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第百七話「伝言が二件あります。」





「ミケ……。昨日の夜のこと、ぜんぜん覚えてないんだけど。あたしいったい、何したの……?」


 床にうずくまったまま、どんよりとした目で訊ねる。

 それを見た二股しっぽの三毛猫な魔法生物が逃げたそうな顔をしてそろりと足を後ろに引いたので、さっと手をのばして服のすそをガッシと掴んだ。


 ふふふ……、逃がさんですよ? 昨夜出てきたと思しき別人格(アレ)が、いったい何をしたのか聞くまでは……


「ま、まぁまぁ。何を気にしてんだか知らねぇが、ちっと落ち着いてくれや」


 服のすそを掴まれたミケが、ひらひらと手を泳がせながらなだめるように言う。

 しかしあたしは(これが落ち着いていられるか!)とますます涙目になって、さらに詰め寄った。

 もうなんでもいいから早く教えくださいませんか、わりと切実に。


「そうは言われてもにゃあ。おかしなことなんぞ何もなかったんだ。お嬢ちゃんはただ『教授(プロフェッサー)』と楽しそうに話しながら酒飲んで、そのうち店の娘たちの踊りやら衣装やらが気に入ったっていうんで、一緒に踊ったり魔法で花降らせたりしてただけだぁぞ?」


 そして踊ったり話したりしているうちにお姉さん達をみんな酔いつぶしていき、最終的に「ぼくそろそろ家に戻って寝るー」とアンセムが帰宅すると、それを起きて見送れたものすごくお酒の強いお姉さん三人が、ベロンベロンになりながらも「よし! 上で二次会やるわよ!」と大盛り上がりであたしをお持ち帰りしていったんだとか。

