5.綺麗な船には 砲がある
タブレットの調子が悪く、入力に非常に時間がかかってしまっています(涙)。そろそろ買い替えか PC乗り換えを検討している今日このごろです。
煌めく波間に堂々たる澪を刻んで、【一番星号】は大海原を進み往く。
【セノアテ】の秘宝について レイネルが所持していた手がかりは【天前文明の鍵円盤】しかなかったのだが、ダンデの提案で天前文明【セノアテ】の出土品が多く収蔵されている《ティワリカ島》の秘宝館を ひとまず目指すこととなった。
「風の機嫌が良ければ、おおよそひと月くらいで《ティワリカ》に着く。補給も兼ねて《ティワリカ島》で情報収集するのも、悪くはあるまい」
船長室の大机に広げた海図に 幾つかピンを立て、予定している航路をダンデは指でなぞってみせる。地図の上ではやや東寄りに北上した先に、別の島を一つ挟んで《ティワリカ》の名が書かれたL字型の島がある。
「この島……《ノルテチ》は 寄らねぇの?」
まるっと無視された小さな島を指さすレイネルに、ダンデは眉根をぐっと寄せて返した。
「用もないのに、何もない島に寄る必要も余裕もあるかよ。これから寄る予定のある島は、補給ができるか賞金首の引き取りをやってる所だけだ。【セノアテ】の伝承なんぞ、《ティワリカ》の他じゃ そう重要視されていない」
「そうなの?」とチョミィに振ってみるが、つぶらな瞳は困ったように逸らされる。
「少なくとも、僕らのいた《ヤンカラ島》では おとぎ話以上の情報は出てこなかったよね。他所でもその程度の情報しか残ってないってことじゃない?」
「チョミィの言う通りだ。なんなら 海上の方が、詳しい奴に当たったりする」
――偶然とはいえ【天前文明の鍵円盤】を入手した、【チェリーガイズ海賊団】のように。
「海底の様子も、ボクのティコが探ってくれますしね」
「ティコ?」「ティンコ?」
「今 “ティンコ”って言ったの どっちですかっ!?」
「ぼぼ、僕じゃないよっ!! 可愛い女の子がなんてこと言うの、レイネル!!」
「ギャップ萌えさせてゴメン」
「素直に謝れるレイネルが大好きだよ! って、こんなとこで言わせないでよ おバカ!!」
わざとらしく咳払いをして、パトはレイネルとチョミィの間に割り入った。
「ティコ、ですからね? ボクの飼ってるスナメリ種の【クジラ】です。【偽盟】ではなく【血盟】で繋がってるんで、頼りになるいい子ですよ」
「戦闘には駆り出せないが、海中の斥候は全面的に任せられる」
いまだ姿は見ていないが、船の下にも頼れる仲間が居たらしい。時折 パトが海面に向かって話しかけていたのは、イマジナリーフレンドではなかったようだ。人ではなくても、彼女に親しい友達がいて何よりである。
「今現在 主流となっている説に拠ると、【セノアテ】は北の果てに位置していた とあるな。詳しいことは《ティワリカ》に行ってからでないと判らんが、ざっくり北へ向かっていくつもりでいる」
「北の果てとか、【一番星号】で辿り着けるのかよ」
北の海は氷に覆われた極寒の世界であると、レイネルでもさすがに識っている。温暖なこの海域ではすこぶる快適な船旅ができているが、氷の中を割り進む 装備も鯨力も【一番星号】にはないだろう。
「北の果てってのは例えだろう。行ってみりゃわかるが、北にも東にも 海には果てなんてモノはない。辿り着けなさそうな場所を『果て』と呼んでるだけさ」
どれだけ追い求めても 辿り着けなかったなら、『果て』と名付けて 存在しない場所にしてしまえばいい。目指すつもりのない奴らには 十分な情報だ。
「そうだとしてよ? 【一番星】でどこまで行けるかっつー話。このまま氷の海は進めねーだろ」
「それも例えじゃないかと考えられる。北の極点付近は、文明が自然に発達するような環境とは言えない。文明跡があったとして、そこに到達するための抜け道のような何かがあるはずだ」
「……なるほど。チョミィ、通訳 頼む」
真面目くさった顔で頷きながら、レイネルはさも難しいことを考えているふりをチョミィに向ける。やっぱりな、と胸の内に呟きつつ、チョミィも話に加わった。
