第一章・7話 〜灼斬鋏〜(反撃終了)
振り返った天士の視界に、床の上を転がる部下の生首と、バランスを崩して倒れる首のない死体が映る。
突然の出来事に驚愕する天士は、この異常事態の元凶である一颯へ目を向けた。
だが、そこにはもう先ほどまでの非力な少年はいなかった。
真っ赤に燃える、悪魔のような眼球が天士を見つめている。
「ッ、全員、今すぐあいつを撃て!」
突然の仲間の死に唖然としていた警官達も、我に返って銃に手を伸ばす。
しかし、銃の引き金に指をかけるよりも早く、再び炎の刃が閃いた。
天士を除く、その場にいた警官全員の胴体が真っ二つに焼き切られ、ドサリと肉の塊が散らばる。
ーーー!!!
店内に、言葉を成していない数多の叫び声が響く。
警官たちに銃口を向けられていた客たちは、彼らの死を目の当たりにし、無我夢中で我先に逃げ出していった。
「チクショウッなんなんだお前は!」
叫びながら、天士は先ほど店長を撃った銃を構える。
しかし、
「さっき言ったじゃないですか。
テロリストの不知火一颯ですよ」
またも炎が吹き上がり、今度は天士の右腕が空を舞った。
「があぁぁぁあぁぁァッ、俺の腕があぁぁ!」
自分の腕が焼け焦げる臭いと、腕を失った喪失感が、天士を狂乱の渦中へと誘う。
なにせ、生まれて初めて奪われる側に立ったのだ。
それも、自分が散々見下してきた劣等非民によって、あまりにも容易く自身の体の一部を奪われた。
耐えがたい屈辱のはずなのに、痛みと恐怖が思考を支配し、今は苦しみ叫ぶのに精一杯だ。
一颯は痛みにのたうち回る天士には目もくれず、すでに動かなくなった店長のもとへ歩み寄る。
店長の頭部は銃撃によってほとんど破壊されており、生前の面影は完全に消えてしまっていた。
自分にできることなどほとんどないが、このままの状態にしておくのは、店長にとっても、厨房に隠れている愛奈にとっても良くない。
一颯は店長をそっと仰向けにすると、顔に自分のエプロンを被せた。
そして、まだ温かい店長の手を握る。
「今まで本当にお世話になりました。
家族として接してくれたこと、一生忘れません。
終ぞ恩返しすることはできませんでしたが、この代償は、僕が必ず支払わせます。
だから、安心して眠っていてください」
遅すぎた感謝を伝えた一颯は、ゆっくりと立ち上がり、今度は天士の方へ目を向けた。
「ヒッ」
殺される、と天士の直感がそう告げた。
恐怖で足がすくみ、立ち上がることができない。
天士は這いずるように後退りする。
だが、
(死にたくない、死にたくない。
まだやりたいことがたくさんあるんだよ。
これまで通り好きなように生きて、好きなように奪って。
ムカつくやつは権力で叩き潰して。
人生を最大限楽しんで。
上級国民として生まれてきたからには、俺にはそうする義務があるんだよ!)
上級国民としてのプライドが、彼を奮い立たせる。
天士は荒い息遣いのまま立ち上がると、店の備品であるテーブルの足を掴んだ。
すると、鋼鉄でできたテーブルの足がドロリと溶け始め、ずるずると天士の体に纏わりついていった。
天士はそれを3回ほど繰り返す。
その結果、彼は黒色に輝く鉄壁の装甲を手に入れた。
「どうだ、これこそが俺の固有術式『黒鐡弁慶』だ!
土属性の中でも特に鉄への適正を持つ金剛家の奥義。
俺の触れた鉄は自由自在に形を変えて、闘気を含んだ強固な鎧にもなるし、薄く伸ばせば刀にもなる。
近接戦において唯一無二の性能を発揮する最強の術式だ!」
この術式の強さは、金剛家の歴史が証明してきた。
この状態になった俺は誰にも止めることはできないと、天士は声高らかに叫ぶ。
(そうだ、俺は最強だ!)
