第三十六話「竜皇子の覚悟。」
〈異世界二十六日目〉
朝ごはんの後、今日はどうしても断れない仕事があるとかで、アデレイドはお昼までには戻りますとイールに謝って出かけていった。
バルドーは昨日の夜にどこかへ呼び出され、明け方に帰ってくるなり眠ってしまっている。
看板無いのに、意外と忙しいひとだ。
ちょうどいいと思ったので、あたしはだいぶ具合の良くなったイールと食後のお茶を飲みながら、気になっていたことを訊いてみた。
「そういえば、イール。あたしが[古語]と[神語]が使えるって言ったとき驚いてたけど、両方使える人って、そんな少ないの?」
自分が修得している言語のことなのに知らんのか?と呆れた顔をされたが、知らないものは知らない。
教えてーと頼むと、イールはわりとすんなり教えてくれた。
「[神語]はイグゼクス王国の統括する光の女神の神殿へ入れば修められるはずだが、[古語]は旧世界で人間の魔法使いが使っていたものだ。
魔王との戦いにおいて、彼らは人間の中でも強大な力を持つ戦力として、戦場に出ることを求められたからな。魔王軍との戦いで軒並み死んで、そもそもまともな知識が残っておらんと聞いている。」
あー。
しかも人間の本拠地だったところは、魔王に占領されて魔大陸になってるんだっけ。
知識を伝える文献が乏しい上に、教師ができそうな人はみんな戦死か。
そりゃーマトモなものは残らんわ。
どっちの言語もマトモじゃない魔導書から修得したあたしは、なるほど、とうなずいた。
「言いたくなければ言わずともかまわんが、お前はどこで覚えたんだ?」
“存在することも許されんたぐいの禁書”から。
「他には言うな」という、レグルーザの声がよみがえった。
言いたくないから言わない、と答えたあたしに、イールは追求せずうなずいた。
「お前が強い警戒心を持つのは当然のことだ。深くは聞くまい。・・・危険をおかしてこの国にいる理由については、できれば話してもらいたいものだが。」
聞き捨てならない言葉だった。
この国にいることが、あたしにとって危険?
どういうことかと訊けば、イールはその言葉の意味をはかろうとするかのような目でこちらを見ながら、問い返してきた。
「『夜狩り』を警戒して髪と目の色を変えているのではないのか?」
なんかヤバそうなのきた。
『夜狩り』?
魔女狩りの異世界バージョン?
「ああ。『夜狩り』ではわからんかもしれんな。では、警戒しているのは異端審問官か?連中は黒を狩ることはやめているはずだが、注意しておくに越したことはないからな。」
ヤバそうな言葉増えた。
『夜狩り』と「異端審問官」って、同じもの?違うもの?
ちょっとそれ教えて、と頼んだあたしに、イールはすぐには答えてくれなかった。
「ふむ」とつぶやいて数秒、沈黙。
考え込むような眼差しをして、淡々と言う。
「お前は、奇妙だな。」
・・・んむ。
「失われたはずの[古語]と、限定された言語である[神語]をひとつ身に宿し、
死神を召喚せんとする魔法陣の誤りを指摘できる知識を持ち、
闇の神の失踪とともに扱う術の失われたはずの“闇”の力を、自在に操る。
そしてそれほどの力を持ちながら己は“第二の魔王”かと怖れ、
どこの国の庇護も受けぬまま『夜狩り』や異端審問官のことさえ知らず、
よりにもよってこのイグゼクス王国にある。」
“第二の魔王”かもしれないことを怖れていたわけではないが・・・
まあ、それ以外は間違っていない。
それで君は、どうするのかな?
