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第三十話「これがあたし。」





 “闇”を渡って地上に戻ると、ローザンドーラに近い山道にいた。

 数日前にレグルーザと歩いたところだった。

 周りに誰もいないのを確かめてから、道を外れた森のなかに隠れてぐったりと座りこむ。



 どうしよう・・・?



 何をどうすればいいのかまともに考えられず、ただ途方に暮れていた。

 こんなの両親が死んだ時以来、初めてだ。

 頭が働かない。


 しばらくの間、ただひたすら呆然としていると、ふいに腕の中の子どもが動いた。

 ふらふらとまた手を持ちあげるのに、はっとする。


 自分のことで呆然としている場合ではない。

 おおきなケガをしているようには見えないが、ひどく弱っている様子だ。

 早くなんとかして、家へ帰さなければ。

 まだちいさいから、親はきっと心配しているだろう。


「だいじょうぶ?何かほしい?」


 水だろうか?食べ物だろうか?

 何かほかのものだろうか?


 様子を見ていると、ちいさな手があたしの腕をつかんで、かすかに引っ張る。


 手?指?なに?


 意味がわからなかったので、顔を見ようと頬のあたりに手をのばしたら、いきなり親指をがぶっと噛まれた。


「い・・・ッ!」


 思ったより歯が尖っているらしく、鋭い痛みを感じてびくっとした後、エイダにされたように魔力を吸われていると気づいて凍りついた。


 この子、人間じゃない?


 とっさに放り捨てようとしたが、邪気も害意も敵意も感じない子どもの姿に、どうしようもなく力が抜けて拒めなくなった。


 ・・・しょーがない。

 あたしが連れてきちゃった子だし、本格的に身の危険を感じるまでは我慢しよう。



 うう。

 この「食われてる」ぞくぞく感、すごいヤなんだけど・・・



 トリハダを立てながらなんとか耐えていると、ふと、鋭い眼であたしを見ていたレグルーザの姿が、脳裏に浮かんだ。





 力の使い方を間違えた代償に、レグルーザのそばにはもういられない、とか。

 このままほんとに「第二の魔王」とかいうのになっちゃったら、あたしは天音に殺されなきゃいけなくなるのか、とか。

 どうしよう、どうしよう、と、そんな言葉ばかりがずっと頭をめぐっていたけれど。





 予想外の刺激を受けて(噛みつかれて魔力喰われてる・・・)現実に戻ってきた今は、まずどうして自分が彼の前から逃げたのか、なんとなくわかってきた。

 それは、代償なんて呼べる理由じゃない。







 “闇”という力を持ち、しかもそれを使って生きものを傷つけたあたしが、レグルーザの目にどう映ったのか。





 ただ。


 それを知るのが、怖かったのだ。


 拒絶され、嫌悪されるかもしれないということが、怖かったのだ。







 なんのことはない。

 あたしは自分を守っただけ。

 傷つくことを怖れて、逃げただけ。



 なんて情けない。



 勝手にこぼれるため息に、よけいへこむ。



 禁書を持っていると言った時、あたしのことが怖くないのかと訊いた時。

 確かに、彼に拒まれることを覚悟していたはずなのに。



 今日。

 さすがにコレはムリだと思った瞬間、あたしがしたのは「忘れて」と言って逃げることだけだった。



 あまりにも情けなさすぎて、泣きたいのか笑いたいのかもわからない。



 なんでこんなのが“闇”なんて使えるんだと。

 使えたとしてもこんなのが「第二の魔王」なんて無いだろうと。

 それなのになんであたしなんだと。





 でも、これがあたしなのだ。





 ため息ではなく、意識して深く息をつく。

 自慢じゃないが、状況を飲みこむ早さにだけは、自信がある。

 厄介な相手から一方的に惚れられたりして、面倒くさい事件によく巻き込まれる美少女の義姉をやっていると、必然的に身につく基本技能(スキル)だ。

 ・・・まさかこれほどの厄介事にまで巻き込まれるとは、思いもしなかったが。



 ため息なんかついてたって、何の足しにもならない。

 そんなヒマがあるなら、この先のことを考えなければ。





 レグルーザは「今の力は」と訊いた。

 それが“闇”だと判断されるかどうか、あたしにはわからない。

 ただ、無害で善良な性質のものではないということだけは、はっきりと見たはずだ。



 事実、あたしの“闇”は凶器になる。



 望むまま実体の無い“闇”の剣で五体を切り刻むことも、形の無い“闇”の手を作って丸ごと握りつぶしてしまうことも、相手に触れることもなく無明の“闇”へ落して永遠に閉じ込めてしまうこともできる。