 今朝一緒に寝ていたあのお姉さん達は、どうやらこの店の酒豪三人衆だったらしい。


 ……ああ、もう。おかしなこと無かったどころか、全部おかしいんですが、ソレ。

 なのに「おかしいことなんて無かった」とか、このネコはあたしを何だと思ってるんだろう。


「ホントにもう、聞けば聞くほど別人がやったとしか思えないっていうか、自分がやったことだと思いたくない……」

「そうなのかい? おいらにゃ昨日のお嬢ちゃんも今日のお嬢ちゃんも、おんなじ一人の人間に見えるんだがなぁ?」


 心の底から不思議そうな様子のミケの言葉に、あたしは今度こそ本当に床に沈んだ。


「ううう……。それでも、それでもあたしは、やってないんだ……」

「へぃへぃ、そんならそーいうことにしとこーかい。ほれ、今エリー呼んでやっから、あっちの屋敷で寝直してきな。まだ朝早ぇんだ、きっと寝ぼけてんだよ、お前さん」


 そうして結局、ミケには無実を信じてもらえないまま、桃色髪のメイドお姉さんに回収されてアンセムの家へ戻った。

 ミケから「寝ぼけてるみてぇだから、もちっと寝させてやってくれや」と言われたエリーに手を引かれ、ここ数日使わせてもらっている客間に入ると、まず服を着替える。

 エリーが何か支度をしてくると言って部屋を出ている間にいつもの自分の服を着て、彼女が戻ってくると踊り子衣装をミケの店に返しておいてもらえるよう頼んだ。


「たぶんミケのお店のか、お店のお姉さんのものなので」

「かしこまりました。こちらのものは綺麗にして持ち主の元へ戻るようにいたしますので、ご安心くださいませ。さ、お掛けください、リオさま」


 エリーは衣装を受け取ると、手際よくあたしをベッドに座らせてお茶のカップを持たせた。


「どうぞ。気分が穏やかになる香りのお茶です。必要なければむりに飲まなくて結構ですので、すこしの間だけ、手に持っていてくださいね」

「はい。……ありがとうございます」


 言われた通りあたたかいカップを持っていると、そこから立ちのぼってくる優しい香りに自然とまぶたが下がった。

 とくに眠くはなかったのに、手のひらからじんわりとひろがっていく温もりは心地よく、穏やかな香りに包まれて落ち込んだ心がまどろむ。


「ホ~」


 どれくらいボーっとしていたのか、ふと気が付くと足元に三匹のマンドレイクが並んで、こちらを見あげていた。

 部屋にエリーの姿は無く、いつの間にか手の中のカップも消えていて、あたしはひとり毛布にくるまりぬくぬくしている。


 そんなあたしの顔を、ダイコンとタマネギとニンジンがどこか不思議そうな様子で眺めて、何を思ったか。


「ホ、ホ~」


 突然、いつものモーニングコール(?)な盆踊りを始めた。

 どうやら彼らにとってこの踊りは「起きろ」ではなく、「おはよう」の意味だったらしい。


「ハ~レ~」


 気の抜ける声と、なんとも珍妙なその光景を。

 ただぼんやり、ぼうっと、眺めていたら。


「ホ~レ~」


 ……なんか、なみだでてきた。


「ホ~、……ホ?」

「ハレ?」


 ベッドに座って毛布にくるまったあたしがぐずぐずと鼻をすすっていると、それに気づいて踊りをやめた三匹がぽてぽて歩いてきた。

 そして何をするかと思えば、口々に「ホー」とか「ハレー」とか言いながら、あたしの足をてしてし叩いてくる。


 彼らの言葉なんて理解できないし、小さなものが触れる感覚があるだけでぜんぜん痛くはなかったけれど。

 なんかわかんないけど元気出せよ、と言われているような気がして、ますます涙腺がゆるんだ。


 なんだ、なんなんだ、この状況は。

 王道勇者や外道魔法使いに振りまわされて愉快な魔法生物になぐさめられるとか、ファンタジー満喫しすぎだろ自分……!

 早く帰る方法を見つけるためにも、今はこんなことしてる場合じゃないってのに……!


「ホホ~」


 内心焦りつつ、けれどなかなか泣きやめないでいるあたしの足を、小さな体の根菜トリオがてしてしする。

 ずず、と鼻をすすりながら、この家出る時この子たち連れてっちゃだめかな、と、ちょっと思った。





 そうして根菜トリオになぐさめられ、なんとか持ち直したけれど、昨日に負けず劣らず今日もいろいろあった。





 たとえば昼ごはん前の一幕。


 “闇”の風の大精霊シェリースが、天音からの伝言を預かってきた、と言って突然あたしの前に現れた。

 いつものように風の宝珠(オーブ)を通じて直接話しかけてくればいいものを、なぜ天音が伝言など頼んだのか、というと。


「えっ? もう天音と直接話すことはできないの?」

《 うん。力の均衡(バランス)が崩れたから。今までのように声を通すことは、もうできなくなっちゃったんだ。ごめんね、母さん 》

「いやいや、シェリースのせいじゃないんだから、謝らないでいいんだよ」


 なんという副作用か。

 勇者シリーズの一つである[天空の楯]を手に入れたことで天音の持つ光属性の力が増強されたため、昨日から風の宝珠を通じて会話をすることができなくなっていたらしい。


 今まではあたしの力が大きすぎて、天音の力程度では問題にもならず通話可能だったのが、光の女神の力を宿した楯の入手でそうもいかなくなった、と。


「なるほど。それで昨日からこっち、何にも言ってこなかったわけか。あたし的にはタイミングばっちりだったけど、うーん……。……あ、そういえば、伝言があるんだっけ?」


 今後の問題を考えるのは後回しにして、何だった? と訊ねる。

 するとシェリースは空中にふわふわと浮いたまま、天音そっくりの声で喋り出した。


《 冷静になってみたらお姉ちゃんは何も悪くないと気づきました。一方的に怒ってしまってごめんなさい。ちゃんと謝りたいし、今後のことも相談したいので、できるだけ早めに会いに来てください。……と伝えてもらえればすぐ来てもらえると思うので、できるだけ、急いで、話してきていただけますか? あ。もちろん最後のところは伝えないでくださいね 》


 お、おぉぅ……

 いつも素直にただ怒るだけだった天音が、怒ってないフリをしてあたしをおびき寄せようとしている、だと……?


 ふおぉぉぉ!

 恐れていたことが……!

 起こってはならなかったことが、ここにきてついに……!



 天音の中のおとーさんの血が、覚醒してしまったぁぁぁぁっ!!



