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第百五話「ご利用は計画的に。」




「おおー。それが『光の女神』サマが初代勇者に授けたとかいう、なんとかシリーズの?」

「たぶんそうだと思う。ええと、たしか[天空の楯]だったかな?」


 さっきまで“工事現場で発見される系のサビサビ金属ガラクタ”でしかなかったそれは、天音に触れられると光り輝き、美しい紋様が彫り込まれた黄金の楯という本来の姿を取り戻していた。


 えーと、これで[天空の楯]入手(ゲット)ですか?


 昨日助けた男の子を村まで送っていくとか、その村を襲った魔物を何とかするとか、仲間と一緒に「さあダンジョンに挑戦するぞ!」とか、たぶんあるはずだった色々なものの順番をだいぶすっとばしている気がするのだが。

 まあ、とにかく天音は勇者の装備品シリーズの一個目を手に入れたらしい。


「おめでと~」


 眠ったままのオルガの隣から、『教授(プロフェッサー)』アンセムが拍手した。


「あ、ありがとうございます」


 さっきあたしが彼のことを「通りすがりの外道」と紹介したせいか、天音はちょっと戸惑ったような表情でお礼を言う。


 けど。ああ、うん。

 いきなり登場したせいでどうにもありがたみが薄いものの、そういえば良い事だ。


 あたしも「おめでとう、天音」とパチパチ拍手していたら、その音でオルガが目を覚ました。

 拍手に応えて「ありがとう」と微笑んでいた天音がすぐに気がつき、ううん、とちいさくうなった彼のところへ駆け寄る。


「オルガ? 気分はどう? どこか痛いところはない?」


 意識を取り戻したとたん、急いで立ち上がろうとしてめまいを起こしたらしい少年メイドを、天音が声をかけながら支えてやっている。


 そんな二人の様子を見守りつつ、あたしは次の魔法を使うための周辺調査を始めた。

 まずは意識を“闇”と同調させ、先と同じように近くに人がいないかどうかをチェック。

 そこでようやく、いくらか離れた場所に馬車が二台あるのを見つけた。


 天音とアデレイドが使ってる馬車が、こちらに向かって移動しているようだ。

 勇者さま御一行の馬車はイグゼクス王国の紋章入りだし、アデレイドの馬車は顔見知りの傭兵が御者をしているので、見れば一目でそれと分かる。


「ふーむ。馬車がこっちに向かってるってことは、アデレイドが天音の居場所を見つけてくれたのかな? 後から追いかけてくるくらいなら、最初からみんな一緒に来といてほしかったんだけど」

「それは難しいだろうね」


 周辺をチェックしながらつぶやいていたら、アンセムが口をはさんできた。

 あたしはよく分からず聞き返す。


「難しいって、どういうこと?」

「さっき手当てした子の様子から考えると、“精霊の道”を通ってきたようだから。おそらく地の精霊が、『光の女神』の祝福を受けた勇者である君の妹をあの楯のもとへ連れて行くため、道を開いたんだろう」


 地の精霊に、精霊の道を開かれて、楯のところへ連れて行かれた……?

 そんなもの、いったいどうやって防げばいいんだ、とため息をつくあたしに、アンセムは話を続ける。


「彼はそれに巻き込まれたか、自分からついてきたのか。とにかく彼のために開かれた道ではないのに無理やり押し通ったせいで、体内の魔力の均衡(バランス)を崩し、意識を失ったんじゃないかな」


