第三十四話「経験値ぷらす。」
[古語]と[神語]が使えると口をすべらせた後、「臣下として庇護してやる」から「名乗れ」と言われたのを思い出した。
「口説き落とす」というのは、たぶんその続きだろうと思いつつ、やや心配が残ったので無言でイールの額に手を当てる。
「リオ。わたしは熱を出しているわけではない。」
おもしろがるような顔でそう言われ、確かに熱が高いようでもなさそうなので手をおろすと、ようやく我に返ったらしいアデレイドが真剣に訊いてきた。
「リオさま。ご無礼とは存じますが、どうぞお聞かせください。歳はおいくつでいらっしゃいますか?」
「十七歳だよ。」
とくに隠す必要も感じなかったので答えると、銀髪美女はスミレ色の瞳をキラキラと輝かせ、「もう成人なさっておいででしたか!ああ、良かった!」と言った。
え?そーなの?
あたしの世界じゃあ二十歳までは未成年って言われるんだけど。
十五禁以上の十八禁未満という、ビミョーなお年頃ですよ?
この世界の成人は何歳なんだろうと考えているあたしの目の前で、アデレイドはほっそりとした手をぐっと握った。
「殿下!わたくし力の限りお手伝いさせていただきます!」
なんだか別方向にむかって勝手に決意している。
ああ。面倒くさいコトになりそうな予感がひしひしと。
これはいかん、ちょっと待つんだおねーちゃん、と声をかけようとしたところで、バルドーが「なんの騒ぎだ。寝られやしねー」と不機嫌そうに起きてきた。
アデレイドはなぜだか上機嫌で「なんでもありません」とバルドーをかわし、とりあえず四人で食事をすることになって話は流れた。
長話をしていたせいで、ごはんはだいぶ冷めていたが、アデレイドは料理上手だし、お腹もすいていたので、じゅうぶんおいしくいただいた。
途中。
どかどかと足音荒く飛び込んできた壮年の男に「先生!」と叫ばれたバルドーが、どこかのご隠居が倒れたから急いで来てくれ、とか言われ。
金髪モシャモシャの大男は「またか、あの色ぼけジジイ。オレが行く前に女は部屋からつまみ出しとけ」とおろおろしているおっちゃんに命令しながら、カバンを持って出かけていった(もちろん、もう片方の手には酒ビンを握ってる)。
それ以外は平和な朝の食卓だったのだが、握力と同じように、イールの食べる量は人並みはずれていて、料理が足らなくなった。
キッチンで追加の料理を作っているアデレイドが、綺麗な声でちいさく歌っているのを聞きながら、あたしはイールへ言った。
「イール。さっきの口説くってヤツ、臣下としてでしょ。アデレイド、全然違う方向に解釈してるっぽいよ。軌道修正は早めにしといてね?」
「お前は不服か?リオ。わたしとしては、アデレイドの考える方向で口説き落としてもいいのだがな。」
歩くこともできない子どもが何を言うか。
苦笑して首を横に振ってやると、封印されているせいで子どもになっているだけで、本来の姿はお前より年上だと言われたが。
それならせめて封印解いてから言ってねーとぬるく笑って返しつつ、そーいえばと訊ねた。
「アデレイドのお母さんを助けたの、二十年前って言ったよね?」
「ああ。」
「イールって何歳なの?」
「ん・・・?・・・・・・七十、くらいか?」
数秒考えた後、なぜか疑問符つきで答えられた数字にびっくりした。
なんと?!
「子どもと老人のカテゴリーへ同時にハマるひとがいるとは・・・!」
もしもイールが女の子だったら、あたしにはもう完全に太刀打ちできない存在になるところだった。
男の子で助かった。
驚きながらほっとしているという忙しいあたしに、イールは不満そうな顔で言う。
「獣人のなかでもとくに寿命が長い竜人を、たかだか七十程度で老人と言うな。お前にはわたしが成人した男だという考えは・・・・・・、」
なぜか急に言葉がとぎれ、イールはすぱっと態度を変えた。
「リオ。わたしが子ども以外のものに見えるのなら、バルドーに目を診てもらった方がいい。」
・・・・・・んむ。
表情に出したつもりはなかったのだが、察しの良い皇子だ。
成人男性だと断言するなら、救出報酬として引き出せる限りの情報をいただいてから「それじゃあたしはこれにて失礼。後は自分でがんばって。さよーならー」コースに直行で。
年長者として敬えと言われたら、とりあえず「イールおじいちゃん」と呼び続けてやるところだったのだが。
迷わず「子ども」を選択した。
いろんな意味であなどれんなー。
追加される料理を次々と食べていくイールをお茶を飲みながら眺め、食事が終わるとまた部屋に運び、ベッドに落ち着くのを見守った。
今日のあたしは元気だから、寝る必要はない。
キッチンでお皿洗いを手伝いながら、アデレイドが今日もイールの看病をするつもりでいると聞いて、ちょっと出かけさせてもらうことにした。
もう一日くらい休んでいてはどうかと心配してくれるアデレイドに、昨日じゅうぶん休んだから大丈夫だし、昼までには戻るからと言って家を出る。
イールのことは今までと同じように子どもとして扱えばいいようだが、中身が七十だというのなら、あまり心配してべったりそばにいる必要はないはずだ。
とりあえず今日は、アデレイドに見守られて一日休んでいるだろうし。
北の帝国の皇子の話は興味深く、いくつか聞きたいこともあるのでまた戻ってくるつもりだが、彼が休んでいる間、とりあえずレグルーザの方の様子を見に行くくらいはかまわないだろう。
人気のない裏道を探してウロウロ歩き回り、誰も見ていなさそうなタイミングで“闇”を渡ってローザンドーラの近くへ移動。
影伝いに感覚をとばし、しばらくあちこち探してみたが、レグルーザはいなかった。
どこへ行ったんだろう?
