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ただ思うがままに書いただけの暗い作品

 友人に裏切られた。

「お前が悪い」

 味方全員に見放された。

「マジでコイツ終わってるわ」

 俺の居場所なんて、何処にもない。

「最悪」

 頭の中で反芻する。最愛の人から言われた、その一言が。たった二文字、音にすると四文字。それだけの言葉で、俺の心は深く抉られる。

 言葉はナイフとよく言ったもので、本物の刃物に刺された時のような痛みが、いやもしかするとそれ以上の痛みが襲いかかってくる。

「俺が何をしたって言うんだ……」

 電気も付いていない暗い部屋の中で蹲りながら、俺はポツリと呟いた。

 それが外の世界に出た最後の日で、引きこもり生活が始まった日だった。


 カタカタというキーボードを叩く音が響き渡る。真っ暗な部屋で、モニターの光だけが眩しい光を放っていた。

 目が悪くなる? 今更どうだっていい。どうせこの場所から出ることは無いんだから、見えなくなったって問題は無い。

「クソ、何も思いつかねぇ……」

 モニターとにらめっこをして三十分ほどで、俺は溜息を吐きながら顔を上げた。

 ボリボリと後頭部を掻きながら反対の手で大きく開かれたスナック菓子の袋に手を伸ばす。……が、その手で掴んだものは空気以外に無かった。

「チッ、終わったのかよ」

 無意識のうちに舌打ちをしてしまいながら、俺はスナック菓子がストックされていたはずの場所に視線を送った。しかし、そこには何も無かった。どうやら俺としたことがストックを切らしてしまったらしい。

「……サイアク」

 俺は再び舌打ちしそうになったのを堪えて、絞り出すように呟いた。

 意欲も湧かない。何か思いつくわけでもない。食料だって尽きてしまった。サイアクだ。俺はやはり何もかもツイていない。

「仕方ねえ、買いに行くか」

 確か今は家に誰も居ない。俺の両親は忙しい人で、今日は共に自らの会社で寝泊まりをしているはずだ。もしかすると今も働いているのかもしれない。……いや、あの鉄人たちもこんな深夜は寝ているか。流石にな。

 深夜であれば誰かと出会うこともないだろうし、きっと大丈夫だろう。

 まさか数年ぶりに外に出る理由が食欲だとは思わなかったが、何か食べなければインスピレーションも湧かないだろう。

 そう考えた俺は、数年ぶりに外界へと足を踏み出すのだった。


「……あつ」

 数年ぶりの外は、なんと真夏だった。今の俺はもう曜日感覚も時間感覚も何もかもが失われているから、今が八月の真っ只中だということを知らなかったのだ。

 こんな日に外に出たことを後悔しながら、俺はスマホをつつきながらコンビニへと足を進める。

 今は良い時代になったものである。こんな深夜だとしても少し歩けば何でもゲットできてしまう。というかここ数年の俺は家から一歩も出ていない。親のスネかじりをしていたというのもあるが、今の時代欲しいものはネットで何でも購入できるからな。何か必要になっても家から出る必要が無かったのだ。

 まあ、今のように緊急を要する時は外に出ざるを得ないのだが、それは仕方の無いことだ。

 などと最近の世の便利さを痛感しているといつの間にかコンビニに着いていた。

 この暑さに加えて久しぶりの外ということもあって、片道数分の距離でさえ少しだけ息が上がってしまっている。元運動部なんだけどな。人間というのは衰えるのが早い生き物である。

「いらっしゃいませー」

 女性店員さんのやる気のない声を聞きながら、俺は店内へ足を踏み入れる。

 深夜だからな。やる気のない店員でも仕方がないだろう。というかこんな時間にバカでかい声で対応されてもこっちが困る。そんな元気は求めてない。

「久しぶりにちゃんと飯食べるか」

 スナック菓子を数個カゴに入れた俺は、珍しく弁当の類へと足を運んだ。

 深夜というのもあって品物は少ないが、想像よりも置かれている。何気に深夜に外に出るということは初めてなので新鮮な気分だな。

 高校時代から自宅警備員となった俺は深夜に遊ぶとかそういったことはしなかった。そもそも性格が真面目な俺だからな。夜遊びとかはしない優等生だったのだ。そこ、真面目な奴は引きこもりにならないとかツッコまない。色々あったんだよ。

