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第九十七話「研究生活の始まり。」




 昼ごはんの後、悪名高い三冊の魔導書を鑑定してもらうためにアンセムへ渡し、自由に使っていいと言われた二階の客間へ戻った。

 窓辺でテーブルをはさんでイスに座り、レグルーザと話をする。


 彼はあたしが寝ている間、天音からの定期連絡に「今日は疲れて早めに眠っている」と答えたと教えてくれてから、アンセムが[生命解体全書(ライフ・アナトミア)]を渡してきた時、助けられなかったことを詫びた。


「魔導書をどけてお前を起こすようアンセムに言ったんだが、一度始まってしまった深層潜行読解(ダイブ・リーディング)は中断させようとする方が危ないらしい。どうすることもできず、すまなかった」


 ずいぶん気にしているようなので、かるく笑って返す。


「だいじょーぶだよ、レグルーザ。もとから三冊持ってたのが一冊増えただけだし、これでアンセムには貸しができたことになるから。何かあったら問答無用でこき使ってやる。イロイロと人脈広そうだし」


 レグルーザは「たっぷり使ってやれ。じゅうぶん注意した上でな」と答えてくれたものの、まだ表情が晴れないようなので、ふと思いついたことを言った。


「それに、ここには来るべくして来た、って感じがする。だって、すごいピンポイントで二代目勇者と送還陣の研究をしてた人と遭遇したんだよ。そんなひと、他にはめったにいないでしょ?」

「確かに、いくら強い魔法使いは長生きをすると言っても、彼ほど長く生きている人間は珍しいだろう。こうして巡り会えたのはすごいことだ。しかしそれについては、どうやら完全なる偶然でお前がここに来たわけではないらしい」


 「うん?」と首をかしげると、レグルーザは昨日初めて会ったというカミラから聞いたことを教えてくれた。


「二代目勇者の旅に同行した『星読みの魔女』が、アンセムとカミラにひとつの予言を与えていたんだ。

 その『星読みの魔女』は女神の啓示を受けるのに熟練した老婆で、彼らは彼女の言葉を信じ続けた結果、今お前がここにいるのだと考えている」


 なんと。

 アデレイドのご先祖さまが絡んでたのか。


 その『星読みの魔女』の予言は“獣の中の人と、人の中の獣。彼らとの(えにし)が、かすかな光につながっている”というもの。

 当時は意味がわからなかったが、ある時、レグルーザの師匠である『水月』に出会って親しくなったアンセムが、この友人の事情を知ってひらめいた。


 “獣の中の人”とは、獣人の中に生まれて獣化する力を失った彼のことではないだろうか?


 そしてその考えを裏付けるように数年後、“人の中の獣”と解釈できる、人間の中に生まれた獣人であるレグルーザが『水月』の弟子となったのだ。


 あたしはその話を聞いて、ちょっと微妙な気分になった。


「レグルーザはそれ、どう思うの?」

「どう、というのは、どういう意味だ?」

「んー。ちょっと言いにくいんだけど、アンセムが『星読みの魔女』に言われた“かすかな光”をつかむために、お師匠さまやレグルーザを利用した、とも言えるかもしれないから」

「ああ、そのことか」


 答えるレグルーザは平然としていた。


「カミラもそれを心配しているようだったが、俺は気にしていない。彼らが無事に『星読みの魔女』が見たという“かすかな光”にたどりつけるといいと思っている。もしここに師がいたら、同じように答えただろう。

 師とアンセムは良い友だった。だから師は、自分の死後も長く生き続けるだろうアンセムを案じて時々様子を見に行くよう頼み、俺はそれを引き受けた」


 しかし、とすこし表情をけわしくして続ける。


「それにお前を巻き込んだことと、その方法が問題だ。三冊手に入れているからといって、四冊目も無事に手に入るとは限らない。アンセムはなぜかお前が無事に[生命解体全書]を手に入れると、確信していたようだが。

 ……うむ。やはり、魔法使いではないものに、魔法使いを理解することはできんのかもしれんな」


 最後はどこか遠くを見てため息まじりにつぶやき、あたしに視線を戻した。


「お前をここへ連れてきたのは俺だ。こんなことになって、すまない」


 ちょっと考え、肩をすくめて答えた。


「それ、何回考えても、レグルーザが謝るトコじゃないと思うよ。連れて来てって頼んだのあたしだし。むしろ一緒に被害者枠に入ってる方だからさ」


 ニヤリと笑って付け加える。


「いつか一緒にアンセムこき使ってやろうね。あのひとたぶん、『傭兵ギルド』の総長ともつながってるよ」


 あたし達が二代目勇者と同じ世界の出身だと話したのは、総長のところで食事をいただいた時だ。

 その他では出ていない情報のはずなので、たぶんそこは確かじゃないかと思う。


 レグルーザはなんとなく嫌そうな顔で「あまり危ないことはするな」と答えた。

 まあ、アンセムは『魔法協会』やら『魔法研究所』やら、果てはサーレルオード公国の『魔法院』やらともつながってそうだからなー。

 普通の方法では殺せないみたいだし、まさに危険人物! って感じ。


「そうだね。敵に回さないよう気をつけるよ」

「その点だけはとくに厳重に注意してくれ。……しかしともかく、彼は“言わない”ことはあっても、ウソをつくことはない。言動に奇妙なところはあるが、魔法使いとしての力や知識の量は世界有数だ」


