2.【クジラ】想定外
最新話、大変お待たせいたしました(土下座)。
家庭の事情により、大幅に更新が遅れてしまい 申し訳ありません。
一段落 着いたので、タブレットの機嫌がいいうちに また 地道に進めていきたいと思います。
【鯨竜類】とは――俗称【クジラ】。《大八界洋》に広く生息する 大型海洋生物である。種により形状、大きさ、群れの規模は様々だが 総じて獰猛な性質を持つ。知能も高く、餌として魚や近縁種を狩る他、遊びで船舶を沈めたり 海中の人里を襲うこともある。特に《人狩り》に味をしめた特定個体には通称が付けられ、賞金首として駆除が依頼される。
被害が大きくなればなるほど 懸賞金は吊り上がるが、現在 その最高額に到達しているのは 黒白鯨竜のペア『オセロ』と『デスデモーナ』であった。
黒くぬらぬらと光る長い巨体が、黒船を煽るように波間を縫っていく。
海賊相手にも海獣相手にも戦い慣れた《悪魔狩り》の眉間に、ヒビが入った。
「キャプテン、ちっと可怪しいぜ? あの図体なのに、大砲がかすりもしねぇ!」
射手の報告に「貸してみろ」と ダンデが代わって割り込む。
「パト! いるか、パト!!」
「アイアイ、ここに!」
黒く長大な【クジラ】に狙いを定めたまま、ダンデは地の民の少年を呼びつけた。すぐ後ろにつく気配を感じ取ると、口早に指示を出す。
「あの黒いデカブツに【偽盟】を掛けろ」
自身の台詞も終わらぬうちから、黒船の砲を放つ。
一瞬の後、大きな船体の揺れとともに 甲高い叫び声が上がった。
「さすがキャプテン! たった一発で当てちまっ……」
「いや、あの様子だと効いちゃいない。……小馬鹿にして舐め腐ってた相手からの反撃に、驚いただけだろうよ」
おそらくは、向こうも歴戦の海の猛者。このとき既に 不穏な予感は漂っていたが、軽く撤退を許してくれそうな雰囲気でもない。
「パト! 【偽盟】は まだ掛からないのか!?」
いつもなら相手の動きに変化が見られる頃なのに、黒い【クジラ】は余裕の泳ぎで【チェバの女王号】の周囲を廻っている。
振り返って声を荒げるダンデに、両目を閉じ 人差し指を額に当てたまま、パトと呼ばれた少年は苦々しげに理由を返した。
「……もう一頭、居ます。奴ら、ペアみたいです……」
「もう一頭!?」ダンデの顔色がいよいよ変わる「まさか……」。
聞こえたわけでもあるまいに、真下から衝撃が突き上がる。
人には十分巨大なはずの船が、大きく横に傾いだ。ダンデの「掴まれ、野郎ども!」の声も間に合わず、甲板の人間が 何人も海に放り出される。
「ヒィ!! キャプテン、助け……!?」
投げ出された内の一人が 海に落ちるより早く、白い大波に呑み込まれた。――否、それは生きている。【クジラ】だ。
「マルティン!!」
ダンデの叫びを面白がって、白い【クジラ】は黒船の帆に潮を吹きつける。またもや振り落とされる人間を、黒い【クジラ】が大口を開けて待っていた。
「畜生が……遊んでやがる」
ギリ、と奥歯を噛み締め、ダンデは船室に飛び込んでいった。
――一方、すっかり人数の減った甲板では。
「ひぃやあああああ!! だから逃げようって 言ったのにぃいい!!」
「いやぁ、チョミィの言う通りだったな! こりゃ死ぬわ、ギャハハハ!」
「何で笑ってん……いやもう 笑うしかないね! アハハハハ!」
シュラウドに どうにかしがみついて、レイネルとチョミィはただ 振り回されているだけだった。これほど早く フラグが回収されてしまうとは。
「だってさ、大砲が効いてないんだよ? 人間が対抗できる相手じゃないよぉ」
生涯に一度拝めるかという水準の 立派な帆船が、子どもの浮かべた木っ葉舟のように弄ばれている。ひっくり返されるのも時間の問題だ。
泣き笑いを浮かべるチョミィを指差し、ひとしきり笑ったあと、レイネルは真顔に戻る。
「そいつは違うぜ、チョミィ。人間が『一人で』対抗できる相手じゃねぇってだけだ」
甲板の上に転がる何かを見つけ、ちらりと船室側を窺う。
「あたしも、一人じゃダメだ。手伝え チョミィ!」
「ええ!? あの状態の甲板に降りるの!? マジで死ぬよ!?」
