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第三十三話「星読みの魔女。」





 〈異世界二十五日目〉







 明け方。


 悪い夢を見ているのか、けわしい顔でうなされているイールの、獣のうなり声のような低い音で目が覚めた。

 かなり苦しそうな様子なので、これは起こした方がいいだろうと名を呼び、繰り返し肩を揺さぶってみるが、効果がない。

 あたしの声を聞きつけて「どうした?」とバルドーが部屋に来たので状況を説明すると、「手でも握っててやれ」と指示してどこかへ行ってしまった。

 なるほど。

 確かに、あたしにできるのはそれくらいだ。


 納得したので指示された通り、指先が白くなるほど毛布を掴んでいるイールの手を取って、「だいじょーぶだよ」と声をかけながら包みこむようにしたら。

 自分の手を握りつぶされかけるという危険に直面した。



 痛いってコレ人間の握力じゃないよ?!



 慌てて“闇”で自分の手を保護したが、細い指の形がくっきりアザになってそう。



 ・・・・・・イール。

 あたしもヒトのこと言えないんだけど。

 君って何?



 無論、その問いに答えなどなく。

 なんだか必死に掴んでくるので、“闇”で防御しながらちいさな指に手をあずけたまま、はー、とため息をついた。

 なんか変なの連れてきちゃったなー。


 遠い目をしているあたしに、戻ってきたバルドーが濡らしたタオルを渡してきた。

 オレはまた寝るから、汗かいてたら拭いてやれって。

 そして、ほんとにそのまま寝に戻っていった。

 あー。

 さほど問題なし、と。



 額に浮かぶ汗を拭いてやりながら、何の夢見てんだろーなーと表情を探るが、きっちり口を閉じてうなっているので手がかりがなく、さっぱりわからなかった。

 他にすることもないので、暗闇でも昼間と同じくらいよく見えるようになっている目で、苦しそうにゆがめられた怜悧な美貌を眺める。


 極限まで魔力を削られてたとか、封印されてるとか、この姿のまま家に帰ったら殺されるとか。

 自称「北の帝国の皇子」とかいう厄介事のカタマリだけど、起きることもできずにうなされている姿は、ただの頼りないちいさな子どもだ。


 握力は人並みはずれたものがあるけど、ラルアークは牙と爪があっても口輪はめられてさらわれかけたのだ。

 こんな治安の悪い国に放り出したら、三分とたたずにさらわれてそうな気がする。

 天音もただ歩いてるだけで顔目当てな変人引っかけてたし、美形ってたまに損だ。


 ・・・うーん。

 ここでイールを放り出すってことは、さらわれると承知した上でちいさな子どもを置き去りにする、ってことになるのか?


 いかん。

 そんなこと、おかーさんにしつけられた本能が許してくれそうにない。

 ああー・・・

 なんか、考えれば考えるほど、厄介事に巻き込まれるしかなくなりそうだ。



 封印解くトコまで付き合わないといけないのかなー?

 「その方を助けたいんです」って言ってたし、謎の占い師に預けていけないかなー?

 あたしはローザンドーラに戻って、レグルーザの動向とか、中途半端に痛めつけた黒ローブの男のその後とかを探ってきたいんだけど。



 とりあえず、イールが起きたら話してみよう。



 そんなことを考えながら、よしよしと頭をなでたり手をさすったり、ここは安全だよーとちいさな声で話しかけていると、イールはしばらくしてうなるのをやめた。

 眉間にシワが寄っていたのも、だいぶゆるんでる。

 しかし、もういいかなーと手を引き抜いたら、またうなされだした。

 具合が悪いせいで、人恋しくなっているのだろうか。

 バルドーは寝ちゃってるし、アデレイドはここに住んでないから(もちょっと治安のマシなトコで部屋を借りてるらしい)、しょーがない。

 手ぐらい貸しとくよ。

 ・・・握りつぶそうとするのは、止めてほしいんだけどねー?