 レグルーザがそこまで太鼓判を押すなら、『教授(プロフェッサー)』は魔法使いとしてなら信用していいのだろう。


 [生命解体全書]を渡された直後は、助けを求めて旅してきたのに、ようやくたどり着いたと思ったところで落とし穴にハマったような。

 おぼれそうな人が必死に手をのばしてワラをつかんだと思ったら、実はワラじゃなくて悪魔のしっぽでした的な絶望を味わわされたが。


 神崎さんとアンセムが研究したという送還陣についての魔法の知識は、今だってのどから手が出るほど欲しい。

 たとえそれで帰れなかったとしても、何が使えない魔法なのかはわかるから、参考にはなるはずだ。

 アンセムの魔導書を強制的に継がされた今、カミラの体にかけられた魔法を解く研究に参加することは可能だから、彼の望む対価も払えるだろう。


 あたしはあんまり頭良くないという自覚があるので、ずっと昔の『星読みの魔女』が予言したという“かすかな光”が自分のことだとは思えないから、それだけが気がかりだが。


 うん。

 とりあえず決まり。


「レグルーザ、あたしアンセムの研究に協力する。それでその後、彼に元の世界へ帰るための研究を手伝ってもらう」

「そうだな。それがいいだろう」

「となると、しばらくここに留まることになりそうだけど。レグルーザはどうする?」

「研究が一段落したらまた動くことになるだろう。その時にそなえて、俺はしばらく休ませてもらう」


 ほとんど街に立ち寄ることのない旅をしていたし、ここのところ『黒の塔』やら『聖大公教団』の動きがきな臭いので情報が欲しいということで、レグルーザもアンセムの家に滞在することになった。

 アンセムは始めからそのつもりだったようで、レグルーザにも「好きに使って」と客間をひとつ貸してくれているんだそうだ。



 ……ううむ。

 何だろう、この、準備万端でハメられた感じ。





 そうしてともかく夕ごはんの時、あたしは仮面を外して一階へ降りた。

 自分では役に立てないかもしれないから、あまり期待しないでほしいと注意した後で、カミラを元の体へ戻すための研究に協力すると話す。


「ありがとう、『銀鈴の魔女』。これからよろしくね~」

「ありがとうございます、『銀鈴の魔女』さま」


 最初からそうなると分かっていたかのような態度のアンセムと丁寧に答えてくれるカミラに、お願いだから「リオ」と呼んでくれと頼み、日が暮れてジャックが起きると小型化して出てきてもらって紹介。

 食後の連絡時間になると、声だけだが天音も紹介し、アンセムとカミラの許可を得て「帰る方法を一緒に探してくれるひと」で「二代目勇者の仲間だったひとたち」だと話した。


 天音は「ええー?!」とびっくりしたけど、すぐに順応して「どんな人だったんですか?」とわくわくした口調で訊ねる。

 アンセムは彼と一緒にいろんな魔法を研究したことを語り、「故郷の野菜が食いたい」と言うので作ってみたものが魔獣化してマンドレイクになったのだが、いちおう食べられたり高い薬効があったりするので今も庭で品種改良中なのだという話をしてくれた。

 あたしがマンドレイクについて、「初めて会った時にどじょうすくいで歓迎してくれたよ」と言葉をはさむと、天音は「いいなー、わたしも見てみたい!」と声をあげ、アンセムはいつか会えたら歓迎の踊りを見せると約束する。


 楽しげに話す天音に、二代目勇者は神崎さんだったんだよと教えたい気持ちもあったが、今のところそれを知っているのはレグルーザとアデレイドとあたしだけなので、言わないでおいた。

 まだ確実に帰れる方法が見つかってないし、へたに話すとそこから何を悟られるかわからない。

 うっかり一を話すと十まで気づいちゃうのが天音だから。


 そんなことを考えている間にも、聞き上手な天音はアンセムやカミラから自由奔放な二代目勇者のいろんなエピソードを聞きだし、のんびり夜が更けた。


 あたしもちょこちょこ会話に参加していたが、しばらくして眠くなってきた。

 くあー、とあくびをしていたらカミラが気づいて、「名残惜しいですが、今日はこのあたりで」と話を終わらせる。


「またお話しましょう。おやすみなさいませ」


 みんなで「おやすみ」と挨拶をかわして別れると、あたしはジャックを連れて二階に上がり、客間のベッドにもぐった。







〈異世界五十七日目〉





「ハ~レ~」

「ホ~レ~」


 窓辺で盆踊りをおどるダイコンとニンジンとタマネギの声で目が覚めた。

 なんという気の抜ける朝。


 というか、君たちなんでわざわざこの部屋で踊ってるの?


 のそのそとベッドの上で起きあがってぼんやり見ていると、それに気づいたダイコンが振り向いて「ホ~」と片手をあげた。

 あいさつか?


「ほー」


 片手をあげて返事をしてみると、ニンジンとタマネギも満足げに「ホ、ホ~」と応じ、それが済むとマンドレイク・トリオはぽてぽて歩いて扉へ向かった。

 どうやって出ていくつもりなのかと思って見ていたら、扉の模様だと思っていた下の方の一部がダイコンの手でぱかっと開き、ペット・ドアみたいにマンドレイクたちを廊下へ通す。

 そして、ダイコンとニンジンとタマネギはぽてぽて歩いて部屋を出ていった。


 彼らはいったい、何をしに来たんだ。



「……もしかして、モーニングコール係?」



 静かな部屋でぽつりとつぶやく。

 『教授』アンセムの家での研究生活は、そうして始まった。





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