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第二十九話「その、代償は。」

[残酷表現]があります。流血表現が嫌いな方や苦手な方はご注意ください。





 男の前の床に描かれたそれは、[黒の聖典(ノワール・バイブル)]に記されていた魔法陣に似ていた。



死神(デス)を召喚しようとしたの?」



 唇を微笑むように歪めたまま、自分でも不思議なほどいつもと同じ声で訊いた。


 血が凍ったように冷たい体がうまく動かせなかったので、渦を巻きながら立ちのぼってからみついてくる“闇”を使い、操り人形(マリオネット)のように手足を動かして瓦礫の山から下りていった。


 途中、広間のようなその空間をおおう透明な結界があったので、“闇”に喰わせて消した。

 これのおかげで【死霊の館】の崩壊から逃れられたようだ。

 結界が消えると、またたく間に石造りの床にヒビが入って、崩れ始めた。


 あたしは壊れてゆく魔法陣の四隅で永久の眠りに沈められた女の子たちを、毛布でくるむように“闇”のなかへ抱いた。

 これでもう、誰にも傷つけられはしない。



「お、おまえは・・・?!」



 黒ローブの男は驚愕と困惑の入り混じった様子であたしを見て、手にした杖を握りなおす。

 その目の瞳孔は不穏にひらいていた。



「その魔法陣、間違ってるよ。」



 あたしはいくらか足場の安定した所まで降りると、両手を伸ばす。



「生け贄の血も多すぎるから、契約のできる死神なんか来ない。」



 言いながら鎖で縛られ、檻に閉じ込められている子どもを、おいで、と呼んだ。

 “闇”を渡り、トサッと軽い音がして、あたしの腕の中へ落ちてくるのを抱きとめる。


 金属質な音を立てて、からっぽの檻の中で鎖だけが転がった。



「オマエが血に狂った“何か”を召喚して、八つ裂きにされるのを見てやりたい気もするけど。」



 腕の中。

 子どもの手がふらふらと持ちあがり、途中で疲れたようにぱたりと倒れて、ちょうど触れたあたしの服をかすかに掴んだ。



「そうすると、この子も巻き添えになるだろうから、却下。」



 崩れやすい瓦礫の山をのぼりながら、「待て!リオ!」と、レグルーザが叫ぶのが聞こえた。

 止めるのなら、来ないで。


 あたしは“闇”を使ってその足元の瓦礫を崩した。

 思った以上に派手に崩れていく瓦礫に巻き込まれるのを、レグルーザは後ろに飛んで避ける。

 かすかに苛立った低いその声が、すぐにも飛び立てる強力な騎獣を呼ぶので、応えかけたホワイト・ドラゴンの耳元に“闇”を伝ってささやいた。

 「伏せ」と。


 ホワイト・ドラゴンが硬直したのを感じ取りながら、黒ローブの男の狂喜した叫び声に意識を引き戻される。



「違う!儀式は成功した!!貴様こそ我が死神だ!!」



 そうか。

 あたしに死神になってほしいのか。

 確かにあたしには、それに似た力があるが。





 オマエの都合など、知ったことか。





「この子たちはどこから連れてきた?」


「おお!我が供物はやはり気に入ったか!」



 傲慢な笑みを浮かべ、あたしの腕の中にある子どもを指差す。



「その贄こそ地上で最高の血!小娘どもは下賤な孤児だが、それでも純潔の女たちだ!!」



 この男が狂っていることは、なんとなくわかっていた。

 それでも子どもの身元の手がかりがあればと思って訊ねた。

 女の子たちの身元もわかれば、遺体を家族のもとに帰してあげられるかもしれない、とも。



 思っていた、けれど。



 天音と同じ年頃の女の子たち。

 そして、まだ幼い子ども。



 全身を支配していた冷気が急速に消え、彼らを生け贄にして笑う男に対する、激しい怒りが燃えあがった。



 血が、沸騰するようだ。


 世界から光が失われてゆき、全身が熱くなる。


 そうして。









「オマエは、滅びたほうが、いい。」









 怒りに染まった“闇”が、牙をむく。









