第二十八話「死霊の館。」
[残酷表現]があります。流血表現が嫌いな方や苦手な方はご注意ください。
〈異世界二十三日目〉
雨が止んだので、ようやく初めてのダンジョン【死霊の館】へ出発。
・・・なのだが。
昨夜、隣の部屋でドタバタ物音を立てて「やめろ!」と怒鳴っていたレグルーザは、出かける前からちょっとお疲れ気味だ。
どうも就寝後をエイダに襲われたらしい。
が、まあ、アレな声は聞こえなかったので、どうにか撃退したのだろう(たぶん)。
薄い壁の向こうで十八禁な世界に突入されなかったことにほっとしつつ、レグルーザはあたしにトドメ刺した報いだと思ったが、とりあえず伝説の武器に宿る精霊なのにアレはどうなんだ?と製作者をガタガタゆさぶってやりたい気持ちでイロイロいっぱいだ。
封印されるはずだよ、エイダ。
でも、レグルーザはあーゆー美女は好みじゃないのだろーか?
エイダ、えらい積極的な据え膳なのに。
最後の方、「溶岩の海に沈めるぞ」って、わりと必死に脅してたけど。
人型だからダメだったとか?
じゃあ、獣人の姿だったらだいじょーぶ?
・・・うん。
まあ、深く考えるのはやめとこう。
いつだったかおとーさんが、「男っていうのは意外と繊細な生きものなんだぞ・・・?」って涙目で言ってたけど。
女に生まれたあたしには、考えてもよーわからんし。
朝食をとってからローザンドーラを離れ、だいぶ歩いたところでようやく止まった。
レグルーザは耳をぴたりと伏せて、ドラゴンの骨で作られているとかいう白い笛を吹く。
ホワイト・ドラゴンを呼ぶ合図だ。
犬笛のようなものらしく、あたしには何も聞こえなかったが、吹いた瞬間、レグルーザの毛並みがかすかに逆立ったのに気づいた。
そして吹き終わると、ぺたっと伏せていた耳をしきりと動かす。
「イヤな音なの?」と訊くと、はっきりとは聞こえないが、どうにも神経が逆なでされる感じがするという。
世話の要らない強力な騎獣というのは楽なものだろうと思っていたのに、呼ぶたびにそんな微妙なダメージを負っていたとは予想外。
しかもほかの方法ではうまく呼べないというのだから、気の毒なことだ。
まあ、あたしにはまったく聞こえないので、何のダメージもなかったが。
今回は短い、空の旅。
【死霊の館】はローザンドーラから山をひとつ越えただけのところにあったので、さほどかからず到着した。
館の外で「待て」を命じられたホワイト・ドラゴンは、忠犬よろしくその場にうずくまる。
何が起きるかわからないので、鞍と手綱はつけたまま。
だいぶあたしに慣れてきたので、すべすべなウロコを撫でて「いってくるねー」と言うと、くるるるる、と意外にも可愛い声で鳴いて返事してくれた。
ご主人さまと同じでゴツかわいーのねー。
そういえば、ダンジョン探険なのでいちおうナックルを装備しとこうと思って亜空間から取り出したら、レグルーザに止められた。
それを装備するのは「俺がそばにいない時だけにしてくれ」と前にも言われたことを繰り返され、「危ないと思ったら〈全能の楯〉を出せ」と指示される。
だからナックルで無差別攻撃はしないよ、と思ったが、真剣な顔を前にして言うに言えず。
結局、街をふらつくのと同じスタイルで行くことになり、さすがにあたしもちょっと首を傾げた。
いいのかこれで?
・・・うーん。
まあ、いいか。
ちなみにレグルーザは槍を装備。
「宿に置いてくるわけにもいくまい」と、いささか不機嫌そうに持ち歩いている。
伝説の武器に対する扱いではないが、中身がエイダだから、しょーがないと思う。
そうしてふたり、三階建てくらいの、古い図書館みたいな外観の【死霊の館】へ向かった。
今までに何人もの魔法使いや傭兵が来て探索している、古いところだと聞いたのだが、どこも壊れていないし、クモの巣も無くてとても綺麗に見える。
何でだろう?と首を傾げたら、館そのものに強力な復元の魔法がかかっているからだ、とレグルーザが教えてくれた。
ふーん。
外から見るかぎりではよくわからないが、家が好きな魔法使いだったんだろーか。
まあ、いいや。
あたしは気楽に一歩入って。
「うあー。なにココ。魔法がぎっちり。」
目を丸くした。
その場にあるものすべてに魔法がかかっているようで、あんまり見ていると目が疲れそうだ。
しかも、あたしの知らない文字で作られている魔法ばかりで、意味不明。
そんなわけはないだろうが、嫌がらせのようでちょっとイラついた。
「あ。これは[古語]だ。」
「むやみに触るな。」
唯一わかるものがあったのが嬉しくて、玄関広間にあるおおきな絵画の前に行って手をのばしたら、レグルーザに止められた。
確かに、不用意に触ると危ないのかも。
変な魔法はかかってなさそうだけど、物理的な罠があるかもしれないし。
白いドレスを着て椅子に座った、金髪でゴージャスな美女の肖像画なので、あんまり警戒心わかないんだけど。
あたしはとりあえず触るのはあきらめて手をおろし、その絵画のなかに織り込まれている[古語]を読んだ。
「〈右の手袋〉、〈赤い花〉、〈湖にうつる虹〉、〈手のひらの雪〉」
ひとつ読むたびに、次の言葉が浮かびあがるように見えてくる。
これは何だろう?
