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第二十五話「お願い。」



 〈異世界二十一日目〉







 昨日の夜から降り出した雨がやまない。

 ぱらぱら降ってたり、止んだりもするんだけど、時々ものすごい土砂降りにもなる。

 ので、みんな宿屋に缶詰め状態。


 昨日は綺麗に晴れてたのに。

 山の天気が変わりやすいって、ほんとなんだねー。





 朝ごはんの後、レグルーザは雨のなか『傭兵ギルド』へ出かけ、あたしは食堂で他の客と([竜の血(ドラゴン・ブラッド)]を飲んだのが縁で仲良くなった人たち)雑談をして過ごした。

 あたしは雑談ついでに【死霊(レイス)の館】について、情報を収集した。



 昨日と今日の話を総合すると、こんな感じ。




 【死霊の館】は、ずいぶん前に活躍した有名な魔法使い、ウォードの家。


 ウォードは普通の人よりもずっと長い時を生きたが、一度も弟子を取ることなく、自分の知識のすべてを一冊の魔導書(グリモワール)、[琥珀の書(アンブロイド)]に記して亡くなった。

 そして終の棲家となったローザンドーラに近い館のどこかにそれを隠し、見つけて封印を解いたものに譲る、という遺言をのこした。


 遺言を知った後世の魔法使いたちは、いろいろな魔法を駆使して探したようだが、誰一人見つけることができなかった上、無茶したヤツが呼び出した死霊(レイス)が棲みつき、夜な夜な仲間を呼んでウロつくようになってしまった。

 それでも[琥珀の書]は見つからなかったというので、そんなものはもとから存在しないか、知らない間に誰かが手に入れてしまったのではないかと言われ、今では探しに行く魔法使いはほとんどいない。


 結果、困ったのはその館に近いローザンドーラの住人たち。

 確かに、近所に死霊の棲みついてる家なんてあったら、迷惑以外のなにものでもない。


 『傭兵ギルド』に解決を依頼しているらしいが、一度死霊の棲み処になったところを綺麗にするのはたいへん難しいとかで、未だ解決されておらず、困りきった人たちは「最近召喚されたとかいう「勇者」さまに頼んでみようか」という話をするようになった、という訳だ。




 昔のはた迷惑な魔法使いのせいで、いらん苦労が増えた。


 うさ晴らしにカードゲームに誘ったら何人か賛成してくれたので、宿のカードを借り、飲み物や軽食を賭け金代わりにして遊んだ。

 そしたら帰って来たレグルーザに冷たい目で見られたので、用意しておいた乾いたタオルを取り、女将さんにあたたかい飲み物を出してもらった(カード借りる時にお願いしといた)。


 雨のなかお疲れさまでした。

 君のことを考えてなかったわけじゃないんだよー。



「嬢ちゃん、『神槍』の連れなのかい?」



 やめろと嫌がるレグルーザの毛並み(レインコートみたいなの着てて、そんな濡れてなかった)を無理やり拭いていたら、一緒にカードゲームをやっていた傭兵風のにーちゃんに訊かれた。

 連れってゆーか、と何と答えたものか考えてたら、レグルーザが「依頼人だ」とひとこと言ってあたしを片腕で持ち上げ、女将さんの持ってきた飲み物のカップを受け取ってその場から離れた。


 いきなりだったのであたしもびっくりしたけど、周りの人たちもびっくりしていることに気づき、にっこり笑ってひらひら手を振る。

 だいじょーぶだよー。

 あっけにとられている人たちのなか、愛嬌のあるひげ面のおいちゃんが、にやりと笑ってひとり手を振り返してくれた。

 遊んでくれてありがとー。



 そのまま階段の上へ連れられていき、廊下ですとんとおろされたので目の前にあったドアを開け、レグルーザの部屋にお邪魔する。

 彼がなんだか変に沈黙しながらお茶を飲んでいるので(猫舌だから吹きさましながら飲んでるのが微笑ましい)、『傭兵ギルド』で【死霊の館】の仕事が受けられたかどうか、あたしから訊いた。


「・・・ああ。問題無い。」

「それは良かった。そーいえば、どれくらいのランクの仕事なの?」

「ランクBと聞いたが。」

「ふーん?・・・あ、レグルーザのランクは?」

「Sだ。」


 SっていったらAの上の、数の少ない高ランクだと聞いた気がするけど。


 はー。

 そりゃードラゴンも従うわ。


 内心で驚きながら納得しつつ、レグルーザがつっこまれたくなさそうに淡々としているので、ふーんとうなずいて仕事の内容へと話題を移した。




 『傭兵ギルド』依頼ランクB

 依頼者「ローザンドーラ住民代表ジョウン・カレル」

 依頼内容「魔法使いウォードの館に出現する死霊を討伐してください。」




 レベル的には中盤以降のダンジョンっぽいかなー?