おそるおそる街の中に出ると、数歩といかないうちに顔見知りとぶつかって質問責めにされた。
「おお?『神槍』の連れの嬢ちゃん?なんでこんなトコにいんだ?痴話ゲンカして実家に帰ったんじゃねぇのか?」
なにその平和な話。
愛嬌のあるひげ面のおいちゃんにニヤニヤ言われ、それなりに警戒していた自分がアホらしくて脱力しかけた。
[竜の血]を飲んだ縁で知り合い、雨の日の宿屋でカードゲームをしたおいちゃんは、好奇心旺盛な顔つきであたしの反応を見ているが、とくべつ警戒している様子はなかった。
あたしは【死霊の館】の罠ではぐれてしまい、違う場所にとばされたのでよくわからないのだが、とりあえずレグルーザを探しに来た、と説明し、彼がどこへ行ったか知らないか、と訊ねた。
そりゃーたいへんだったな、と同情してくれたおいちゃんは、レグルーザが【死霊の館】から指名手配犯の男を連れてきて『傭兵ギルド』へ引き渡してから、すぐに北へ向かって飛び立っていったことを教えてくれた。
ふむ。
あたしの力について、レグルーザは他の人には言ってない(すくなくとも目の前のおいちゃんと、まわりの人たちは知らない様子)。
そして、あの黒ローブの男は指名手配されていた犯罪者で、現在地はローザンドーラの『傭兵ギルド』。
レグルーザは、ホワイト・ドラゴンで北へ向かった。
らしい。
が、なんでそんなに詳しいんだろう?
不思議に思いつつ聞いていると、めったにいないランクSの傭兵で、しかも盗賊団や魔物を単独で討伐することが多いという『神槍』が普通の女の子を連れているので、みんなわりと興味津々で眺めていたのだと悪びれたふうもなく言い、また訊いてきた。
「で?実際はどういう仲なんだ?」
「どういうって言われても。依頼人と傭兵の仲?」
でも『傭兵ギルド』通してないし、報酬も期限も決めてなかったしなー?
なんで自分で言いながら首傾げてんだ、と笑ったおいちゃんに、それならどう見えてたのか教えてくれと返すと、ヒマ人の噂話を語ってくれた。
ちなみに、この街は注文した武器の仕上がり待ちや愛用の武器の修理待ちでわりとヒマな人が多く、レグルーザとあたしの話は、一部の人たちの間では芸能ニュースのようにイロイロと憶測が飛び交っていたのだとか。
君らはワイドショー好きのおばちゃんか、とツッコミたくなったが、ワイドショーの無いこの世界では通用しない言葉なので、心の中にしまっておく。
それにしても、異世界から勇者を召喚してまで倒さなければならないという魔王がいるわりに、ずいぶんと平和だなー?
ヒマ人たちによる噂話の推測では、わたしは最近冒険に出たばかりの魔法使い。
レグルーザの恋人かそれに近い存在で(『神槍』がそばに女の子を置くのは珍しいし、恋人設定のほうが話が面白いからそうなったらしい)、世界中を旅する彼についてゆこうと家を飛び出してきた。
度胸はいいが旅慣れてはいないあたしに、拒みきれなかったレグルーザはまず、ローザンドーラで武器をみつくろってやることにした(武器屋巡りしてた時のことか?)。
が、街で【死霊の館】の噂を聞いたあたしが、魔法使いとしての好奇心を発揮してそこへ行きたがった(天音の話は宿の食堂でしていたのだが、[竜の血]飲んだ翌日だったから、二日酔いのせいで誰もまともに聞いてなかったようだ)。
そこでレグルーザは急遽、『傭兵ギルド』に出されていた仕事を受けた。
けれどレグルーザ自身は、わたしをそんなところへ行かせたくはない、とあまり乗り気でなく、仕事を受けた翌日に部屋でケンカになった(エイダが引き起こした騒動が、そう解釈されていたらしい)。
しかしすでに仕事を受けた後だったので、結局は行くことになり、レグルーザは不機嫌なまま(エイダに襲われて疲れてたのが、まわりからはそう見えたんだねー)、ふたりで【死霊の館】へ出発した。
が、案の定またケンカになり、巻き添えで【死霊の館】は倒壊。
(さすがはランクS、痴話ゲンカも豪快だなと笑って言われたけど。いやー。ダンジョン探険に行った先で、建物倒壊するほどのケンカって。その解釈はさすがにムリでは?)