 それを防ごうとして魔法を使われたとしても、その魔法は“闇”に喰われた瞬間に無効化されて消える。

 あたしの〈全能の楯(イージス)〉でも、“闇”に喰われれば消える。

 魔法という「現象」より、“闇”という「力」の方が強いから。


 他にも、影から“闇”へ入り、離れた場所の影から出ることで、距離を問わず瞬間的に移動することができる。

 ただし、行き先は一度行った場所か、掌握した空間内と限定されているし、この力で元の世界へ戻ることはできない(なんか壁があるというか、次元が違う感じで)。

 一番肝心なトコで役立たずなんだよねー・・・


 ちなみに、空間を掌握するというのは、木が枝をひろげいくようなことで、枝葉におおわれた空間がすべてあたしの支配下となり、瞬間移動が可能な場所になる。

 だから自分の体がある地点からあまりに遠い、行ったことのない場所への転移はできない。

 それに、空間の掌握はそれなりに疲れるので(掌握する空間が増えると数十個とか数百個とかのテレビ画面をいっぺんに見るような感じになるから、情報過多で頭パンクしそうになる)、一度にあまり広大な空間を支配することはできない。


 加えて、目に見える範囲内なら、望むものを意図した場所へ移動させることもできる。

 生きものでも、物でも、重量制限なしで。


 影は“闇”に通じているから。

 太陽の照らす昼間ですら、影が無くならない限り、あたしにはそうしたことが可能だ。

 普段は意識せず感覚を断っていたが、夜の“闇”へ同調(シンクロ)したら、おそらく掌握できる空間のひろさや速度は格段に上がる。

 あたしの力は、当たり前のように夜と親しい。


 そんな。

 手足を動かすようにたやすく扱える上に、ほとんどあたしを消耗させないという。

 使い勝手の良すぎるこの力は、アホらしいほど無敵だ。



 なんでいきなりこんな力を得たのかさっぱり「?」だし、今はそんなヒマ無いので調べたいとも思わないし、“闇”を飲みこんだ腕輪は完全に沈黙して何の手がかりにもなりそうにないし。

 ほんとにわけわからんけど、とりあえず現状が現状だから、使えるものは遠慮なく使う。

 が、なんとも理不尽な力だとは思う。


 今のあたしと真っ向からやりあって殺せるのは、光の女神の加護を受けたとかいう天音くらいかもしれない(能力的な話だけで、天音に義姉を殺せというのは現実的にはムリだろうが)。

 あるいは、強い光ですべての影を消した状態にしておかなければ、近づくことすら難しいはずだ。

 ドラゴンでさえ「伏せ」で終わったくらいだから。



 ただ、知恵熱出したり短剣で指先切れたりしてたから、おそらく体はあまり変化してない。

 グサっと急所ヤられたら、あっさり死にそうだ。

 ・・・気をつけとこう。


 けれど、あたしが真っ向から受けて立たず、自分の影から“闇”を渡って逃げ出したら、追いつけるものなどまずいない、と思う。





 ・・・改めて考えると、ほんと「第二の魔王」的な能力(スペック)だな、あたし。

 しかもこの上に[血まみれの魔導書ブラッディ・グリモワール]と[黒の聖典(ノワール・バイブル)]がある。

 それで単語詠唱(ワン・スペル)で発動する大規模無差別攻撃(メテオストライク)とか習得してるくせに、回復魔法はひとつも覚えてないんだよ。



 なんかほんとに、魔王に取って代われそうな気がしてきたなー・・・



 過信はいかんとわかってはいるが。

 いっそこのまま北の大陸行って、魔王潰して、あたしが魔王になって、天音に手出ししないよう魔物しつけとこーか。

 可能なら、それから帰る方法探したほうが安全だ。


 でも、それはそれでイグゼクス王国の連中の思うツボになりそうで、ものすごいムカつくし。

 本格的に天音とか人類とかの敵になる気なんて無いし(コレが一番、ほんとに面倒くさそうでイヤ)。

 この世界の魔王は、この世界の人がなんとかすべき問題だと思うし。


 つまり。

 あたしと天音を勝手に巻き込んだヤツを喜ばせることなんか、ひとつもしたくないってコトだ。


 現状、あたしが理想とする目標は「魔王をそのままにして天音と一緒に帰る」こと。


 となると、もしやるとしたら、魔王を直接しつけとくくらいか。

 あたしの能力でそれが可能だった場合に、しつけられそうな相手ならっていう、いくつかの条件付きでの話だけど。



 ・・・うん。

 まあ、とりあえず最終手段ってことで、コレは保留にしとこう。





 横道にそれてしまった。

 今考えるべきはそれじゃなく。





 レグルーザ。



 逃げちゃって、ごめんね。

 でも、これから、どうすればいいのかな。

 君はあたしをどう判断するんだろう?


 あんなふうに逃げ出しちゃった後で、ものすごい戻りにくいんだけど・・・


 お願いした通り忘れてくれるのなら、それでいい。

 でも、もし、そうでないのなら。

 危険と判断されてしまったら?