 急ぐ必要はなかったかもしれないけど、まあ、いいや。


 あたしが収集した情報を話すと、地元だけあって噂は確かだとレグルーザがうなずいた。

 ならば目的は、予定通り死霊の根こそぎ消去だ。

 あたしは自分の魔力の限界値もわかってないので、とりあえず腕試し。

 [黒の聖典(ノワール・バイブル)]があるし、全属性の防御魔法もあるし、いざとなったらレグルーザがいてくれるわけだし。


 うん。

 きっとだいじょーぶ。


 巻き込んで悪いけど、よろしくねーなんてお願いしていると、レグルーザがそれはいいがと、ほんとにどうでもよさそうに答えて言った。


「リオ。話しておかなければならないことがある。」


 なに?と見あげると、ラルアークと一緒にいた時、盗賊の残党に襲われたことを覚えているか、と訊かれた。


 あー。

 さっきから何か考えてんなー、と思ってたら、それか。

 いきなり『神槍』って呼ばれたから、警戒したのかな。

 普段からそんなふうに呼んでくる人、今までいなかったし。


「レグルーザと一緒にいると、今度はあたしが標的になるかもって話?」

「・・・そうだ。」

「それはだいじょーぶ。ラルアークの時でわかってるから、最初から覚悟してたし、それなりに警戒もしてる。だからあたしは問題なし。」


 それについて問題なのは、むしろレグルーザの方じゃないかと思う。

 俺の事情に巻き込めん、とか言って置いてかれたら、あたしが困るんだよー。

 レグルーザはそういうの、気にしそうだし。

 んー。

 どーやって説得したものか。


「そーゆー攻撃してきそうな人のなかに、あたしの魔法破れそうなのいる?」

「それは、わからんな。そもそも、俺はお前が魔法を使うところを見たことが無い。」


 言われてみれば。

 そうだったね、とうなずいて、あたしは[古語(エンシェント・ルーン)]を唱えた。



「〈全能の楯(イージス)〉」



 ふわりと虹色のシャボン玉みたいなのに包まれる。

 レグルーザはかすかに目を見開いた。


「・・・古代上位魔法を、単唱発動(ワン・スペル)か。」


 耳がへにょんと折れた。

 うわ。

 レグルーザのは初めて見たけど、やっぱりかわいーわー。


 感動しているあたしに、レグルーザはあきらめ口調で言った。


「お前はどこまでも常識を踏み外していくな・・・」

「え?何か、オカシイの?」


 知識を流し込まれた頭の中と、体の中の魔力で魔法陣を構築してるから、あたしの覚えてる魔法はぜんぶ単語詠唱で発動するんだけど。

 やり方は[血まみれの魔導書ブラッディ・グリモワール]で魔法と一緒に覚えさせられたし。

 首を傾げるあたしに「気にするな」と答え、レグルーザは触ってみていいかと訊いてきた。


「いーけど、」


 返答を最後まで言う前にレグルーザが伸ばした手は、虹色のシャボン玉をするりと通過。

 あたしの頭の上に、ぽむ、と着地した。


「・・・・・・通過したが。」


 あたしは頭の上にレグルーザの手を乗せたまま、返答の続きを言った。


「レグルーザとラルアークと天音はすり抜けるよ。」

「・・・なぜだ。」

「あたしが受け入れてるから、魔法陣がそうなっちゃってるんだよねー。」


 レグルーザは手をはなし、気難しげな顔であたしを見おろした。


「俺がお前を攻撃したら、どうする。」

「んー?そうだなー。何か、理由があるんだろうと思うだろーね。」


 でもその時は、あんまり痛くないようみね打ちにしといてね、とお願いすると、肩を落とされた。


「あまり軽々と他人を信用するな。お前は異なる世界から来たのだろう?魔物も魔獣も、獣人もいない世界から。・・・俺が、恐ろしくはないのか。」


「レグルーザが?血族の子どもっていう理由だけでラルアークを保護して、会ったばっかの自称「旅人」の買い物に、一日付き合ってくれるのに?恐ろしいと思う理由は、あたしには思い当たらない。」