 そうしてあたしはソファに放っていた毛布を取ってくるまり、イールの寝かされたベッドのそばに座った。





 そういえば。

 イールが落ち着いてる時はヒマだったので、いつの間にか手当されていた指先の三カ所の傷の様子を見てみた。

 エイダに言われて短剣でつついた傷は跡形もなく消えており、イールに噛まれた傷と自分でざっくりやった傷は、うっすらとしたピンク色の丸と線になっていた。


 あれ?かさぶたは?


 元の世界にいた頃とはけた違いの治癒能力に、最近の人外っぷりが発揮されている気がして地味に落ち込んだ。

 体は変わらないと思ってたんだけど、ケガに対する治癒能力は上がってたらしい。

 ジワジワと人間部分を侵略されてる気がするなー・・・





 夜明け後。


 いつの間にかうとうとしていたらしく、おいしそうな料理の匂いで目を覚ますと、しばらくして低くうなったイールがまぶたを開いた。

 のどが乾いている様子だったので、水を取りに行くついでにキッチンで料理を作っているアデレイドへ報告。

 アデレイドは「ああ・・・。良かった」と涙ぐんだが、はっと我に返ると「いけない!これだけでは足りないかも・・・!」とまた料理を作りはじめたので、水だけ持ってイールのところへ戻った(バルドーは診療台の上でいびきかいて寝てたので放置)。


「具合はどう?」


 水を飲ませて訊ねると、イールは即答した。


「腹が減った。」


 うん、だいじょーぶそう。

 うなずくあたしに、イールが訊いた。


「リオ、ここはどこだ?」


「イールを助けたいっていう謎の占い師のおねーさんに紹介してもらった、看板のないお医者さんの家。医者の名前はバルドーで、君を診てくれた。おねーさんの名前はアデレイドで、昨日丸一日寝てた君をずっと看病してくれた。ちなみに今日で二泊三日目。」


 自分で言いながらツッコミどころ満載だなーと思うこの説明で、イールはあっさりうなずいた。


「そうか。ではその二人にも礼を言わねばならんな。」


 何も考えてないのか、懐が深いのか。

 よくわからんなー、と思ったが、「何か食べたい」というのでとりあえずテーブルのある隣の部屋へ移動。

 「まだ歩けん」と、堂々と言いきったイールを抱えたのはあたしだ。

 アデレイドはたくさん作った料理を並べるので忙しそうだし、バルドーはまだ寝てるから、しかたなく。

 もちろん完全に自分の力だけでなんて運べるわけがないので、コッソリと“闇”を使った。

 なんて便利な力なんだろうとひそかに感動しつつ、誰にもバレないよう要注意。

 ・・・イールには見通されてる気がするけど。

 何も言わないから、とりあえずいいや。



「殿下。」



 そうしてイールを隣の部屋へ連れていくと、テーブルに料理を並べていたアデレイドがさっと片膝をついて頭を垂れた。

 ・・・今、頭下げる前に何か言ったけど。

 イスへおろされたイールは、アデレイドを見おろしてふと笑った。


「顔をあげてくれ。」


 言われるまま、黙って顔をあげたアデレイドをじっと見つめ、笑みを深くする。


「『星読みの魔女』の娘だな。よく似ている。」

「はい。アデレイドと申します。」

「ルシェリーとガウェインは息災か?」


「母は三年前に病で亡くなり、父は二年前に仕事先で事故に巻き込まれて亡くなりました。わたくしは亡くなる前に殿下の窮地を予見し、お助けするようにと遺言を残した母に従い、一年ほど前にこちらへ参りました。」


