔大陸へと旅立った。


 そして、魔王の城。

 仲間とともに挑み、いよいよ迎えた最終決戦の最中。


 勇者は魔王の“闇”に飲み込まれてしまう。


 仲間たちは助けようとしたが、誰一人としてその“闇”を破ることはできず、中に入ることもできなかった。


 そうして、しばらく後。


 “闇”の空間は勇者と魔王ごと消えてしまい、後には天空シリーズの武具と、一つの黒い腕輪だけが残されていたという。







「腕輪?」


 そんなの初めて聞いた、と言うと、四つの国にわけて保管されることになった天空シリーズの武具とは違い、その腕輪は歴史のなかで行方知れずになってしまい、実在が疑われるようになってしまったため、伝承のなかには腕輪のことを記していないものも多いのだと教えてくれた。


 ヴァングレイ帝国の皇族に腕輪のことが伝わっているのは、二代目勇者に最後まで同行した竜人の言葉を、忠実に受け継いできたからだそうだ。


 行方知れずの腕輪ねー?


 あたしが腕にはめてるのは、イグゼクス王国の宝物庫で金貨に埋もれて転がってた物なんだけど。

 “闇”を喰らったことを考えると、確かに、その腕輪なんじゃないかとも思える。


「どういう形の腕輪だったのか、イールは知ってるの?」

「わからん。どういうものだったかを伝える話も無い。まあ、昔から、竜人は細かいことには関心が無かったのだろう。」


「・・・じゃあ見てもわかんないんじゃないの?」

「わからんだろうな。だが、“闇”を喰らう腕輪など初めて聞いた。見てみたいではないか。」


 ただの好奇心ですか。

 そうですか。

 あきらめてください。


「見せて減るものでもあるまいに。」

「イール、その言い方オジサンくさいよ。」


「気のせいだ。」


 平然と言いきった。


 さすが、御年七十。

 子どもにしか見えないけど、面の皮は厚いらしい。


 これなら封印が解けた後、即座に「さよーならー」しても無事に生きのびてくれそうだ。

 頼もしいねー。


「そういえば、リオ。二代目勇者の結末について、何か思うところはなかったか?」


 あたしの視線に何を感じたのか、イールは話題を変えた。

 二代目勇者の結末について?


「んー。やっぱりそれで終わりなのかー、って思った。魔王と一緒に消えちゃったって、簡単に聞いてはいたけど。

 ものすごい苦労してイロイロ頑張ってそうなのに、行方不明で終わりって、なんか理不尽だね。」


「うむ。そう思うものが多くなり、次の勇者を呼ぼうという気が起きんようにと願って語られた話だからな。」


 願いは報われず、結局三人目が召喚されてしまったようだが、とため息をつくように言うイールに、「うん?」と首を傾げる。

 どういう意味?