 かるく肩をすくめて言い、続ける。


「それと、軽々しく信用したつもりはないけど、そのへんは個人的な受け取り方によるから何とも言えない。世界が違うっていう話なら、受け入れるのはたぶん、あたしよりレグルーザの方が難しいと思ってる。」


「・・・俺が?」


「あたしは自分が元いた世界を知っていて、違う世界であるここを「違う」って認識してる。でもレグルーザは、あたしが元いた世界なんて知らないから、あたしの言うことを聞いて判断するしかないわけでしょ。しかもあたし禁書持ちだし。怖がるなって方がムリなヤツだって自覚くらい、あるよ。」


 そこんトコどうなの、といい機会なので聞いてみる。



「レグルーザはあたしのこと、怖いと思わないの?」



 銀色の毛並みに黒の縞模様。

 瞳孔が縦に割れた、肉食獣の青い眼。

 ほとんどの人間を見おろすたくましい体躯には鎧をまとい。

 使いこまれた剣を腰に帯びて。

 かたわらには魔法付きの槍を置く。



 それらすべてを視界におさめた上で訊いたあたしに、レグルーザはしばらく沈黙して。


 苦笑した。



「俺にそんなことを訊くのは、お前くらいだ。」



 そうかもしれない。

 でも、冗談を言ったつもりはないんだよ。



「お願い、レグルーザ。」



 質問の答えを、教えて。


 あたしの目を見たレグルーザが、苦笑を消した。

 かわりに、どこか穏やかな眼差しで。





「お前は、邪悪な存在ではない。」





 雨や風の音がすうっと遠ざかり、レグルーザの低い声だけが、頭に響いた。





「俺はおおくのものを見てきた。それくらいはわかるつもりだ。


 リオ。


 お前には度胸があるし、それなりの覚悟もしているのだろう。

 だが俺には時折、お前が自分が何であるのかを決めかねてゆらぎ、戸惑いながら手探りしているように見える。


 今、自分が口にした言葉で、何をしようとしていたのか自覚しているか?

 他人の言葉で自分の立ち位置を探るのはたやすいが、とても危ういことだ。


 訊くことはいい。だが、訊く前に己を持て。


 まだ若いお前にはうまく理解できんのかもしれんが、力は、ただ、力だ。

 それを持っていることを、ことさらに罪だと思う必要など、ない。」





 ああ。



 あたしは反射的にまぶたを伏せた。

 こみあげてきた何かを、閉じ込めるために。





「お前もわかってはいるのだろう。力があるという、ただそれだけならば、咎ではない。使い方さえ間違えなければ、誰もお前を断罪したりしない。」





 集中力が完全に切れたせいで、〈全能の楯〉はいつのまにか消えている。

 レグルーザはうつむいたあたしの頭を撫でてくれた。









「お前は意外と、真面目だな。」


「・・・・・・しつれーな。あたしはいつも、まじめだよ。」


 どの口でそれを言う、と呆れ気味につぶやきながら、レグルーザがかすかに笑うのがわかった。

















 ありがとう。



 自分でも知らないままずっと、欲しがっていた言葉をくれて。



 でも。



 ごめんなさい。










 レグルーザ。









 あたしは一番重要なことを、言わないでいる。























 あたしの属性は、“闇”なのだと。





 レグルーザが珍しくいっぱい喋ってくれました。リオちゃんはわりと、一回信用したらとことん信じるタイプなのが判明。ついでにレグルーザにどんどん懐いていくのを自覚しながら、けっこー追いつめられましたー。


 読者さまへ。ご感想や評価、お気に入り登録等ありがとうございます。続きを書くためのおおきな力にさせていただてます。それに、一日のユニークアクセスが2,000人を越えきてるのを見て、ちょっとびっくりしつつ楽しんでいただけてるのかなーと、喜んでおります。

 ただ、作者、手が遅いので。ちょっとの間、一日二話更新をしてましたが、そろそろ書くのが追いつかなくなってきました。なので、一日二話更新は、今日でおしまいにさせていただきます。今後はできるだけ一日一話更新(たぶんお昼過ぎくらいに投稿します)を続けていきたいとは思いますが、いくらか間が空くことがあるかもしれません。のんびり続きを見守っていただければ幸いです。

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[一言]  人は何か、たったひとつでイイから『好きなモノ』が有れば、生きて行ける。  まあソレが『貴方』だったりすると――  闇落ちしたり、魔王に為ったり、世界を滅ぼしかける、かもだけれど。  でも…
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