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番外編「義姉の日常。」

気がつけば百話&書籍化記念ということで、今回は番外編です。義姉妹の異世界召喚前の小話、リオ視点。






 とある夏の休日のこと。

 我が家の万年新婚夫婦おとーさんとおかーさんが海岸デートへ行くというので、あたしと天音はその間、近くの遊園地で遊んでいることになった。


 ナマケモノなあたしは、せっかく学校が休みなのに、わざわざ人の多いところへ出かけるなんて面倒くさい、と思ったが。

 お出かけ好きな天音は大喜びだし、うちの家族行事は基本的に強制参加なので、一人だけ家で寝ている、なんてワガママが許されるはずもなく。


 その日の朝、あたしはおかーさんの選んだ水色のワンピースとサンダルと麦わら帽子に、キャラメル色のレトロなベルトポーチという格好で、半分寝ぼけたまま車の後部座席へ放り込まれた。

 それから間もなくして、こちらは自分で身支度を整えた天音が隣に乗り込んでくる。


「お姉ちゃんそのワンピース、すごく似合ってて可愛い! 見てみて、わたしも今日、それの色違いなの。サンダルも一緒に買った、お揃いのなんだよ」


 楽しげにはずむ声に呼ばれ、まだ寝ぼけながら「んー?」と隣を見て、そこにいた天音の姿に思わず座席からずり落ちそうになった。

 ……ま、まぶしい。


 普段はピンで留める程度で自然に流している髪を、今日は大きく結い上げて飾り付きのヘアゴムでまとめ、小さな花のアクセントが付いたピンをさしている。

 いつもは隠れているうなじは透き通るようにみずみずしく、清楚な白のワンピースはしなやかな体にそってやわらかな曲線を描き、華奢な足首に巻き付くサンダルの細い革紐は、可愛らしいのにどこか妙な色香があった。


 毎日見ている顔だから、いいかげん慣れているはずなのだが。

 それでも外出用に身支度を整えた美少女の破壊力というのは、すさまじいもので。


「……う、うん。オジョウサン、カワイイネー」

「え、なんでそんな棒読み? どこかおかしい?」


 慌てた様子で自分の格好を見おろし、おろおろしながらチェックする天音を、何も変じゃない、じゅうぶん可愛いからそのままでいい、と言って落ち着かせ、ため息を飲み込んだ。

 あたしが着ると“ただのシンプルなワンピース”なのに、天音が着ると“洗練されたデザインのワンピース”に見えるのは不思議でもなんでもないけど、とにかく似合いすぎていて、本能が危険を叫んでいる。


 危険キケン! 装備ガ不足シテイマス! 的な黄色警告イエロー・アラート

 確かに、校則に忠実な女子高生スタイルでも注目され、隙あらばナンパされる美少女がこんな格好をしていたら、いろんな意味で危ない。


「ごめん、ちょっと忘れ物したー」


 すぐ戻るから、と言いおいて車から降りると、家へ戻って履くのも脱ぐのも面倒なサンダルの革紐を外し、ぱたぱたと小走りに自分の部屋へ入る。

 昼間しばらく別行動になるとはいえ、今日はおとーさんが近くにいるから、たぶんコレを使うことはないだろうけど。


 備えあれば憂いなし。


 勉強机の引き出しを開け、奥から取り出した物をベルトポーチに入れて、装備品追加。


「里桜、そろそろ行くぞー?」

「あいー。今いくー」


 外から呼ぶおとーさんの声に返事しながらサンダルを履いて、ぱたぱたと玄関を出た。





 本日は快晴なり。


 遊園地の入り口近くで天音と一緒に車から降りると、早くも強烈な夏の陽射しに負けそうになりながら麦わら帽子をかぶった。

 これも天音とお揃いだ。


 今日は格好だけなら双子並みのペアルックで、それを見る親たちの満足げな顔には苦笑するしかない。

 あたしは天音と違って一瞬で人ごみにまぎれる平凡顔だというのに、「うちの子かわいい!」という微笑ましげな親バカ顔で、義妹と一緒に見守られるのだから。


「夜の花火イベントまでには連絡して、合流するからな。携帯落とすなよ」

「うん。だいじょーぶだよー」


 注意されるのに頷けば、運転席からおとーさんがいい笑顔で「楽しんでこい」と手を振るので、「そっちもねー」と手を振り返した。

 その横で、天音は助手席のおかーさんから「お姉ちゃんとはぐれないよう、気をつけて」とちょっと心配そうに言われ、「手をつないでいくから大丈夫!」とにっこり笑って答える。


 ……え?