「つまり、船で直行するんじゃなくて、どこかの島 あるいは海底から続く隠し通路を 見つけ出す必要があるんですよね?」
チョミィの通訳は分かり易い、ダンデの小難しい話は全て 彼に任せておこう。
「そこで海底を調べる際に、ボクのティコが役に立つってワケですよ!」
ふふん、と得意げにパトも鼻を鳴らして反り返っている。
「そういうことだ。《ティワリカ》の秘宝館は研究所も兼ねていてな、行く度 何かしらの解析が進んでいる。【天前文明の鍵円盤】を診せてみれば、読み取れるものもあるだろうよ」
「……なるほど。チョミィ、通訳 頼……」
「今のはそんな難しいこと 言ってなかったでしょ!」
「……大好きなチョミィの声を聴きたかっただけなのにィ」
「ごめんねレイネル! いっぱい頼って!!」
「何ですか、この茶番劇」
呆れてレイネルとチョミィを横目で睨むパトに、ダンデはちょっと肩を竦め やらせておけ、と首を振って無言で返す。彼らを乗せて かれこれ三日も経つ。これが通常のやり取りであることは、もうすっかりダンデは理解していた。
「さて、日も高く昇ってきたな。涼しいうちに甲板の掃除に行ってこい。パトはムームーと見張り代わって、休憩 入れてやれ」
「アイアイ、キャプテーン!」
まずは自身が立ち上がってから、ダンデはてきぱきと指示を出す。同じ船の上で昼夜を過ごすうちに、レイネルも素直に船長指示に従うようになっていた。
「チョミィ、白兵戦 自主訓練しようぜ!」
「チャンバラごっこはしないよ! 昨日 ゲンコツ食らったでしょ!?」
「今度はもっと上手くやらねぇとな」
「やらないって言ってんの……危ないな もう!!」
「お? やんのか やんのか??」
デッキブラシを受け取った途端に素振りを始めるレイネルから 金バケツで身を守りつつ、チョミィは止めに入る。「二人とも何歳になるんですか?」と冷ややかな声を投げかけ、パトが横を通り過ぎた。その時だった。
「みんな、作業中断!! 【紅の百合号】の船が見えた!」
「了解! ボク、キャプテンに報告してきます!」
見張り台から身を乗り出し、ムームーが西の沖を指さしている。
弾かれるように パトは船長室へ駆け込んでいった。
「【紅の百合号】?」
「あの様子だと 海賊じゃないの? まあ【チェバの女王】に喧嘩売る海賊なんて、そうそういないでしょ」
「この船、【一番星】だぜ?」
しばし、チョミィの動きが停止する。
「とはいえ、向こうが気づかなきゃ スルーできそうだけどな」
ほっと胸を撫で下ろし「そうだよね」とチョミィが言いかけると同時に、重く響く発砲音が上がった。一拍おいて【一番星号】の前方に大きく水飛沫がぶち上がる。
「チッ、撃ってきやがったな。沈められても知らないよ」
望遠鏡を下ろし、ムームーは忌々しげに舌打ちする。船室からパトと共に出てきたダンデも 声を張り上げた。
「各自 戦闘態勢に入れ! 砲撃で退かないようなら迎え討つ!」
「アイアイ、キャプテン!(✕4)」
**
品の良い箱入り令嬢のように華やかな帆船が、東の波間に煌めいている。
「ここいらじゃ見ない船だねぇ……よっぽどの世間知らずが乗ってると見える」
《ノルテチ島》を拠点とする船舶は幾つかあるが、中でも南東海域を縄張りとしているのが《夢魔》エカテレス率いる海賊船【紅の百合号】である。
「挨拶しやすか、船長」
「そうさね、食える男がいるかもしれない」
毒々しい色香を放つハナミノカサゴ部族の女船長は、目を細めて舌舐めずる。
「ヘルディナンド、世間知らずのお嬢ちゃんに 海の作法を教えておやり」
「イエス、ミストレス」
傍についていたゴマモンガラ部族の青年に指示を出す。
たいした間を置かずして、【紅の百合】の大砲が 火を噴いた。
**
こちらを獲物と認識し、深紅の帆を張る海賊船が向かい来る。
牽制の意味を込めて返した砲撃に怯むことなく、再び【紅の百合号】から砲撃が放たれた。
「【風精・壁】!」