 ・・・・・・んむ。



 いかん。

 考えがどうにも後ろ向きに流れてく。

 今はまだ、まともに考えるのはムリそうだ。


 放りっぱなしにするわけにはいかないだろうけど、今はすこしだけ、時間がほしい。

 国家権力とか大規模組織とかにあたしの危険性を知らせて狩りにくる、という可能性もなくはないが、数日見ていたところ、レグルーザはそういうのはしなさそうだと思うから。

 やるんなら準備万端の単騎か、少数精鋭の傭兵を集めて魔法使いを重点的に、


 ・・・じゃなくてね自分。


 とりあえず今は後ろ向き禁止だって。

 敵に回らないでいてくれる可能性も、なくはない、はずだし。

 それに賭けて、悪いけど、ちょっとだけ時間を置かせてもらおう。

 現在進行形で抱えてる問題もあるし(勢いで連れてきちゃった子どもと女の子たち)。





 ふと息をついて下を向いたところで、ぽろっと頬をこぼれ落ちる透明なしずくに気づいた。

 顔をしかめて空いているほうの手でぐいっとぬぐう。


 しまったな。

 いつから泣いてたんだろう。

 それどころじゃなかったし、頭真っ白だったから、覚えてない。


 レグルーザと別れた後ならいいんだけど。

 あんな理由で逃げた上に、去り際に泣いてたらサイテーだ。


 ・・・まあ、過ぎたことはどうしようもないんだけど。


 なんか、自分のことなのに、ちょっと意外。

 あたしは何で泣いてたんだろー・・・?





「第二の魔王を名乗るには、ずいぶんと無垢な血だな。」


 指から口をはなして、急に元気を取り戻した子どもが言った。

 はっと我に返って見おろし、ちょっと引く。

 今まで顔なんかまともに見てなかったからぜんぜん気づかなかったけど、なんてゆーか、将来美人さん間違いなし。

 金色の混じったあざやかな真紅の髪と目をした、怜悧な美貌の少年だった。


 まあ、いいけど。

 美形には天音とおかーさんと、ついでに天音の逆ハーレムで慣れてる。


「そんなの名乗ってないよ。もしかしてって話を、って・・・ん?さっきの聞いてたの?」

「意識はあった。魔力を極限まで削られていたために、動くことができなかっただけだ。」


 えらくしっかりした話し方をする。

 魔力飲んでたし、見た目通りの子どもじゃない可能性が高そうだ。


「今は動ける?」

「いくらかな。まだ本調子ではないが。」


「歩くくらいはできる?」

「酷なことを言う。わたしがどれほどあの忌々しい鎖に痛めつけられたか聞きたいか?」


「・・・ごめんなさい?」

「謝罪しているのか質問しているのか、はっきりさせろ。」


 何だろう、この子。

 たいへんな目にあったのは気の毒だと思うけど、なんでこんな偉そう?


「・・・君はどこの家の子?」

「それを訊いてどうする。」


「いや、お家帰りたいでしょ?教えてくれれば帰るの手伝うよ?」

「この姿のまま戻っても、殺されるのがオチだ。」



 ああー・・・。





 はい。

 厄介事でした。





 でも、今回は押しつけられるひとが手近にいない。

 勢いで連れてきてたいへんマズった。

 今からどっかに捨ててくるわけにもいかないし。



「だれか、頼れるひとはいないの?」

「封印さえ解ければ、誰に頼る必要もない。」



 また封印か。



 やだよー、関わりたくないよーと思いつつ「封印って何?」と訊くと、髪の毛をどかして首の後ろにあるイレズミのようなものを見せられた。

 呪文っぽいのはわかったけど、またしても読めない文字だった。


 こーゆーのを「泣きっ面にハチ」ってゆーんだろーなー・・・



「・・・それ、誰なら解けるの?」

「お前には解けんのか?魔法使いだろう?」

「あたしムリ。魔法は使えるけど、コレは読めない。」

「読めない?[呪語(ルーン)]で封じられているのではないのか?」


 [呪語]って何?と訊き返すと、魔法使いなのにどうして[呪語]がわからないんだ?と不思議そうに訊き返された。


 なるほど。

 [呪語]というのが今の魔法使いの主流言語なのか。

 ということは、あたしは主流から外れたのばっかり習得してるってこと?


 はー・・・。


 ため息をついてたそがれているあたしに、説明しろと少年がせっついた。


 何だろう、このむやみに偉そうな態度。

 さっきから嫌な予感しかしないんだけど。


「あたしがわかるのは[古語(エンシェント・ルーン)]と[神語(ミスティック・ルーン)]だけ。だから[呪語]は」


「[古語]と[神語]だと?」


 言葉を遮られて驚かれ、鋭い口調で訊かれた。


「お前はどこの国のものだ!」


 あー。

 なんかまたマズったぞ?

 ふいっと目をそらす。


「どこの国のものでもないよ。」


「・・・ふん?」


 すこし考え込んでから「よし」とうなずいた少年は、どーしたもんかと悩むあたしに言った。





「わたしはヴァングレイ帝国第七皇子、イールヴァリード。これよりお前をわたしの臣下として庇護してやろう。さあ、名乗れ。」





「・・・・・・。」


 なにがどーしてそーなった。





 ガブッとやられて現実に「おかえりなさい」。リオちゃん、なんとか精神状態を立て直しました。あと初めての能力説明に・・・。なってるといいんですが。けっこー思いつくまま書いてるんで。とりあえず矛盾しないよう気をつけまーす。あと、初めて素でリオちゃんに対抗できるひとが来ました。北の皇子、二人目のプリンス登場ー。リオちゃんにはあっという間に「厄介事」と判断されてしまいましたが。レグルーザと離れて、今度は自分が保護する側になりそーです。

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