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第百十二話「こんな驚きはいらなかった。」





「危ない!」


 急に倒れたナウラへとのばした手は、何もないはずの空中でふわんと柔らかなものにぶつかって止まった。


《だから触るなと言うに》


 やれやれ、とため息まじりにミケが言う。

 何が起きたのかすぐには理解できなかったけれど、空中のふわふわしたものをじいっと見つめていると、どうやらミケの体から薄くのびた煙のようだ、と気が付いた。

 ミケは煙を薄く引き伸ばし、あたしとナウラの間に壁を作りながら、倒れたナウラを抱いてふわふわと空中に浮かせているらしい。


 急に倒れるなんて、彼女にいったい何をしたんだ、というのと同時に、この煙はいったい何なんだ、という疑問がわいた。

 しかし一度に二つのことを質問することはできず、口ごもったあたしより先にミケが言う。


《嬢ちゃん、すまんが何か、下に敷くもんはねぇかい?》


 ナウラをずっとふわふわ浮かせておく気は無さそうだ。

 何か用意しないと、彼女を石床に寝かせることになってしまう。

 それはダメだ、とあたしが慌てて亜空間から毛布を取り出して敷くと、ミケはその上にふわりとナウラをおろした。


 一人と一匹で、眠る少女の様子を見ながら話す。


《姫さんに聞かれちゃマズい話が出るかもしれんからな。ちょいと眠ってもらったんだ》

「ミケのその煙には催眠効果もあるのか……。それにしても、ちょっと強引すぎない?」

《お前さんはのんきすぎらぁ。分かってんのか分かってねぇのか、ふらふら姫さんに近づきやがって。おいらぁ、お前さんがいつこの姫さんに触るかってんで、気が気じゃなかったんだぜ》


 ひとこと言ったらあきれたような口調で返され、あたしは「うん?」と首をかしげた。

 ミケは何やら心配しているようだけど、いったい何を心配しているのかよくわからない。

 あたしがナウラに触るのって、何かダメだった?


《その様子だと分かってねぇみてぇだな……。ハァ……。嬢ちゃん、そんじゃあその姫さんにかかってる魔法、じーっくり、見てみな》


 その言いかたに何やら引っかかるものを感じたが、ナウラの身にかけられている魔法についてはずっと気になっていた。

 ひとまずミケのことは後回しにして、ナウラの体の上に手をかざす。


「〈呪文展開(スペル・イクスペンド)〉」


 中にあるものを外へ引き出すようにかざした手を広げると、少女にかけられている魔法を構成する呪文があらわれた。

 それはおそろしく大量の呪文で組まれていて、あっという間に塔の中を埋め尽くす。


「うぇぇー、何この複雑さ……。古語も神語もあるし、呪語も混じってる。これは、一人が作ったものじゃなさそうだね」

《そりゃあここまで来るのに何世代もかかってるからにゃあ。複雑にもなろうさ》


 崩れかけた塔のてっぺん近くまである大量の呪文を眺めて、あたしはミケの言葉にうなずいた。


「うん。……そういえばこの子、『聖大公教団』にいたんだった。それで、あの緑ドクロの連中、この国の最初の大公で初代勇者だった人を、復活させたがってるんだっけ」


 ナウラを保護しなければ、という意味不明で強力な衝動にかられて、大事なことが頭からスポッと抜け落ちていた。

 彼女は最初から「一緒に生け贄になってほしい」と言い、「もうあなたしか儀式の完成に必要な魔力を持っていない」とも話していたではないか。

 なぜそこでこの世界の魔力の、“触った相手に魔力が流れる”という性質を思い出せなかったのか。


《見たとこ姫さんにかけられた魔法は発動するのを待つばかり、ってぇ状態だ。お前さんが姫さんに触って、必要なだけの魔力が流れちまったら、儀式は勝手に進んで完成しちまうかもしれん》


 危なかった!

 本当に、マジで危なかったぁー!!


 どっと冷や汗を流しているあたしに、あきれたような口調でミケが言う。


《目の前でそいつが起こるんじゃねぇかと、おいらぁ心臓バクバクだったぞ》


 あたしは今、心臓バクバクだ。

 こっちが気付いてないのをいいことにナウラが触ってきていたら、アウトだった。

 協力してほしいと頼み、あたしの許可を求めてきちんと待っていた彼女の礼儀正しさのおかげで、かろうじて難を逃れていたのだ。

 遅まきながら気づいたその危うさに、冷や汗が止まらない。


「ミケ……。ナウラが礼儀正しい子で、助かったね……」

《おいおい、嬢ちゃん。だからそんなのんきにホッとしてる場合じゃねぇんだぞ。連中がその子につけてる目印についてはおいらが何とかしてやれるだろうが、さすがにかけられてる魔法については手出しできねぇ。嬢ちゃん、何とかしてやれんか?》


 ぽんぽんと問題を突き付けてくるミケの言葉で、頭の中のもやが晴れていく。

 いかん、本当にちょっとボーッとしすぎていた。


「待って、今見てみるから。……って言っても、この魔法、めちゃくちゃ複雑に組んであるせいで何がナニやらサッパリ状態になってるところ多いんだけども。あ、冥府の守護者に対するめくらましの呪文もある、けど、途中から他の古語の呪文と混じってる、ような?」


