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第一章・6話 〜悪魔の術式使い〜(反撃開始)

 一颯はレジを挟んで、金髪ヤンキーと相対する。


 今日の金髪ヤンキーは、昨日のような学ランを着崩した乱れた服装ではなく、特別警察の制服を正しく着用していた。

 今日の来訪はあくまでオフィシャルなものだと示唆しているのだろう。

 根幹にあるのは私怨、というか逆恨みだが、公的機関を使うことで合法的に意趣返しをする算段なのだ。


 それにしても、なぜこんなくだらないことで国の一大機関である特別警察が動いているのだろうか。

 金髪ヤンキーは上級国民といえど高校生である。

 名前はそう、天士たかしだったか。

 この男に、いったいどれほどの権力があるというのだ。


「‥‥‥なるほど、テロリストですか」


 何かしらの嫌がらせは覚悟していたが、まさかテロリスト認定とは。

 流石、上級国民のやることはスケールが違う。

 一颯は危機的状況にも関わらず、不覚にも感心してしまった。


 お客様に怪我はなさそうだが、店の損害があまりにもひどい。

 店のガラスでできた外壁は粉々に砕け散り、どこからでも入店が可能になった。

 観葉植物や商品パネルなども修復不可能なまでに破壊され、店を再開するには多額の費用と時間が必要なのは明白である。

 どちらかと言えば、テロされているのはこちらの方だ。


 ガラスの破片をパキパキと踏み潰し、

 邪魔な障害物、店の備品を何の躊躇もなく蹴り飛ばしながら、

 天士がゆっくりと一颯の方へ歩み寄る。


「あぁ、なんでもこの店に、現幕府体制にたてつく無政府主義グループの一員がいるらしくてな。

 そいつの特徴は、そうそう、白人の血が混じった薄汚い雑種で、男なのに無駄に髪を伸ばして後ろで1つに縛っている、生意気なクソガキらしい」


 天士は一颯を舐めるように見ながら、一颯の特徴をつらつらと並べた。

 標的は完全に一颯だ。


「おいおい、なんだよコレ、何が起こったんだ!?」


 厨房から店長が飛び出してきた。

 自分の築き上げた店が見るも無惨な姿に変わり果てており、動揺を隠せない。


 愛奈は‥‥‥厨房で身を隠しながら、こちらの様子を震えて見守っている。

 彼女は気の強い子だが、まだ中学生だ。

 突然、我が家を破壊されて、すっかり怯えてしまっている。


「お前がこの店の店長か?」


 警官の1人が店長に銃口を突きつける。

 店長は状況が掴めないながらも本能的に両手をあげた。

 

「はい、そうでございます!」


「お前が雇っているこの男に、テロリストの疑惑がかかっている」


「一颯くんがですか!?

 そんなわけないじゃないですか。

 彼は毎日、朝から晩までこの店で働いているのですよ。

 テロなんて起こせるはずありません」


 店長が必死に弁明する。

 だが、


「店長さん、何か記憶違いをしているのではないですか?

 こっちには確定的な証拠があるんです。

 もし記憶違いでないのなら、あなたもテロリストを庇う犯罪者になってしまいますよ。

 さぁ、もう一度だけチャンスをあげます。

 今度は間違えないように。

 私たちも事をそう荒立てたくはないので」


 今度は別の警官が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら店長を恐怖で懐柔しようとした。

 店長の証言は、そのまま証拠になる。

 証拠などいくらでも捏造できるだろうが、事実を作るのも重要だ。


「い、一颯くんは‥‥‥」


 店長は困惑と恐怖が入り混じった目で一颯を見つめた。

 一颯を庇えば、自分も犯罪者のレッテルを貼られ道連れになってしまう。

 もしそうなったら、もう二度と庶民として生きていくことはできないし、自分の娘である愛奈にも苦しい思いをさせてしまう。

 頭では、一颯を見捨てるべきだと理解できている。

 だが、五年間も一緒に暮らしてきた家族同然の少年を見捨てることなど、心優しい店長にはできるはずもなかった。


 店長は息が詰まったように、何も答えられずにいた。

 沈黙が場を支配し、警官たちの表情が次第に険しくなる。


(僕のことなんて早く見捨てればいいのに)


 一颯はこの状況に焦りを感じていた。

 店長がひと言「彼はテロリストです」と言えば、それで済む話なのだ。

 昨日の夜、何かあったら僕を見捨ててよいと言ってあるし、見捨てられてもまったく恨むつもりはない。

 僕のことはいいから、自分のことを優先してほしい。

 そう思う一方で、血も繋がっていない劣等非民の自分を家族同然のように思ってくれていた店長に感謝もしていた。


 店長の娘、愛奈も、優しい人だ。

 彼らにこれ以上、迷惑をかけたくはない。


 きっと、これでもう2人とは会えなくなるだろう。

 昨日の約束も守れそうにないし、色々と思うことはあるけれど、2人が幸せに生きていくことが何よりも重要だから。


 一颯はゆっくりと深呼吸し、決意を固めた。


「店長、今まで隠していて申し訳ございません。

 実は私、テロリストと内通していたんです」


 一颯の突然の告白に、店長は目を丸くする。


「な、何を言っているんだ一颯くん!

