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パンゲニアTRPG2.0ワールドガイド 大地が滅びた その後で―Jump out to the OCTOPACIFIC OCEAN―  作者: 久眠
Othello and Desdemona ―黒の【クジラ】と白の【クジラ】―
9/10

8.大海の掟、対絶の理

V.S. オセロ&デスデモーナ編、決着!

「うわあああん!! 良かった、みんな無事に戻って 良かったですよぉ!!」

「何だよ パト。らしくねぇなぁ」


 【虎王種鯨竜】のペア、オセロとデスデモーナが 彼らクジラ熱烈コア愛好家ファン目線ファンサをくれている隙を見て、レイネルとチョミィ、ムームーは どうにか【一番星ヴェスパー号】に帰還することができた。最も安全であったはずの【一番星号】で待機していたくせに、レイネルたちの顔を見た瞬間、パトは声を上げて泣き始めてしまったのだった。


「だって、だって!! 【パクスマーレ】の人たちなんて、そこの二人しか助かってないんですよ!? バイコーンの群れも、ほとんど食べられちゃったんですよ!?」


 運良くというか 早々に尻尾を巻いたからというべきか、一艇だけ【一番星号】の近くまで逃げ延びてきた【パクスマーレ】のボートがあったらしい。パトが大泣きしながら指さした先で【パクスマーレ】の残党と思しき若い男二人が、真っ青な顔でガタガタ震えて縮こまっている。


「心配かけてゴメンね、パトくん。でも、僕は死にません! レイネルが 好きだから!!」

「そうだぜ、パト。あたしが信じる チョミィを信じろ!」

「……心配してた自分が恥ずかしくなってきました」


 レイネルとチョミィの通常運転に、ようやくパトも調子を取り戻したようだ。


「あたしたちも一息つけたことだし、甲板で様子、見てこようぜ」


 泣きじゃくっていたパトと一緒に船室で休んでくるよう、レイネルとチョミィは言いつけられていたのだが、指示を出したダンデと 二人と共に帰還したムームーは 甲板から降りてこない。【パクスマーレ】の残党はまだ、自分の意志で どうこう動ける状態ではない。船室に残しておいても問題ないだろう。


 甲板の上では、相変わらず難しい顔で ダンデとムームーが荒れ狂う【クジラ】のペアを睨んでいる。今の時点で 十分な距離は稼げているが、【パクスマーレ】の船周辺での狩りに飽いたら すぐにでも【一番星号】に目を付けてくるに違いない。それまでに取るべき対策を、二人で話し込んでいたようだ。


「キャプテン! 休憩 終わりました、この後はどうしましょうか?」


 「もういいのか」上がってきた乗組員三人に気付き、険しい表情をしていた船長は 少しだけ口元を緩めて返してくれる。それでもすぐに、視線は海上に戻る。


「あの黒白鯨竜は、ここで仕留めておきたい。とはいえ、【一番星号このフネ】では【チェバの女王クイーン・オブ・チェバ号】のような無茶はできん。――かくなる上は……」


 ダンデはしばし 瞑目する。触角ヒゲを軽く撫ぜ、その双眸を静かに開く。


「船ではなく、俺たちが生身で 無茶をしに行くか」


 言葉の意味を深く考えず レイネルが拳を突き上げようとしたところで、チョミィよりも早く ムームーがストップをかけた。


「待ってよ キャップ! ちょっと冷静に考え直そう?」

「俺はいつでも冷静だが?」

「うんうん、知ってる。キャップのそういうトコ、心底 惚れてる。大好き。でも そうじゃなくてね、一度 仕切り直した方がいいと思うんだ。【一番星号このフネ】の装備だけじゃ……」