「・・・そうか。ルシェリーは命の借りを、命で返してくれたのだな。」


 そういえばお前の母は、美しい魔女の姿をした戦士だった。

 イールはなつかしそうな、悲しそうな目をして言う。


「礼を言う。ありがとう、アデレイド。」

「・・・はい。わたくしにはもったいないお言葉にございますが、いずれ冥府の父母へ伝えるため、この身にいただきたいと存じます。」

「ああ。頼む。」


 二人で完結されて、あたしは首を傾げた。


 わけわからんのですが。


 でも、へたに質問して、ますますイールの事情に巻き込まれるのも困るし。

 好奇心を優先させてイロイロ厄介事を背負った経験からいくと、ここはスルーしとくべきか?と思っていたら、イールがあたしを見て言った。


「リオ。アデレイドはわたしが二十年ほど前に助けた『星読みの魔女』、ルシェリーの娘だ。」


 うながすような視線を受けて、「はい」とうなずいたアデレイドが話しはじめた。



「二十年前、わたくしの母である『星読みの魔女』ルシェリーは、ヴァングレイ帝国の第二皇子に見初められ、側室になることを求められました。

 ですが当時、すでに心に決めた方がいた母は、それを拒みました。

 未来を予見することのできる唯一の存在である『星読みの魔女』は、決して束縛してはならない、という昔からの約定がありましたので、話はそれで終わるかと思われました。

 ですが、第二皇子はその約定に背いて母を捕らえたあげく、どうあっても己のものになろうとしない母に怒り、殺してしまおうとしました。


 そこを助けてくださったのが、こちらのイールヴァリード殿下なのです。


 殿下は母を助けたばかりでなく、当時母が恋いこがれていた竜騎兵の父、ガウェインとの間を取り持ち、国外へ逃がしてくださいました。

 二人は帝国の手の届かないイグゼクス王国の片隅にある、ちいさな街で、素性を隠しながらではありましたが、穏やかに暮らしました。

 長くは続きませんでしたが・・・。


 それでも、父母が幸福に生きた証が、わたくしでございます。

 殿下には命でも返しきれないご恩があると、父母からよく聞いて育って参りました。

 わたくしは母にはおよびませんが、『星読みの魔女』の力を受け継いでおりますので、いくらかお役に立つこともできるのではないかと思っております。

 どうぞ、何なりとお申し付けください。」



 昔語りは、アデレイドがまたイールに頭を下げて終わった。

 少年はため息をついた。


「やめてくれ、アデレイド。・・・まず、普通に座れ。」


 緊張した面もちでイスに座ったアデレイドに、淡々と言う。


「帝国と国交の無いイグゼクス王国で生まれ育ったお前にはわかるまいが、ヴァングレイ帝国はルシェリーが殺されかけた時から何も変わっておらん。第二皇子はいまだ存命で、しかもわたしの命を狙っている。ルシェリーによく似たお前がわたしに関わるのは、得策ではない。」


「やはり第二皇子が殿下のお命を・・・?!」


「リオに助けられて事なきを得た。案ずることはない。・・・今回、あれはやりすぎた。わたしの強運をあなどったこと、いずれ必ず後悔させよう。」


 一瞬、瞳に獰猛な光が宿り、剣呑な雰囲気がただようのにぞくりと背筋が凍る。

 ・・・これは。子どもの姿をしていても、敵には回したくない相手だ。


 息をのんだアデレイドに気づき、イールは慣れた様子で殺気を消した。

 穏やかに微笑んで言葉を続ける。


「お前はじゅうぶんに借りを返してくれた。いずれ天命に迎えられた時、冥府で眠る父母に、胸を張ってそう伝えてくれればいい。」


 はい、とつぶやくように言いながら、アデレイドはしゅんと肩を落とした。

 しおれた美女というのは、まわりを精神的に追いつめる力を無差別に発揮するということを、彼女はわかっているのだろうか(意外と純情だったし、わかってなさそーだなー)。


 イールもさすがに困った様子で眉を下げたが、黙ってやりとりを聞いていたあたしを見て、ふとイタズラを思いついた子どものような顔をした。


 ん・・・?

 なんか今、ぞくっと悪寒が。


「アデレイド。それで納得できんというなら、ひとつ頼みがある。」

「は、はい!わたくしにできることでしたら、何なりとっ!」


 勢い込んでうなずいたアデレイドに、イールはにっこり笑って言った。



「リオを口説き落とすのを、手伝ってくれ。」





 ・・・は?





 アデレイドとあたしの目が、点になった。





 「何のために口説き落とすのか」を省略して言ったのは、もちろんわざとな第七皇子です。リオちゃんがんばってー。巻き込まれちゃうよー、と口だけ応援な作者。気になってるのに、なかなかレグルーザの様子が見に行けませんねー。うーん。次こそはなんとか・・・。

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