第十七話「巻き込まれてください。」
襲撃者をぺちっと倒したレグルーザは、終わった後に来た青年二人にラルアークとあたしを別の宿屋へ移すよう頼んで、自分は事後処理に残った。
あたしたちは今までいた宿屋からだいぶ離れた地区の、かなりランクの高い宿屋に部屋をとって、そこで落ち着いた。
建物がしっかりしている上、魔法の防御壁まで完備している綺麗な高級宿だった。
しばらく後、青年ふたりがレグルーザの元へ行ったので、あたしはひとりでラルアークのお守をすることになった。
ラルアークは兄の雄姿を目にしたのがかなりの衝撃だったらしく、興奮して大騒ぎしていた。
しかし部屋で食事をとってある程度時間がたつと、あたしにぺったりと抱きついて静かになり、そのまま眠りこんだ。
あたしは昔、旅行に行った時の、夜の天音を思い出した。
あの子も何が楽しかったとか何に驚いたとかいうのをはしゃぎまわって喋りまくって、体力を消耗するとひと肌恋しくなってぺったり抱きついてきて、安心するとそのまま寝入ってしまったものだった。
あたしは子どもの頃からはしゃぐより昼寝してる方が好きというなまけものなので、携帯ゲームをしながら話に相づちをうち、邪魔にならなければ黙って抱きつかれていたのだが。
また抱き枕になっている。
異世界なのに。
まあ、可愛いからいいけどねー。
「リオ。ラルアークが邪魔をしていると聞いた。」
「んー。ここにいるよー。おかえり、レグルーザ。」
眠るラルアークに抱きつかれたまま、ベッドの上で【忘れられた禁書庫】の本(封印無しのヤツ。さすがにこりたよ)を読んでいると、日が沈むころに戻ってきたレグルーザが部屋に来た。
ちなみにここはあたしの部屋。
レグルーザはまだ食事をとっていないということだったので、彼らの部屋に持ってきてもらって食べてもらうことにする。
彼に助言者になってもらおうと勝手に決めていたので、話がしたかったのだ。
腰に抱きついている手を外しても起きなかった熟睡中の小トラを、大トラが自分たちの部屋へ運んでいる間に、あたしは彼らのところへ料理と酒を持って行ってもらうよう、宿の人のところへ頼みに行く。
それがそろって落ち着くと、まずあたしを巻き込んだことを謝ろうとするレグルーザを止め、とりあえず食って飲めと料理や酒をすすめた。
満腹の方が話の通りがいいだろうと見込んで。
すると、詫びの言葉を止められて居心地悪そうな彼に、お前も飲むかと誘われたので、遠慮なくいただくことにした。
おおー。
今まで全然気づかなかったんだけど、ここでは飲酒してもおとーさんに泣かれないし、おかーさんにも叱られないのだ。
そういうルールに厳しい天音も、今はいないし。
うはー。
異世界の醍醐味だー。
うーむ。
・・・うーまーいーー!
「お、おい!一気に飲むな!これは[火蜥蜴]だぞ!」
そんな名前出されたって知らんよ。
そう言うと、焦って叫んだレグルーザはこんなことも知らんのかと呆れ、かなり強い酒だと教えてくれた。
えー?
確かに舌がぴりっとして腹の中が燃えるようだけど。
うまーいよー?
