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パンゲニアTRPG2.0ワールドガイド 大地が滅びた その後で―Jump out to the OCTOPACIFIC OCEAN―  作者: 久眠
Othello and Desdemona ―黒の【クジラ】と白の【クジラ】―
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3.さあ 選べ、弁償か 慰謝料か

 《大八界洋オクトパシフィックオーシャン》に浮かぶ無数の島々で最も面積が広く、多くの船を受け入れる港とドライドックが複数存在しているのが【チェバの女王クイーン・オブ・チェバ号】の拠点である《チモーチェ島》だ。その中でも裕福な権力者が多く利用している北部海岸の《イカンチャ》の港町に、我が物顔で【チェバの女王】は入港した。巨大な黒船の損傷を目の当たりにした専属の技師たちが すぐさま集結し、屋根付きの強固なドライドックへと入渠を進める。


「……さて。エラいコトになってしまいましたよ、レイネルさん」

「うおお、すげぇなぁ チョミィ!! 建物みんなデケェし、歩いてる人 みんなギラギラしてるし!! いかにも大金持ってますって街だな!」

「お願い、そんな騒がないでよ 恥ずかしい……」


 港まで出張ってきた警らの役人に【チェリーガイズ海賊団】の船長、チェリオ・グラフトンを引き渡し、ダンデは慣れた様子で手続きを終えていた。


「僅かながら謝礼はいつも通り イカンチャ金庫へ届けておきますね。御協力感謝いたします。今後とも、ナシギエーリ様の御活躍を期待しておりますよ」

「おう、任せとけ。兄貴にもよろしく 伝えてくれよ」

「承りました」


 警らの役人たちがグラフトン船長と 彼の残り少ない手下をしょっ引いていくのを見届けると、ダンデは思い出したようにレイネルに向き直った。


「ちぃ、とんだ大赤字だぜ。戦利品が端金と乳のデカい野郎ガキ二匹ぽっちとはな」

「誰が野郎ガキだ!!」「ち、乳がデカいって、僕も……?」


 レイネルとチョミィのどちらに対しても、この上なく失礼な台詞を吐き捨ててきた。ダンデは腕を組みながら、遠慮なくじろじろと二人組を値踏みしている。


「さて、小僧ども。【チェリーガイズ】の一味ではなさそうだが、どうしてあの船に乗ってたよ?」

「だから 小僧じゃねぇって!! こんな綺麗でセクシーな野郎オトコがどこの海にいるってんだよ!」

「えー? キミ程度レベルなら、この海にはザラにいるけどぉ?」


 チョミィの無言かつ必死な制止を無視してダンデに抗議するレイネルの背中に、大きくはないのに 澄んでよく通る声が投げつけられた。


「たとえば、ここに居る ムームーさんとか?」


 振り返った先に、妖しげな雰囲気を纏う霧の民が歩み寄ってくる姿があった。ぬめらかに湿り気を帯びた肌が、艶かしさに磨きをかける。ちらりとチョミィに視線を向けると、ガチガチに固まり喉をゴクリと鳴らしていた。


