第三十五話「魔女先生の神話語り。」
バルドーの家に戻ると、アデレイドに心配されていた。
お昼までには戻るという言葉を守れなかったので、とりあえず黙ってアデレイドの言葉を聞き、後はひたすらに謝りたおす。
そこへタイミングよくあたしのお腹が切ない音をたててくれたので、アデレイドは「お腹がすいているなら最初に言ってください!」と急いでお昼ごはんを用意してくれた。
いただきまーす。
バルドーは一度帰ってきた後、また誰かに呼ばれて出かけており、イールは奥の部屋で寝ていると聞いて、ごはんをいただきながらアデレイドに訊ねた。
「アデレイドは未来がわかるんでしょ?あたしがお昼ごはんに遅れることとかはわかんないの?」
イールを抱えたあたしが偶然出た場所に、時間ぴったりで来たくらいだ。
イロイロわかるんじゃないかと思ったのだが。
「殿下について予見したのは母です。わたくしよりも強い力を持ち、星読みの腕も優れておりました。・・・それでも時間や場所はあいまいで、危うく間に合わないところでしたが。」
予見に合う二人組を見つけ出すのに、あの辺りをだいぶ走り回ったらしい。
なるほど。
だから息切らしてたのか。
「『星読みの魔女』の力を欲しがる方は誤解しがちなのですが、わたくしたちの力は、何でも見通せるというものではないのです。」
向かいでお茶を飲みながら、アデレイドが説明してくれた。
『星読みの魔女』は、古くから続く血によって受け継がれてきた力で、未来に起こる出来事について、映像や音などで察知することができる。
その情報を元に、血とともに伝え、たくわえ続けてきた知識と占星術を使って、「いつ」「どこで」「どのようなことが」起きるのかを予測することができる。
しかし、正確な未来を読み当てることは難しく、一度察知した未来が、状況によってはまったく違うものになってしまうこともある。
ふーん?
つまり、『星読みの魔女』というのは未来視と占星術の合わせ技で未来を予測する人で、細かいことは難しいけど、大まかなことなら見通せる、ということだろうか。
「はい。『星読みの魔女』は、“調和の女神”さまからその力を授けられた始まりの魔女から代々、その役目とともに力と知識を受け継いでまいりました。」
「役目?」
「世界が良き道を歩むよう、尽くすことです。」
壮大な話だねー・・・。
なんか、今ひとつピンとこないよ。
それにしても、力を授けたのは女神かー。
あんまり良いイメージないんだけど。
「ん?そーいえば、調和の女神って、光の女神の上の神サマだよね?」
「ああ。この国ではあまり語られておりませんでしたね。神話については、どれくらいご存知ですか?」
[黒の聖典]でちょっとかじっただけだけなので、アデレイドによくわからないから教えてほしいと頼んでみた。
あたしの昼ごはんに使った食器を片づけてから、イールが落ち着いて寝ているのを見て、『星読みの魔女』は神話語りをしてくれた。
遙か昔、混沌の海から生まれた二柱の神が、この世界を造った。
しかし器を得て存在を隔てられたふたりは、時が経つにつれて、混沌の海で混ざりあっていた頃を恋しく思うようになる。
そこで、世界が安定した頃に調和の女神を生み、後を任せて器から離れた。
そうして解き放たれた二柱の創世神の膨大な力は、深く混ざりあいながら彼らが造った世界を満たす。
調和の女神はその力の海から新たなる二柱、光の女神と闇の神を創り出し、世界は三柱の神によって管理されるようになった。
アデレイドが話してくれたのは、[黒の聖典]でかじった内容とほぼ同じだったので、とりあえずこの話は信じて良さそうだと判断する。
[黒の聖典]に書かれていた神話は、神に対する悪意で何かがねじ曲がってる可能性があったので、素直に信じるのは不安だったのだ。
教えてくれたことに礼を言って、ついでに確認してみた。
「最近噂になってる勇者サマって、調和の女神サマが創り出した光の女神サマの力で召喚されたんだよね?」
「ええ。・・・ヴァングレイ帝国が、過剰な反応を示さなければよいのですが。」
憂い顔で言われて「あれ?」と首を傾げる。
アデレイドは争い事が起きなければいいのだが、と心配しているように見えるのだが。
「勇者」天音が、なんか知らんところで危険にさらされそう?