 全体的には初代勇者の魂を冥府から呼び戻し、ナウラの体に入れようとする魔法が組まれている。

 しかしそれだけでは足りなかったらしく、呼び戻した魂をこの体に結び付けるための呪文とか、その衝撃で体が壊れないための強化の呪文とか、いろいろ付け加えられてとんでもなく複雑化しているのだ。

 しかもこの魔法は。


「あいつら全員、地獄に落ちればいいのに」


 “闇”の目でそれを確認して、『聖大公教団』の連中に今はじめて殺意がわいた。

 うなるように言ったあたしに、どうした、とミケが訊ねる。


《おいらにゃ細かいことは分からん。教えてくれや、嬢ちゃん》


 ふー、と怒りを吐くように息をついてから、答えた。


「魔法陣が体に直接、彫り込まれてる。もしそれを何とかできたとしても、この魔法は(かなめ)の、額にある石をどうにかしないと止められないっぽい。だけどその石はこの子の体に埋め込まれてる上に、頭の中に根を張ってるらしくて。つまり、つまりね……」


 結論を言おうとしたけど、喋っているうちに怒りが強くなりすぎて、うまく言葉が出てこなくなった。

 ミケが代わりに続ける。


《なるほどにゃあ。つまり、魔法を止めようとしてその石を下手に触ると、姫さんの命が危なくなる、ってぇことか》


 そう、とうなずき、あたしはナウラの体から引っ張り出していた魔法を閉じた。

 こんなところで一人怒っていてもどうにもならないので、どうにかそれを抑えようと何度か深呼吸をしながら眠る彼女を眺める。


「……ん?」


 その時、ふと、ナウラの左手首でうごめく別の魔法の気配に気づいた。


「ミケ、ここに何か魔法がある」

《ああ、そりゃあたぶん、大公家の腕輪じゃにゃーか。大公家の直系子孫は生まれた時から死ぬまで、ずぅーっと腕輪をつけて暮らすことになってる。その腕輪にゃ体が大きくなっても大丈夫なように、調整の魔法がかかってるはずだ》

「調整の魔法って、体が大きくなると腕輪が一緒に大きくなるようにする、ってことかな? ……でもこれ、うーん」


 それだけなら一つの魔法で済むはずだけど、体にかけられたゴチャゴチャ魔法と同じく、ナウラの左手首には複雑に絡み合った魔力の動きがあるのがかすかに感じられる。

 初代勇者復活の魔法が強すぎて、そのままではよく見えなかったので、また呪文を引っ張り出すことにした。


「〈呪文展開(スペル・イクスペンド)〉」


 そうして見たナウラの左手首の腕輪にかけられている魔法は、先ほどのものとは打って変わってとてもきれいに作られた立体的な多重構造のものだ。

 ただ、残念ながらきれいなのは見た目だけ。


「……ミケ。こんな腕輪を、大公の直系子孫が全員つけてるの?」

《いや、いや、まさか》


 あたしは思いっきり顔をしかめて低い声で言い、ミケは目をまん丸にして呆然とつぶやいた。


《こんなモン、もし大公家全員が付けてたら、大問題どころか血筋が途絶えちまう……》


 ミケの言葉に、そうだろうな、と無言でうなずく。

 腕輪から引き出した魔法は、体の成長に合わせて腕輪の大きさを調整する、などというかわいいものではなかった。


 体の成長を遅くする魔法。

 感覚を鈍くする魔法。

 身体能力を抑制する魔法。


 ナウラのような少女を相手に使うようなものではないはずの、そんな魔法を構成する呪文が整然と並んでいるのだ。

 これをかけられているナウラが、どうして普通に生きていられるのか疑問に思うレベルの拘束魔法である。

 たぶん、生まれつきの身体能力が異常に高かったのだろう(それ以外の理由が思いつかない)。


 そして。


「ミケ、ちょっと」


 一番の問題は、それが“立体的な多重構造”になっており、いくつかの魔法の中で呪文の位置がおかしなところにある上に、それらが繋がっている、という点で。

 つまり、別々の魔法を構成する呪文を利用して、隠された別の魔法が動作している、ということで。


《おいおいおい。もうやめてくれよ、嬢ちゃん。この姫さんにはまだ何かあるってぇのかい?》


 煙の体をしているくせに涙目っぽいミケに、あたしはこの多重構造の魔法を上から見てみるよう指さした。

 彼はとても嫌そうに、というか、疲れたようにふらふらと空中に浮かび上がると、ナウラの腕輪から引っ張り出した魔法を見おろす。

 そして“それ”に気がつくと、驚きを通り越して恐怖さえ感じたように、ビャッ! っと全身の毛を逆立てた。


 ミケがそんな反応をするのも当然だろう。

 あたしは先よりもいっそう低い声で言った。





「この子の体、ちょっと見たくらいではわからないような凝った仕組みで……、性別が、変えられてる」





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