左の人差し指を軽く咥え、パトがピュピュイと指笛を鳴らす。《水守》に喚ばれた海風は【一番星号】を護るべく吹きつけ、砲撃の勢いを削ぐ。今度こそ届くかと思われた砲弾は 虚しく海面に落ちた。
「キャプテン! 本体の方は押し戻しますか!?」
「いや、船を壊されなければいい。ムームーの声が届く範囲まで寄せろ」
大砲の照準は【紅の百合】に合わせたまま、落ち着き払ってダンデは答える。望遠鏡がなくても 真紅の海賊船の甲板に 雷の民の男たちが確認できる距離まで迫ると、ムームーも見張り台から滑り降りてきた。
「このくらいならイケるかな。【呪歌:安息】いっちゃうよー」
「……【安息】? どっちにかけんの?」
「向こうさんじゃない? 僕らがリラックスしても しょうがないでしょ」
チョミィの予想通り、よく通るムームーの唄声は心地よく広がれども こちらの気分を上げることも下げることもない。敵方に届いて作用しているというなら、気勢を削がれて大幅に士気が下がっているはずだ。
「ムームーさんの気分ひとつで 効果対象を反転させられるんだよね……ちょっと怖いなぁ」
演目によっては 敵方に与えるそれと同じ影響を味方に与えることもできるし、敵味方双方を狂乱させる唄もあるという。彼らが海の怪物と呼ばれる所以である。
「そういやチョミィ、ムームーと同室になってから 変なコトされてねぇだろうな?」
「変なコトって何? あの人、部屋の中だと普通におっさんだよ」
「そこぉ!! 普通のお兄さんに訂正して!!」「すげぇ、聞こえてら」
丁度のタイミングでムームーの歌唱が終わった。我を取り戻した真紅の海賊船から、いくつも鉤縄が投げ込まれる。
「来るぞ、迎え討て!」
ダンデの声と共に拳銃の発砲音が飛ぶ。縄を伝って乗り移ろうとしていた 先駆けの海賊たちが、バラバラと海中へ落ちていった。
「……キャプテン一人で、大丈夫じゃね?」
「そうだといいけど、まだまだおかわりが来てるよ」
ダンデの早撃ちに多少 怯みはしたものの、相手に撤退の意思はさらさらないらしい。【一番星号】をぐいと引き寄せ、とうとう二陣三陣の海賊たちが甲板まで踏み込んできた。
「噂に違わず色っぽいな、【紅の百合】とやら」
なおも続いて【一番星号】に飛び移ろうとする下っ端海賊を雑に撃ち落としながら、ダンデは呟く口の端を軽く上げる。
「っ!? ミストレス、《悪魔狩り》ですぜ!! 商船じゃねぇ、【チェバの女王】の一味……ガハッ!!」
【紅の百合号】の見張り番が報告を終えるのも待たず、ダンデの弾丸がその喉元を撃ち抜いた。真偽を確かめようと飛び出してきた《夢魔》エカテレスの足元に、人間らしからぬ格好で崩れ落ちる。
「《悪魔狩り》だって……!? どうしてこんな小さな船に!?」
エカテレスを庇おうと前に立ち、副船長のヘルディナンドが代わって《悪魔狩り》ダンデの姿を視界に捉える。彼の背をそっと押し退け、エカテレスも《悪魔狩り》の姿を認めた。
「他所の事情なんかどうでもいいさ。とびきり美味そうな男が乗ってるじゃないか」
艶かしくヘルディナンドの顎を撫ぜ、エカテレスは熱っぽい吐息を吹きかける。
「ねぇ、ヘルディナンド。後でご褒美あげるから、奪ってきておくれよ」
「任せておくんな、ミストレス」
新しい男が手に入れば すぐさま海に棄てられるなど、微塵も思い至らぬ様子で ヘルディナンドも《悪魔狩り》の所有船へと飛び込んでいく。
「もちろん、おまえたちもだよ? 一番頑張った子には、一番のご褒美をあげちゃうからねぇ」
傍に残る側近たちにも、胸の谷間をちらつかせつつ 流し目を送る。
美しい愛人のおねだりを叶えようと、我先にと情夫たちは駆け出していった。
ダンデの銃撃だけでは間に合わず、【一番星号】の甲板に【紅の百合号】の戦闘員が次々に乗り込んでくる。幸いにも飛び道具を持っている者はない。
「レイネルさん、チョミィさん! 少し揺らしますよ……【波精・動】!!」
パトの指笛に合わせ、【一番星】の船体が大きく揺れる。レイネルに斬りかかろうとしていた三人組が、体勢を崩して倒れ込んだ。
「よくも! よくもレイネルを狙ったな!! このっこのっこのっ!!」