首を傾げて、最後に出てきた言葉を読んだ。
「〈鳴らない銀の鈴〉」
とたん、絵画がパッ!と光り、その前にいたあたしとレグルーザは、違う場所へ飛ばされた。
レグルーザがとっさに槍をかまえてあたりを警戒している隣で、あたしは「ほほー」とその部屋を見渡す。
博物館の、目玉展示室みたいな部屋だった。
あたしたちはがらんとした豪奢なその空間の、奥の壁の前にいる。
その壁には、玄関広間にあったのと、まったく同じ美女の絵がかけられていた。
また魔法だらけだが、ここのは[古語]だったので、解読可能。
「・・・リオ、何をした?」
部屋の魔法を解読しようと目をこらしていると、敵がいないのを確認したレグルーザが訊いてきた。
「絵に書いてあった[古語]を読んだだけだよ。呪文じゃなかったし、絵に織り込まれてたのは転移の魔法の出口みたいな魔法陣だったから、べつに何ともないだろうと思ったんだけど。あたしが読んだあれ、魔法陣を逆走させるキーワードだったみたいだねー。」
あたしは「それよりも、アレじゃない?」と中央の石の台を指差す。
その上に置かれていたのは、濃い色つきの空気を持った、一冊の本だった。
うん。
魔導書。
これが魔法使いウォードの[琥珀の書]かなー?
レグルーザは、がっくりとうなだれた。
「来ていきなりか・・・。実在しないとも言われていたのだが・・・・・・」
そんなこと言っても、見つけちゃったものはしょーがないでしょ。
だいじょーぶ?と訊いても首を横に振って何も言ってくれないので、あたしはその魔導書を見に行った。
あ。良かった。
鍵は付いてるけど、封印はされてない。
見てみようと手をのばしたところで、服を掴まれて引き戻された。
いつの間にか復活していたレグルーザだ。
「触るなと言っているだろう。何が仕掛けられているか、わかったものではない。」
「あー。それはたぶん、だいじょーぶ。あのドア開けないと、この部屋の罠は動かないようになってるみたいだから。」
部屋にひとつしかない向かいの壁のドアを指差す。
それと。
「この本どかすと、この家の魔法がぜんぶ解けるようになってるみたいだよ。いっそこれ取って、復元の魔法無効化して、家ごと潰しといた方が安全じゃない?」
「・・・・・・お前の「安全」の基準がわからん。」
あたしにしては画期的な提案だと思ったのだが、なぜだか賛成してもらえなかった。
何でだろう?
死霊のウロつく家なんて誰も住みたがらないだろうし、壊しといた方がみんな安心だろうに。
レグルーザはあたしがそう説明しても、家そのものを潰すことには賛成してくれなかった。
が、とりあえずその魔導書を取って、家にかかっている魔法を解除することには賛成してくれた。
物理的な罠が仕掛けられている可能性もあるので、魔導書を取るのはレグルーザがやった。
何も起きなかったので、そばで見ていたあたしはほっとした。
「おそらく、この館の持ち主用のルートで来たのだろうな。」
魔導書を見おろしたレグルーザに言われ、なるほど、とようやく気づいた。
あたしはダンジョン製作者用の抜け道を使って、途中のルートを全部すっ飛ばし、いきなり最終宝箱のある隠しマップに来てしまったらしい。
あー・・・。
とりあえず、ごめん?