「……っ!! チョミィのバカー!! あたしの方が綺麗で可愛いだろぉ!? “綺麗で可愛いです 愛してます結婚して下さい”って、三回ぶっ通して言えよぉ!!」

「痛い、痛いよ レイネル!! あと、なんでそんなこっ恥ずかしいこと三回も言わせようとするの!?」

「チョミィが大好きだからに決まってんだろ! 言わせんな恥ずかしい」

「恥じらうレイネル可愛いから、ずっと恥じらってていいよ!!」

「何 このバカップル」


 苦笑しながら妖艶な霧の民は ダンデの傍らにつく「チェリーの一味じゃなかったの?」。

 「今、そいつを確認していたところだ」と、ダンデは顎で二人組を指し示した。


「ここ数日、【チェリーガイズ】の連中は 古代の秘宝がどうのと吹かしていたらしいな。てめぇらも 古代の秘宝狙いか?」

「ワア、コダイノヒホウ ダッテ! シッテタカ、チョミィ」

「ハジメテキイタヨー! スゴイネ、レイネル」


 冷や汗をダラダラ流してしらを切るレイネルとチョミィの様子に、満足そうにダンデは頷く。直後、腰のサッシュから拳銃を抜いた。

 破裂音がしたのと同時に、レイネルとチョミィの間に 細く白煙が昇る。


「面白そうじゃないか。詳しく聞かせてくれよ、なぁ?」


 くるくる拳銃を回して弄びながら、ダンデが口の端を吊り上げる。隣では妖艶な霧の民も にこにこと笑みを浮かべていた。


「うちのキャップは海賊じゃないから、命ごと横取りとかはしない……あっ、いつもしてるわけじゃないよ?」

「日頃 普通にやってそうな発言ですよね?」

「ちょっと、海賊との違いが分からんね」


 ひとつも安心できない霧の民の付け足しフォローに、レイネルはチョミィと顔を見合わせる。

 ――どの道、船を持たない二人だけでは 辿り着けない。

 意を決し、レイネルは懐から 不可解な紋様の入った材質不明の薄い円盤を取りだした。レイネルの両手に収まる大きさの 一見 壊れやすそうな円盤は、ヒビどころか傷の一つも付いていない。


「本物かは まだ 分からねーが、宝物庫の鍵とか言われてたのがコレだ。【天前文明の鍵円盤セノア・ディスク】……そのまま売り飛ばすつもりなら 渡さねーぞ」


 ダンデが手を伸ばしてきたと見るや、さっと円盤を懐に戻す。舌打ちはしたが奪い取るつもりはないらしく、ダンデも腕を下ろした。


「そんなつまらん事するかよ。……ただ、俺の可愛い“第一夫人ほんさい”が傷モノにされちまってな。こっちもタダ乗りさせる余裕はないわけよ」


 「“第一夫人ほんさい”……?」ダンデの伴侶に何かあったのかと、チョミィは不安げに眉根を寄せた。人の命に関わることなら、突っぱねるのも気が引ける。


「おう、可哀想に【クジラ】どもに手酷くやられてな。【チェバの女王】はしばらく修理にゅういんが必要なんだ。海に出るには ちっとばかり時間も金もかかる」


 憂いを帯びた視線をドライドックの方へと向け、ダンデは小さく息を吐いた。


「あぁ、なんだ! 船のことですか。てっきり奥さんに何かあったのかと……」

「ああ? “第一夫人ほんさい”だって 言ってるだろう!? 俺のオンナにケチ付ける気か、小僧」

「ひぃぃ、ごめんなさい そんなつもりじゃ……!!」


 《悪魔狩り》に詰め寄られ 涙目で助けを求めるチョミィに、さすがのレイネルも申し訳ない顔を作って間に入る。


「確かに、船はあんたらの大事な伴侶だもんな。心ないこと言って 悪かったよ。……けど“第一夫人”って事は、他にも何隻か 囲ってるんだろ?」

「……戦利品やもめを引き取って面倒見てるだけだ。持ち主ダンナが帰ってこない船も少なくないからな」

持ち主ダンナ連中を散々 食い物にしてる男が よく言うぜ」


 物怖じしないレイネルの言い草に怒るでもなく、ダンデは続く本題を待っている。


「一番小さいのでいい。船を一隻 貸してくれれば、古代文明【セノアテ】の秘宝の分け前をくれてやる」


 ダンデの触角ヒゲがピクリと動く。緩みかけていた視線が、鋭く尖った。


「そいつは、言い方が違うんじゃないか?」


 真っ青になって両目を潤ませ、それでもチョミィはレイネルを自身の背に庇う。

 割り込むチョミィを気にも留めず、ダンデはレイネルの額に人差し指を突きつけた。


「“港までの運賃は、古代の秘宝からお支払いします”だろ? ああ、そういえば 積んであった火薬も、みーんな使われちまったなぁ。弁償してはくれないのかねぇ? こっちとしては、慰謝料だけで示談てうちも 受け付けるぜ?」