真っ向から視線をすえて次の言葉を待つあたしの姿勢で、自分の言葉が肯定されたのを悟ったらしく、やはりそうかとうなずいたイールは、まっすぐな眼差しを返して言った。
「リオ。頼みがある。」
力を封印されている上、国交が無いどころか歴史的に対立してきたというイグゼクス王国にいる、孤立無援のヴァングレイ帝国第七皇子。
現在はただの子どもでしかない彼は、助力を必要としている。
一方、あたしは現在、いささか危険な状況にあるらしく、致命的な事態におちいる前に知識を得ておく必要がある。
そこで。
「わたしはお前が知っておくべきことを教えよう。命を助けられている状況で、その代わり、とは言えんが。
頼む。
わたしの身にかけられた封印の魔法を解くのに、手を貸してはもらえないか?」
レグルーザと離れて助言者を失い、子どもをひとり放り出すことをためらっていたあたしには、拒む理由はない。
というか、早く『夜狩り』とか「異端審問官」とかいうのについて教えてもらいたい。
けれど、ひとつだけ。
「イールはあたしと一緒にいることに、耐えられるの?」
あたしがどんな力を持っていて、どんなたぐいの知識を持っているのかを知った上で、そばにいることに耐えられるのか。
おそらく彼には他に頼れる選択肢が無いのだろう(アデレイドを巻き込むことを覚悟するのでなければ)。
だからこそ、消去法でも自身が選択したあたしについて、耐えられる覚悟があるのかくらいは聞いておきたかった。
問いかけの意味を理解し、それに対する答えを組み立てるのに、イールはかすかに目を伏せて、いくらかの時間をかける。
そしてしばらくの後、顔をあげて真っ直ぐに視線を合わせた。
「命の恩人に向ける剣など、持っておらん。」
その言葉がイールにとってどれほど重いのか、あたしにはわからない。
ただ、あたしがイールを殺そうとしても、彼は反撃しないだろうとカンが告げた。
幼い外見とはかけはなれたその覚悟に、彼という生きものを初めて認識した気がして、ひんやりと背筋が冷えた。
「先に言っておくが、わたしは命を助けられたからといって、誰彼かまわず剣を引きはしない。
これはわたしがお前を見て出した結論だ。
・・・うむ。言い方を変えるべきか。
リオ。
わたしは、お前に向ける剣は持たない。」
黙って聞いていると、イールは息をついて言葉を続けた。
「お前の力は『黒の塔』の連中が使う禍々しい“影”とは、まったく違う。
“闇”、そのものだ。
しかし、『夜狩り』の狂信者どもが言う“闇”の脅威などは、感じられなかった。
魔物のような瘴気などもかけらすら無い、とても純粋な力だ。
それに。
お前がわたしに与えた魔力の質は、無垢だった。
この目で見た姿は、名も知らない娘たちの死を悼んで泣く、優しい娘だった。
『夜狩り』にも、『黒の塔』の連中の“影”にも見つからないどころか、彼らのことを知らぬまま、その歳までよくぞ無事に育ったものだと、わたしは心底驚いている。」
あたしは心底まるまりたい気分です。
『夜狩り』の「狂信者」に『黒の塔』の“影”ですか。
なにそれ?
聞いてないんですけどー・・・
ちょっと涙目で肩を落としているあたしに、イールは真面目な顔で言う。
「そんなお前が、わたしに対しても警戒しているのはわかっている。おそらくその警戒心が、ここまでお前を守ってきたのだろう。
わたしに対して警戒を解けとは言わん。事情を話したくないのであれば、深く聞くこともしない。
ただ、頼む。
リオ。わたしに力を貸してくれ。」
彼のことは、信用してもいい。
わたしに向ける剣は無いと言った言葉に、嘘はないと思う。
だから、とりあえず。
「うん。イールの封印解くの、手伝う。」
ため息まじりにうなずいて、ふと、思いついた疑問がこぼれた。
「最初に会った時、臣下として庇護しようって言ったのは、『夜狩り』や『黒の塔』とかいうのから守ってやるって意味だったの?」
「ああ。封印を解いてヴァングレイ帝国に戻れば、お前を守ってやれるだけの力がわたしにはある。」
“闇”と思しき力を持ち、第二の魔王になることを怖れて誰かから逃げ出した、黒い髪と目の人間が、希少な知識である[古語]と[神語]を使えると聞いて。
どうやら庇護者がいないらしい、と判断し、それを取引材料にしようとしたようだ。
庇護者の必要性を認識していなかったあたしは、意味がわからずスルーしたが。
「でもなんかそれ、あたしの言葉信用しすぎじゃない?あたしが本当に[古語]と[神語]使えるかどうか、イールにはわかんないでしょ?」
「お前は竜人についての知識も無いようだな。」
そんなもん無いよー。
元の世界にはいなかったし。
「“初源の火”を持つ竜人は、言葉の真偽を見抜く力を持つ。
ゆえに、古竜に対するのと同等の覚悟をもって臨めという、なかなか有名な話なのだが。」
おおー。
生きた嘘発見機ってコトだね。
つまり、イールには嘘ついたら見抜かれるのかー。
・・・・・・それ、ほんと?
ようやく“闇”についての話のとっかかりが出せました。重要なことなのに遅いですよね。すいません・・・。そして厄介事に巻き込まれるのにうなずいちゃったリオちゃんと、説得完了な北の皇子でした。早くお気楽な裏道旅に出て、癒し系要素をゲットしてほしいところなんですが。わりと大事なトコなんで、世界背景とかがもちょっと続きまーす。
読者さまへ。
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感謝の企画で番外とかやった方がいいのかなー?と思いつつ、寄り道してると本編進まんだろう自分、と思って終わりましたが(すいません)。
ぼちぼち更新していきたいと思いますので、引き続き見守っていただければ幸いです。