レグルーザに魔導書を渡されたので、亜空間へ収納した。
本当はじっくり見てみたいのだが、なんかヤバそーな音が聞こえてくるので。
「レグルーザ、この家、急にミシミシきしんできてない?」
「・・・ふむ。魔法が解けたことで、これまで止められていた時間が一気に流れ始めているのかもしれんな。・・・ここも崩れかねん。リオ、入口へ戻れるか?」
「うん。さっきの絵の魔法陣から戻ろー。」
ぱたぱたと絵画の前に戻り、ぺしっと魔法陣の中央を叩いて魔力を送り込み、転移の魔法を起動させる。
こっちの魔法陣は入口の方だから簡単だ(この時のための脱出用?)。
絵画はふたたびパッ!と光り、あたしたちは玄関広間にあるもう一枚の前に移動。
いよいよ本格的に老朽化して崩れていく【死霊の館】から、急いで飛び出した。
今からホワイト・ドラゴンで飛び立つのでは、思いっきり土煙を浴びそうだ。
レグルーザにホワイト・ドラゴンを押さえておいてもらい、あたしは防御魔法をいつもよりおおきく広げて展開した。
「〈全能の楯〉」
虹色のシャボン玉がうずくまっているホワイト・ドラゴンごとあたしたちを包む。
その向こうでひとつの建物が地響きをたてて崩れていくのを見ながら、あたしは心の中でつぶやいた。
ごめんねー、天音。
ダンジョン一個、壊しちゃったよ。
まあ、天音はこれを知っても怒らないだろーけど。
【死霊の館】なんて、あの子が行きたがるトコじゃないから。
とか思っていたら、耳障りな悲鳴が聞こえてきた。
「あれ?・・・ねぇ、レグルーザ。死霊が太陽に灼かれて消滅してくよ。あー。家が無くなって、隠れるトコがなくなったからか。わざわざこんな所に出てくるから・・・。ん?死霊消滅?これってお仕事完了?」
「・・・横暴な。」
「なんでこっち見て言うの。あたしが壊したんじゃないでしょー?」
それより結局[黒の聖典]の出番なかったねー、とか話しながら土煙がおさまるのを待ち、【死霊の館】が瓦礫の山と化してしばらく経ってから、〈全能の楯〉を解除。
閉ざされていた空間に、周りの空気が流れ込んできた。
瞬間。
ざわりと全身があわ立ち、すさまじい悪寒にふるえる。
レグルーザは毛並みを逆立てて身構え。
ホワイト・ドラゴンはむっくりと起きあがり、地響きのような声でうなる。
この、匂いは。
ひどくなまぐさい、鉄サビに似た。
血の、匂い。
それに。
とてもちいさな、すすり泣く声。
「待て、リオ!」
ほとんど無意識に走り出していて、背後から呼ぶ声に答えるヒマも、振り向く余裕もなかった。
泣く声は天音くらいの年頃の女の子のものだと、カンでわかった。
起きてはならないことが起きていると、強烈な血の匂いが知らせていた。
ラルアークがさらわれそうになっていた時と同じ本能が目覚めていた。
ただし今は、あの時以上に強い焦燥感があたしを突き動かしている。
すすり泣く声が、今にも消えてしまいそうなほどちいさく弱くて。
安定の悪い瓦礫の山を駆けのぼり、声が聞こえた方向を見おろし。
目にした光景に、全身の血が凍りつく。
「なんだ貴様ッ?!」
血走った目をした黒いローブ姿の男が、瓦礫の山の崩れる音であたしに気づいて叫んだ。
すべて崩れたはずの【死霊の館】で、その広間のような空間だけがぽっかりと無傷だった。
そして、その男の前の床には、見覚えのある巨大な魔法陣が描かれ。
中央には鎖で縛られた上に檻へ閉じ込められた子どもが置かれ。
魔法陣の四隅にはそれぞれ拘束された女の子が四人、むき出しにされた腕を深く切られて転がされ、白い石造りの床に赤い池のような血だまりをつくっていた。
天音と同じくらいの年頃の女の子たちだった。
四人のうち、三人はもう息をしていないことがわかった。
かすかにすすり泣いていた最後の一人は、呆然としているあたしの視線の先であえぐように息をつくと、疲れたようにぐったりと力を失って、それきり動かなくなった。
生きものを生きものにしている何かが煙のように消えてゆき、彼女が永遠に去るのを感じた。
―――――― ・・・・・・
音もなく。
足元の影から噴き出し、竜巻のように渦を巻いて立ちのぼってきた“闇”に体が包まれた。
そして。
見あげてくる男の血走った目が、燃える“闇”を映して、極限まで見開かれるのを眺めおろし。
コトリと、首を傾げると。
黒い炎のなかで、あたしの唇は微笑みによく似たかたちに歪んだ。
(城戸一輝さんからいただきました。2011年4月23日掲載。)
いつもよりだいぶ長くなりました。初めてのダンジョン探険です。裏道を通って一瞬で終了しましたが。あったかもしれない宝箱やトラップは、ぜんぶ瓦礫の下ですよー。そして。リオちゃんがぶち切れました。ダークモード発動?しばらくはシリアス(?)になりそーな感じ・・・。
2011年4月23日追記。イメージイラストをいただき、許可を得て掲載しました。このイラストの著作権は城戸一輝さんにあります。美人なリオちゃんをいただき、ありがとうございます♪