 だからアンセムは、オルガの体内の乱れた魔力を調整する魔法をかけ、彼を癒したのだという。

 あたしは地の精霊から天音を守る方法が思いつかず、うむむ、と悩んでいたが、それでも『教授(プロフェッサー)』の力には感心した。


「ちょっと様子見ただけで、よくそれだけのことが分かるね」

「リオ。ぼくが人の体についてどれくらい深く研究しているか、君にはもっとよく知ってもらいたいと思ってるんだけど」


 アンセムが何か言いたげにこちらを見るのに、ふい、と視線をそらして話題を変える。

 その力には感心するが、彼の研究についての知識は、ムリやり継承させられた魔導書(グリモワール)[生命解体全書(ライフ・アナトミア)]だけで十分だ。


「それより、ちょっと聞きたいんだけど。これから穴埋めに使う魔法に、物質の永続固定化の呪文を組み込む方法のことでさ」

「ふむ?」


 興味を引かれた様子のアンセムに、自分の考えた呪文構成を話し、助言(アドバイス)を求める。

 すると古語(エンシェント・ルーン)の魔法を熟知した魔法使いは、大喜びで相談に乗ってくれた。


「リオはおもしろいこと考えるね。この魔法を穴埋めに使おうなんて、ほかの魔法使いじゃ思いつきもしないよ」

「そうかな? ぴったりの魔法だと思うけど」


 あたしは首を傾げたが、アンセムはおかしそうに笑うばかりでそれ以上は何も言わない。

 そこへ天音が「お姉ちゃん」と声をかけてきた。


 いつの間にか、ぐったりしていたオルガが天音に支えられて立ち上がっている。


「あれ? もう動いてだいじょうぶなの?」


 天音は心配そうな顔でオルガを見るが、少年メイドはかたくなな表情で「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝るばかりで、休もうとしない。


 宰相の密偵として、弱った姿を見られたくないのかもしれないけど、そんな態度じゃうちの妹が心配する。

 しょうがないなと息をついて、「ちょっと移動するよ」と断り、呪文を唱えた。


「〈空間転移(テレポート)〉」


 まずは現在地点である大穴の底から、大穴の(ふち)へと、自分を含めた四人を移す。

 そして亜空間倉庫から毛布を取り出し、ピクニックシートみたいに地面へ敷いた。


「これからこの穴埋めるから、終わるまでみんな一緒に座ってて」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 要領(ようりょう)の良い天音は、オルガが何か言って断る前にお礼を言い、さっさと少年メイドの手を引いて毛布の上に座った。

 なんだかんだ言いつつ、天音に強引に座らされたオルガはほっと息をついている。


 こんなところを見ると、容姿が美少女でも中身は男の子だな、とすこし微笑ましく思った。

 密偵としてあたしたちに弱いところを見られるわけにはいかない、という以上に、彼はただ、天音に格好悪いところを見られたくなかっただけなのかもしれない。


 ちょっと和みつつ、ついでにアンセムにも声をかける。


「アンセムも座ってるといいよ。すこし時間かかるかもしれないし」

「術者のすぐそばの、特等席から見物させてくれるの? これは嬉しいね」


 ショーか何かと勘違いしているらしい彼は、わくわくした様子でオルガの隣に座った。


 これでひろげた毛布の上に三人が並ぶことになり、とくに意識したわけではなかったのだが、思いがけず観客席を作ってしまったようだ、と遅まきながら気づく。

 でもまあ、観客がいた方がやる気も増すってもんだし、なんて考えていたら、天音に訊かれた。


「ところで、お姉ちゃん。どんな魔法でこの穴を埋めるつもりなの?」

「それはもちろん、見てのお楽しみってことで」


 あたしはにんまり笑って答える。


「召喚獣おねーちゃんは、最後まで全力をつくすよ」


 そして天音に背を向けると、まずは全力をつくすための準備にとりかかった。


「シェリース!」


 あたし以外には聞こえないというその名を呼べば、どこからともなく強い風が吹き、やがて渦を巻いて小さな竜巻となった。



《 やあ、母さん 》



 竜巻の奥からふいに無邪気な声が響き、勢いよく渦を巻いていた風が散る。

 するとその中心から、半透明な少年が現われた。

 “闇”の風の大精霊、シェリースだ。


 あたしのことを「母さん」と呼ぶ彼は、屈託のない幼子のような表情で笑いかけてくる。


《 呼んだ? 》

「うん。来てくれてありがとう、シェリース。さっそくだけど、ちょっと頼みたいことがあるんだ。今、いいかな?」

《 かまわないよ。ぼくたちの谷は調和してる 》


 彼の言う「谷」というのは、世界五大聖域のひとつである【風の谷】のこと。

 ちょっと前まで魔物に侵入されてひどく荒らされていたけれど、今はあたしが契約している闇属性な風の大精霊シェリースと、天音が契約している光属性な風の大精霊のふたりによって、きちんと守られている。