そこをすかさず チョミィが蹴りつけ踏みつけボディプレスで 戦闘不能まで追い込んでいく。
「きゃあーっ!! チョミィ ステキ! お姫様抱っこして!!」
今度はチョミィの背中を狙って新手の連中が迫りくる。レイネルは買ったばかりの三叉銛を大きく薙ぎ払い、チョミィに迫る連中を 船の外まで弾き飛ばした。
「ねぇ キャップぅ! 雑魚戦 飽きたぁ、そろそろ大技かましちゃってよぉ」
時折唄って味方や敵方の士気を上げ下げしつつ、ムームーも手慣れた様子で鞭剣を振り回す。声の調子からも疲れは見えず、長丁場に純粋な飽きが来ただけのようだ。
「大技かますには、まだ船上に雑魚が多すぎる。頭をおびき出せ」
「そいつは出来ねぇ相談だ」
ゴマモンガラ部族の雷の民の男を先頭に、明らかにこれまでと気迫の違う一団が 甲板に乗り込んできた。しばし先頭の男を睨み、ダンデも拳銃を構え直す。
「頭の手前がおびき出せたな。《雷閃》ヘルディナンド、とかいったか。……てめぇ、【雷姫号】はどうした。乗らんのなら もらってやるぜ」
「とうに処分したさ。船より生身の女の方が いいモンだからよ」
「つまらん男に成り下がったな」
それほど力のある一団ではなかったが、二つ名を付けられ懸賞金も設定される程度には 名を上げていた海賊団の頭だったはずだ。見やれば他にも 自分の船を持っていた元船長と思しき顔がある。
「見てくれは嫌いじゃないが、いけ好かない船だ」
銃声が上がる。
それを合図に《雷閃》ヘルディナンドも甲板を蹴った。
「風向きを変えます! 【風精・圧】!」
積み荷の陰に身を隠しつつ、パトも甲高く指笛を鳴らす。海風は船上の追風となり、ダンデの銃弾を加速させる。敵に伸びるムームーの鞭剣も勢いを増した。対するヘルディナンドの動きは鈍る。
「雑魚のくせに二つ名とか ズルくない? ムームーさんも 二つ名欲しいなぁ」
フュビョウと鞭剣が唸り、ヘルディナンドの肩口が裂けた。続けざまに銃弾が撃ち込まれ、《雷閃》の鱗と鮮血が迸る。
「それなら てめぇも独立するか? ムームーならすぐ二つ名つくだろうよ」
「嫌だね。《悪魔狩り》がソッコーで狩りに来るもん」
「よーく解ってらっしゃるぜ」
軽口に合わせて それぞれの攻撃を叩き込む。ヘルディナンドの不利を気取り 割り込む別の元船長どもも、反撃すらろくに届かず斬り伏せられる。
「うわ、スタイリッシュ」
泥臭く地道に下っ端戦闘員をさばく合間に、チョミィの口から感想が漏れる。チョミィが敵方の動きを食い止め、その横からレイネルが船上から払い落とす という流れをひたすらこなすうちに、【一番星号】の甲板に立っているのは味方の船員だけになっていた。
「さぁて、そろそろ仕上げといくか」
船上をぐるりと見回し、徐ろにダンデは砲撃の準備に移る。
部下が全滅してしまったにもかかわらず、《夢魔》エカテレスは【紅の百合号】から余裕の笑みを浮かべていた。
「さすが《悪魔狩り》、この海で一番 美味しい男。ねぇ、アタシもその船に乗せてくれないかい? たぁっぷりご馳走 してあげるよぉ?」
豊満な乳房をこれ見よがしに揺らし、エカテレスはダンデに秋波を送る。
どんな堅物男でも、《夢魔》の誘いを突っぱねられる者などいなかった。一度 懐に入れてしまえばこっちのモノ、誰もが魅惑の愛人に夢中になる。
――そう信じていた時期が、《夢魔》エカテレスにもありました。
「いや、断る。乳のデカい野郎も、男だか女だか判らん奴も間に合ってる」
「野郎じゃねぇって言ってるだろ!?」
「また 乳がデカいって言われたー」
「お色気担当は既にこのムームーさんが配置済みなんだよ すっ込んでろこの身の程知らず!! キャップの隣にてめーのポジなんかないんだから!!」
「ムームーさん、必死すぎません?」
【チェバの女王号】は女人禁制の船であると、引き入れた元船長の誰かから聞いたことがある。しかし 港の酒場では男も女も侍らせて豪遊している噂を耳にするし、今 乗っている彼の船にも 生意気そうな小娘がいる。
――つまり このアタシ、《夢魔》エカテレスが、眼中にないだけだと?
