第十一話「準備の一日。」
〈異世界九日目〉
今日は準備の一日にしようと思う。
朝、厨房。
もうわたしが知っていることはないので後はお任せします、と強面の料理長に言うと、任されました、とたいへん頼りがいのある答えが返ってきた。
さすが王城の料理長。
とても繊細な料理を作る器用な彼は、顔はこわいけど意外と気遣いの人で、いろいろ挑戦するのでまたのぞいてください、という嬉しい言葉までくれた。
たぶんもう来れないんだけどなー、と思いつつ、ありがとうと礼を言ってわかれる。
厨房を出てくるときに、後で感想ください、といい感じの試作品を山ほどもらった。
ので、半分はまた亜空間を作って保存しておき、あとの半分でメイドさんたちと最後の秘密なお茶会をすることにした。
そしたら厳しいと有名なメイド長が来て、とうとうお叱りを受けるのかとあわくったけど、大丈夫だった。
話してみれば気さくでお茶目な人で、あたしが来てから始まったこの秘密のお茶会に、一回参加してみたかったんだとか。
そりゃー良かった。
すべりこみセーフでしたよー。
試作品のお菓子を食べながら喋って、ついでに感想なんかも聞いたりして、お茶会は終わり(お茶のセットを片づけに行くメイドさんに、厨房へ感想を伝えてもらうよう頼んどいた)。
・・・ちなみに、勝手にメイド服を着てうろついていたことはバレバレで(まあ隠してもいなかったんだけど)、「本当にメイドになりますか?」とメイド長さんにおもしろ半分訊かれたので、丁重に断っておいた。
隙あらば昼寝するメイドなんて、いらんでしょ?
昼、訓練場。
メイドさん速報で、昨日国王に頼んで天音の旅に(無理やり)同行することになったと聞いたので、最近天音のストーカーと化しつつあるアースレイ王子をちょっと拉致って脅しをかけておくことにした。
まあ、あたしは喋るのが得意な方じゃないから、笑顔で心からのひとことを言っただけなんだけど。
手を出したら生きたまま地獄の底へ叩き落としてやる。
と。
こちらの本気を察知したらしい王子はおもしろいほど真っ青になり、無言でこくこくうなずいて手は出さないと約束してくれた。
それをどこまで守るかはわからないが、トンズラしようとしているあたしにできるのはこれくらい。
王子を解放してわかれようとしたのだが、なんと一部始終をヴィンセントに目撃されていた。
まわりに誰もいないのを確かめたはずなのだが。
・・・しくじったなー。
さて不敬罪か反逆罪かと覚悟したが、そばに騎士がいることに気づいていない王子がそそくさと逃げていった後、近づいてきたヴィンセントは「何か企んでいるな?」と訊いてきただけだったので、ほっとした。
うん、トンズラしよーとしてるよー。
なんてことはもちろん言わず、天音の取扱説明(困った時は泣き落しにくるんだけど、それでも言うことをきかないでいると、あきらめたふりで油断させておいてから脱走するんだよー)を雑談の話題にした後、よろしくねーともう一度頼んでおいた。
彼は今度もちゃんと聞いてくれて、わかったとうなずき、笑って誤魔化すあたしにいろいろ訊いてきたけど、最後にはあきらめた感じで「無茶なことはするなよ」と言ってくれた。
やっぱりいい人だ。
部屋に戻って天音宛の手紙を書く。
この世界に日本語がないのはいちおう確認済みなので、ちょっと危ない内容でも、天音以外のものには読み取れないはず。
書くのに使うのは、この世界に召喚される時に持ってたカバンの中にあった、ルーズリーフとボールペン。
羽ペンも万年筆も、使い慣れてないから面倒でさー。
天音へ。
突然ですが、お姉ちゃんは元の世界へ帰る方法を探しに行くことにしました。
直接言わなくってごめんよー。
それなりに探してくるので、君もケガしない程度に、勇者稼業をぼちぼちやっててください。
自分を守る以外のことはあんまりがんばらず、てきとうに手を抜くこと。
料理長が君のためにはりきってお菓子作ってくれると思うから、自分にごほーびやるのを忘れずに。
時間がかかりそうだったら連絡します。
帰る方法を見つけたらさらいに行きます。
お姉ちゃんは君の命が一番大事なので、さらいに行くまで、常時発動させてる博愛主義はスイッチを切ってどっかにしまっといてください。
ついでにそのありあまる同情心と、あふれんばかりの隣人愛も、敵にまでおよぶ前に片づけときましょう。
ひきだしにしまって十個ぐらい鍵かけとく感じで頼みます。
追記。
何か困ったらヴィンセントに相談してみることをオススメするよー。
いい人だし、よろしく言っといたからね。
里桜より。
リオちゃんいよいよドロップアウト。ヴィンセントとは友達的な関係になれたので、ちょっと甘えてアマネちゃんのフォローをお願いしました。次話は数行アクション(かんぺきに一方的な)が入ります。嫌いだったり苦手だったりする方はご注意ください。