「これには竜人の皇族にのみ語り継がれてきた、続きの話があるのだ。二代目勇者に付き添い、最後までともに旅をした当時の竜人によって伝えられたことだ。」


 「聞きたいか?」と訊かれ、当たり前だと即座にうなずいたあたしに、イールはにっこりと言った。



「ならば、リオ。わたしの嫁にこい。」



「・・・・・・なんで?」


 わけわからんのですが。


「竜人の皇族にのみ語り継がれてきたと言っただろう。人間に語ることは許されておらんのだ。しかし、皇族に嫁ぐものならかまうまい。」


 わたしはまだ独り身だから何も心配いらんぞ、と胸を張る少年をはり倒したい衝動を抑えるのは、なかなかたいへんだった。



「あたし異世界の生きものなんで。ノーカウントでお願いします。」



 言いたいことはイロイロあるがとりあえず、こんな話題で遊ぶな、と。

 怒りを込めてにっこり返すが、イールは気にしたふうもない。


「そう頭ごなしに言うものではないぞ。わたしは言葉遊びをしているのでも、思いつきで言っているのでもない。これはお前にとっても利点のある」


 続きの言葉は、「ただ今戻りました」とアデレイドが帰ってきたことで遮られた。

 なぜだか細い腕に山ほどの食材を抱えていたので、「おかえりー」と答えながら、あたしはとりあえず運ぶのを手伝いに行く。


 すごい量だなとのんびり言うイールに、仕事先でいただきましたと苦笑気味に答えたアデレイドは、ふと心配そうな顔をして訊ねた。


「殿下。まさかわたくしが外出してから今まで、ずっとここにいらっしゃったのではありませんよね?」


 ここ、というのは、いつもみんなで食事をとる部屋だ。

 そういえば、ずっとここで話してた。


 どうしてそんなことを訊かれるのかわからない、という顔で「いや、ここにいたが」と答えるイール。

 アデレイドは顔を隠している黒いベールをはずしながら、おろおろと言う。


「まだ完全に体力が戻られてもおりませんのに。そのようなご無理をなされては・・・」


 どうかお休みください、とスミレ色の瞳を潤ませて懇願する銀髪美女に逆らえるものなど、ここにはいない。

 イールはすみやかにベッドへ入り、それを見守ったアデレイドがキッチンに戻ると、あたしは彼女が昼ごはんを作るのを手伝った。


 バルドーは昼ごはんができた後、アデレイドに起こされてようやく目を覚まし、いつも通り酒を飲みながらみんなと一緒に食事をとった。


 あたしは二代目勇者のその後の話が気になっていたのだが、イールはやはりまだ回復していなかったらしい。

 昼ごはんを食べた後、またアデレイドに見守られてベッドに戻ると、すぐに眠りこんでしまった。


 長話に付き合わせて、悪いことしたなー。


 反省しながら、あたしはイールが眠る部屋のソファに座り、亜空間から取り出した[琥珀の書(アンブロイド)]を隣に置く。

 そして深く息をつくと、まぶたを閉じてまるまった。



 隣の部屋から、アデレイドとバルドーが何か話している声が聞こえてくる。市場についての噂話だ。最近物価が上がってきているらしい。


 家の裏を通る人の足音や、子どもたちの遊ぶ声も時々聞こえる。

 その向こうには遠く、街の喧噪。



 この家にいると、時間が優しくすぎていく。



 たぶん、バルドーが。

 いつも酒ビンを片手に持っているし、金髪モシャモシャで顔が見えないというあやしげな大男だけど。

 あたしたちの事情を一度も聞かず、治療代のことも言わず、黙ってイールにベッドを譲ってくれる、優しい傍観者だからだ。


 それに、アデレイドに頼まれてあたしたちをここに置いてくれているのだろうが、その見返りを彼女に求める素振りはないし、今後何らかの形で恩返しをするよう取り決めをしているふうもない。

 あたしがそう感じているだけだが。


 バルドーは自分の立ち位置を、「川の外」に置いているように見えるのだ。

 川を流れていくものたちに、彼が自分から関わろうと動くことは、あまり無いだろう。

 だからイールが回復してここを出ていくことになれば、きっとまた何も訊かず、黙って見送ってくれる。


 数日の付き合いしかないが、そう感じ取っているから、あたしはここでとても落ち着いていられるのだと思う。

 正直に事情を話せない身の上なので、たいへんありがたいことだった。


 けれど、そんなバルドーに甘えて、いつまでものんびりしているわけにはいかない。


 あたしはイールの身の封印が解けたら、レグルーザを探しに行きたい。

 帰る方法も探さなければならないし、それには時間がかかりそうだと、できれば天音に伝えておきたい。



 そのためには、力が要る。



 まぶたを開いて隣に置いた[琥珀の書]を見る。

 鍵付きのこの魔導書(グリモワール)を読む気は、正直無かった。

 が、新たな力を必要としている今、手に入れられるものは掴んでおくべきだとわかっている。


 今のあたしでは、イールの封印が解けない。


 エイダの封印を「やぶれかけた包装紙」と例えるなら、イールの封印は「しっかりと布に縫いつけられたボタン」だ。

 (しかも[古語(エンシェント・ルーン)]で構成されていたエイダの封印と違い、[呪語(ルーン)]が使われているイールの封印は構成内容がよくわからない。)


 それも、ほつれもなく、きっちりと布に縫いつけられたボタン。


 対してあたしの“闇”は、強い力を持つ「おおきな手」だ。


 やろうと思えば、その手でボタンを引きちぎったり、握りつぶしたりすることはできるだろう。

 けれどこうした方法は、布であるイールの身を傷つける可能性が高い。


 なにしろ封印のある場所が「首」だ。

 うっかりベキッといってしまったら取り返しがつかないので、軽く「やってみよう」と試してみることもできない。



「とりあえず、開けてみるかー・・・」



 できれば迷惑をかけ続けたレグルーザに渡したかったのだが、今のあたしはこれが欲しい。

 これでイールの封印が解けるようになるかどうかは、わからないが。


 ごめんね、レグルーザ。


 心の中でひとつ謝って、あたしはソファに座り直し、[琥珀の書]を取った。

 膝の上に置いて、本の中央に巻かれた鋼の帯の鍵を、“闇”を使って壊す。

 すると、鋼の帯は音もなく粉々になって崩れ、[琥珀の書]はみずからその分厚い表紙をパカッと開き。



 あたしはまた、魔導書のなかへ引きずり込まれた。





 リオちゃんと一緒に「なんで?」と首を傾げている作者でございます。いつの間にか第三候補になろうとしている北の皇子。そんなつもりはなかったのですが、ちゃくちゃくと我が道を行ってしまうのでどうにもなりませんでした・・・。そんなわけで(どんなわけだ)第三候補がすでに登場していたらしいです。リオちゃんにはまともに取り合ってもらえませんでしたが。うん、まあ、そんなこともあるさ、ってことで(逃)。次はようやく[琥珀の書]が解禁ですー。

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