「お前は・・・・・・。まあ、いい。」
そろそろあたしに慣れて、イロイロとあきらめてくれたらしいレグルーザは、ため息をついて首を横に振った。
うん。
あきらめって大事。
知らん顔で飲んでいたら、レグルーザの大声でラルアークが目を覚ましたらしい。
お腹すいたーと起きてきた小トラにごはんを食べさせ、またひとしきり騒ぐのにつきあってやると、さほど経たずにまたぱたんと寝てしまった。
それなりに緊張する一日で、疲れていたらしい。
よく寝てる。
あたしたちはしばらく料理をつまみにおいしい酒を飲んで、さっきの連中の事後処理のこと(今度は念入りに残党狩りをしてきたらしい)とか宿屋の被害のこと(知人が経営する宿だそうで、お詫びして弁償してきたらしい)とかを聞き、急にあらたまったレグルーザに巻き込んだことを謝られ、ラルアークを守ったことを感謝され。
気にしなくていいと言いおいてから、あたしは本題に入った。
「レグルーザ。この国が勇者を召喚したって話、知ってる?」
「勇者?・・・ああ。先日、第一王子が指揮した儀式で、美しい女勇者が降臨したと噂に聞いた。」
淡々とした説明口調で言われた。
ありゃー。
かなりどうでもよさそー。
これは直球で行っとこう。
「じつはその子、あたしの義理の妹なの。」
無言であたしを見つめ、正気かどうかを注意深く探っているレグルーザ。
「あたしは巻き込まれて連れてこられただけなんだけどねー。」
言いながらパチンと指を鳴らして、幻影を解除してみせる(鳴らさなくても解除できるんだけど、なんとなく演出で)。
茶色の髪と緑の目が、あらあら黒くなりました。
だからなんだって言われると困るけど、あたしも小耳にはさんだその噂話には、勇者が黒い髪と目の女の子だっていう情報もあったから。
当然、彼はそれも知っているだろうと踏んだ。
レグルーザはいろいろ考えたっぽい沈黙の後、ひとこと訊いた。
「なぜこのような場所にいる?」
ふーむ。
信じるか信じないかはとりあえず置いといて、状況証拠とか理屈から固めてくタイプかなー。
よし。
説得の余地あり。
「はしょって言うと、面倒に巻き込まれないようにしながら元の世界へ帰る方法を探すため。」
「詳しく言うと?」
「権力争いしたがってるタヌキオヤジとか、異世界の知識を搾り取りたがってる熱血商人とかから、距離を置きたかった。」
「・・・・・・たぬき。」
「あ。ごめん。」
あたしはけっこー真剣に謝った。
「タヌキに失礼だった。」
レグルーザは話を戻した(スルーですか)。
「勇者の姉としてここへ来たなら、王城に滞在していた筈だ。皇太子が儀式を行ったのは、王城の敷地内にある神殿だと聞いている。ならば、王城に滞在したまま調べた方が良いのではないか?」
「それはその通りなんだけど、ちょっと動いてたら監視がついちゃってね。もー、うっとーしくって。」
「衝動的に出てきたと?」
「いやいや。脱走は計画的に。お世話になった人にはそれなりに挨拶しといたし、妹には手紙書いて枕元に置いといたし、妹のフォローしてくれそうな人も見つけてよろしく頼んどいたし。何か手がかりになりそうな本は回収してあるし、あたしたちを召喚した魔法陣もコピーしてきたし。」
「・・・・・・なるほど。計画的だ。」
「ありがとう。」
「それだけやっておいて、自分に必要な荷物は何も用意していない、というのは不思議だが。」
「商人の国だって聞いたから、お金があればなんとかなるかなーと思って。買い物付き合ってくれてありがとーね。」
「いや・・・。そういえば、その金はどうしたんだ?」
「あたしを巻き込んだ慰謝料として、城からもらってきた。」
「・・・・・・。」
平然と答えたあたしに、レグルーザは無言でため息をついた。
ドロボーとして捕まえる気は無さそうのなので、ひそかにほっとした。
それから、静かな口調で訊いてきた。
「なぜ今、話した?」
「レグルーザに頼むのが一番いいと思ったから。」
答えると、彼の顔から一瞬で表情が消えた。
青い眼が怜悧な光を宿してあたしを見据える。
「俺に何を望む。」
あたしは真っ向から視線を返した。
今ここにいるあたしを見て、あたしを判断して、その上で。
君が決めたことに従おう。
でも。
「レグルーザ。」
あたしは君がいい。
だから、お願い。
「あたしの助言者になってほしい。」
巻き込まれてください。
リオちゃん、当たり前のようにいろいろ追いつめてから話を持ち出しました。厄介事だという自覚があるので、うなずいてもらえる自信があんまり無くて内心はハラハラ。せっかくの異世界の醍醐味だったんだけど、酔っぱらってるヒマなかったねー。
読者さまへ。読んで下さってる方が思ったよりたくさんいらっしゃるようで、びっくりしながら大喜びしております。ご感想までいただけて、本当に嬉しかったです。評価ポイントを入れて下さった方も、お気に入り登録して下さった方も、ありがとうございます。
・・・喜びのあまりお返事とか、うまいこと書けなくてはがゆいですが。
まだもうちょっとの間は、一日二話更新を続けられると思います(たぶん・・・)。裏道まっしぐらなリオちゃんの旅を、一緒に楽しんでいただければ幸いです。