 腹を満たせればそれでいいので特に悩むこともなく、真っ先に目に付いた弁当を手に取ってレジへ向かう。外の世界は敵が多いからな。即座に帰宅しなければ俺の身が危ない。

「千百九十円になります」

 レジで女性の店員さんにピッピッしてもらって、計算通りの金額を言われた。ので、カードを使って支払う意を示す。銀行のキャッシュカードというのは物によってはデビットカードとして使えるからな。便利である。

「袋は要りますか──ッ!?」

 女性店員さんは在り来りな質問をしようとしてこちらへ顔を向けると、なぜか急に驚いたような表情をした。

 俺の顔を見てミュータントとでも思ったのだろうか。失礼な子である。

「か、金森……なんで?」

 顔を強ばらせたまま、女性はその名前を口に出した。金森というのは俺の名字である。ということは、この女性は知り合いということだ。しかし悲しきかな。俺はこの美人さんを知らない。引きこもり期間から考えるに高校以前の知り合いであるんだろうが、こんな人居ただろうか?

「えーと、どちら様ですか?」

「……もしかして、気づいてない?」

 気づいてない、というか知らないんだけど。

 俺が首を傾げると、彼女は悲しそうな顔をした。ふむ、俺が覚えていなくてその顔をするのであれば、以前は親しげな仲だったのだろうか。

「遠坂だよ。覚えてない?」

「……ああ、お前か」

 彼女の名前を聞いた瞬間、俺の声だとは信じられないほどに低い声が出た。

 遠坂だったのかり俺が過去の記憶を消し去ったことと彼女の見た目が大きく変化していたから気づかなかった。

「……あの、ちょっと話したいんだけど、だめ?」

「勤務中だろ」

「あと数分で終わるからさ。待っててよ」

 ふむ、俺には待つ義理も無いし時間もないのだが、俺も少し話したい気分になった。待ってやることにしよう。

「じゃ、待ってるわ」

 その彼女の提案に首肯して、俺は店を出た。待つにしても、どこで待とうかな。店の裏側でひっそり待機しておくか。

 コンビニの裏側に回るといい感じの段差があったので、そこで腰を下ろす。引きこもりだったからな。長い時間立っているのはしんどいのだ。

 それにしても遠坂か。まさかこんなところで再開するとは思わなかったな。

 遠坂……遠坂(とおさか)静香(しずか)は俺の幼馴染だ。小学校から同じで……中学、高校まで同じだった。少し前に親から聞いた話だと、今は近くの大学に通っているらしい。勤勉なのは素晴らしいことだ。

 よく考えてみると、今は夏休みの時期。バイトをしている大学生視点で言うなら、稼ぎ時というやつだろう。今の俺たちはもう成人しているので、深夜バイトでも入れるということか。

 彼女との関係は中々に深いものだったと思う。思い出したらイラついてきちゃいました。

 彼女は、俺の恋人だった。告白したのは彼女。高校1年の時に告白され、俺も好意を寄せていたため晴れて両思いになれたというわけだ。

 それからはまあ幸せな日々だったさ。デートもして、部活も頑張って、課題とテストで苦しんで、アホみたいに笑いあって……それはそれはアオハルと呼ぶに相応しい時間を過ごしていましたよ。

 例の事件が起きるまでは、ね。

「……お待たせ」

 その時、コンビニの裏口がゆっくりと開かれて、彼女が姿を現した。

「ん。話ってなんだ?」

 雑談でも挟んでいいのだが、今の俺達はそんな間柄ではない。そのため開口一番に本題へと移ろうとしてみる。

「その……昔のこと謝りたくて」

 気まずいのか顔を下に向けて、消え入りそうな声でポツリと告げた。

 俺はその姿を見て、つい嘆息してしまう。

「なんで?」

 自分でもびっくりな程に冷静だった。話し始めた途端に荒れ始めてしまうものだと予想していたのだが、彼女のその言葉を聞いた俺は酷く冷静にその疑問をぶつけていた。

「今更何を謝ろうとしてんの?」

 頭は冷静なのに、言葉は酷くトゲがあった。

「あの時見放したのに、今になって何のつもり?」

 もしかすると冷静ではないのかもしれない。と自身から発せられる低い声を頭の中で反芻させながら、そんなことをふと思ってしまった。

「あの時は、そうするしかなくて……」

 彼女は自分の服をギュッと強く握りしめながら、弱々しい声で弁明しようと試みている。

 あの時はそうするしかなかった、だと?

