第二十四話「人間でいようよ。」
〈異世界二十日目〉
目が覚めると、見覚えのある木造の天井が見えた。
ここどこだっけ、と思い出すのにしばらくかかる。
あー・・・。
鉱夫と鍛冶師の街、ローザンドーラの宿屋だ。
・・・何か、昨日も同じように目を覚ました気がするんだけど。
とりあえずお腹が空いていたので部屋を出て下へ降りると、宿屋の女将さんに「もう起き上がれるのかい?!」と驚かれた。
昨日の朝も同じようなことを言われた気がするよ。
昨日の夜の記憶がなかったので、何かあったんですかと訊いてみた。
女将さんは、[竜の血]と呼ばれる強烈な酒を一気飲みしたあたしが、その場にいた他の宿の客たちを口車に乗せ、同じ酒を飲ませて次々と潰していったのだと教えてくれた。
一か月はもつというタルひとつを一晩で空け、その代金は全員から徴収して割り勘にしたというのだから、ちゃっかりしている。
レグルーザはどうにかそれを止めようとしていたようだが、潰された連中を上の階のベッドに放り込む方に駆り出されたあげく、まるめこまれて最後に潰されたらしい。
彼を運べる人間は誰もいないので、店主と女将さんは心配したようだが、ふらふらしながらなんとか自力で部屋へ歩いて行ったそうだ。
ちなみにあたしはただひとり残り、そのタル最後の一杯となった[竜の血]をくぴくぴと飲みほしてから、「ごちそうさまでした」とにっこり笑って自分で部屋へ戻っていったという。
なるほど。
どおりで、今朝の宿屋はたいへん静かだ。
みんなまだ酔い潰れて寝ているのだろう。
・・・じゃ、なくてね。
何してんの自分・・・・・・?
呆然としているのに何を思われたのか、女将さんは「女の子とは思えないほどいい飲みっぷりだったわ!あんたほどの酒豪は見たことがないよ!」と満面の笑顔で絶賛してくれた。
いや、本人記憶ないです。
もう、別人の所業としか思えないです。
いっそ、別人であってほしいです。
でも、あたしがやったんだよねー・・・・・・
・・・・・・あたしって、酒乱だったんだ。
けっこーなショックのなか、それでもお腹は空いているのでもくもくと朝ごはんを食べていると、のっそりと野生のトラのような足取りでレグルーザがあらわれた。
いつもより毛並みにつやが無く、どこかぐったりしている。
二日酔いだろーか。
「・・・リオ。」
低い声で名前を呼び。
びくっと背筋を伸ばして硬直したあたしに、ひとこと命令。
「禁酒。」
いぇす、さー・・・。
何を言い返せるはずもなく、しょんぼりとうなずいて謝った。
「ごめんなさい、レグルーザ・・・」
午前中は休むという、頭痛そうなレグルーザが部屋に戻るのを見送り、二日酔いも何も無い(理不尽なヤツだって言われたよ・・・)あたしはぶらりと散歩に出かけた。
しばらく宿屋の食堂にいて、昨夜あたしが酔い潰したという人たちに謝り続けていたので、げっそりと疲れていた。
気のいいにーちゃんやおいちゃんが多くて、楽しかったから気にすんなーと許してくれる人が多かったのには救われたけど。
もう、言われんでも、しばらくお酒はいいよー、という気分。
なんというか、やらかしちゃったことについての申し訳なさもあるんだけど、あたしがオチた後に出てきたらしい変な人格に、人外くさい匂いを感じてコワイのだ。
人間でいようよ、自分。
人外なんて、きっと面倒くさいよ。
人間でいるのだって、面倒なことばっかりなんだから。
うん。
しみじみと自分に言い聞かせながら、のどが渇いたので手近な店で水分補給。
のんびりお茶を飲んでいると、近くに座って話している人たちの声が聞こえて、その話に出てきた名称に思わず吹きそうになった。
【死霊の館】
あー・・・。
さびれた遊園地にある人気のないお化け屋敷のようなそのネーミングには、どうにもなまあたたかい目で見守ってやりたい気分にさせられるね。
今の流行りは廃病院とかだよーと、誰かアドバイスしてあげてください。
が、そんなのんきな気分は、続けて聞こえてきた「勇者」という言葉で消し飛ばされた。
なに、この人たち。
「勇者」さまに【死霊の館】の死霊を倒してもらいたがってんの?