「ヴァングレイ帝国が、何に過剰な反応をするの?」
「それはもちろん、勇者さまの召喚についてですが・・・。リオさまはご存知ありませんか?」
え。何?この「一般常識ですよね?」っていう顔。
あたし異世界の人だから、知らんよ?
「うん。ごめん。あたしの知識、ものすごくかたよってるの。だから変なこと知ってるけど、普通のことがわかんなくて。迷惑でなければ教えてもらえる?」
戸惑いながらも「迷惑などではありませんが」と言って、アデレイドは簡単に話すのがいいか、ある程度長くてもきちんと話した方がいいか、どちらにしましょう?と訊ねてきた。
きちんと話そうとすると、創世神話の後から現代まで続くという、たいへん長い話になるらしい。
あんまり長いのはなー、と思ったけど、これはたぶん、必要な知識だ。
せっかくだから、しっかり聞かせてもらおう。
「長くてもきちんとの方でお願いします、先生。」
ぴしっと背筋をのばして礼をしたあたしに、くすりと笑ってアデレイドはうなずいた。
始まりは旧世界と呼ばれる古代。
まだ創世神たちが世界に解き放たれて間もない頃、世界には一つの巨大な大陸と、それを抱く海しかなかった。
その陸には様々な生き物がいて、それぞれの種族がだいたい同じ土地にかたまって暮らし、長い時をかけて独自の文化を築いていった。
北に人間、南には獣人、中央には古竜。
各地の狭間に森の一族や石の一族。
そして、まだ生まれたばかりの三柱の神も、創世神たちの力を管理すべく地上近くに在った。
調和の女神は、中央の古竜のもとに。
光の女神は、南の獣人のもとに。
闇の神は、北の人間のもとにいた。
数百年か数千年は、何の諍いもなく穏やかに過ぎた。
しかしある時突然、北の人間が異世界につながる扉を開き、魔王と呼ばれる強大な存在を召喚してしまう。
それが、長きに渡る戦乱の時代の始まりとなった。
この世界にたゆたう創世神たちの力を喰らって強大な存在となった魔王が、扉の向こうの異世界から魔物の軍勢を呼び寄せ、南への侵攻を開始したのだ。
北の大地に住んでいた人間たちは、唐突に現れたその軍勢に飲み込まれて多くの命を失い、混乱しながら南へ逃れた。
古竜と獣人は、攻め寄せる魔王の軍勢に対し、連携して反撃に出た。
その間に、調和の女神と光の女神は、魔王召喚と同時に行方のわからなくなった闇の神を探した。
(ちなみに『星読みの魔女』の始祖は、この時に調和の女神に助けられた縁で力を授けられた人間の女性だそうです。)
話の途中だけど、ちょっと質問。
「なんで女神サマたちは魔王ほっぽって闇の神を探してたの?」
「魔王の力が強すぎて二柱の神では対抗できず、戦いに秀でた闇の神の力が必要とされたためではないか、と聞いております。」
これは『星読みの魔女』に伝わる解釈で、実際に女神たちに「何で?」と訊いたひとはいないので、正確なところはわからず、諸説あるらしい。
ふむ。
女神ふたりより、魔王の方が強いのか。
とりあえず了解。
続きお願いします。
闇の神はどれだけ探しても見つからず、調和の女神と光の女神はそれぞれの力で魔王に立ち向かうこととなった。
調和の女神はまず、世界の均衡を崩しかねない異世界につながる扉を閉ざすため、北の大地の奥へ向かった。
そして結果的には扉を閉ざすことに成功したのだが、その動きに気づいた魔王と戦いになり、敗れて器を失ってしまった(存在が消滅したわけではないが、世界へ干渉する力は激減した)。
光の女神はその間に、これ以上の命が失われないよう、古竜の長でありこの大地へ最初に生まれた生命である源竜とともに、大陸を二つに引き裂いた。
こうして世界地図は、魔王がいて魔物がうろつく北の魔大陸と、人間と獣人と古竜のいる南の大陸という、現在の形になる。
しかし、創世神たちの造ったものを引き裂くのにはかなりの力が必要となったため、光の女神はまともに動けなくなり、力を使い果たした源竜は南の大陸の最北端で倒れて、その巨大な骸は山脈となった(現在のヴァングレイ帝国の北にある竜爪山脈がそれだと言われている)。
一方、南の大陸に残された三つの種族は、光の女神の回復を待ちながら、北の魔大陸からの侵攻を防いで戦い続けていた。
そして、この期間が長く続き、南の大陸の内部でいろいろ起きた。