「そんな、つれないこと言わずにさぁ」張りのある腰の後ろに拳銃を隠し、エカテレスは前に踏み出す「据え膳なんだから、味見くらいしてごらんよ」。
【一番星号】に絡む鉤縄の一本を掴み、エカテレスは【紅の百合】から甲板へ飛び込んできた。その手の内の銃口はダンデの眉間を狙い――……
「あんたの船は、そっちだろーがっ!!」
「ぐふぅっ!?」
――撃ち出された弾丸は あさっての方向へ飛んでいった。
甲板の上に着地する間も与えず、レイネルの振り回した三叉銛で呆気なくもエカテレスは【紅の百合号】へと突き返されたのだった。
「よくやった、レイネル」
ダンデの厳つい手の平がレイネルの頭にぽん と触れる。迷惑と顔に出し、レイネルはそれを軽く払い除けた。
「チョミィがあたし以外の女をガン見するとか許せねぇだけだし」
照れ隠しにチョミィに目線を向けると、レイネルの視線を遮ってムームーがニヤついた顔を挟み込む。彼の含みに勘付くと、途端にチョミィの頬が紅潮した。
「ふぇっ!? だ、大丈夫だよ、レイネル!! あんな人、胸しか見てなかったから!!」
「レイネルちゃんより大きかったもんね! ね、チョミィくーん?」
「チョミィのスケベ! 浮気者ーっ!! でも一番大好きなのはあたしだろっ!?」
「オフコースのザッツライトだよ!! 浮気なんかしてないよ!!」
「……相も変わらず おアツイこって」
残っている鉤縄を鞭剣で断ち斬り、ムームーが片手を挙げる。
直後、ずっと出番を待っていた大砲の弾が放たれた。
着弾するやいなや、【紅の百合号】に覆い被さるがごとく 炎が燃え拡がる。
熱風に追いやられ 沖へと進みはじめる【一番星号】を見送るように、【紅の百合号】はその名の通り 紅々と波間で燃え揺れていた。
「今の砲弾は【焼夷砲弾】。強力だが 高価で扱いにも注意が必要だ。切り札として、ここぞという場面で使うといい」
退けた船には興味を失い、もうからダンデはチョミィに大砲の使い方と砲弾の種類についてレクチャーしている。荷箱に頬杖をつきながらそれを見守るレイネルに、当然の顔でパトがバケツとデッキブラシを渡してきた。
「それじゃ レイネルさん、お掃除頑張ってくださいね」
「は? あたし一人でか!?」
「ボクは見張りがありますし、ムームーさんはさすがに休憩させてあげないと。キャプテンとチョミィさんもお取り込み中ですし、暇なのレイネルさんだけでしょ」
賞金首たちのハコ詰めは済んでいるが、戦闘後の甲板の荒れっぷりは今朝の比ではない。加えて人手が今朝より半減している。
「ふざけんなよ、チクショー!! 【紅の百合】のバカヤロー!!」
いまだ海上に立ち昇る 黒煙に向かって叫ぶ。
はるかその向こうで 見知らぬ【クジラ】が、レイネルの叫びに 潮を噴いて返してくれた。
【キャラクター設定 ファイル その5】
[パト(パトリシア)]12歳 女性
・地の民 隠れ里《マルケートス》出身
・バトルジョブ《水守》(使役海獣 『ティコ(スナメリ種)』所持)
・警戒心の強い男装の少女。人形のように色白で金髪碧眼、可愛らしいが中性的な顔立ちと体型のお陰で 少年のふりをしていても違和感はない。
・故郷の隠れ里がとある海賊一味に襲われ、虜囚となっていたところをダンデ率いる【チェバの女王号】に助けられた。襲撃の際に家族も失っており、恩人であるダンデを家族のように慕っている。本当は『娘』扱いして欲しいらしい。
・成人する頃には船を降り、【チェバの女王号】の拠点となる《イカンチャ》の港で 宿酒場を経営したいと思っている。