 黒い炎があたしの足元から、火山が噴火するように爆発して男に襲いかかる。

 何が起きているのか理解できなかったらしい男は、一拍置いて闇の剣で手足を串刺しにされる激痛に絶叫した。



 致命傷など与えない。

 意識を失うことなど許さない。



 生きたまま死よりも重い痛みを。

 もう二度と目覚めない、四人よりもひどい苦しみを。



 そしてその末に、魂まで消えてしまえばいい。





 灼熱の太陽よりも熱い激情に喰われた、直後。

 イグゼクス王国王城の宝物庫で見つけてから、ずっと服の下にはめていた黒い腕輪が。







 鳴いた。







 あたしの左腕をおおっていた服の袖が、一瞬でチリと化して崩れ消え。

 腕輪からばさりとひろがった、鳥の羽根のような漆黒の翼が。



 ローブの男に突き刺さる激情の“闇”を。

 あたしを包んで燃えあがっていた怒れる“闇”を。



 ブラックホールのように、際限なく飲みこんでゆく。







 夜の淵から響いてくるような、鳴き声をあげながら。






 わけもわからず唐突に力を奪われてゆくことに、不思議と恐怖は感じなかった。

 腕輪も、そこからひろがる一枚の黒い翼も、どうしてかなつかしくて、愛おしくて。

 自分であって自分でないものがつぶやく声を、遠く聞いた。







 こんなところにいたの・・・?







 女の子たちを包んでいるもの以外の、すべての怒れる“闇”を飲みこむと、腕輪は鳴くのをやめた。

 すると大きくひろがっていた一枚の翼は、薄いガラスが砕けるような音を立ててあっけなく散り。

 雪のように舞い落ちながら消えてゆく、黒い羽根のなかで。

 また、ただの黒い腕輪に戻った。





 “闇”とともに激情を奪われたあたしは、子どもを腕に抱いたまま、虚脱してくたくたとその場に座りこむ。

 そして、床に倒れて泣きながら嘆き、何かをののしる狂った男の声だけが響く奇妙に静かなその場で、数歩先にレグルーザがいることに気づいてのろのろと顔をあげた。



 彼のかたわらには、ホワイト・ドラゴン。



 そう。

 君は、あたしへの恐怖を越えて、ご主人さまに従ったんだね。

 エライじゃないの。







「・・・リオ。今の、力は。」







 鋭い眼差しであたしを見据える彼との旅は、これで終わりだ。


 怒りにまかせて“闇”を使い、望むまま生きものを傷つけた。


 そう、彼には言わなかった、“闇”を、使って。


 ただそれを持っているだけなら、まだ、そばにいられたかもしれないけれど。


 あたしは使い方を、間違えたのだ。


 その、代償は。











 レグルーザ





「あたし、ほんとうに第二の魔王だったら、どうしよう・・・?」





 鋭かった青い眼が、驚いたように見開かれるのに、自分が何を口走ったのか、数秒遅れて理解した。




 いまさら何を求めているのだろう。

 こんなところを見せた後に、何と言ってほしいと思っているのだろう。


 人のことなど言えやしない。

 あたしだって、じゅうぶん傲慢だ。




 そう思ったら、いきなり。


 一気にいろんな感情がわきあがってきて、どうすればいいのかわからなくなって。


 自分が何を考えているかもわからないくらい、頭が真っ白になって。





「ごめん、なさい」





 ふるえる声で、つぶやくように。





「あたしのこと、わすれてください」





 それだけ言って、子どもを抱いたまま“闇”を渡った。





 リオちゃんパニックで逃走しました。腕の中にえらいの連れてますが。あと、腕輪がようやく鳴いてくれました。鳴かない方が平和なんですが、あんまり静かだと作者まで忘れそーに・・・。レグルーザはさすがに“闇”のなかまでは追えないので、瓦礫のなかに置き去りです。リオちゃんは義妹と違って一瞬で人ごみにまぎれられるので、逃走は得意中の得意。まあ、お荷物が無ければ。

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