 しばらく様子見に行ってないけど、問題無さそうで良かった、と頷いて、彼と意識をつないだ。

 シェリースはあたしから流れる魔力を受け取り、そのリンクを介した言葉を使わない精神の会話によって、こちらが何を望んでいるのかを正確に理解する。


《 へぇ。なんだかすごく楽しそうだね 》


 好奇心旺盛な大精霊が瞳を輝かせるのに、「でしょ?」と笑って、次に愛犬の名を呼んだ。


「ジャック、起きてる?」


 夜行性の三頭犬(ケルベロス)は“闇”の底で顔を上げると、耳をぴこぴこ動かした。

 いつも昼は寝ているけれど、今日は主人のあたしが長距離を移動していろいろやっているので、気になって起きていたらしい。


 あたしの足元の影を通り抜けてのっそりと地上へ出てきた、ゾウ並みに巨大なケルベロスをよしよしと撫でてやる。

 そして、寝てるのに騒いじゃってごめんね、と謝ってから、お手伝いを頼んだ。


 体は大きいけれど中身はまだ幼いジャックは、そのお手伝いを遊びだと思ったのか、しっぽをふりふりして「やるー」と応じてくれる。

 とくに危ないことをやらせるわけではないので、ありがたくお願いした。


「さてと。これで準備は万端。そろそろルナ姉さんにもご出陣願って、始めるとしようか」


 耳につけている三日月型のイヤリングを外して、[幻月の杖]を本来の形に戻す。

 片手に持ってトンと地面につくと、杖についたいくつもの銀環がしゃりん、と涼やかな音色を奏でた。


 あたしはそれを耳に心地よく聞きながら、魔法の構築に入る。

 これから使うのは難易度の高い大規模な魔法で、さらにそれを思い通りにするための力も二つほど同時に使うことになるため、かなりの集中力が必要だ。

 正直なところ自分一人でそれをやり遂げる自信が無いので、シェリースとジャックを呼んで手伝ってもらうことにしたわけだが。

 彼らには発動した後の補助(サポート)をお願いしているだけなので、三つとも、始める時にはまずあたしが動かなければならない。


 ちょっと緊張しているけれど、とても楽しくもある。

 なにしろこれは、この世界で初めて覚えた魔法だから。



「〈天より来たりて地を穿(うが)つもの〉」



 魔法で作り出した物質を永続的に固定する呪文を織り込みながら、頭の中での構築を終えると。

 さすがにこの規模の魔法は単語詠唱(ワン・スペル)では発動できないので、呪文の詠唱を始める。


 まあ、こんな呪文を唱えつつ、今回は地を穿(うが)つのでなく埋めてもらう方ですが。



「〈我が敵を滅せよ〉」



 杖にそそぎ込む魔力が多すぎるらしく、水上都市シャンダルで杖を介して幻影の魔法を使った時のようにキラキラと“未熟者の輝き”が散る。

 全力で「ここに初心者がいます!」と叫んでいるような状態だというので、できればこのキラキラは出したくないのだが、力加減というものがさっぱり分からないので今はしょうがない。


 今日の観客はそれで笑ったりしなかったので気にしないことにして呪文の詠唱を続けると、あたしの体を中心として足元に大きな魔法陣が出現した。

 白く輝くそれの上にいれば術者と一緒に強力な防御壁で守られるので、あたしの後ろで並んで座っている天音達も安全だ。


 さあ、それでは張り切っていこうか。





「〈隕石落し(メテオストライク)〉!」





 高らかに唱えた最後の呪文によって、あたしがこの世界に来て最初に覚えた魔法が発動する。


 それは遙か彼方の青空にチカチカと白く光るものとなって現れ、間もなく真紅の衣をまとい。

 天から地へ、灼熱の輝きとともに無数の星が降ってくる。


 滅多に見られないであろうそんな絶景を前にして、なぜか背後から悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、振り向いて確認するヒマもなく次に進む。


「頼むよ、シェリース」

《 いつでも 》


 はしゃぐように楽しげな声で答えた半透明の少年、風の大精霊シェリースは、次の瞬間、その幼い外見からは想像もつかない強烈な大気のうねりを起こした。

 もはや風とは呼べないようなその大気の奔流は、けれど天から降り注ぐ隕石をたくみに受け止め、巨大な穴の底へと次々に軟着陸させていく。


 同時に、穴の上空で渦巻くその大気は、隕石の落ちてくる音を完璧に遮断していた。

 これで着地と騒音の対策はバッチリだ。

 さて、次は……


「お願いね、ジャック」


 “闇”の力で地下空間を掌握し、隕石が着地する衝撃を吸収。

 この作業の維持を、あたし以外で唯一“闇”の属性を持つジャックに手伝ってもらう。

 しっぽをふりふりしながら「おてつだいー」と応じる三頭犬(ケルベロス)は、目の前の大穴に降り注ぐ隕石群を驚いた様子で眺めているが、これを起こしているのが自分の主人だと理解しているため、慌てることもなくちゃんと役目を果たしてくれた。