古竜と獣人のひとりが結ばれ、後にヴァングレイ帝国の皇帝となる竜人が生まれたこと。
伝説の鍛冶師ライザーがいくつもの武具を作製し、それを得たものが一騎当千の戦士として魔物の軍勢と戦ったこと。
西方で光の女神を信仰するようになった人間たちが集落を作り(イグゼクス王国の始まり)、ようやく動けるようになった女神の力を借りて、異世界から勇者を召喚したこと。
そう、ここで初代の勇者が召喚されたのだ。
西方の人間たちによって召喚された初代勇者は、異世界で生まれ育った人間の青年で、強い光の力を宿していた。
しかしその力は魂の奥深くに眠っていたため、光の女神は【目覚めの泉】を作り出して覚醒を助けた。
彼はその覚醒によって、他の魔法使いたちを圧倒する膨大な魔力をもその身にそなえるようになった上、光の女神の加護を受けて身体能力も人並みはずれたものとなった。
それでも、相手はこの世界でもっとも神格の高い、調和の女神の器を壊した魔王だ。
光の女神は[天空の剣]や[天空の鎧]などの武具を造り、青年に与えた。
彼ならば魔王を倒せるかもしれない。
人間たちは、光の女神の加護を受けた勇者を希望として、彼の元に集った。
しかしこの勇者という存在は、同時に不和の元になってしまう。
それまで最北端の前線で戦い続けてきた古竜や獣人たちが、猛反発したのだ。
人間よ。
我々の世界を守るのに、どうして無関係の異世界人を巻き込む?
光の女神よ。
異世界人に武具と加護を与えて、日々魔王の軍勢と戦うこの世界の者たちに何も与えようとしないのは、なぜなのか?
人間たちは反論した。
元は魔王も異世界のものだ。
ならば倒す勇者も異世界から連れてこなければ、対抗できない。
現に、召喚された勇者は、この世界のもの以上に強い光の力を持っている。
そもそも、調和の女神すら殺した魔王を、この世界のものがどうやって倒せるというのか?
唯一、この二つの勢力の衝突を調停できたはずの光の女神は、どうしてか、どちらにも答えを示さなかった。
ただ、魔王に対抗できる唯一の剣たる勇者に協力するよう、すべてのものに願った。
そしてその後、南の大陸を守護すべく、大陸の中央へその身を沈めた。
大地に沈んだ光の女神の器はおおきな湖となり、そこからあふれた水が、南の大陸の各地へ流れる川となった。
光の女神の力はその川を通して南大陸全土をおおい、強力な守護となって魔王の侵攻を阻んだ。
(この守護のおかげで、強大な力を持つ魔物が南の大陸に入ってくることはなくなった。が、小物はすり抜けてくるので、現代でも普通に魔物とエンカウントする。)
勇者はまず南の大陸を巡り、女神の守護壁ができる前に侵入していた魔物たちを倒しながら、北の大陸へ渡ってともに戦ってくれる仲間を集めた。
しかし、ついてくるのは人間ばかり。
獣人と古竜は、光の女神が器を失う間際に願った「勇者への協力」に従うのを最後に女神と決別し、同時に人間に対してかなりの距離を置くようになっていたため、人間たちと行動をともにする勇者にも自然と距離を置いてしまったのだ。
勇者は仲間集めを続けながら、彼らの関係が悪化しないよう尽力した。
それぞれの土地を定めることで住みわけをすることと、この不和が種族間の争いにならないよう、不可侵条約を結ぶことをすすめたのだ。
三つの種族はそれを承諾し、古竜と獣人のなかから、ここまで尽力してくれる勇者ならばともに行きたい、という仲間もできた。
そうして集めた仲間とともに北の大陸へ渡り、初代勇者は魔王を封印した。
苦労してんねー、初代勇者くん。
あー・・・
早く帰りたい。
という感想は心の中にしまっておき、現在の状況と結びつく情報に、なるほどと納得してうなずいた。
王都でレグルーザが巻き込まれかけた「これは条約違反だ」の議論は、初代勇者が結ばせた不可侵条約についての話のようだ。
で、イグゼクス王国でめったに獣人を見かけないのは、たぶん住みわけの影響。
メイドさんには数が少ないせいだって聞いたんだけどなーと思って訊ねてみると、アデレイドは『星読みの魔女』として口伝を受け継いだから知っているだけで、普通はここまで詳しくは知らないらしい。
おー。
行きあたりばったりで頼んだだけだったけど、いい先生に当たった?