 余計な条件を付けるつもりなら【天前文明の鍵円盤セノア・ディスク】だけ奪うことも厭わないと、暗にダンデは言っている。そう来ることなら、レイネルだって想定の内だ。


「……宝物庫を開くには、合言葉が必要なんだってよ。あたしたちは知ってるけど、あんたらは合言葉 知ってるのかよ?」


 ギリ、とダンデは奥歯を噛み締める。睨み合うレイネルとダンデの間で、チョミィは生きた心地がしないと、全身で訴えていた。

 張り詰めた時間が どれほど流れたのかは分からない。緊張と心労でチョミィが痩せこけるほどではなかったため、そこまでは経っていないのかもしれない。

 先に目線を外したのは、ダンデの方だった。


「巧いことやりやがる。グラフトンを引き渡した後で、切り札を出してくるとはな。……仕方ない、船は出してやる。――ただし」


 外した視線を 傍付きの妖艶な霧の民に向ける。良い笑顔と、了解の指サインが返ってきた。


「俺たちも乗せろ。船だけもらってとんずらされる率の方が高い。……そうでなくても、俺の可愛い船を雑に扱われちゃたまらん」

「イエイエ、スゴーク ダイジニ、アツカイマスヨ! ダイジョーブネ」

「いや、もう観念しようよ レイネル。操舵するにしても 本職に任せた方が安心だしさ! ね?」

「……分かったよ。チョミィがそこまで言うなら、船だけもらってとんずらするのは諦める。()()()()()

「なんでそこで口に出しちゃうの、おバカー!」


 はっとチョミィがダンデを窺うと、全てを理解しているといった顔で 深く頷き返された。背中に冷や汗を感じつつ、最後のダメ押しをしてみる。


「ダンデさんが僕らについて来てくれるのは頼もしい限りですけど、その、【チェバの女王号】の乗組員の皆さんが 困っちゃうんじゃ、ないですかねぇ……?」

「ああ、そっちなら気にするな。【チェバの女王】が復帰するまで、うちの乗組員は俺の兄貴に仕事を振ってもらうことになってるんだ。休みたい奴がいるなら休ませる。裏切りたい奴は野放しにしておいて、船が直ったら狩りに行く」