・・・うーむ。
そういえば序盤か中盤ダンジョンっぽいネーミングかも。
さりげなく近づいて話に混ぜてもらい、できるだけ情報を入手して宿へ戻る。
ちょうど昼ごはんの時間で、食堂に降りてきていたレグルーザを見つけて声をかけた。
「レグルーザ。あたし【死霊の館】行っとかないと。」
なんだいきなり、とまだ機嫌悪そうなレグルーザに、何と説明したものやら。
「もし勇者さま御一行が【死霊の館】へ行っちゃって、そこでドキドキなラブイベントが発生しちゃうと、後であたしが困るんだよー。」
なめし皮のような感触の肉球が、無言であたしの額に当てられた。
また熱を出したかと思われたらしい。
「レグルーザ、あたし平熱。これ普通。」
「普通なのか・・・」
なんだいそのたいへん悲しそうな目は。
横向いてため息なんてつかないでください。
「ほんと困るんだって。勇者になってるあたしの義理の妹、天音ってゆーんだけど、あの子すごくお化け怖がるの。もとからそーゆーの苦手だったんだけど、おとーさんが悪ノリして、トラウマ作っちゃったせいでよけいに。」
「魔王を倒すと謳われる勇者が、死霊ごときを怖れてどうする。」
「言いたいことはわかるけど、人にはムリなこともあるんだよ。」
「・・・・・・お前に言われると、説得力がないな。」
「失礼な。あたしにはムリなことなんて山ほどあるよ。」
「・・・ああ。そうだった。お前には無差別攻撃以外のことができなかったな。」
すまん、とぽふぽふ頭を撫でられた。
これでも気にしてるのに、レグルーザのいじめっこ。
思わずやり返してやりたくなったけど、とりあえずそれどころじゃない。
「お願いだから、ちゃんと聞いてって。天音はお化け屋敷に入ると大騒ぎして誰かに抱きついちゃうの。おかーさんとあたしで、そーゆー時は女の人に抱きつくように仕込んどいたけど、勇者さま御一行って、男ばっかなはずなんだよ。」
「イグゼクス王国の最精鋭の護衛だろう。お前が案ぜずとも、彼らが守るのではないか?」
「逆。天音からその男どもを守ってやらないと、後であたしが困るの。」
「・・・・・・意味がわからん。」
じゃあ口はさまないで聞いてちょーだい。
「いい?勇者さま御一行が【死霊の館】へ行く。入って死霊と出くわす。天音が悲鳴をあげて護衛の誰かに抱きつく。抱きつかれた男がぷちっとキレて天音を押し倒す。押し倒された天音は、たぶんおかーさんに仕込まれてる通りに返り討ちにする。その後でそれをものすごく後悔して、「お姉ちゃん!彼が悪かったわけじゃないのに、わたしったら、もう、どうしよう~っ!」と泣きついてくる。泣きつかれたあたしにどーしろってゆーの?」
できるだけわかりやすく流れで説明し、なぐさめるのえらい大変なんだよと力説すると、レグルーザは変な顔をした。
「・・・お前の妹が押し倒されるのは確実なのか?」
「絶世の美少女に全身全霊で頼られて、キレない男はまずいない。」
断言すると肩を落とされた。
「お前の男に対する見方はかたよっている。」
「いやー。自覚あるけど。でもねー?天音に関してはしょうがないんだよ。あの子に泣きながら抱きつかれて頼られたら、そりゃー理性も壊れるよ。とくにあの子の護衛なんて、みんな逆ハーレムの構成員だからさー。」
ぷちっとキレる気持ちはわかる。
だからといって、返り討ちにされても同情はしないけど。
むしろ、うちの子に何すんのっ!と、おとーさんと一緒にトドメさすよ(天音にはヒミツ)。
あ。ここおとーさんいないから、あたしひとりか。
いい頃合いで「やりすぎ禁止」と止めてくれるおかーさんもいないし。
改めて考えると、やっぱりいないってさみしいなー・・・
レグルーザはしばらく沈黙してから、あきらめ口調で訊いた。
「それで、お前は妹より先に【死霊の館】へ行って、どうするつもりだ。」
「とりあえず、一番お化けっぽい死霊だけでも根こそぎ消しとこーかと思って。」
「【死霊の館】ではなくなるな。・・・・・・ああ、あれを使うつもりか。」
レグルーザはあたしの言いたいことを理解してくれたようだ。
うん。
死霊術師の遺した魔導書。
[黒の聖典]
出番だよー。
リオちゃん二回目の異世界の醍醐味で禁酒令が出されました。お酒は二十歳になってからねー。初めてのダンジョンは【死霊の館】になりそーです。レグルーザは迷惑顔ですが、なんだかんだでリオちゃんには甘いので一緒に行ってくれるかと。でも実際に探検に行くのは、もちょっと先になりまーす。