 まじですか、と横を見れば、すでに手を取られてしっかりとつながれていた。

 それなら大丈夫ね、と安心した顔をするおかーさんに一言もの申したい気分になったが、おとーさんが車を出してさっさと行ってしまったので何も言えず。


「お姉ちゃん、何乗りたい?」

「んー。とりあえずコーヒーカップ?」

「ええー。また思いっきりテーブル回して、高速回転させるつもりなんでしょ」

「お姉ちゃんは期待を裏切らない女だからね」

「そんな期待してないよー!」

「じゃあジェットコースターの落下写真でアクロバティックなドヤ顔して、負けた方が観覧車の一番上で荒ぶる鷹のポーズをするゲーム」

「それどっちも罰ゲームだよ! もぅ、なんでそうなるのー」


 あたしの提案に笑いながら返す天音と手をつないだまま、入場ゲートへと歩いていく。

 里桜の方がお姉ちゃんだから、という理由で今日のお小遣いを全額渡されているので、入場券と、一日自由に乗り物に乗れるチケットを買って天音に渡した。

 ゲートをくぐるとまた手をつないで、家族連れでにぎわう遊園地を歩く。


「やっぱり最初はジェットコースターがいいな!」

「はいはい。じゃあ一番デカいのに並びに行くかー」

「はーい!」


 天音は幼い子どものように無邪気にはしゃぐ。

 美少女度が普段の八割り増しくらいになっているその笑顔に、周りで数人の男性が足を止め、隣にいた女の人に怒られていた。


 うんうん。よそ見はダメだよー。

 うちの子はあげないし。


 遊園地は基本的に一緒に来る連れがいる人たちの遊び場なので、普段よりナンパ率は低い。

 が、なかには男子学生三人で遊んでいるという人達もいて、天音は当たり前のようにジェットコースターの順番待ちで声をかけられたりしたが、安定の天然でスルーした。

 「今日はお姉ちゃんと二人でデートする日なので」と笑顔でさらっと言われた時は、彼らと一緒にあたしも固まったけど。

 それ以外はとくに何も起こらず、遊園地の入場後から一定の距離を置いてついてくる嫌な視線を感じながら、お昼時になったので食事にすることにした。


 サンドイッチを買ってパラソル付きのテーブルで食べ、ちょっと休憩しようとのんびりしている間に、天音が携帯を見る。


「あ、メール返ってきてる」

「おー。さっきの写メか。反応はどう?」

「すごい笑ったみたいだよ」

「よし。本日のミッション達成」

「ええ? お姉ちゃん遊園地に何しにきたの。……っふ」

「ん? どしたの?」

「お父さんの返信メール見てたら、さっきのお姉ちゃん思い出して」


 うくく、と手で口元をおおって肩をふるわせ、天音は「がまんできないー」と言ってまた笑い出した。

 ジュースのストローに口をつけてじゅるるるる~、と飲みながら、あたしはアレそんなにおかしかったかなーと首をかしげる。


 ジェットコースターのアクロバティックなドヤ顔落下写真対決は、最初からやる気の無かったあたしが負け、真正直にドヤ顔を撮影された天音が「お姉ちゃんのばかー!」と怒ったので、次の観覧車の頂点であたしは荒ぶる鷹のポーズを華麗に決めてみせたのだが。

 何がツボだったのか、天音はそれに大爆笑。

 珍しくお腹をかかえるほど笑い転げながら携帯のカメラで何枚も写真を撮り、一番キメ顔になっているものを選んで、おとーさんにメールで送ったのだ。


 その返信メールにはそれぞれ、おかーさんから「ワンピースでそのポーズはやめなさい」というやんわりお叱りメッセージと、おとーさんから「飛んでるな(笑)」の一言感想が付いていた。

 あと、添付ファイルに砂浜の波打ち際でおかーさんがたたずんでいる写真が一枚。

 美女は何をしていても絵になる、という言葉の見本のようにみごとなその写真は、「どうだ俺の嫁」というおとーさんの自慢げな顔がすけて見えるような出来映えで、この万年新婚夫婦め、と天音と一緒に笑った。