 よし。あとはこの状態を、穴がふさがるまで維持するだけ。


 銀環ゆれる杖からは目が痛くなりそうなほどキラッキラと“未熟者の輝き”が散り、シェリースは空中でくるくる回転しながら「あはははは! おっもしろーい!」とハイテンションで笑っているが。

 空から降りそそぐ隕石は順調に大穴を埋めていってくれているので、問題ない。


 しかし強烈な大気の渦で音を閉ざされ、“闇”の力で着地の衝撃を消された〈隕石落し(メテオストライク)〉を眺めていると、なんとも奇妙な心地がする。

 音と振動は感じなくても、すさまじい量の岩石が真っ赤に燃えながら落ちているのを間近にしているわけだから、まあ当然の圧迫感なのだろうけれど。


 そのせいで後ろから天音が何かを叫んでいるのに、まともに言葉が聞きとれないのがさっきからずっと気になっている。


「おね……ん! ……て! もう……!」


 さっきからずっとこの調子で、何を言っているのかさっぱりなのだ。

 心配しなくてもちゃんと穴は埋まっていっているというのに、いったい他に何を話すことがあるんだろう?

 今のところ隕石の魔法を維持することと、風と“闇”に魔力の供給を切らさないようにすることだけで手いっぱいで、この上さらに天音と話すのはムリなのだが。


「……の! そん……、だ……!」


 うぅむ。何と言っているのか、どんどん気になってくる。

 それでも、もうすこしで隕石ぜんぶ落ちるから、あとちょっとだけ待ってくれ~、と心の中でつぶやきながら、三つの力を維持することに全力をつくした。


《 うっわぁーあ! 》


 いいかげん穴が埋まってきてもまだ降ってくる隕石をどうにか崩さないよう山積みにしつつ、ちょっと魔力込めすぎたせいで量がおかしくなっているのかもしれない、と反省していると。

 くるくる転げまわってはしゃいでいたシェリースが、空を見あげて歓声をあげた。


《 母さん、すっごいのがくるよ~! 》


 つられて空を見あげて、思わずあたしも「うっわーあ……」とつぶやく。

 そこにはなんと、今まで降ってきた隕石群をまるごと合わせたような巨大な岩石が。

 真っ赤な輝きをまとって、落下中。


「きゃぁぁぁぁーっ!!」


 同じものを見たらしき背後から声が響く。

 ああ、これはちゃんと悲鳴だって聞きとれるなぁ、なんて現実逃避したい頭が考えて、間もなくそれどころではなくなった。


《 母さん、これ重たいよ~! 》


 さすがの大精霊も困った様子で言う、確かにこれは超重量級だ。

 けれど不幸中の幸いというか、どうやらトドメの大隕石のようで、それが出現すると〈隕石落し(メテオストライク)〉の魔法が完結、維持する負担が消えた。

 あとはうまく着地させてやるだけだ。


「泣きごと言わない! これで終わりだから、さあ、一緒にもうひとがんばり!」

《 うむむ~! 》


 うなるシェリースとともに風の精霊たちへ魔力を流し、大気のうねりをさらに分厚く強力なものにして大隕石の衝突を受けとめる。



 ドドドドドォッ!!!



 遥か天から落ちてきた大隕石の重さは、それまでの隕石の比ではない。

 さすがに音の遮断にまで力がまわらず、鈍い音が大気を伝ってひろく響いた。


 それでも勢いはだいぶ抑えたため、軟着陸とまではいかないが新たな穴をつくることもなく、それまでに降ってきた隕石の上へその巨体を沈める。



 ズズ、ズズズゥゥン……ッ!!



 重低音の地響きが、大地を伝って体を揺らす。

 さすがに受けとめるだけで精いっぱいで、最後だけ着地の振動を完全に消せなかったみたいだ。

 揺れがゆっくりと周囲に伝わると、周辺の森がざわめいて鳥が飛び立ち、獣が吠える。


「……ふぅ」


 そしてようやくすべてが終わると、あたしはため息をつきながら、その場にしゃがみこんだ。

 時間差で騒ぎ始めた動物たちで、周囲はなんだか賑やかだが、とりあえず“やりきった感”で満たされている。


 がんばったぞ。うん。かつてなくがんばった、自分……!