術式を使う前に俺を殺していれば、勝っていたのに。
脳の足りない劣等非民は、いつまでも自分が優位に立っていると調子に乗ってチャンスを無駄にする。
だから、お前らはいつまで経っても人になれないんだ。
天士は硬く握りしめた黒鉄拳で一颯に殴りかかった。
しかし、
ーーージャキンッ!
またも轟く、硬い何かを切断する金属音。
「お客様、そんなものは意味がありません」
炎をあげて、天士の最後の腕が吹き飛んだ。
またも腕を無くした天士は重心を崩し、無様に倒れ込む。
「チクショオォォォッ!」
ーーージャキンッ!
ーーージャキンッ!
続け様に、両足までもが胴体から切り離されてしまった。
手足を完全に失い、虫のように体を捩ることしかできない。
「お客様は鋼鉄を加工する現場を見たことがありますか?
超高温の炎を使って、硬い鋼鉄を焼き切るんです。
幼い頃、私はその作業を見るのが大好きでした」
「俺の腕と足があァッ、クソッ、返せよクソ虫がッ!」
「そしてあの日、私は思いついたんです。
そうだ、焼き切ればいいんだと。
だってそうでしょう?
親子はとても強い絆で繋がれているのだから。
それを断ち切るには、焼き切るしかないと思ったんです」
一颯の瞳が、煌々と赤く燃える。
地獄の血盆池から噴き上がる炎の如きその瞳は、
あの日、自身の母親だった者を焼き切った刃と同じ色をしていた。
「だからこそ、そういう術式にして貰ったんです。
親子の絆に比べたら、お客様の薄っぺらい鋼鉄なんて紙切れ同然なんですよ」
「俺を誰だと思ってるんだ!
筑馬県特別警察長官の息子だぞ!
こんなことしてただで済むと思うなァッ!
お前らクソ虫は全員!
残ったメスガキ含めて親父が駆除してーーー
グフッ!」
あまりにも耳障りなので、胸部を思い切り踏みつけた。
そのまま咽ぶ天士を見下ろしながら、体重を少しずつ足に乗せ、肺を圧迫する。
「メスガキとは、もしかして私の大切な妹のことですか?
‥‥‥無様に四肢を失い、死の淵に立ってもなお、
あなたは、また同じ過ちを繰り返すのか」
天士が当初の予定通り一颯だけを標的にしていれば、こんな誰にとっても損でしかない、凄惨な結末を迎えることはなかったのに。
店長を殺され、そして今度は愛奈に手を出すと言われ、一颯は心の中にかろうじて残っていた「躊躇」を完全に放棄した。
こうなったら、堕ちるとこまで堕ちよう。
「では、お客様の命で払いきれない分は、
その親父とやらの命で払ってもらいましょう。
いやぁ、どう考えても足りないと思っていたんですよ。
私にとって、お客様の命は余りにも無価値すぎます。
代償は耳を揃えて払っていただかないと。
ひとまずあなたは、地獄で詫びろ、『灼斬鋏』」
次の瞬間、虫のようにキィキィと泣き叫んでいた天士の首が、燃え上がりながら地面を転がる。
2本の腕と、2本の足、胴体、頭。
規則性なく散らばる様子は、まるで無邪気な子供に弄ばれた羽虫の残骸のようだった。
「命まで取るつもりは無かったのに。
本当に残念です」
そう言う一颯の表情は、言葉とは裏腹に晴れやかだった。
自分の母親を殺した時にも感じた、えも言えぬ全能感。
後になって自分が自分でなくなる恐怖に震え、2度と魔術は使わないと心に誓ったのに。
店長を失い、愛奈とも別れなければならなくなった今となっては、そんな誓い、もうどうでも良かった。
(特別警察の長官って、どこに行けば会えるんだろう?
分からないけど、とりあえず警察本部に行けばいいのかな。
早く元凶を断たないと、愛奈に危害が及んでしまう。
あぁ、早く、早く、
ーーー殺したい)
一颯は夢に現れたお姉さんのように嗤った。
ひとまず、ざまぁ展開までお付き合い戴き、ありがとうございました!
これからもよろしくお願いいたします!