第十六話「アドバイザーがほしい。」
〈異世界十三日目〉
あたしはただ、召喚陣がどういう構造になってるのか、知りたかっただけで。
人を呪ったり、死霊を服従させたり、動く死体を下僕にしたり、死神と契約したりする死霊術師になりたかったわけじゃ、ないんだけど、なー・・・。
どうにも魔導書の選び方というか、遭遇運が悪いらしい。
とりあえず[血まみれの魔導書]では[古語]を、[黒の聖典]では[神語]を覚えることができたが、どちらもその内容は、ロウソクに火を灯そうとして山火事を起こすようなものばかり。
助言者がほしい。
寝こんでいる一日中、ラルアークはそばにいてくれて、レグルーザはときどき看病しに来てくれた。
寝てれば治るからかまわないでいーよと言ったんだけど、二人ともえらい親切に面倒みてくれた。
まあ、ラルアークは他の人の仕事増やしてるだけだったけど。
とりあえずその気持ちは、ありがたくいただいた。
けれどそんな二人に面倒をかけながら、あたしは頭の中で。
助言者を探さないと。
けっこー切実に、一日中それを考えてばかりいた。
〈異世界十四日目〉
復活した。
しかも昨日一日寝てたせいか、朝早くに目が覚めた。
ちょうどいいので召喚陣のコピーを取り出し、そこに書き込まれている[神語]を読んでみた。
神の加護を願う簡単なものから、世界の構造にまで踏み込んだものまで、たくさんの呪文が書き連ねてあって、今のあたしの知識と理解力ではどうにもよくわからない。
が、案の定、これは「召喚」陣で、「送還」を想定されたものではない、ということはわかった。
帰れんじゃないか、ストーカー王子。
闇討ちの相手が増えたねー・・・?
いつの間にか不気味に笑っていたらしく、隣の部屋のレグルーザが「大丈夫か?」と様子を見に来た。
熱が上がって頭がおかしくなったのかと思われたらしい。
ごめんねー。
これがあたしの基本設定よー(開き直り)。
てきとうに誤魔化し、レグルーザと一緒に朝ごはんへ行った。
あたしは念のため今日も一日休んでいるようにと言われ、レグルーザは用事があるので一緒にいてやれないから、ラルアークに見張りをしていてくれと頼んでいた。
ラルアークは「うん!しっかりみはってる!」とはりきって答えていて、出かけたいらしいレグルーザに体よく留守番を命じられたのに、まったく気づいていなさそうだった。
・・・ほんと、君には癒されるわー。
ていうか、あたしはべつに寝てなくても大丈夫なんだけど。
と、いちおう言ってみたのだが、レグルーザに「休め」のひとことで却下された。
えらい過保護だなー。
それともそんなに具合悪そうに見えるんだろーか。
自覚症状は何にも無いんだけど。
まあ、一日くらい、いーけどね。
天音はまだしばらく修行してるって噂だし。
ぐうたらするのは得意だし。
元の世界では毎日してたからさー。
のんきにそんなことを思っていたのだが。
レグルーザたちを見送り、ラルアークをかまってやりながらのんびり過ごすその安らぎのひと時は、いきなりの轟音で終わった。
「〈全能の楯〉」
魔法には属性というものがあるのだが、あたしが[血まみれの魔導書]で習得した防御魔法は、全属性の完全防御なこれひとつだけだ(それだけ攻撃魔法一筋ということで、サディストな著者ブラウロードの性格がよく表れている)。
[古語]を唱え、虹色のシャボン玉に包まれるように見えるそれを発動させた直後、受けた攻撃は〈氷の矢〉数十発。
〈全能の楯〉には衝撃吸収機能があるため、なんとなく何かがさわったような感触はあるものの、あたしにはひとかけらのショックもなかった。
あれ?
なんか、ハリセンで叩かれるのを核シェルターで防いだ気分なんですが。
自分、効率悪すぎ?
かなり鉄壁な防御壁を築く〈全能の楯〉というこれは、けっこー魔力を食う魔法なはずだが、あたしは自分の魔力の限界値というのがよくわからない。
・・・どれくらいのもんか、ためしといた方がいいよなー。
いざという時に魔力切れっていうのは嫌だし。
まあ、ヒマな時にためそう。
攻撃目標はラルアーク。
襲撃者は三人。
うち二人は確実に魔法使い。
うん。
逃げるよ。
小粒の魔法を使えないあたしはろくに応戦できないし、やってしまうと周りがたいへんなことになる(〈氷の矢〉に〈隕石落し〉返したら鬼だよねー)。
この宿屋、ごはんおいしかったし。
一瞬で決めたあたしは、びっくりして固まっているラルアークを引きずり、〈全能の楯〉をまとったまま宿屋の窓から逃走した(案の定来た追撃は、また軽くはじかれていた)。
角を曲がって人気のない裏道に入ったところで〈全能の楯〉を消し、もうちょっと走ってからいくつか積まれていたタルの影に隠れると、ラルアークに静かにしているよう言った。
自分で自分の口を押さえ、こくこくうなずく癒し系トラ少年は、たいへん可愛かった。
・・・・・・こほん。
さて、どーするか。
どたどたと追手が迫ってくる騒々しい足音を聞きながら考えていると、彼らの前に、なんと屋根から飛び降りてきたレグルーザが立ちふさがった。
にーちゃん、派手に登場ー。
かっこいー。
あたしたちの隠れているタルのそばで睨みあい。
おやー。
ここってなにげに特等席でない?
「『神槍』!!」
襲撃者はレグルーザをそう呼び、過去のことで何か恨みがあって、今日はそれを晴らしに来たのだと言った。
あたしは彼らの会話から、仕事で盗賊狩りに行った傭兵がレグルーザで、狩られた盗賊の残党が襲撃者、という構図を理解した。
なるほど。
それで残党の復讐が、連れの小トラ(ラルアーク)への襲撃というわけか。
ぜんぶ狩っとけよレグルーザ。
ごたいそーな二つ名持ってるくせに、君の手落ちじゃないか、面倒くさいのに巻き込まれたなーと思いつつ、あたしはレグルーザを心配するラルアークが飛び出していかないよう、しっかり捕まえて(もふもふ)隠れていた。
優れた武人そのもののレグルーザは、すでにあたしたちがここに隠れていることに気づいているし(一回目が合った)、相手は明らかに三流かそれ以下の小悪党だ。
勝負は見えてる。
それなのに挑発なんかしている小悪党、声がふるえてるぞー。
「お得意の槍はどうしたっ?!」
レグルーザはかすかに笑うように訊き返した。
「貴様らに必要か?」
・・・・・・。
あららー。
こーゆーひと、わりと好みかも。
初めての魔法戦は無敵の楯の発動で、リオちゃんほとんど無視でした・・・。あと、裏道的にフラグが立ちました(ようやく)。レグルーザはきっと、背筋がぞくっとしただろうと思います。がんばろーねー。