《 ねぇ、母さん。伝えなくていい“最後のところ”って、どこだったのかな? 》


 青い顔でぷるぷるしているあたしに、無邪気なシェリースが訊ねる。

 どうやらメッセンジャー初心者な彼のおかげで命拾いしたようだ。

 うっかりおびき出されていたら、今頃どんな目にあっていたことか。


「だいじょーぶ。今ので何も問題ないからね、これからもそのままの君でいてくれることを願ってるよ」


 しばらく向こうへは行かないことにしよう、と思いつつ血の気の引いた顔でそう言って、直接話ができなくなったぶん、天音が危ない時はできるだけ早めに教えてもらえるようサポートを頼むと、シェリースは(こころよ)く「いいよ」と頷いてくれた。

 天音はシェリースの対存在である光の風の大精霊の契約者なので、その身の安全を守ることについて、いくらか積極的であるらしい。


「それじゃあ、悪いけど、後はよろしくお願いします」

《 はーい。母さんからの伝言は、光の風に伝えてもらうね 》


 最後に返信を頼むと、シェリースは「じゃあね」と帰っていった。

 返信の内容は「おねーちゃん今忙しいから動けない。魔法の研究が終わったら行くので、それまでは変なトラブルに絡まれないよう気をつけて」。


 嘘は言ってないし、早く魔法の研究を進めてしまいたいのも事実なので、罪悪感はない。

 というか、そんなことよりも。


 一人部屋に残されたあたしは数分の間、天音の中のおとーさんの血に「鎮まりたまえぇぇっ!」と念を送った。


 ……が、効果は無さそうな気がした。





 そしてお昼ごはんの時。

 カミラさんとエリーは外出していたので、作り置きされていた料理をアンセムと食べていると、彼が言った。


「そういえば昨日さ、君にあの隕石山ちょうだいって言ったら、今話しても意味が無いから、明日もう一回話してくれって返されたんだけど。今の君になら話してもいい?」

「いや、今話されてもあの山、あたしがほいほいあげられるようなものじゃないんだけど。また、なんであんなのを欲しいとか、……ん? あー、隕鉄?」


 話している途中で気が付いて訊けば、そうそれ、とアンセムは笑顔で頷く。

 どうやら隕石からとれるという、特殊な鉄が欲しいらしい。


「君の魔力は純度が高くて質が良い。うまく取り出せれば最高品質の隕鉄が手に入ること間違いなしだよ。そうなればあとは売って良し、使って良し。あれはただの山じゃなく、宝の山になる」

「う、うーん? 永続固定の呪文は組み込んだし、ちゃんと作用してたはずだけど。あんな一夜城ならぬ三分山から、そんないいものとれるかなぁ……?」

「それはやっぱり、探してみないとわからないよ!」


 だからあの山ちょうだい、という無邪気な笑顔にため息をつく。


「天音がそれに気づいて活用して、機嫌直してくれればいいけど。アンセムじゃねぇ」

「なんだい、ぼくでは不満なのかい?」

「そりゃあもう。不満があるというより、不満しかないよ。昨日のあたしもわざわざ今日に回さなくたって、一言断っといてくれりゃあいいものを……、って、あれ? 昨日のあたしが、今日のあたしに言えって?」


 お酒であたしがオチている時に出てくるモノが、自分のことを何だと思っているのか。

 今まではさっぱり分からなかったけれど、今回は何か手がかりが掴めそうだ。


「そう言われたよ。それに、明日の君に伝言を頼むって。えーと、……何て言ってたかなぁ?」

「あたしに伝言? って、それ大事! 思い出して! できるだけ早めに詳しく」

「そんな急かされても、急には思い出せないって。ぼくもけっこう飲んでたし、最近ちょっと物忘れがねぇ」

「いつも子どもの格好してるくせに、こんな時だけいきなりおじーちゃんぶるの?」

「成人の男は健康維持が面倒だし、老人の体でいるのは大変なんだよ。この年齢の体がいろんな意味で一番楽なんだ」


 いきなりそんなこと語られても、成人男性にも老人にもなったことのないあたしにはさっぱり分からんのですが。

 それよりとにかく伝言を思い出してもらわないと、気になってしょうがない。


「ほんの少しでも、覚えてることはないの? 何の話題の時にその話になったか、とか」

「ふぅーむ……。確か、〈隕石落とし(メテオストライク)〉の魔法の話をしてる時だったかな。……うん、そうそう。思い出してきた。使うのは魔法だけにしておけと伝えてくれって言われたんだ。そうじゃないと、目覚めの時が早まるからって」