「【一番星号】に無茶はさせないって、さっきから言ってるだろう」


 必死にお預けを提案するムームーを、ダンデは鼻で笑い飛ばす。


「この海で悪さかます極悪鯨竜ゴクゲイは、愛好家シンジャと沈んでもらおうか」

「どちらが生存すいきるか 藻屑と化すくたばるか、ってヤツだな!?」

「そいつはちっと違うかな」


 「違うの?」と、残念がるレイネルに構わず、ダンデは乗り手を失くした【パクスマーレ】の親船を指差した。


「アイツを使う。武装も 船体も、全てをな」


 ダンデの中で 作戦は確定したらしい。船室で詳しく説明する、と 豪奢なコートを翻し、我らが船長キャプテンは 颯爽と踏み出す。


「どちらが、なんぞ 付けなくていい。生き残るのは 俺たちの方だ」


**


 【一番星号】の倉口に、三艇の【パクスマーレ】のボートが並んで横付けされている。うち一艇は大破寸前で、とてもこれから乗り出せるものではない。


「ギャハハハハ!! 派手にぶつけたな、チョミィ!」

「でも、ここまで壊れなかったんだよ!」

「これを“壊れなかった”って主張するチョミィくんのボートには、もう絶対、乗らない」


 帰還の際にレイネルが乗っていた方は、かすり傷ひとつ無い。動かせない方のボートに残った燃料を移し替えて補充が済むなり、レイネルは操縦席へと乗り込んでいた。


「その状態で戻って来られたなら大したモンだ。だが こっちは俺が乗る」


 【パクスマーレ】の残党が乗ってきたボートに乗り込もうとするチョミィの肩を、間一髪でダンデは引き留める。そのまま レイネルの乗るボートへと押しやった。


「やぁったあ!! キャップの運転なら 安心安全信頼のワンダホー!!」

「ムームーさんなんか 振り落としておけば良かった」

「真顔で怖いこというの、やめてよチョミィくん」


 自身もボートに乗り込みながら、ダンデは 倉口の開閉レバー前に待機するパトにも顔を向ける。


「また留守番で悪いが、【一番星号】の番頭は任せた。……俺たちのもどる場所だ、しっかり頼むぞ、パト」

「アイアイ、キャプテン!」


 凛々しく敬礼してみせるパトに、満足そうにダンデも頷いて返す。

 倉口扉がパトの手によって開くと、二艇の青いボートは 高らかに唸りを上げて 飛び出していったのだった。


 黒白鯨竜のペアにすぐ勘付かれてしまわぬよう、二手に分かれる。大きく回り込むように 無人の【パクスマーレ】親船を目指しながら、レイネルとチョミィで作戦の確認をしておいた。


「何だっけ、確かえっと……白い方の【クジラ】の鼻の穴に チョミィを詰めて窒息させるんだっけ?」「違うよ」


 その策もダンデの口から出てはきたが、チョミィの胴回りがピッタリ過ぎて抜けなくなる恐れがあるため 取り消しとなった。プランはBになったはずだ。


「鼻の穴に詰めるのは爆弾の方! 僕がパルスイートの船から持ってきたアイテムサックに、いっぱい入ってるから」

「鼻の穴から爆破とか、さすがキャプテン。エグいこと考えるぜ」

「そうでもしないと 敵わない相手ってコトだよ」


 この作戦のキモとなるのは いかに見つからずに近付けるか、そして素早く離脱できるかだ。先に泳ぎ出していたダンデのボートが、ムームーの【呪歌】を使って オセロとデスデモーナ 両方の集中を攪乱してくれている。このまま白の【クジラ】デスデモーナの尾ビレから右脇に沿って進めたなら、気付かれずに接触できる。