「なんという海賊。」

「だぁから、うちは海賊じゃないんだってぇ」


 青ざめるチョミィをけらけら笑って 妖艶な霧の民はその肩に背中をもたれかける。


「《イカンチャ》のイチ貴族が所有する、ただの武装船団なの! 仲が良いわけじゃないけど、《チモーチェ島》海軍からも公認だよ」

「やい、ヌメった年増!! 何しれっとチョミィに引っ付いてんだよ!!」


 先ほどとまた違った緊張のあまり、石像のようになってしまっているチョミィから霧の民を引っぺがす。尖った歯を剥き出して レイネルは霧の民に威嚇の表情を向けた。


「おー怖。バカップルは微笑ましくて可愛いねぇ」

「こら、ムームー。お前も一緒に乗るんだろ、ガキ相手に 変なちょっかいかけるな」

「アイアイ、キャップぅ。クギ刺さなくても、オレっちはキャップ一筋ですよー」


 「オレっち?(✕2)」妖艶な霧の民から出てきた似合わぬ一人称に、レイネルもチョミィも思わず目を向けてしまった。

 自分に注目が集まると気付くやいなや、霧の民は亜麻色の髪をかき上げ 得意げにポーズを取る。


「どぉもぉ、【チェバの女王号】お色気担当のムームーお兄さんでぇす! その辺 歩いてるような女の子より艶っぽくてゴメンねぇ」

「巨大タコとか巨大イカが出た時に投げ入れる用の、触手の餌食要員だ」

「サービスシーン要員って言ってよキャップ! てか、普通にオレっちの扱い酷くない!?」


 ムームーと名乗った《奏手サイレン》の霧の民が男と知り、レイネルはふぅ、と額を拭う。チョミィにそっちのケはないはずだから、泥棒猫さとられる心配はなくなった。


「なんだ、おっさんかよ。ビビらせやがって」「お兄さんね」

「俺は 自分の船に女は乗せない主義なんだ。いろいろと船の中が面倒臭くなるし、何より本命フネの機嫌を損ねちまうからな」


 過去に船上で 女性絡みのトラブルでもあったのだろうか。忌々しいとでも言いたげにダンデは鼻を鳴らした。隣では訳知り顔で ムームーが苦笑している。

 なるほどと頷きかけたチョミィの動きが 唐突にピタリと止まる。ダンデの口にした主義が冗談でなければ、ちょっと上手くない展開になってしまいそうだ。


「……ちょっと待って、レイネル。今の話が本当なら、レイネルは船に乗せてもらえないんじゃ……?」

「んなバカな話あるかよ。なぁ、《悪魔狩り》! あたしは特例だろ?」


 「特例……?」怪訝な顔でダンデはレイネルに向き直った。


「野郎ガキ二人、乗せるだけだろう? まさかその歳で、女連れなんじゃあるまいな」

「女連れって……見て分かんねぇのか!? あたしはなぁ……」

「この海で一番立派なの持ってるんですよ!! ねぇ、レイネル!?」

「いきなり割り込んできて、とんでもねぇ事 言ってんじゃねーよっ!!」

「ナニが一番立派とまでは言ってないでしょ!」

「もうチョミィ以外にお嫁に行けない……責任取れよ!?」「取るよ!!」


 話を振られたかと思ったら 自分そっちのけで始まった痴話喧嘩に、何事かとダンデは困惑している。

 過去にあった詳しい事情を知るムームーが、レイネルとチョミィの間に顔を突っ込んで 潜めた声で口早に解説をくれる。


「うちのキャップ、他種族の女の子に興味なさすぎて 男女の見分けがつかないの。暁の民コウカクルイなら 港の酒場でよく侍らせてるんだけどね。だから実は、男装した女の子も 乗組員の中に混ざってたりするよ」

「えっ? じゃあまさか、ムームーさんも……」

「ムームーさんは本当に男よー。雄っぱい見る?」

「見ません!!(✕2)」


 「ま、そういうわけだから、黙ってりゃバレないよ」軽い口調で言い切ると、ムームーは何事もなかった顔で ダンデの隣に戻っていった。


「何が言いたかったのかはよく分からんが、てめぇらが乗らなけりゃ話にならないだろうが。うちの船からは 俺と《奏手サイレン》のムームー、あと 今 遣いに出している《水守ミナモリ》のパトを連れていく。【一番星ヴェスパー号】なら 五人でも回せるだろう」

「【一番星ヴェスパー号】……」

「これからてめぇらが乗る 船の名だ」


 レイネルの真ん前に立ち、ダンデは腕組みを解いた。


「少しは知っているようだが、改めて。俺の名は ダンデ・ナシギエーリ。【チェバの女王号】をはじめとした船団の頭を務めている。【一番星号】では《砲台ハナビ》の役目を預かろう。これより俺のことは船長キャプテンと呼べ」


 《水守ミナモリ》が船旅の御護りであるならば、《砲台ハナビ》は 船そのものを扱いコンディションを調える管理責任者だ。【クジラ】たちを撃退した手腕から、銃火器も得意なのだろうと思われる。銃火器と同じように、船を海上の武器として自在に操るなどとも まことしやかに語られるが、レイネルには『船を扱える技能』くらいの認識でしかない。


「あたしはレイネル。《漁人カリンチュ》として用心棒をしてたから、長柄でも持たせてくれれば戦力になると思うぜ。こっちは相棒ダーリンのチョミィ」

「チョミィといいます。僕もレイネルと用心棒してました。《闘拳コブシ》技能があるので、武装はなくても どうにかなります。力仕事も任せてください」


 「頼もしいじゃないか」小さく口の端を吊り上げ、ダンデは手の平を軽く挙げる。

 つられて同じように挙がったレイネルとチョミィの手の平を、流れるように叩いていく。青い空に 高らかに音は響いた。


「短い間だろうが、よろしく頼むぜ。レイネルにチョミィ」


 言い残すと【一番星号】を迎えに、船を預けてある方のドックへと向かっていく。どこへ行けば合流できるかは、ムームーが知っているようだ。

 豪奢なコートを羽織ったダンデの背中が見えなくなった途端、レイネルとチョミィは それぞれ自分の手を抱え込むようにしゃがみ込んだ。


「痛ってぇぇぇ!! 加減しろよ、甲殻類!!」

「肘までビンビン痺れるよぉぉ……」

「あれで悪気はないんだよ、これからは気を付けてね」


 “精算”がこの程度で済んだのは 幸いだったとするべきか。

 手の平の痛みが治まった頃にようやく、新たな仲間【一番星号】が 港へとその姿を現したのだった。

【キャラクター設定 ファイル その3】

[ダンデ(ダンデ・ナシギエーリ)]38歳 男性

ギョウの民 イセエビ部族

・バトルジョブ《砲台ハナビ》(得意武器は銃火器、大砲)

・冷静沈着で硬派な荒くれ者の親分。赤黒く硬い肌に巻き毛の黒髪を束ねている。大柄で、長くてカッコイイ触角ヒゲがトレードマーク。

・イカンチャ島のとある豪族の次男坊。実兄ボンジリとの家督争いに負けて海に出た。兄との仲はそれほど良好ではないが、甥っ子のハバネロは可愛がっている。

・乗組員・客人に関わらず 成人女性を船に乗せる度に必ず船が故障するため、女性は船に乗せないと誓った。

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