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第九十八話「不条理な不老不死。」




 朝ごはんをいただこうと一階へ降りると、ちょうど廊下にいたメイドお姉さん、エリーが食堂へ案内してくれた。


 ついでにこの家の出入りに必要だという、フクロウの紋章がついた銀色の指輪をもらい、言われるまま右手の小指にはめる。

 指輪はコピー不可の通行証みたいな魔法がかかっているだけなので、身につけていても害はないだろう。


「おはよー」


 食堂に入ると、すでに他の三人がそろっていた。

 「おはよう」と答えたレグルーザはもう食事を終えているらしく、お茶を飲みながら新聞を読んでいて、眠たげな顔をして「お~」と答えたアンセムは、ぼんやりとスプーンで野菜スープをかき混ぜている。

 そして今日も凛とした美少女なカミラは、おだやかな笑顔で答えて訊いた。


「おはようございます、リオさま。よくお休みになれましたか?」

「はい。ぐっすり寝ましたー」


 外見は八歳のビスクドールみたいな美少女だけど、こうして話してみるとカミラは明らかに“年上の女性”だった。

 何度かただ「リオ」と呼び捨てにしてもらえればいいと言ったのだが、弟が迷惑をかけた、ということに負い目があるのか、がんとして「リオさま」から譲らない。

 しかも細やかにあたしやレグルーザのことを気遣って声をかけてくれる。


「姉さんは昔から人の世話をするのが好きなんだ~」


 いつまでもスプーンをぐるぐる動かしているばかりで食事しないのをカミラに叱られたアンセムが、のんびり野菜スープを飲みながら言った。


「姉さんが始めた『ひだまりの家』っていう、身寄りのない子どもを引き取って世話する家も、今じゃあっちこっちにあるんだよ~」

「おおー。すごいね、カミラさん」

「いえ、元いた世界にそういうものがあったとテンマさまからお聞きして、アンセムや他にもたくさんの方たちに協力していただいて、ようやく作れたものです」


 カミラは自分の力ではないと謙遜するが、彼女が動かなければこのアンセムがそんなところに目を向けるとは思えない。

 間違いなくあなたの功績です、と讃え、話の流れでこの世界での孤児の事情について聞いた。


 身寄りのない子どもは基本的に街の領主や豪商が引き取って育てるのだが、『傭兵ギルド』や『魔法協会』ができてからは、彼らが引き取ることが多くなっている。

 それで今では、貴族の血筋の子どもは領主が引き取って後見人になり、頭の良い子どもは豪商が教育して商売について教え、魔法使いになれる素質がある子どもは『魔法協会』が引き取り、力の強い暴れん坊や手癖の悪い子どもは荒事に慣れた『傭兵ギルド』が引き受ける、という暗黙の了解があるんだそうだ。

 でも、そこからこぼれ落ちてしまう子どもたちも少なからずいるので、カミラの『ひだまりの家』はとくに人口の多い街に作られて、最後のセーフティネット的な役割を果たしているという。


 ふむふむ、とうなずいて聞いているあたしに、レグルーザが言った。


「シャンダルのギルドで、俺が子どもに買い物を頼んだのを覚えているか?」

「あー。傭兵見習いの子だっけ? そういえば、若い子に頼んでたね」

「あれはギルドに引き取られた子どもの仕事の一つなんだ。安く良い品をそろえればその分もらえる報酬が良くなるから、やる気がある者はそこで品物を見る目や値引き交渉の技を磨く。そして何度も同じ傭兵の依頼を受けていればその子には人脈ができ、真面目にやっていれば後に仲間となる者たちからの信用が得られる」


 一石三鳥か四鳥くらい狙ってそうな仕事に、さすが傭兵、と笑った。

 そうして育てられて傭兵になった人たちがけっこうたくさんいるので、気性の荒い男たちが集まるギルドでも、子どもがヒドい目にあわされることはないらしい。


 『傭兵ギルド』や『魔法協会』がかなり根深く人々の生活に関わっているのを感じて、食事の時間は終了。

 レグルーザは『傭兵ギルド』の支部へ行くと言って出かけ、残った三人はカミラにかけられた魔法についての研究に入った。





「まずはどんな魔法がかかってるのか見たいんだけど、いい?」


 アンセムの案内で一階の奥にある書庫みたいな部屋へ移動すると、二人に訊いた。

 すぐに「もちろん」と許可されたので、遠慮なく〈呪文展開(スペル・イクスペンド)〉でカミラの体にかけられた魔法を構成する呪文を引き出させてもらう。


 あたしの眼は魔法を視ることができるが、景色のように表が視えるだけなので、全部きっちり視ようとするとこういった魔法で呪文を引き出さなければならない。


 そうしてしばらく後、じっくりと視たカミラの魔法に、あたしはめまいを覚えて額に手を当てた。


「……なんだろう、この、だまし絵みたいな魔法」

「そういえば昔、テンマも同じようなこと言ってたね~」


 アンセムがなつかしそうな顔で笑ったが、笑いごとではない。

 カミラにかけられている魔法は、単純でいておそろしく複雑だった。


 元の世界のどこかで見た絵に、ずっと上り続けるループ状の階段とか、いつまでも水が流れつづけるループ状の水路とかが描かれたものがあった。

 それらは三次元では作製不可能だが、絵だけ見るとどう見ても「上り続けている階段」だし「水が流れつづける水路」だという不思議なもので、一部ずつ切り取って見ればごく普通の階段や水路なのだが、全体を見ると「ありえないもの」になるというシロモノ。