レグルーザはちょうどそこにいて倒壊に巻き込まれた生死不問の指名手配犯を捕獲したが、ケンカの末に「実家へ帰る!」と飛び出したあたしのことは取り逃がした。
そこで足手まといになる指名手配犯をローザンドーラにある『傭兵ギルド』の牢屋に放り込むと、すぐにホワイト・ドラゴンへ乗り、急いで追っていったのだそうだ。
・・・なんというか。
レグルーザに「へたれ」疑惑が発生しそうな噂だ(ことごとくあたしに押し切られている上、取り逃がしている)。
しかもあたしワガママだし(あー。これは否定できんなー・・・)、指名手配犯は、痴話ゲンカに勝手に巻き込まれてケガしたあげくに捕まったという、ただのマヌケなヤツになっている。
はっはー。
平和な話だねー。
他人事のようにひとしきり笑ってから、合っているところはあるかと訊かれたので、とりあえず旅慣れない魔法使いってトコは合ってる、と答えておいた。
なんだ、やっぱりちゃんとした恋人ってワケじゃねぇのか、見かけのわりに意気地のねぇヤローだ、なんて笑ってたけど、おいちゃんはあたしたちが恋人同士だとは思っていなかったらしい。
レグルーザが片腕であたしを抱き上げるのを見たとき、大事にしてはいるようだが、恋人に対する触れ方ではないと見抜いたのだとか。
「・・・・・・大事に、されてた?」
思わずぽつりとつぶやくと、おいちゃんは困ったようにひげを撫でた。
「さて。まわりからはそう見えたがね。」
そんなレグルーザから、あたしは逃げてしまったのだ。
あたしにもいちおうある良心が、罪悪感にぐさぐさ刺されている。
うう。
どうすればいーんだろー・・・
内心の思いを顔には出さず、しばらく話をした後。
おいちゃんはあたしを見ていると故郷の妹さんを思い出すそうで、とりあえず彼を探すつもりでいると話したあたしに、無事に会えるといいなと言ってくれた。
いろいろ教えてくれたことを含めてお礼を言い(いいヒマつぶしになったと逆に礼を言われた)、じゃあねーとわかれて人気のない道へ入り、影から“闇”にもぐって立ち止まる。
そこからいちおう、王都へ戻る前に、他の情報がないかどうかをもう一度探ろうと、ローザンドーラのいくつかの場所へ感覚をとばしただけだったのだが。
思いがけず、「『神槍』の連れとかいうのはどこだ?」という男の声を拾って、そちらへ意識を向けた。
なんだか厄介事の気配がするので、出ていくつもりはない。
が、なんで探されてるのかは気になる。
“闇”のなかから聴覚をそちらに向けていると、先ほどあたしと話していたおいちゃんが「どうかしたのか?」と訊いていた。
おいちゃんと顔見知りらしい相手の男は、「『神槍』を探しているが、行方がわからないんだ。この辺りで連れを見かけたと聞いて来たんだが、どこへ行ったかわかるか?」と訊き返す。
レグルーザを探してるのか。
でも、何で?
手がかりはないかなーと耳を澄ませていたのだが、話はそこまでで、男はおいちゃんが指差した方へ走っていった。
ごめんねー。
確かにそっちに行ったけど、見つからないよー。
時間がかかりそうだったので、“闇”のなかでだるーんと寝転がって様子を見ていると、彼は街中を探しまわってから、なんで見つからないんだ?と首を傾げつつ『傭兵ギルド』へ入っていった。
うーん。
やっぱり『傭兵ギルド』の人かー。
オオカミの横顔と二本の剣を組み合わせたデザインの紋章を持つ、無骨な建物。
あたしは男の姿を聴覚と視覚で追いかけ、『傭兵ギルド』の奥へ入った。
先ほど感覚をとばした時はレグルーザを探していただけで、あまり細部まで気にしていなかったのだが、おいちゃんにあの黒ローブがここにいると聞いたのを思い出したので、ついでにざっと探してみた。
けれど。
・・・いない?
