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第百十一話「煙る猫と野菜の国。」





 予想が当たっちゃったみたいだよ、レグルーザ。

 って言いたいこの時に、どうして君はいないのかな!


 なんて心の中でつぶやくあたしの目の前で、(しゃべ)る魔法猫と生け(にえ)志願少女の会話は続く。


「お前さん、あの公女サマだろう。どうして今、生きてるんだい?」


 高く積まれたクッションの上にでーんと座った二股しっぽの三毛猫の、片手に持ったキセルの先から紫煙がくゆる。

 その煙越しに思いのほか鋭い視線で見つめられた少女は、はっと息をのんだ。

 驚いた様子で目を見開き、次いでとても悲しげな表情になって、質問に答える。


「公女ナウラは死にました。……だからもう、彼女はいません。どこにも」


 悲しげでありながら、ひどく緊張した様子で言うナウラは、全身で(それ以上は聞かないでください)と懇願していた。

 けれど『教授(プロフェッサー)』アンセムの門番、ミケは追求をやめない。


「なるほどにゃあ。公女サマが死んだのは、本人も納得ずくのことだったワケかい。しかしこの通り、おひーさんはピンピン生きてるじゃあねぇか。まあ、サーレルオード公国(このくに)で厄介になってるモンの一匹としちゃあ、ご無事でなにより、なんて言いてぇもんだが。……なあ、おひーさん。お前さんを死んだことにして人の目から隠したのは、誰だい?」


 尋ねる口調はやわらかいのに、縦に割れた猫の目はいつの間にか剣呑な様子を帯びている。

 細い腕にカメレオンを抱いたナウラは、おびえたように少し身を引いた。


「ミケ」


 さすがにこれ以上は見ていられなくて、私は椅子から立ち上がると、ミケとナウラの間に割って入る。


「大事なことを話してるのはわかるけど、お願い、あんまり厳しくしないでやって。この子はあたしが、無理やり連れて来ちゃったの」


 その罪悪感に加えて、彼女にはなぜか異常な保護欲を持ってしまっているので、とてもではないが放っておけない。


「おいおい、お嬢ちゃん。おいらはべつに、そのおひーさんをいじめてるワケじゃねぇよ」


 話を邪魔されたミケは、ビックリしたようにぱちぱちとまばたきをすると、苦笑まじりに言う。

 剣呑な様子を消してキセルを口にくわえ、煙を吸ってぷわんと吐き、口調をゆるめて続けた。


「ただ、おいらにゃおいらの役目があるんでなぁ。すまんが、ちゃあんと確かめてからじゃにゃあと、そこの扉は通せんのよ」

「うん、レグルーザから聞いてる。アンセムには政治不介入の誓いがあるって」


 あたしは頷いてミケに尋ねる。


「だからもしこの子、ナウラちゃんが今も国の偉い人たちとつながりがあった場合、ミケはあの扉を開けるわけにはいかない、ってことなんだよね?」

「まぁ、そういうことになるにゃあ」


 ミケからの当然の答えに、うーん、と考え込む。


 公女を公的に死なせて何かの儀式の生け贄に使うなんて、たぶん国のお偉いさんが誰か絡んでないとできないことだろう。

 だからナウラは、ほぼ確実にアンセムの家に連れて行くことはできない。

 けれど今から彼女を連れて都の中をうろつき、どこか空いている宿を探す、というのはどうにも危ういように思える。

 レグルーザが拠点を一つ潰したとはいえ、『聖大公教団』のメンバーがいつどこでナウラを見つけて奪い返そうとするか、わからないからだ。


「なぁ、嬢ちゃんや。嬢ちゃんはそのおひーさんを、どうするつもりだい?」


 立ったまま考え込んでいるとミケが声をかけてきて、我に返った。

 どうするって、ナウラを?