 カミラの体にかかっている魔法はそれに似ている。

 ひとつひとつの魔法は「傷ついた体細胞の再生」や「再生能力の増強」など、[生命解体全書(ライフ・アナトミア)]にあったものなのだが、それらをすべて一人の人間の身にかけて破綻(はたん)なく維持するなど“ありえない”。


 正常な生命活動から外れた魔法には、それなりの代償が要求される。

 だから[生命解体全書]の後半に記されていたそれらの魔法の実験結果は、悲惨としか言いようのないものになっていた。



 それなのに、カミラは不老不死を実現している。



 これじゃあ誰にも解けないのもムリないな、と心の中でつぶやいた。


 不条理、という言葉をそのまま現実にしたようなものだ。

 この姉弟の父親がどんな方法でこんなおそろしい偉業を成し遂げたのか、あたしにもさっぱりわからない。


 それでも何もせずに「わかりません」と放り投げるわけにもいかないので、カミラにかけられている魔法をメモし、気になったつなぎ目の呪文を書きとめ、〈呪文展開〉を解除した。


「ありがとう、カミラさん。とりあえず個別に作用が見られる魔法について調べてみますね」

「はい。よろしくお願いいたします、リオさま」


 ひと通りかかっている魔法を見せてもらったので、カミラにいてもらう必要はなくなった。

 しばらく眠っていたので久しぶりに『ひだまりの家』へ行きたい、と言う彼女に、アンセムが「エリーを連れて行ってね~」と答え、あたしも「いってらっしゃーい」と手をふる。


 リリン、と響いたベルの音ですぐ現れたエリーと一緒にカミラが部屋を出ていくと、アンセムがあたしに言った。


「そいえば、リオ。言い忘れてたけど[生命解体全書]に入れた魔法や実験結果とかは、研究のごく一部なんだ。関係なさそうなのとか、明らかに呪文構成失敗してるのとかは入れなかったし、テンマと研究する前に書いたものだから、彼と一緒に新しく作った魔法とその実験結果についても入ってない」

「あー。そういえば彼を研究に引きずり込むために[生命解体全書]を書いたんだっけ?」

「そうそう。それで、残りの資料はこの部屋にあるもの全部だから、目を通して参考にしてね~」


 悪びれることなくあっさり言うアンセムに、「は?」と目が点になった。


 わりと広めなこの部屋は扉一枚とガラスのはめこまれた大窓四枚以外、壁の全面が書棚になっている上、中央に置かれた大きなテーブルの上にも本や紙の山があり、床のあちこちに積まれた箱の中にも資料がぎっしり詰め込まれているのだが。


「……これ、ぜんぶ?」


 「うん」とこれまたあっさりうなずくアンセム。


「あきらかに失敗! ていうのは全部地下に放り込んどいたし、そんなに多くはないでしょ? あ、とりあえず読んでもらいたい最重要の資料は机の上に置いてあるから」


 テーブルの上にある本や紙の山を見た。

 これを「そんなに多くない」と言えるアンセムの基準はあきらかにおかしいと思う。


 昨日のアンセムみたいに全身が灰と化し、風に吹かれてさらさら崩れ落ちていくような錯覚におそわれ、あたしはよろよろとテーブルのそばのイスに座った。



 ……ああ。

 今さらだけど、とんでもないことを引き受けたぞ自分。



「それじゃ、ぼくは君が新しい何かを思いつくまで、レグルーザに頼まれた魔導書の鑑定やってるから。用事があったらそこのベル鳴らして~」


 のんきな声でそう言って、足取り軽く部屋を出ていくアンセム。

 あたしはしばらくぼうぜんと座っていたが、ショックから立ち直るとあきらめのため息をひとつ落して、近くにあった紙を手に取った。


「えーと。加齢を止める魔法によって肉体の再生能力が失われる理由は何か? 呪文構成についての考察と、一部変更による結果の差異について」


 この結果の差異はどうやって調べたのだろう、と考えると「やっぱり[生命解体全書]の著者は故人にすべきなんじゃないか」と心が波立つ。

 けれど、朝ごはんの時にスプーンで遊んでいる弟を叱り、ちゃんと食べるのを見守っておだやかに微笑んでいたカミラの顔が脳裏に浮かぶと、その波は静まった。



 もしも天音がカミラと同じ魔法をかけられたら、自分はどうするだろう? と、考えて。



 あたしは一番居心地のよさそうな窓辺の揺りイスへ座りなおし、テーブルの上の資料を手近にあるものから読み始めた。







〈異世界五十八日目〉







「ホ~」

「ホ~」

「ホ~」


 ベッドの上で起きあがったあたしに気づいて、窓辺でハレホレ歌いながら盆踊りをおどっていたジャガイモとサツマイモとネギが手をあげた。


「ほー」


 あたしが挨拶を返すと、ぽてぽて歩いてペット・ドアならぬマンドレイク・ドアを通って部屋を出ていく。

 ……あれ? 今、ネギが混じってなかった?

 ネギって根菜じゃなかったような気がするけど、うーん?


 しかし、それにしても。

 毎日やるのか、このモーニングコール。



 今日もみんなで朝ごはんを食べると、レグルーザは『傭兵ギルド』へ、カミラはエリーを連れて『ひだまりの家』へお出かけ。

 アンセムは魔導書の鑑定の続きに戻り、あたしも資料の続きを読みに書庫へ向かった。



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