 ジャックに手伝ってもらったやつのことか。

 そうは言ってもなぁ。隕石落下の衝撃を吸収して地震を起こさないようにする魔法なんて心当たり無かったし、“闇”の力でも使わないとあれだけはどうしようもなかったから。

 ……と心の中で言い訳してから、はたと気づく。


 その伝言は、“闇”の力を使いすぎると『魔王』が目覚めてしまうぞ、という警告だ。


 どうやら別人格(アレ)はあたしの置かれた状況を正確に理解し、その危険の度合いをあたしよりも詳しく知っているらしい。


「……アンセム、他にはどんなことを話した?」


 できることなら自分で別人格(アレ)と話したいくらい、情報が足りない。

 それでも今できることをしようと訊ねると、アンセムはお昼ごはんを食べながら「いっぱい話はしてたけど、何だったかなぁ」と考えこんだ。


「昨日の君はいつもと同じに見えるのに、ちょっと違うことを言うからさ。おもしろくなってたくさん話をしてたんだ。それで、そう、今訊いたら前とは違う答えが返ってくるんじゃないかと思って、姉さんの魔法については? って。そしたら君、何て答えたと思う?」


 アレはじつにあっさり「人間の魔法じゃムリだろうね」と答えたという。

 そして。


「じゃあ何の魔法ならできると思う、って訊いたらさ、神さまだって! そりゃあ神さまなら何だってできるだろうけどね? あいにくと、ぼくには神さまの知り合いなんていないんだよ!」


 悪魔(同類)の知り合いは多そうだけどなぁ、と思ったが口には出さずにおいた。

 アンセムは不機嫌そうな様子で続ける。


「諦めろって言いたいなら、そんな遠回しな話じゃなく直接そう言ってくれればよかったのに。それともリオには神さまの知り合いがいるっていうの?」


 君ならいても驚かないけど、と言われて顔がひきつる。


 うん。まあ、神さまの知り合いなら、現在進行形であたしの中に“居る”んだけどさ……

 アンセムにそんなことを話したら最後、どんな事になるかを考えると、ね?


「や、やだなー。そんなすごい知り合い、あたしにだっていないって」

「本当にー?」


 疑いの眼差しでじいっと見つめられて冷や汗をかいたが、間もなくアンセムは頷いた。


「ま、そうだろうね。そんなのがいるんなら、君は帰る方法を探してぼくのところまで来たりしなかっただろうし」


 むしろ神さま(サーレル)でも「できない」って言ったから、抜け道探しにここまで来たんだけど。

 いまだにカミラさんの魔法に手間取って、そこまで話が進まないというのが現状で。


「……はぁ」

「……あーあ」


 あたしのため息と、アンセムの疲れたような声が同時に響く。

 お互い魔法についてはそこそこ詳しいのに、心の底から「欲しい!」と求めるたった一つの魔法だけはどうしても見つからないという、ぜんぜん嬉しくない共通点ゆえの同調(シンクロ)だった。


 それからは無言でお昼ごはんを食べて、また魔法研究の続きに戻る。

 二人とも珍しく集中していたので、今までの二倍くらいの速さで資料読みが進み、あたしはこれまでの研究の道筋をだいたい把握した。


 これでようやく、カミラさんの魔法の研究について、今までに試されなかった何かをあたしが考えつくかどうか、という段階に入ることができる。


「資料の朗読ありがとう。何か思いついたら呼ぶから、それまでちょっと一人にしといてー」


 悪筆の二代目勇者こと神崎さんの資料を読み上げてもらっていたアンセムを追い出し、書庫で一人になる。

 昨日からトラブル続きで疲れたけれど、これでやっと一息つけそうだ。


「とはいっても、ここからが難題だよなぁ……」


 なにしろ『教授(プロフェッサー)』と呼ばれるアンセムが、その長すぎる生涯をかけて研究し続けているというのにいまだ解決できない問題なのだ。

 当然、もうありとあらゆる方法が考え尽くされていて、解決策を見つけるどころか、まずあたしが手を出せそうな部分を見つけることさえ至難の業、というありさま。


「でもま、ぼちぼちやってみますかー」


 ああでもない、こうでもない、とぶつぶつ考えながら、白紙にアイデアを書き出していく。

 穏やかな陽射しに照らされて明るい書庫はあたたかく、人気のない屋敷はとても静かだ。


 そんな中でゆっくりと時間が流れていくうちに、いつの間にかあたしは油断していた。

 さんざんな目にあったけど天音のトラブルは解決したし、レグルーザが立てていったフラグのイベントはこれでもう終わっただろう、と。





 その認識は甘かった。


 アイスクリームに蜂蜜と練乳をかけたくらい甘かった。





 翌日、あたしはこの世界のフラグ回収能力に驚愕するはめになる。





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