牢屋らしきところはあるし、捕えられている人もいるけど、あの男じゃない。
救護室みたいなところにいるのも、違う。
なんでいないんだろう?と首を傾げつつ、あたしを探していた男がひとつの部屋に入り、老年に近い男性と話しはじめたので意識をそちらに向けた。
「『神槍』の連れ?」
「はい。見かけたというものがおりましたので、探しに行ったのですが。どこを探してもおりませんでした。」
「見間違いではないのだな?・・・うむ。では、転移魔法を使えるほどの魔法使いだということか。」
「転移魔法を?・・・確かに、その可能性はありますが。それほどの実力を持つ魔法使いであれば、どこかの国に召し抱えられているか、『魔法協会』に登録されて、ある程度は名が知られているはずです。」
「『神槍』が本当にその娘を探しているのであれば、そちらからたどる方が早いかもしれんな。・・・あの男がどこかに顔を出してくれれば済む話なのだが。まあ、仕方あるまい。午後に西方本部と、『荊姫』についての情報交換をすることになっている。その時に向こうで『魔法協会』の登録者を当たってもらうよう、言っておこう。連れの名と、容姿の特徴は?」
「名前はリオ。茶色の髪と緑の目をした十五、六くらいの娘で、髪は長く、男物の服を着ていたそうです。」
あれ?なんか、本格的に探されそう?
そんなトコ探されても、見つかったりはしないけど・・・
部屋の置物の下にある影へ視覚をとばし、ここのお偉いさんらしい、部屋の奥に座った男の人の様子をうかがうと、彼が不意にこちらを見た。
机の上にゆったりと置かれていたシワだらけの手が、かすかに動く。
瞬間、正確にこちらへ向かって飛んでくるナイフに気づき、あたしは反射的に感覚を切った。
・・・・・・今、目が合った気がしたんだけど。
“闇”の中から見ていたあたしに気づいて、一瞬でナイフ投げた?
・・・すごいな。
こんな人、いるんだ。
影伝いに視覚をとばしているだけで、実物のあたしの目があるわけじゃないから、ナイフが刺さってもそこにある物が傷つくだけ。
あたしに物理的ダメージがくることは無い。
が、まさかバレるとは思わなかったので、精神的にちょっとショック。
油断大敵って、これだよなー。
でも、いい経験になった。
うん。
経験値が増えたって考えとこう。
支部とはいえ『傭兵ギルド』の奥の部屋に座り、敬意を払われている人物が未熟であるはずがない(長年傭兵やった後で事務職になりました、って外見の人だったし)。
つまり、気配を読むことに長けた注意深い人には、“闇”の中からであっても見ていることがバレるらしい、とわかったのだ。
聴覚だけを向けていた時は気づかれていないようだったから、たぶん視覚を向けたのがマズかったんだろう。
今後は見抜かれる可能性を頭に入れてから、視覚をとばそう。
ちょっとドキドキしていたのが落ち着くと、油断していたところを叩かれたショックで無意識に正座をしていた自分に気づいて、なんだか悲しいため息がこぼれた。
反射的におかーさんに叱られる時の体勢になったってことは、アホなことをした自覚があるってことだ。
はい。自分、調子乗ってました。
でも一個学んだし、反省しますから。
幻聴でまで叱らないでください、おかーさん・・・
今度は心の準備をして警戒しつつ、彼らのいる部屋の近くに聴覚だけとばし、コッソリ様子をうかがった。
とくに騒ぎにはなっていないようだ。
うーん?
かいかぶりすぎたのだろうか、とも思ったが、もう一度あの部屋に潜入するとかいう危ない橋は、できれば渡りたくない。
とりあえず、『傭兵ギルド』はレグルーザの行方を知らず、しょうがないから連れ(あたし)でも探すか、という話をしていることはわかったし。
どうして彼らがレグルーザを探しているのか、黒ローブの男はどうしてここにいないのか、とかは不明だけど。
今日の情報収集は、これでよしとしておこう。
成長期の健康体が、さっきからお腹をならしている。
あの『傭兵ギルド』のおにーちゃんがなかなか頑張ってあたしを探していたので、お昼ごはんの時間がだいぶ前に過ぎているのだ。
見つからなくてごめんよー。
君もお腹すいただろうから、早くごはん食べてねー。
これ以上面倒くさいことに巻き込まれないよう、早いうちに外見変えよう、と決めながら、「あたしのお昼ごはんは何かなー?」と王都へ戻った。
無意識に正座して、幻聴で叱られるリオちゃん。どこまでもおかーさんにしつけられてます。あと、レグルーザの行方が不明になっちゃった上に、次の厄介事の影が出てきました。ああー。そろそろ癒し系要素が欲しくなってくる頃ですねー・・・。