 そんなわけないだろう!」


「そんなわけがあるんですよ。

 なんかこう、真夜中とかにチョロチョロっと外に出て、テロリストの皆さんと、わちゃわちゃやっていたんです」


 適当についた嘘なので、肝心の内容はあやふやになってしまったが、問題ないだろう。

 証言さえあれば、あとは警察がどうにかするはず。

 早く店長やお客様たちを解放してやってほしい。


「‥‥‥お前、自分がテロリストであると認めるのか?」


 警官の1人が、訝しげに問う。


「はい、どうも警察の皆さん。

 テロリストの不知火一颯です。

 バレてしまっては仕方がありませんね。

 さぁ、署でも牢屋でも好きな所に連れてってください」


 一颯は警察が手錠をかけられるよう、両手首を差し出す。

 抵抗する素振りはまったく見せない。


 警官たちは互いに顔を見合わせ、うなづき、当初の計画通り一颯を捕まえようと手錠に手を伸ばした。


 だが、


「おい、銃を寄越せ」


ーーードンッ!


 突然、天士が隣にいた警官から銃をもぎ取り、何の躊躇いもなく引き金を引いた。


「うっ‥‥‥」


 弾は一颯の右肩を容易に貫通し、そのままドリンクサーバーに風穴を開けた。

 空いた肩の穴から、湧き出るように血が流れ出る。


「そういうスカした態度が気に入らねぇんだよ。

 お前ら劣等非民は、俺たち上級国民に顔も見せないよう平伏し続けるか、クソ虫みたいに怯えながらコソコソと生きるか、そういう人生を歩むことしか許されてねぇんだよ」


 天士は一颯に銃口を向けたまま、自身の中にある絶対的な価値観、上級国民として生きてきた中で形成された差別感情をあらわにする。


 上級国民の最大の使命。

 それは、諸外国や国内の反乱因子から、我らが帝国の既得権益を守ることである。

 自身の祖先、英霊たちが命を賭して手に入れた権利と栄華を、自身の子や孫に受け継ぐために、彼らは国の中枢に立ち、内憂外患を裁き続けてきた。

 その中で他民族の血をひく人間、つまりは劣等非民に対する偏見や侮蔑、嫌悪感が際限なく膨れ上がっていったのはごく自然のことである。


 大東陽帝国を照らす太陽は、未だ東の空を昇り続けている。

 我らが帝国は、これからも繁栄の一途を辿るだろう。

 帝国の巨大な影に飲み込まれる数多の犠牲を糧にして。


 そして今日も、1人の少年が、影に飲み込まれ消えていく

 ーーーはずだった。


「お願いします。もう許してやってください」


 肩を撃ち抜かれ痛みに顔を歪ます一颯を見た店長は、居ても立っても居られず、天士の足元に跪いて土下座をした。


「店長として、従業員の無礼な態度を深くお詫びします。

 今後、同じようなことが起こらないよう教育を徹底しますので、どうか、今回だけは許してやってください」


 大の大人が、自分より一回りも年下の高校生に対して、縋るように土下座をする。


 自分のために恥を忍んで頭を下げる店長を見て、一颯は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「僕は大丈夫ですから、だからもうーーー」


 そう言って店長のもとへ駆け寄ろうとした瞬間、


ーーードンッ!


 再び、乾いた銃声が店内に木霊した。

 引き金を引いたのは、天士である。


 彼は心底面倒くさそうな様子で、小さく体を痙攣させる店長を見下ろしていた。


「‥‥‥店長?」


 店長のもとへ早く駆け寄らなければ。

 だが、思考に反して、足が思うように動かない。

 現実を間近で目撃することを、体が拒否している。


 店長の後頭部に空いた穴から、脈打つように血が湧き立ち、床に広がっていく。

 血の脈動に合わせて店長の体は小刻みに揺れているが、それはもはや随意的な運動ではなく、中枢を失った肉体が最後の足掻きを見せているだけだった。


「天士様、さすがにそれは問題になりますよ」


 警官の1人が苦言を呈す。

 国籍を持たない劣等非民を殺すのと、国籍を持つ一般市民を殺すのでは、かなり意味が変わってしまう。

 店には多数の目撃者(お客様)もいるし、火消しをするにはかなりの労力がいる。


「悪いのはコイツだろ。

 テロリストを庇うために襲いかかってきたんだからな。

 俺は正当防衛をしたまでだ」


 それでも、天士は一切悪びれることなく事実を歪曲する。

 彼にとっては、これが日常なのだ。


「なるほど‥‥‥では、そのように手配しておきます」


「なんだか白けちまったな。

 お前、早くこいつを連行しろ。

 撤収だ」


 呆然と立ち尽くす一颯を尻目に、天士が撤収の合図をする。


(どうしてだろう、悲しいはずなのに涙が出てこない)


 大切な家族を失ったのに、一颯は不思議と泣くことができなかった。

 気が狂いそうになるほどの激情が今にも外へ溢れ出さんと胸中を暴れ回っているのに、店長を見つめる目からは一滴たりとも涙が出てこない。

 

 だが、それは当然のことだった。

 一颯の心に渦巻く炎の如き激情は、決して悲哀などではないのだから。


「おい、両手を出せ」


 手錠を持った警官が、一颯に声をかける。

 が、一颯からの反応はない。

 

「チッ」


 もたもたしていると、何を言われるか分からない。

 警官は仕方がなしに、一颯のまだ成熟しきっていない細い腕を乱暴に掴んだ。


 その瞬間、

 

「お客様、会計がまだになります」


 一颯は昨日と同じセリフで天士を呼び止める。

 そしてそれとほぼ同時に、シャキンという金属音と、ボッと炎が吹き出すような低い音が織り重なるように店内に響き渡り、音に合わせて一颯の腕を掴んだ警官の生首が火をあげながら吹き飛んだ。

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