第十八話「レグルーザの事情。」
レグルーザはしばらくの沈黙の後、落ち着いた声ではっきりと言った。
「お前はラルアークを二度救った。俺にできることであれば、断るつもりはない。」
真摯な言葉だった。
まだそんなに長い付き合いじゃないけど、レグルーザがこんなところで嘘をつくような性格じゃないことくらいはわかってる。
あたしは心の底からほっとした。
ありがとうおかーさん、子どもを守れとしつけてくれて。
そして、どうしてほしいか詳しく話せ、と促されるのにうなずいた。
「あたしには調べたいことがいくつかあるんだけど、どこでどうやって調べればいいのか、よくわからない。それを手伝ってほしい、っていうのが一番。あとはこっちの世界の常識とか、みんなが知ってて当たり前なことがわからないから、そのへんを教えてもらいたい。」
「具体的に、何を調べたい?」
「とりあえず、過去の勇者のことかな。」
「過去の勇者?」
「うん。あのストーカー、じゃなかった、えーっと、アースレイ王子は、あたしたちを召喚した魔法陣で元の世界へ帰せるって言った。でもあたしが見たところ、あの魔法陣にそんな機能はない。つまり、過去の勇者が魔王を倒した後、もし元の世界に帰ったんだとしたら、どこかに別の魔法陣があるってことになる。だからとりあえず、過去の勇者の足取りを調べたい。」
「・・・魔法陣を解読したのか?」
「んー・・・。それなりに?」
あんまり自信がなかったのであいまいに答えたのだが、「はぐらかすな」とかるく叱られた。
おにーちゃん、きびしー。
「魔法が使えるのか?」
「使える。」
「種類は?」
「イロイロ。」
らちが明かん、という顔をされ、もとからひとつずつ、細かくつっこんで訊かれた。
尋問されてる気分だったけど、助言者をお願いする以上、彼には知っておいてもらう必要があるとわかっていたので、素直に答えた。
「元の世界には魔法が無かったのか。しかし、勇者が召喚されたのはまだ数日前のことだったはずだ。そんな短期間にそれほど多種類の魔法を、いったいどこで覚えた?」
「魔導書で。」
「題名は?」
嫌な予感がしたので、わざとぼかして言わなかったのだが。
鋭い声でずばっと訊かれ、しょーがないので正直に答えた。
「[血まみれの魔導書]と[黒の聖典]。」
レグルーザは無言で目を閉じた。
よりにもよってなぜその二冊、と言いたそうな感じでざくざくと突き刺さってくる沈黙がとっても痛い。
だって出くわしちゃったんだからしょーがないじゃん、とか思いながら、助言者になることを断られることも覚悟して沈黙に耐えていると、しばらく経ってから彼が言った。
「リオ。それは二つとも、存在することも許されんたぐいの禁書だ。・・・他のものには、言うな。」
では、レグルーザはのみこんでくれるのだ。
あたしはまた心からほっとしながら、こっくりうなずいた。
だから封印されてたんだなー、と納得した。
だいぶ時間が遅くなったので、続きはまた明日話そうということになり、部屋へ戻ってぐっすり寝た。
〈異世界十五日目〉
レグルーザたちの部屋で朝ごはんを食べて、昨日の続きを話すことになった。
ラルアークはたいへん不満そうだったが、連れの青年の一人に預けられた。
やんちゃ少年に聞かれたくない話のようだ。
「ラルアークは同族だが、俺の弟ではない。」
彼の話は、そんな言葉から始まった。
レグルーザは傭兵で、世界中をひとりで旅して回っていたのだが、イグゼクス王国の辺境で引き受けた仕事で、たまたま奴隷商人に捕まっていたラルアーク(何回捕まってんの?)を救出した。
獣人は血族のつながりがとても深いとかで、レグルーザはどうにも放っておけなくてラルアークを保護。
しかし、レグルーザは同族の獣人が住む“里”に出入りするのを禁じられている身だそうで、ラルアークを直接安全な場所である里まで連れて行ってやることはできない。
それでもなんとか里と連絡を取ると、里のひとがちょうどイグゼクス王国の王都へ行く用事があるとかで、そこでラルアークの受け渡しという話になった。
そこでレグルーザはラルアークを連れ、十日くらい前に王都へ来た。
が、王都にいるはずのそのひとと、連絡が取れない。
里もその行方を把握しておらず、何か厄介事に巻き込まれているのではないかと心配しており、レグルーザに探してくれと頼んできた。
レグルーザとしてはラルアークをそのひとに里まで連れて行ってもらいたいのだから、言われなくても探す。
それで連日出かけていた、というわけだ。
ちなみに。
今同行している人間の青年二人は、そのためにレグルーザが雇った傭兵の知り合いなんだそうだ。
最後に、レグルーザはここ数日の王都での捜索でわかったことを教えてくれた。
「彼は人の姿で来ていたようだが、とった宿が悪かった。どこかで獣人と見破られ、薬を盛られて連れ去られ、奴隷商人に売られた。」
・・・なんとゆーか。
獣人ってだけで、さんざんな目にあっている。
気の毒に。
「その商人は特定できたの?」
「宿の人間が売った先の商人は見つけたが、俺たちがたどり着いた時にはもう、別の商人に売られていた。しかもその相手はかなり大物の奴隷商人だとかで、潜伏先がわからない。」
面倒なことになってんなー。
「手詰まり?」
「いや。明日の夜に大規模な奴隷オークションがあるという情報が入った。そこには獣人が出品されるらしいという噂だ。今はそれがどこで開かれるのかを調べている。」
「里の方には連絡したの?」
「売られたことがわかった時点で連絡を取った。近いところにいる二人をこちらに寄こすそうだ。」
あたしはわかったとうなずいて、提案した。
「それじゃあ、そのひとが見つかるまで、あたしがラルアークのお守してよーか?」
「すまんが、頼めるか。」
「うん。あんまり外に出ないように遊んでればいいでしょ?」
「そうしてもらえると、ありがたい。」
実の弟じゃなくても、レグルーザはラルアークを大事にしてる。
頼まれたあたしは、信用されているのを感じて嬉しかった。
ラルアークを受け取り、レグルーザたちを見送った。
仲間外れにされた、とご立腹だったトラ少年は、あたしが亜空間から取り出したお菓子を食べさせると、あっさり気分を変えてくれた。
女性と子どもには甘いもの、というのは獣人にも有効なようだ。
お菓子とっといて良かった、と思いつつ、あんまり食べさせすぎないように気をつけて部屋の中で遊んだ。
夜。
だいぶ遅くに帰って来たレグルーザは、「またすぐ出かける」と言ってから、簡単に今日の成果を話してくれた。
里が寄こした応援の二人とはぶじ合流できたようだが、どうもうまく関係が作れなかったか、かなり相性が悪い相手らしい。
彼らのことを話すレグルーザは、なんだか怖い顔をしていた。
オークションの場所は判明したようだ。
しかし、目的のひとを捕まえている商人についてはまだわからない。
明日の夜か、明後日の朝までは戻れなくなるだろう。
そう言って、すでに眠っているラルアークの顔をすこしのあいだ優しい目で見てから、また出かけて行った。
たぶん荒事になるだろう場へ行くレグルーザを見送り、あたしはラルアークと同じ部屋で眠った。
リオちゃんアドバイザー入手できましたー。おかーさんのしつけのおかげ?続きはまた明日投稿しまーす。