「まず、保護する。そこは決まってる。……ただ、うーん」


 なにしろ謎の多い少女だ。

 ただ保護するだけでは済まないだろうという予感がひしひしとするので、彼女をどうするか、どうすべきかについては、あまり多くを語れない。

 全身にかかっている魔法についても、表面的に視えるものをざっくり眺めただけで、まだあまり詳しく調べていないわけだし。


「ふぅむ。どうにもすぐには解決しなさそうだにゃあ。ならしょうがねぇや、あそこを使うか」


 うまく答えられないでいるあたしに、ミケはかるく息をつくと、そばにある小机の灰入れの(ふち)をキセルでコン、ココン、とリズミカルに叩いた。

 すると、部屋に仕掛けられている魔法が動き、扉の色が赤から黄色へと変わる。

 前にアンセムの屋敷に通してもらった時はたしか緑の扉だったから、この黄色の扉はたぶんまた違う場所へ行くものなんだろう。


「その扉はおいらが管理を任されてるところのひとつで、周りに人のいない、安全な場所に繋がってるモンだ。とりあえず場所を移して、これからどうするか話そうや」

「えっ? ミケ、一緒に考えてくれるの?」


 まさかそこまで付き合ってくれるとは思っていなかったので、ミケの言葉にはかなり驚いた。

 魔法猫はあたしを驚かせたことになぜだか満足したらしく、キセルをくわえてニンマリ笑う。


「おうともよ。お前さんは『教授』の客だし、久しぶりに面白そうにゃ話だからにゃあ」


 最後の一言が本音なのかユーモアなのか、どちらともつかないところがミケらしい。

 あの『教授』にしてこの猫あり、というところだろうか。


「……いや、まぁ、協力してくれるのはありがたいけど」


 娯楽(ごらく)(あつか)いか、と思うと素直に喜べない。

 しかし、周囲に人のいない安全なところ、というのはナウラを保護する場所としてとても魅力的だ。

 あたしはやや引っかかりながらも、ミケに「助けてくれて、ありがとう」とお礼を言って、場所を移動することにした。


 けれどミケは話をしようと言ったものの、ついてくる気配がない。

 あたしはナウラを連れて黄色の扉の前に立つと、クッションの上に鎮座したままの三毛猫を見上げて、うん? と首を傾げた。

 するとミケは、ぷわーん、と今までで一番大きな煙を吐いた。

 それはあっという間に猫の形になって、ほわん、とその脚がやわらかく床へ降り立つ。


《さて、そんじゃあ、行こうかね》


 キセルを片手に後ろ脚で立った煙の猫は、すこし(にじ)んだような声で言った。

 それはミケの声で、ミケの言葉だ。


「うわぁ。なにコレすごいね!」


 煙で分身の術をやってのけた、ってことかな?

 とくに魔法を使ったようには見えなかったのに、どうやったんだろう?


「おいらは門番だ。ここを離れるワケにゃあいかん。悪いが相談はそいつとしてくれや」

《なぁに。本体と意識は繋がってるからにゃ。何も困ることはねぇさ》


 本物のミケが言って、煙のミケが続ける。


 うわぁ、おもしろい!

 ただ分身しただけじゃなくて、本体と煙の像がリアルタイムで繋がってるなんて、かなり高度な魔法だ。

 できることなら構成する呪文、詳しく見てみたいなー!


 心の中でテンションが上がり、好奇心のおもむくまま煙のミケを触ってみたくなったが、さすがに自重した。

 余計なことをして彼の機嫌を損ねたりしたら、後で自分が困ることになるだろう。

 今はナウラについて、相談にのってもらうことが一番大事だ。

 ちょっかい出したくてウズウズするのを我慢して、黄色の扉の方へと手を伸ばした。


「じゃあ、行くね。ありがとう、ミケ」

「おう。レグルーザが来たら、そっちに通してやるからにゃあ」


 本物のミケを小部屋に置いて、あたしとナウラと煙のミケは、黄色の扉をくぐり抜ける。

 その先にあったのは……


「……野菜の国?」


 足下でぴょんと飛び跳ねたニンジンが、挨拶するみたいに「ホー!」と手をあげた。

 見渡す限りぜんぶ砂、という見事なまでの砂漠の中に、ぽつんとたたずむ古びた石造りの塔。

 どう見ても遺跡というか、廃墟のようにしか見えない崩れかけたその塔の周りを、他にもダイコンやタマネギ達がほてほてと歩き回っている。


《野菜の国かぁ。はっはっはぁ! まぁ、そんなようなモンになっちまってるなぁ、ここは》


 ぽろりとこぼしたあたしのつぶやきに、煙のミケが笑って言った。

 そしてここは『教授』アンセムが管理している遺跡で、今はエリーが栽培しているマンドレイク達の楽園なのだと説明してくれる。


「アンセムが管理してる遺跡……、って、なんでアンセムが? 遺跡とかって、普通は国とかが管理するものじゃないの?」

《人間の遺跡ならそうなんだろうにゃあ。しかしここは、森の一族(エルフ)石の一族(ドワーフ)の遺跡でな。『教授』は『魔法研究所』経由で管理を頼まれたのさ》


 どうしてここに『魔法研究所』の名前が出てくるのか、話を聞けば聞くほどわからないことが増えていくが、とりあえず一つだけ質問する。


「ねぇ、ミケ。今、エルフとドワーフの遺跡って言ったけど、この世界のエルフとドワーフって、仲良いの?」

《おう。“琥珀(こはく)の盟約”があるからにゃ。ドワーフはエルフを守るし、エルフもドワーフを守るぞ。……って、ずいぶん驚いてんな? お嬢ちゃんの世界のエルフとドワーフは、仲が悪いのかい?》