「あれ? 天音ちゃん?」


 そうして携帯を見ていると、天音の友達が声をかけてきた。

 違う高校へ進学した中学時代のクラスメートの女の子四人だそうで、たまたまタダ券が手に入ったのでみんなで遊びに来たのだという。


「すごい偶然だね!」

「ねー! 見つけた時びっくりしたよ!」


 天音は友達が多いので、外出先でこうして声をかけられるのはよくあることだ。

 これからジェットコースターに乗りに行くんだけど、天音ちゃんも一緒に行かない? と誘われて、すこし迷ったようにこちらを見るのに答える。


「いいよ。あたしはもうしばらくここで休んでるから、行っといで」


 昼食直後にハードなアトラクションはかんべんしてもらいたいが、天音が楽しむのを邪魔する気もない。

 好きにしていいよとうながせば、天音は「うん」と頷いて、久しぶりに会った友達だから、と彼女たちと一緒にジェットコースターに乗りに行った。


「一回乗ったらすぐ戻るから、待っててね」

「ん。ちゃんと待ってるよー」


 だから安心して行っておいで、とひらひら手を振って送り出し、ちょうどいいタイミングで単独行動ができるようになったな、と思う。

 天音がそばから離れたとたん、朝から感じていた嫌な視線が外れたのだ。

 これは確定だろう。


 ジュースを飲み干して、一服。

 さて、そろそろ駆除に行くか、と立ち上がりかけて、けれど途中で止まった。


「えらい遅なりまして、すんまへん」


 おかしなイントネーションのエセ方言で謝りながら向かいのイスに座ったのは、キツネ顔の茶髪男。

 本名は知らないが、あだ名は知っている。


「クダ」


 彼は手にしたアイスコーヒーをずずずず、とすすり、元から細い目をさらにほそめてニィと笑んだ。


「ハイ。背後確認が終わりましたんで、今、片づけました」


 すい、と動かされた視線を追えば、車イスを押して歩いていく男性が見えた。

 そこに乗っている人物はどうやら眠っているらしく、その手にファンシーな風船のついた糸を巻き付けたまま車イスに身を沈めている。

 彼らは人ごみの中でとくに浮いたふうもなく、ゆらゆらと風船を揺らしながら、のんびりとした足取りで出入り口の方へと進んでいって、視界から消えた。


 あの車イスで熟睡中の彼が、おそらく朝からつきまとっていた嫌な視線の主だろう。

 視線を戻すと、いつの間にかアイスコーヒーを飲み干していたクダが言う。


言伝(ことづて)を預かっとります。“楽しんでこい”と」


 それは遊園地の入り口で、おとーさんが別れ際に言ったのと同じ言葉だ。

 ん、と頷けば、彼はさっさと立ち上がった。


「合流されるまで、ボクもそのへんでテキトーに遊んでますんで」


 良い休日を、と言って離れていく。

 一人残されたあたしは、肩の力を抜いてイスに座りなおした。


 彼はおとーさんに「クダ」と呼ばれて、時々こんなふうに使われている人だ。


 その素性はわりとろくでもない。

 なにしろ天音の元ストーカーで、学校に盗聴器を仕掛けたところでおとーさんに捕まり、一晩オハナシをした結果、おとーさんの忠実なイヌになった人物だ。

 天音をストーキングするために仕事をやめたとかいう元エリート会社員で、そのムダに高い学習能力をついやしてイロイロとまっとうでない技術を身につけていたのを見込まれ、今日みたいにたまに害虫駆除要員として駆り出されている。


 一瞬で人ごみにまぎれこめる特徴の無さと影の薄さ、そして何より必要なことだけ話して、あとは出しゃばらない態度がいいと、おとーさんに気に入られているが。

 基本的に要注意人物。


 しかし最近、彼はおとーさんの知人が経営する会社に就職して、そこでなかなか活躍しているらしいと聞いたような気がしたけれど。

 いったいどんな仕事をしているのやら……


「うちの周辺はホント、濃い人が多いよなぁー」


 ちいさくつぶやき、しみじみと自分の平凡さを感じながらため息をつく。


 おかーさんと天音の美人母子は見た目からして別世界だが、おとーさんもわりと異次元な人だ。

 外見からそうとわからないぶん、うちの家族の中ではおとーさんが一番性質(たち)が悪い気がする。


 それなのにこのところ、どうもあたしがおとーさんの後継ぎなんじゃないかという噂話が一部で密かにささやかれているらしいのだが、正直なところ「あんな人の後なんか継げるか」と思う。

 まぁ心配しなくても、きっと天音の旦那になる人が死にものぐるいで継いでくれるだろう。

 それはつまり、今ふらりと現れて消えた、あのクダみたいなのを使いっパシリにできるような人物でなければ天音の隣には立てない、ということだが。


 娘の旦那査定は、親の領分。

 義姉(あたし)はその人が現れるまで、ちょっとした番犬でいればいい。


 イスから立ち上がって空のコップをごみ箱に捨て、ちょうどこちらへ戻ってきた天音の方へと歩いていく。


「お姉ちゃん、ただいま!」

「はいはい、おかえりー」


 クダのおかげでカバンの中のアレは使わずに済みそうだ、と内心ほっとしながら、天音と一緒に歩いてきた女の子達と話す。

 この後、「苦手克服のためにおばけ屋敷へ行くことにした」から「お姉ちゃんも一緒に入ってほしいの」とお願いされ、そこで思いがけないトラブルにみまわれて“あって良かったもしもの備え”という言葉を実感するとは、思いもせず。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「うん?」

「さっきみんなと話してたんだけどね、ここのアトラクションならそんなに怖くないらしいから―――」





 時々、日常からわずかにズレたところにある裏側をちらりと薄目でのぞきつつ、それが通り過ぎればまたありふれた生活へ戻る。

 平和で危ない、そんな義姉の日常の一コマ。





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