「どうせ死ぬなら、チョミィと一緒がいい」
「ここで そーいうセリフ吐いちゃう!? 僕の前では死なせないよっ!!」
「やだ、ステキ……(はぁと)」
「こんな人前で、何言わせんの おバカー!!」
真っ赤になりながらも、素直にレイネルについてシュラウドを滑り降りてくるチョミィを確認しつつ、揺れに耐える。
「……ちょっと足場悪ィけど、転がってる中に火薬の樽があったはず。確か 赤いのがそうだった……お、アレだ、こっち来たぜ」
「火薬樽だけあっても どうするのさ」
「いいからいいから! 片っ端から投げ込んでいくぞ」
「海に投げ入れちゃったら、みんなダメになっちゃうんじゃ……」
納得できない顔のまま、ヒョイヒョイとチョミィは 赤い樽を【クジラ】たちの泳ぐ海へと放り込んでいく。レイネルだけでは、きっと間に合わなかった。
「ファイヤーッッ!!」
《悪魔狩り》の咆哮と共に、大砲とはまた違った砲撃が放たれる。
海面に浮かぶ火薬樽が 次々に爆ぜ上がった。
「ダメになる前に 間に合ったみてーだな」
先刻より切羽詰まった悲鳴が 海上から飛んでくる。どちらの【クジラ】が上げた叫声かまでは分からないが、彼らの警戒心を煽ることはできたようだ。
白い【クジラ】は早々に海中へと姿を消す。黒い【クジラ】は 一度 尾ビレを【チェバの女王号】に叩きつけてから、連れ合いの後を追って消えていった。
燃える火薬樽の残骸と、無様にひしゃげた巨大な黒船だけが 静まり返った海上に浮かぶ。誰一人、歓声を上げる余裕はない。
「……『オセロ』と『デスデモーナ』か」
構えていた擲弾発射器を下ろし、ダンデは二頭の【クジラ】が消えた先を睨みつけている。
「覚えたぞ、賞金首ども……いずれ血祭りに上げてやる」
船体への損傷は激しいが、動かなくなったわけではないらしい。「すぐ港に向かえ」と指示を飛ばし、ぐるりと荒れた甲板を見回す。
火薬樽を放り投げて加勢していたのは、自分の手下では なかったようだが。
「さて、フナムシどもは まだ へばりついてやがるのかな」
甲板に残っているのは、帆柱に縛り付けてある弱小海賊の長と数人の彼の手下、片付けに出てきた元々の乗組員だけだ。見覚えのある二人組の姿はない。
「ウミネコだろうとフナムシだろうと、タダ乗りなんぞ させてやるかよ」
本来の力強さを失いながらも、ゆっくりと【チェバの女王号】は 泳ぎはじめる。港に着いたら、しばらくレディは休ませてやらなければ 可哀想だ。
船上の目が 爆ぜる火薬樽に引きつけられている間に、レイネルとチョミィは脱出用のボートもしくは浮き輪を求めて 倉口付近に身を隠していた。
「今なら【クジラ】もいなさそうだし、この船も真っ直ぐ港に向かうよ! さっさと引き上げよう! ……そんな物欲しそうな顔しないの!!」
「だってぇ……手ぶらで帰るの、もったいねぇよぉ」
「命のが大事でしょ!」
「まぁ、そうだよな。命あってのおタカラ集めだし」
「……僕にとっては、レイネルが一番大事なおタカラだけどね」
「うん? もっかい!! 海を越えていくような大きな声で、もっかい言ってみようか!!」
「おバカ!! もう言わないよ!!」
緊張感のないレイネルに半ば呆れて チョミィは溜め息を吐く。倉庫番が出払っていたため、人けはないものと すっかり油断していた。
「先ほどは 加勢していただいて、とても助かりましたよ」
お目当ての脱出用ボートの縁に、小柄な人影がもたれかかっている。よくよく見なくとも、パトと呼ばれていた地の民の少年だと分かった。
「だけど、我らが【チェバの女王】の運賃には、ちょおっと 足りないんですよね」
細い声色によく似合う可愛らしい顔立ちに、悪意の混じった笑みが浮かんでいる。拾われたのか拐われてきたのかは知らないが、荒くれ者の間で育つと この年齢からそんな顔が出来るようになるのか。
「あいにく こっちも手持ちが無くてな。申し訳ねぇから、ここで降ろしてもらいたいんだわ」
「ちょちょ、レイネル!! 子ども相手に 指ポキポキ鳴らさないの!!」
二人がかりで ちょっと脅かしてやれば、さすがに怯んで逃げ出すだろう。所詮 子どもと 侮っていた。