 しかし、二人で仲良く【クジラ】に上陸、というわけにはいかない。


「……チョミィ。先に尾ビレから 白【クジラ】の上に登れる?」

「もう少し近づいたら、イケる。残して欲しい物品はある?」

「目潰し弾とか欲しい。回復系のも 何かあったっけ」

「サックの中にはないから、僕の回復薬、全部渡しとく」

「サンキュ。じゃ、あたしの浄化薬は チョミィが持ってて」

「分かった。……僕に浄化薬コイツは使わせないでよ」

「当たり前だろ! ただのお守りだよ」


 ニカ、と笑って返した直後、どちらからともなく表情は引き締まる。

 レイネルの所望した物品を彼女のウエストポーチにねじ込み、アイテムサックを担いで チョミィはその場で立ち上がる。

 “ぶつけなきゃいいんだろ”の精神マインドで、デスデモーナの肌に触れないギリギリまでボートを寄せる。不意に白の【クジラ】の尾ビレがうねった。

 「よし、今!」尾ビレの付け根を目掛けて、チョミィの巨体が跳ぶ。

 デスデモーナへの 全身を広げたチョミィ上陸と同時に、レイネルの悲鳴が上がった。


「レイネル!?」


 見ればデスデモーナのうねった尾ビレが、レイネルの居残ったボートを 弾き飛ばしたところであった。幸い 振り落とされたり転覆はしていない。


「まったく。無茶しますね、レイネルさんも」


 ボートの傾きが落ち着いたところで、ここにいるはずのないパトの声が聞こえた。思わず辺りを見回すレイネルの耳元で、さらにパトの声は言う。


「ボクは船に居ますよ。《水守ミナモリ》技能の【声飛ばし】です。そっちのボートの状態は【波読み】で把握してますから、危ない時はサポートします」

「おおう、何かよくわからんけど、頼もしいぜ」

「とはいえ、キャプテンのボートのサポートもあるので、過信しないで下さいね」


 幸い、ではなく パトの《水守術》による間一髪だったようだ。

 レイネルの無事を確認すると、チョミィも安堵の顔で アイテムサックを担ぎ直す。


「じゃあね、レイネル! また後で」

「おう! 行って来い」


 レイネルのボートはデスデモーナの正面を目指し、チョミィは脳天にある鼻の穴へと向かって、それぞれ駆ける。


「やい、白【クジラ】! その口、どれだけ開くか 見せてみろ」


 騒がしい水上に気を引かれ、デスデモーナの巨大な顔が 海面に上がってきた。口元は避け、右眼の前までボートを寄せる。


「あたしが見えるか? よーく見てろよ……そらっ!」


 デスデモーナの右眼がレイネルを捉えたところで、目潰し弾を投げる。至近距離での強烈な発光と刺激を伴う発煙で、右側の視界は完全に奪えたはずだ。

 甲高い鳴き声を上げて、デスデモーナは長大な身を捩る。チョミィが振り落とされはしないか 心配ではあるが、今は信じて己が役目を全うせねば。


「よっし、効いてんな! 次はコイツだ、味わいなァ!!」


 叫び声が放たれるデスデモーナの喉奥に狙いを定め、【パクスマーレ】のボートに装備された固定機銃を 弾の続く限り、撃ち放つ。どの程度効いているのか レイネルには判断がつかないが、とにかく気を引き、時間を稼ぐ。

 時折、頭を振り下ろし 鬱陶しい小魚こむすめを沈めようとは試みるものの、潮風と波が意思を持ってボートを庇う。そうかと思えば ボートが自ら距離を空けてちょこまかと逃げ回り、デスデモーナの攻撃を躱している。

 怒りと苦痛に荒ぶる白の【クジラ】を注視し、ただひたすら 機銃を撃っていると、不意にガチャン、と音がした。それきり、固定機銃は黙り込んで 動かなくなってしまった。


「やっっべ……弾切れ? 弾詰まりか?? もう動かねーのかよ、コレ」


 レイネル側の攻撃手段が無くなった。残る札は 目潰しと回復のみ。

 ならば左眼も潰しておくかと デスデモーナの前方へ回り込んだその時、白の【クジラ】は徐ろに口を開いた。レイネルの駆るボートを、海水もろとも 大きく吸い込んでいく。――そして。

 【一番星号】くらいは吹き飛ばせるのではないか というくらい、大きなくしゃみが発せられた。吸い込んでいた海水が、一気にレイネルに押し寄せる。


「レイネル、そのまま思いっきり 離れておいて!」


 パトの技能【声飛ばし】で増幅されたチョミィの声が、海水と一緒になってレイネルを追いかけてきた。唾を飲み込み、ボートの速度を上げる。


 背中の向こうで、くぐもった爆発音が 鈍く 水面を震わせた。


「やったのか、チョミィ……?」


 恐る恐る振り返り、ボートごと白の【クジラ】に向き直る。

 そこには 断末魔を上げることすらかなわず、黒煙をもうもうと吐き出す 白の【クジラ】デスデモーナの腹部が浮かんでいた。


「チョミィ? どこに居んの、チョミィ!!」


 漂うデスデモーナの遺骸の上に、魅力溢れるムチムチメロリアンボディが見つからない。レイネルのボートは十分な距離を取れていたが、鼻の穴への爆弾投入から着火までをやってのけたチョミィは、ちゃんと離脱できたのだろうか。

