第二十七話「トドメの一撃。」
「元は俺の槍だ。野放しにしておくわけにもいくまい。」
疲れた様子のレグルーザが真面目にもそう言うので、あたしはしょーがなく、しぶしぶと、嫌々ながら紫紺の不審者に血をあげることに同意した(もう一つの選択肢なんて論外!)。
それで、指先を切ってお皿か何かに落そうと思ってたら、傷口に直接口をつけて飲むと断固主張された。
調子乗るなよこの不審者、と思って睨んだら、あたしの体を傷つけすぎないようにするためだと言われて、ちょっと拍子抜け。
美女の姿をした不審者は、ほんのすこし傷をつけてくれれば、後はそこから魔力の流れを飲むから、あたしはそれほど血を失うことはない、と約束した。
貧血気味ってわけじゃないけど、こんなのでいっぱい献血するのもイヤだったので、しょーがなく短剣で指先をちょんとつついて差し出した。
《 おお・・・。これはまた・・・。この魔力は、なんと旨い・・・。 》
ひんやりと濡れた唇に指先を吸われながらそんなことを言われ、全身トリハダのあたしは口を閉じているので必死だった。
今口を開いたら、悲鳴のかわりに[古語]で〈隕石落し〉叫ぶと思う。
ああ、食われてる・・・
なんかあたし、食われてるよー・・・(涙目)
ちなみにこのやりとりの間、あたしはずっとレグルーザの肩にしがみついている。
肩こりになったら後でマッサージでも何でもするから、今は助けてください・・・
居心地が悪いのかいつもより怖い顔になってるレグルーザが、しばらくしてからとがめる口調で言った。
「・・・精霊よ。飲みすぎではないか?体が光ってきているが。」
《 さほど飲んでおらぬが、わらわの霊格が上がってしもうたのう。この娘の魔力が、それだけ純粋で濃いのじゃろう。 》
ようやく指先から唇を離した不審者は、浮世離れした美貌にすごみのある笑みを浮かべた。
《 顔も体もそこそこじゃが、身の内を流るる魔力はまこと、極上。悦びにおびえる幼き反応がまた、初々しゅうて良いのう。 》
良いって何が!
ていうか、あたし今けなされたの?ほめられたの?
・・・うう。
どっちも嬉しくないー・・・
手首を掴む白い手をはたくようにして、あたしは自分の手を引き戻した。
《 そのように拒まずともよかろうに。わらわと戯れるのは心地良いぞ? 》
ひーーっ!と叫ぶかわりにレグルーザの毛並みに顔を埋め、耳をふさいだ。
おおきな手がぽふぽふと背中を撫でてくれるけど、トリハダはおさまらない。
「あまり言ってやるな。見ての通り、これはまだ子どもだ。・・・しかし、お前のような精霊は初めて見る。それに先の、リオの話。お前が宿る槍は、本当にライザーの作なのか?」
《 ライザーか。懐かしい名を聞いたものじゃ。・・・さよう。わらわはライザーと契約し、この器を得た雷の上位精霊。銘は[形なき牙]という。 》
銘を聞いて、レグルーザは驚いたようだった。
「[失われし頁]のひとつか!・・・なるほど、目録にないはずだ。」
気になったのでどういうことか聞いてみると、ライザーの作品目録には三枚だけ破り捨てられているページがあり、そこに書かれていた三つの武具については、ライザーがあまりの強力さに破壊したか、封印したと言われているのだと教えてくれた。
そして、失われた三つの武具はその銘だけが伝承に残っていて、いまだに探している者もおり、時々「これこそが[失われし頁]の武具だ!」と偽物を振り回すひともいる、とのこと。
そうした噂話に出てくる銘のひとつが、[形なき牙]なのだそうだ。
とりあえず、昔の有名人が作ったたいへんな物だということは理解した。
しかし、目の前の不審者は、きっと違う意味で封印されていたんだろうと思う。
うん。こんな危険物、ぜひ封印しとくべきだ。
ああ、もう、破るんじゃなかったよ・・・・・・
《 鍛冶師としても、魔法使いとしても優れた男じゃったが、あれは名付け心が欠けておる上、意気地ものうて。わらわが誘うてやるのに、のらくらと逃げてばかりで、まったく、つまらぬ男であったわ。 》
製作者ですら逃げてたのか。
わかる気もするけど、自分で作ったものくらいコントロールしとけよ。
というか、しつけぐらいしといてほしい。
初対面のひとを襲っちゃいけませんとか、基本以前のハナシでしょ?
《 ところで、そなた。 》
不審者がレグルーザに呼びかけた。
《 そなたは、その娘を守っておるのか? 》
あたしを指差して訊く。
お願いしたのは護衛じゃなくて、助言者なんだけど。
しがみついている今は、何も言えない・・・
「・・・そのようなものだ。」
レグルーザがうなずくと、不審者はにっこり笑った。
《 ふむ。良かろう。そなたと契約を交わすこととする。わらわに名を与えよ。 》
どこまでも一方的。
精霊ってみんなこう?
夢が壊れるなー・・・
ぐったりしているあたしを片腕に抱いたまま、タフなレグルーザは不審者に答えた。
「契約の名か・・・。エイダ、ではどうだ?」
「高貴」という意味だと言われ、不審者は満足げにうなずいた。
《 そなたは精霊の質を心得ておるようじゃな。よかろう。これよりわらわの名は、エイダ。よろしゅう頼む、主よ。・・・ああ、くれぐれも、その娘より離れるでないぞ。 》
自分のゴハンだから?
コイツは高貴じゃなくて高慢だ。
勝手なことをほざき、あたしに流し目をよこして(背筋が凍ったよ)槍に戻った。
なんとも言えない沈黙のなかで、雨音だけが響いている。
あたしはレグルーザの腕から下ろされると、そのまま床にぺしゃりと座りこんだ。
なんかちょっと、立てない。
「・・・ごめんね、レグルーザ。肩こってない?」
しばらく後にぽつりと訊くと、「いや、大丈夫だ」とレグルーザが答えた。
そして、それよりも、としみじみした口調で言った。
「お前にも弱いところがあったのだとわかって、ほっとした。」
「・・・・・・」
トドメの一撃だった。
リオちゃんにとってはさんざんな日になりました。きっとまるまって寝ただろうと思います。レグルーザの方は、とりあえず伝説の武器とリオちゃんの弱点情報を入手。良かった、の、かなー・・・?
次回はけっこーな[残酷表現]が入ります。エイダとは違う意味で[R15]な感じです。流血表現が嫌いな方や苦手な方はご注意ください。