「だから、足りないって言ってるじゃないですか。手持ちが無いなら、身体で払えばいいんですよ」
くるりと船倉に向くパト少年の後頭部で、淡い金髪の三つ編みおさげが跳ねる。ピュイっと口笛を吹くと、船倉内の暗闇に何かが蠢いた。
「――【偽盟】、突撃!」
パト少年の声を合図に、船倉から三頭のヤギが飛び出してきた。
余裕を崩さずニヤニヤ笑うパト少年には見向きもしないで、三頭とも真っ直ぐレイネルへと頭突きを向ける。
「操獣術……このガキ、《水守》だったのかよ!?」
「ただおカオがカワイイだけで、あの《悪魔狩り》が 船に乗せてくれるワケないでしょうに」
海流と天候を読み、意のままに操るといわれる船旅の御護り――この海で《水守》と呼ばれ重用されている存在だ。彼らは海と風だけでなく、一時的に生物さえも支配下に置いて使役する術も持っている。
「確かに。可愛いだけで乗せてくれるなら、レイネルが降ろされるワケないよね」
言うが早いか、巨漢らしからぬ勢いで チョミィがレイネルとヤギたちの間に滑り込む。脂肪の下で漲る筋肉に、攻撃を仕掛けてきたヤギたちの方が弾き飛ばされる。
「チョミィ、あたしのこと大好きすぎるだろ。あたしも大好き、チューしようぜ」
「多感なお年頃のボクの前でイチャつくの、ホント止めてくれません?」
「おっけ。外でチューしてくるから、後ろのボート よこしてくれよ」
レイネルだけでなく、チョミィもパト少年に 鋭く視線を向ける。これ以上 船内家畜を使役しては、船長に怒られてしまう。
「着水直後に沈めていいなら、貸しますよ」
「……そこで“いい”って言う人、いると思う?」
「沈めるくらいなら 構わねぇぜ! てなワケで ボート貸してくれ」
「いるんだ。それも ごく身近にいたよ……」
顔色ひとつ変えずに言ってのけるレイネルに、チョミィは半ば呆れ 半ば感心する。後先 考えていないふりをして 意外な突破口を見いだすレイネルを素直に尊敬しているし、格好良さも感じている。まさしくチョミィの憧れの女だ。
「着水直後に沈むなら、返すの大変そうだけどな!」
おっと、本当に後先 考えてなかったんだな。
「おバカ! この子、最初から貸す気ないって 言ってるんだよ!!」
「こっちも最初から返す気ねーから、おあいこじゃね?」
「違うよ違うよ、そこじゃなくってね」
会話は成立していないが、レイネルの意図がチョミィには理解できている。
「後には響かないように、ちゃんと加減するからね」
軽く右手を握っては開き、小さく息を吐いてから 改めてチョミィは拳を握る。
海獣人の気迫に怯み 両手で顔を庇うパト少年に、欠片も躊躇いは見せない。実戦に慣れた拳が 細い身体に届く、ほんの直前だった。
「偉いぞ、パト。よくぞ フナムシどもを捕まえてくれた」
背後から差す影は、巨漢のチョミィをもすっぽり覆う。拳を止め 冷や汗の伝うチョミィの後頭部に、硬い筒のような感触が押し当てられた。
「キャプテーン!! 怖かったですぅ!!」
先ほどまでとは打って変わって、甘ったれた声でパト少年は クマノミのように影の主に駆け寄っていく。
「わざわざ途中下船しなくとも、拠点の港までは送ってやるぜ。……精算はそこで、じっくりとな」
《悪魔狩り》ダンデは不敵に笑う。その後ろではパト少年が、思いっきりアカンベェをしていた。
チョミィと無言のやり取りをし、さすがのレイネルも両手を挙げる。
ひとまずここは、従うしかない。
【キャラクター設定 ファイル その2】
[チョミィ]17歳 男性
・嵐の民 セイウチ部族
・バトルジョブ《拳闘》(基本的に無手)
・常識ある心優しい巨漢。セイウチの骨格を人間に寄せたような体型。頭はツルツルではなく、柔らかな産毛に覆われている。身長に対して手足は短い。つぶらでキラキラな目がチャームポイント。
・レイネルとは幼馴染で、酒場の常連だった下っ端海賊の息子。
・本当は父を反面教師に、真っ当な人生を送るつもりだった。レイネルの誘いを断ることができず(レイネルと離れたくなかったこともあり)、共に古代文明【セノアテ】のおタカラを探す事となる。