 ボートから身を乗り出し、海面に浮かぶもの 海中に沈みつつあるものを、片っ端から凝視する。もっと【クジラ】の遺骸に近付こうと思ったその時、ボートの後部が ぐい、と傾いた。


「ぶはぁ!! やったよ、レイネル! 大成功だ!!」

「ぎゃあーっ!? チョミィ!! 無事で良かったー!!」

「ぐえ」


 海中から覗いた頭にまず驚き、それが つぶらな瞳の相棒の無事な姿であると視覚情報が脳に伝わると、服が濡れるのも構わず レイネルはチョミィの顔をバインバインな胸に押し抱いた。チョミィとしては喜びたいところだが、如何せん力が入りすぎている。


「さすがチョミィやったぜチョミィ最高だぜチョミィ!!」


 「イチャついているとこ、誠に恐れ入りますがー」チョミィの顔から頭から キスの猛連打を浴びせているレイネルの耳元に、遠慮がちなパトの声が届く。


「デスデモーナの生命反応の消失は確認できました。でもまだ、オセロとキャプテンたちが交戦中です。落ち着いたら加勢をお願いします」

「お安い御用だぜ」

「あと見苦しいんで、イチャつくのは無事【一番星号】に帰ってから、見えない場所でお願いします!」

「おっと、お子ちゃまには刺激が強かったかな?」

「むぎぃーーっ!!」


 腹を立てたパトの声がブツリと消える。

 今になってぐったりしてしまったチョミィをボートに引き揚げ、残る 黒の【クジラ】の影が見える方へと進路を向けた。


**


 黒の【クジラ】オセロの両眼を【パクスマーレ】のボートに装備された固定機銃で 二度ほど撃ち抜いたのだが、雄の【虎王種】は怒りはすれども 怯まない。


「了解、パトちゃん。報告ありがとね」


 【呪歌】の合間に、ムームーがパトから状況を伝え聞いている。「デスデモーナの討伐が完了したって」声の調子から予想はしていたが、レイネルたちは無事 白の【クジラ】デスデモーナを討ち果たしたようだ。


「俺の見込んだ通りだ。こっちも負けては られないな」


 オセロの視界は奪ってある、そろそろこちらも潮時か。

 黒の【クジラ】の顎が空振るのを尻目に、ダンデはボートを 大胆に方向転換させた。その視線の先に、無人の【パクスマーレ】の親船がある。


「パト、聞こえるか?」「アイアイ、キャプテン!」


 脇目も振らず 目標へと速度を上げ、ダンデはボートを走らせる。


「この後、俺はボートを降りる。ムームーだけ残すことになるから、流されないよう 見ててやってくれ」

「えっ? キャプテンは?」

「【パクスマーレ】の船に移る。傷モノにしちまったが、まだ使える」


 見る間に【パクスマーレ】の親船が 正面へと迫る。超音波を飛ばして距離を測っているオセロが、獲物を追い始めるのも時間の問題だ。


「と、いうワケだ ムームー。俺はあの船で、ド派手な花火を上げてくるぜ」

「ド派手な花火って、まさか」


 安全帯を外し、ダンデは操縦席に足をかける。事前に聞いているとはいえ、やはり無謀な作戦だ。ムームーは首を振りながら、ダンデのコートの裾を掴んだ。


「いや、やっぱり止めとこうよ! あの船を利用するのは百歩くらい譲るとして……じゃあ 分かった! オレも連れてって。その方が脱出しやすく……」


 不敵な笑みを浮かべ、精悍なギョウの民の男はムームーの手を振り払う。


「この俺を 誰だと思ってる。海の魔物も泣いて逃げ出す《悪魔狩り》だぜ」


 取り出だした鈎縄をビュイビュイ回し、【パクスマーレ】の親船の真横スレスレを掠める瞬間に放り投げた。手応えを確かめると同時に、座席を蹴る。


「絶対 戻ってよ、キャップ!! キャップの所有船舶かわいこちゃんたちが 泣いちゃうからね!!」


 「そいつは由々しき事態だな」無人となった船に取り付き、ムームーの残されたボートを見送った。背後に目をやれば、荒波と共に 黒の【クジラ】がすぐそこまで追ってきている。