 あたしのいた世界にはエルフもドワーフも実在しないが、仲が悪い、という印象はある。

 たぶん某指輪のお話とか、いろんなファンタジー物に出てくる彼らがそうだったからだろう。

 こっちの世界は典型的なファンタジーっぽいから、てっきりエルフとドワーフもそうだろうと勝手に思っていたけど、意外と違っているらしい。


 驚きつつもミケにそれを話すと、煙でできた魔法猫は、そうかい、と頷いた。


《エルフはもう数が少にゃーが、ドワーフならバスクトルヴ連邦へ行けばたぶん会えるぞ。詳しく知りたいと思うんなら、その時に話を聞いてみるといい。

 ……さて、と。こんなところで立ち話もなんだ。そろそろ落ち着いて話のできるところへ行くとするかい。

 ほれ、こっちにおいで、嬢ちゃんたち》


 日射しの強い砂地の上は、確かに話をするのには向いていない。

 あたしの後ろで静かに話を聞いていたナウラを連れて、煙のミケが歩いていくのについて行く。

 そこらじゅうにいるマンドレイクたちは、あたし達の姿を見ても驚いたり怯えたりすることなく、けれどミケに気づくと道をゆずって歩くところを空けてくれる。

 エリーにお世話されているからか、人間に慣れているみたいだ。


《この塔は見張り台だったらしい。そんで、昔はてっぺんにそれっぽい小部屋があったんだ。けど、何年か前に吹き飛ばされちまったんで、今はもう何も残ってねぇ。悪ぃがそこの水場に座ってくれや》


 消えない煙でできた二股しっぽをぶらり、ぶら、と揺らして、ミケは崩れかけた塔へ入りながら言う。

 彼に続いてそこへ入ったあたしは、上を見あげて「おー」とつぶやいた。


 天井が、ない。


 崩れかけているどころではなく、この塔はまさに壊れていた。

 丸い筒型の塔の内側に石造りの螺旋階段があり、一番上まで登れるようになっていたらしいのだが、てっぺんにあった小部屋ごと吹き飛ばされたらしく階段が途中でとぎれている(頑丈そうな塔なのに、いったい何に吹き飛ばされたのやら……)。

 その後は修復されるようなこともなかったらしく、今は丸く切り取られた青空が顔をのぞかせ、まばゆい太陽の光がさんさんと降り注いでいた。


 あたしは上を向いたまま、これ、雨降ったらどうなるんだろう? と思ったが、ここは砂漠のど真ん中だ。

 たぶん雨が降らない土地だから問題ないんだろう、と自己完結して視線を下に戻した。


 塔の一番下、今あたし達がいるところにあるのは、丸い塔の土台となっている石造りの床と、ミケが「そこで休んでくれ」と指した中央の水場、そして壁に螺旋階段の始まり。

 他にはまったく何も無く、ただマンドレイクたちがうろうろしているだけの空間に、あたしとナウラの靴音が響く。

 不思議な空間だ。


「古いけど、しっかりした造りだね。外から見るより、中は広い感じがする。一番上が壊れて天井が無くなってるのが気になるけど、それ以外の部分はまだ何百年も保ちそうな感じ」


 ぐるりと周りの様子を見て言ったあたしに、ミケが笑った。


《にゃっはっはっは。そりゃあそうだろうさ。なにしろ大陸が引き裂かれても倒れんかったとかいう塔だからにゃ》


 大陸が引き裂かれても……、って、えええぇぇ?!

 それってまさか、神話時代の話?

 一時避難場所としてひょいと案内されたところが神話級の遺跡でした、とか、予想外すぎてちょっとリアクションに困るんですけど!

 ここ、マンドレイクの楽園にしちゃってもいいの?

 エルフとかドワーフとか、『魔法研究所』とかに怒られたりしないの?


 などと、言いたいことはいろいろあったけれど。

 ミケのほうを振り向いたあたしは、煙でできた魔法猫の輪郭がボヤけているような気がして、思わず目をこすった。


「ミケ……?」


 どうかしたの、と訊ねると、ミケはそれには答えず言う。


《嬢ちゃんは触るんじゃねぇぞ》


 何を、と返す間もなく、ナウラの体がぐらりと揺らいだことに気付いた。

 それまで普通に立って歩ていた少女が急に力を失い、足元から崩れ落ちるように倒れていく。


「危ないっ!」


 考えるより先に体が動き、あたしはとっさに手をのばした。





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