「そうですね。『星読みの魔女』の口伝は、どこの国の影響も受けないよう注意して受け継がれてきたものですので、ある程度の価値はあるかと思います。」
謙遜なんてしなくていいのに。
じゅうぶんスゴイよと思ったままほめたたえていると、頬を赤くしたアデレイドは話を変えた。
「そ、それで、リオさまが最初にお聞きになられた、ヴァングレイ帝国の勇者に対する反応のことについてですが。」
「あ、うん。」
「竜人が統べるヴァングレイ帝国は、古竜と獣人の住む土地なのです。」
「んー。つまり、国ひとつがまるごと反人間勢力ってコト?」
「現在はそこまでひどくはないはずです。ヴァングレイ帝国には人間も住んでいますし、そうした人間が皇帝の側室になったこともあるくらいですから。
ですが一部には、勇者召喚を行うイグゼクス王国を許すべきではない、という意見も根強いと聞きますし、光の女神と決別したという姿勢は変わりないのです。」
かなり昔から続く、根深い不安要素があるわけか。
「二代目の勇者はだいじょうぶだったの?」
「二代目の勇者さまですか?
はい。二代目の勇者さまは、むしろ獣人と古竜たちのために戦われた方です。
もしリオさまが三代目の勇者さまについて案じていらっしゃるのでしたら、獣人と古竜については問題ないかと思います。
女神の「勇者へ協力してほしい」という願いに従うと決めた彼らは、どちらも約定を守ることを重視する種族ですし、二代目の勇者さまとはとくに親しくされていたようですから。」
きっと三代目の勇者さまにも協力されるでしょう、と言われて。
ああ、なるほど、と遅まきながら理解した。
ヴァングレイ帝国の反応を案じるアデレイドの言葉に、あたしは「勇者」として召喚された天音の身になにか危険があるのか、と心配になっていたのだが。
アデレイドが心配していたのは、ヴァングレイ帝国が勇者を召喚した「イグゼクス王国」に反発することだったらしい。
そのへんはこの世界のひとたちの問題だから、火の粉がかからない限り、あたしは口も手も出す気はない。
ふーんとうなずいて次は何を訊こうかなと考えていると、バルドーが帰ってきて夕飯の話をしはじめたので、魔女先生の神話語りは終了となった。
そして、イールがだいぶ元気になってきたので、そろそろ肉料理を作ってやったほうがいい、というバルドーの話で、アデレイドは市場へ買い物に出かけていった。
黒づくめで顔を隠して。
当たり前のような顔でそれを見送るバルドーと、まったく気にしてなさそうに歩いていくアデレイドの背中を見て、あたしはひとり首を傾げた。
アヤシイひとにしか見えないんだけど。
いーのかなー・・・?
ちょうどいいところに先生がいましたので、世界背景を出させていただきました。説明ばっかりですいません(汗)。
情報収集の一日で、リオちゃんはお茶飲みながら「ふーん」と聞いてるだけですが、作者は矛盾しないよう必死でございます・・・。でも、エンシェント・ドラゴンとか、ファンタジー世界の住人の名称をいっぱい出せたので、わりと満足してたり(笑)。
7月8日、物語の都合上、アデレイドの最後の「」のセリフを修正させていただきました。とくに内容が激変しているわけではないのですが、ご報告させていただきます。