 俺はその言い訳を聞いて、ようやく自らが怒っていることを自覚した。

 あの時……高校一年の終わり頃を思い出しながら、俺は静かに怒りの炎を燃やしていた。


 高校一年の終わりに、その事件は起きた。

「先日、サッカー部の部室から火事が発生した。消化後に調査をしたところ、煙草の吸殻が見つかったそうだ。まず、当人は素直に出てきて欲しい。そして何か知っている奴は先生に教えてくれ」

 朝のホームルームで、担任の男が険しい表情でそう告げた。自分も所属するサッカー部のことだ。穏やかではいられなかったのを覚えている。

 犯人は分からないが、なんとなく予想はできる。ウチの学校の先輩方はヤンチャな人が多く、未成年にも関わらず酒やタバコを当たり前のように嗜んでいたはずだ。

 であるならば、彼らが原因になってもおかしくは無い。ただ風の噂程度の話、こんな不確定なものでは捜査の協力は出来ないだろうな。と考えた俺はその時何も行動を起こさなかった。

 しかし、事件はその日のうちに始まった。

「金森、ちょっと来い」

「はい?」

 数時間の授業を終えた俺が次の時間の準備をしていると、突然担任から呼び出された。

 理由は、俺が部室炎上事件の犯人として疑われているからだった。正直、その時は理解ができなかった。なんで俺が疑われているのか。

 ただ、後からすぐに分かってしまった。先輩達の囮として俺が標的になってしまったのだ。

 当然弁明はした。しかし先輩達は頭がこういうことだけは頭が回り、学校側としてもいち早く対処したいところだったのだろう。結果として、俺の無実が証明されることはなかった。

 それからというもの、クラスの奴からはイジメを受け、教師陣からの対応は最悪。果てには今目の前に居る彼女にすら見放されてしまった。

 そうして次第に家から出なくなってしまった俺は今、親のスネかじりになっているというわけだ。

 唯一救われた点を上げるなら、俺の両親は最後まで俺の味方であってくれたことだろう。だからこそ今も外に出ないことを許してくれているし、俺も両親だけは全幅の信頼を寄せている。


「今更何を言われようと、失った俺の時間は戻ってこない。何をされようとも、傷ついた俺の心は癒されない。それほどの事をしたのはお前らだ」

 俺は冷静に激怒して言葉のナイフを彼女にぶつける。昔されたように。

「ごめん……なさい」

「謝るなよ。謝るんだったらあの時に味方してくれよ。もうおせぇんだよ!!」

 そう、全てがもう遅いのだ。俺の高校生活はもう戻ってこないし、あの頃の元気は無い。今では立派な人間不信だし、信じられる人は片手の指でも余ってしまうほどである。それら全て、あの時の事件のせいだ。

「安心しろよ。俺はお前達に感謝してるんだから」

「え……なんで……」

「あの時のお前らのおかげで、今の俺の生活があるからな」

 先程から散々親のスネかじりと自らを称していたのだが、実はそういうわけではなかったりする。いや両親にご飯を作ってもらっているし、住居を提供してもらっているから間違いではないのだが。

 俺は今、小説家として生活している。物語を書いてお金を頂いているのだ。

 元々趣味で書いていたのだが、引きこもりになって以降やることも無かった俺は物語をひたすら書いていた。それがたまたま今の編集者さんの目に留まり、無事小説家デビュー。今ではアニメ化も決まっているほどには売れっ子である。

 それもこれも全てあの時の事件のおかげといっても過言では無い。あれがなければ俺は小説の道へ進む気はなかったし、あの時の暗い経験が物語となって世間へ広まっているのだ。

「……もう話すことは無いな」

 怒りをぶつけてスッキリした俺は、そう吐き捨ててから振り返って歩き始めた。

「まってよ……」

 彼女は泣きそうな声で引き留めようとするが、無駄な行動である。俺はもう前に進んでいるんだから。今は彼女が居なくても生きていけるんだから。

「じゃあな。二度と顔を見せないでくれ」

 折角の復讐の機会なので、俺は最後に一度彼女へ振り返り、満面の笑みでそう告げた。

 笑顔なんて久しぶりである。それこそ高校以来だ。やはり、彼女と居ると笑顔になれるものだな。とその時の俺は考えてしまって、つい苦笑してしまうのだった。

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