 急ぎ甲板によじ登り、船内へと侵入する。チョミィの言っていた通り、大砲は本体も弾も手はつけられていない。派手に壁をぶち抜かれた保管庫に 大した物品は残っていなかった。報告通り、使える連中だ。

 少々 忙しくはなるが、まずはオセロを引きつけるところからだ。幸い大砲は移動式のもので、船の向きは変えずに オセロを狙うことができる。相手の口が開くまでは、【パクスマーレ】の備品だった通常砲弾をひたすらに撃つ。


「さあ、どうしたデカブツ。この大八界洋うみで一番美味い、イセエビ部族の大物が ここに居るぞ?」


 砲弾を何発か食らっても、さすがに歴戦の【虎王種】だ。すぐに口を開いて 弱点をさらけ出すような真似はせず、その巨躯を船の側面にぶつけてくる。船を沈めてしまえば、乗っている獲物は何もできない事を識っているのだ。


「……そう来ることは、こっちも経験済みなんだよ」


 オセロの体当たりで狙いのずれた大砲に、備え付けのものではない 持参の砲弾その一を込める。船は揺れるが、パトの《水守術》で軽減はされている。多少の逸れは計算込みで、大砲を撃った。

 黒の【クジラ】の額に当たるより先に、砲弾が破裂する。その途端に。

 津波の直前の 海底の唸りかと思うような叫びが、オセロの喉から発せられた。


「その一、【音波砲弾】。ムームーの嫌いなヤツだ」


 視覚を失い、索敵を聴覚に全振りで頼っている今のオセロには、超音波が大音量で直撃する【音波砲弾】は 効果てきめんだろう。

 大口を開け、悶えている今が好機だ。自身の独り言が終わる傍から、ダンデは持参の砲弾 その二を仕掛けセットする。

 次に放たれた砲弾は、静かに 黒の【クジラ】の喉奥へと吸い込まれる。


「その二、【獄楽華火ゴクラクハナビ砲弾】っと」


 そろそろ【音波砲弾】の効果が切れる。最後の弾は素早く、しかし確実に。

 慎重に狙いを定めるうちに、オセロが我を取り戻した。こちらの狙いに勘付いたかもしれない。バクン、と口を閉じ、ダンデの乗る船へと詰め寄ってくる。

 船に頭突きを食らわす その刹那、オセロの動きが固まった。

 【クジラ】の唄声に似た、穏やかな旋律が 潮風の中を漂う。ムームーの《奏手サイレン》技能【声真似】だ。

 同胞からの合図かと、オセロは周囲をうかがう。見えない同胞に応えて返そうと、オセロは再び口を開いた。

 距離を詰められてしまったが、もとよりそれは覚悟の上。今こそ持参の砲弾、とっておきの その三を放つ時だ。


「仕上げの一発、【焼夷砲弾】! 一丁上がりだァファイヤーッ!!」


 口の中に飛び込んできた熱い塊に驚き、オセロは慌てて口を閉ざす。

 ――しかし、もう 遅い。

 黒の【クジラ】の腹の中で、【獄楽華火砲弾】が 暴れ回っていることだろう。

 腹の中の花火同様に、オセロも激しくのたうち回る。うっかり船にでも触れてしまえば、こちらも一緒に 海の藻屑だ。見届ける余裕はない。

 後ろも見ずに、ダンデは操舵室へと駆け出す。

 船の向きは 敢えてそのままにしておいた。進行方向に全速前進フル・ア・ヘッドするだけだ。

 「全速前し……」ここに来て、ダンデは自分が相手にしていた化け物の執念深さ、恐ろしさを知った。

 己の最期を悟ってなお、黒の【クジラ】は獲物を逃がすまいと追ってくる。船ごと食い潰さんと、焼けただれた口腔が 背中の後ろを埋めていた。


「ちぃ、舐めてたつもりは なかったんだがな」


 既に船の後ろ半分は 化け物の牙の内だ。船ごと逃げるのは不可能の域にある。

 硬い膚で窓を打ち破り、甲板へと飛び出す。まだ頭上には 牙の影が差していた。


「キャプテン、こっちだ!!」


 甲板の端まで駆けた先で、レイネルの声が聞こえた。


「僕らで受け止めますんで、飛び降りちゃってください!!」


 海面を見下ろすと、青いボートからレイネルとチョミィが 両手を広げて構えている姿が確認できた。もたつけば、彼らも巻き添えを食らってしまう。