 シュウシュウと白い煙を吐いている隕石の山を見あげ、それを吹き冷まそうとしているシェリースの風が頬を撫でるのに目を細め。


「……お姉ちゃん」


 いつもより数段低い天音の声が響くのに、ビクッとして起きあがった。

 えっ? なにっ?


「あ、あまね……?」


 全力で問題を解決したばかりなのに、なんでこんな特大の雷を落とす直前みたいな声で呼ばれるんだろう?

 何が起きているのかさっぱり分からず、おそるおそる振り向くと。


「こんなことしちゃダメって、ずっと言ってたのに! どうして止まってくれなかったの!」


 なぜか涙目で、ふるふる震えながら立っている天音に叱られた。


「穴をちゃんとふさいでくれるっていうから、信じて見てたのに! どうして、どうしてそこで隕石なの……?!」

「えっ。だって、穴をふさぐなら石が要るでしょ?」

「だからって、どうして隕石なの! ただの石でもいいでしょう?! 隕石は普通の石じゃないし」

「待って待って。隕石だって石だよ? 仲間外れいくない。石の仲間に入れてあげてください」

「お姉ちゃん、そういう問題じゃなくって……!」


 ああもう、何て言えば通じるの、と天音はめまいを起こしたように両手を額に当てた。

 頭痛そうな顔をしているが、あたしだって納得いかない。


 かつてないくらい全力をつくしたし。


《 楽しかったねぇ、母さん。ぼく、こんなにおもしろい遊びははじめて~ 》

「見事だったよ、リオ! こんなに素晴らしく壮大な魔力の無駄遣いを見たのは、ぼくの長すぎる人生の中でも他には覚えが無いくらいだ!」


 シェリースとアンセムには、こんなに大喜びされてるのに。

 ……というか、アンセム、それ褒めてないよね?


「うーむ。やっぱり納得いかない。湖にするのでも、火の海にするのでもなくて、ちゃんと石で埋めたのに」

「だから、あれは石じゃなくて、隕石なんだよ……」


 額に当てた手の下から天音が言うのに、くちびるを尖らせる。


「だーかーらー。隕石だって石だよ! ちょっと一文字くっついてるだけで、それとっちゃえばただの石!」

「お姉ちゃん……。……もう、何て言ったらいいのかわからないんだけど。そういえば、穴を埋めるんじゃなかったの? 間違っても、“山をつくる”んじゃなくて?」

「……ん? あー、えーっと。そこはそれ、ほら、サービスで?」

「そんなサービスは誰も求めてないよ……!」


 天音は顔をおおってよろよろと毛布の上に座りこんだ。

 隣に座っているオルガが、その肩をぽんぽんと叩いてなだめている。


 ううむ。本当に納得いかない。


「全力をつくしたのに……」


 ぼそりとつぶやくと、オルガが顔を上げて言った。


「リオさまの場合、むしろそれが悪かったのでは」


 ……。

 ……?


「……えっ?」


 ぽかんとして訊き返したあたしに、オルガが説明する。


「いえ、ですから、リオさまの場合は、全力をつくそうとされるよりも、できるだけ手加減をされた方が良かったのではありませんか?」

「う、うーん……? でも、妹の窮地(ピンチ)に呼ばれてさ、助けてって言われたらさ、普通は全力をつくした方が喜ばれるんじゃ……?」

「その結果がこちらの妹君ですが」


 こちらの、と言いながら、両手で顔をおおい、肩をふるわせている天音を示すオルガ。


「……くっ」


 返す言葉が見つからない。

 もう、むしろあたしの方が涙目になってくるんですが。


「リオさま。僭越(せんえつ)ながら申し上げますと……」


 なんなのこの子、ドSなの?


「もういい! もういいから!」


 この上まだ追いつめる気か?!

 君のこと助けたアンセムは、あたしが連れてきたのに!


「うぬぬー! 召喚獣おねーちゃんは、用法、用量を守って、正しくお使いくださいー!」


 腹立ちまぎれに叫ぶと、天音が顔をあげてツッコミを入れた。


「医薬品なの?!」


 涙目だけど泣いてない。

 ちょっとほっとしつつ、最後の一言。


「じゃあ、ご利用は計画的にー!」


 アンセムの手を掴んで引っぱり、魔法を構築しながら叫ぶと。


「お金借りるんじゃないんだからー!」


 叫び返してくる天音の声を聞きながら、〈空間転移(テレポート)〉でアンセムの家へ戻った。





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