表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

第7.6話】 声の消えた家で、私は“ヨイ子”になった ――母が消えた静けさの中で、幼い私が選んだこと

子どもの頃、家の空気が急に変わったことはありませんか?

大人の事情で、笑い声が消えたり、声が小さくなったり――。

私の場合、それは「母の入院」でした。

家から母の声が消えたとき、幼い私は「ヨイ子でいなきゃ」と思い込んでしまったので


### 麺と湯気と母の働きぶり###


我が家は製麺業を営んでいて、毎日が湯気と小麦粉に包まれていました。

特に母は働き者。疲れていても弱音を吐かず、いつも厨房に立っていた。


そんな母が、高熱を出したのは大晦日の年越しそばの日。

それでも仕事をやめずにいた母は、その夜、ついに倒れてしまったのです。


――――――――


### 結核の疑いと、母の不在###


診断は肺炎、そして「結核の疑い」。

母は長期入院を余儀なくされ、家から母の声が消えました。


退院して家に戻っても、母は布団に横たわったまま。

話しかけても返事はうなずきか、かすかな笑みだけ。

家には「母の気配」だけが漂っていました。


――――――――

### 明るすぎる父と、幼い私の違和感###


一方、父は朝から演歌を熱唱。

北島三郎や石原裕次郎の歌声が湯気越しに響き渡り、家は妙に明るかった。


私は思いました。

-お母さんがこんなにつらそうなのに、どうしてお父さんはそんなに明るくできるの?


きっと、父なりのおまじないだったのでしょう。

家を保つための「明るさ」だったのだと思います。


――――――――

### 私のおまじない=“ヨイ子”###


そんな父を見て、私も自分のおまじないを考えました。

それは――「ヨイ子でいること」。


母に迷惑をかけない。

父を困らせない。

元気で明るい“しっかり者の娘”を演じる。


本当は甘えたかったし、泣きたかった。

でも、その気持ちは心の奥に押し込んで、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせていました。


――――――――

### 母の代わりを探して###


私は外に「母の代わり」を探しました。

担任の先生、近所のおばさん、優しい叔母。

声をかけてもらうたびに安心できたけど、肝心の気持ちはうまく言葉にできなかった。


今になって思う。

この時期に、私は子どもながらに――


・自分で頑張る力


・人に頼る力


・そして「耐える力」


を、自然と身につけていたのだと思います。













小学生の私は「お母さん大丈夫かな」と心配しながらランドセルを背負っていました。

遊びたい気持ちより、家を守る気持ちを優先して。


母の調子が良い日は、それだけで世界が明るく見えた。

あの頃の自分を思い出すと、ぎゅっと抱きしめてあげたくなります。


あなたは子どもの頃、“ヨイ子”を演じたことがありますか?

家のために無意識に背伸びしたエピソードがあったら、ぜひ教えてください。


【次回予告】

ここで外伝は終了し、本編に戻ります。

第8話――

あれだけ元気だった義母の体に、ついに“本当の病気”が見つかります。

……人生のツッコミどころは、まだまだ続くのです。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