「……大した奴らだ。それじゃ、頼むぞ てめぇら!」


 上下に鋭く並ぶ牙が 閉じる。青いボートを目掛けて ダンデも飛び降りた。

 ――が。


「しまっ、た……っ!!」


 振り下ろされた牙が ダンデの左肩を掠めていく。同時にぐしゃりと何かがひしゃげる音と、生温い液体が 辺りに散らばった。




 【パクスマーレ】の親船を呑み込んだ黒の【クジラ】オセロは、大きくその巨躯を震わせたきり、動かなくなった。

 定員を超過オーバーした青いボートは、やや速度を落として 同種のボートのもとへと向かっている。


「やりやがったな、小僧ども! そっちのが早く 決着がついたそうじゃないか」


 上機嫌で ダンデは、若い乗組員たちの頭をぐりぐり撫でていく。だが、褒められているはずのレイネルとチョミィの表情は どちらも浮かない。


「どうした てめぇら、しょぼくれたツラしてよ。【一番星】に戻ったら宴だぞ?」


 「……だって!」悔し涙を両目に溜めて、ダンデを睨めつけるように レイネルは振り返った。


「だって、キャプテン……腕が!!」


 ダンデの左腕は 最後の最後で オセロにもぎ取られてしまった。余裕で助けられると思っていた【パクスマーレ】のライムも、目の前で沈んでしまった。


「腕の一本で済んだなら、安いモンだ」

「高いとか安いとか、そんなじゃなくて……」


 気に病むレイネルとチョミィを交互に見やり、気まずそうにダンデは苦笑する。


「気にするほどのことじゃない。腕なんか、脱皮のときにまた生えてくるだろうが」


 一拍の間を置き、レイネルもチョミィも「はぁ!?」と ダンデに向き直る。


「生えてくるって何だよ!? 暁の民コウカクルイ、ズルくねぇ!?」

「本当に安いモンじゃないですか!! レイネルの極珍レアな涙、返してくださいよ!!」

「ああほら 、前 見ろレイネル。ぶつかるぞ」

「え? って、うおわあああああ!! どけぇ、おっさぁん!!」

「お兄さぁん!! てか、オレっち ボート動かせないよぉ!!」


 【一番星号】で大きなため息を吐きながら【風精・壁】を発動したパトのお陰で、誰一人 海に放り出されることなく 合流することができたのだった。


**


 長く足止めを食らった上に、進路を大幅に外れてしまっていた。《ティワリカ》の港に着く頃には、すっかり【一番星号】も消耗しきっていることだろう。


「賞金首の引き渡しに精算、買い出し、【一番星号】の整備。《ティワリカ》に着いたら やることは多い。しばらく港に滞在することになる、忘れ物などしないよう、各自 準備を怠るなよ」

「アイアイ、キャプテン!(✕6)」


 いつの間にやら【パクスマーレ】の残党二人も、【一番星号】の乗組員として数えられている。オレンジとライム同様、彼らもシャチ系アラシの民の兄弟だ。掃除が早くて丁寧な方がウゲンで、料理が早くて上手い方がサゲンという。【クジラ】討伐の宴の支度を整えてくれたのも、彼ら兄弟だ。


「港が見えてきたぞ、じきに入港だ」


 薄青い空の縁に 彼らが乗る船と同じ名の星が輝き、《ティワリカ島》の灯台にも灯りが点る。

 【クジラ】の去った海は 久方ぶりの静寂を満喫している。【一番星号】の入港を最終に海門は閉じ、《ティワリカ》の港は眠りに就いたのだった。

ここまでが 第一話『Othello and Desdemona −黒の【クジラ】と白の【クジラ】−』になります。

次回からは第二話『Wondering Mourning −霧の海の呪い船−』が始まる予定です。


近い内にセッション反省会『黒の【クジラ】と白の【クジラ】編の振り返り』の方も、投稿するつもりでいます。……なにはともあれ、踏ん張ってくれ マイタブレット!

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