第一章・5話 〜約束〜
夜。
「店長、そろそろ元気を出してください。
きっと、大丈夫ですよ」
「もうダメだぁ、この店ももうおしまいだぁ。
上級国民に目をつけられたら、俺たち庶民は終わりなんだよぉ」
あれから店長の気分は沈んだまま、弱音を吐き続けていた。
店長の着ているクマさんパジャマも憂鬱verで、プリントされたクマさんの表情もどこか影を落としている。
「でも、悪いのは絶対にあの人たちじゃんか。
おにいちゃんを叩くし、お店を汚すし、無銭飲食しようとするし。
これで文句言われるのはおかしいよ!」
「いやまぁそうですけど。
もう夜遅いですから、もうちょっと声のトーンを下げてください」
愛奈は愛奈で、あれからずっと機嫌が悪い。
金髪ヤンキー達への文句を吐き続けている。
今日は疲れているのでもう寝たいのだが、
2人につき合っているせいで眠ることができない。
まぁ、自分の一言のせいで事が大きくなった感があるから、文句は言えない。
「あぁ、また貧民街へ逆戻りかぁ。
結局、俺たち魔力無しは、この世界の片隅でひっそりと生きていく定めなんだろうなぁ」
「もう、そんな弱気なこと言っていると、天国にいる清子さんが悲しみますよ」
店長の気分が一向に上がらないので、一颯は今は亡き清子さん(店長の奥さん)の名前を出した。
その名前を聞いた店長が、ハッと我に帰る。
「それに、目をつけられているのは店ではなくて僕です。
もしもの時は、僕を差し出して貰って構いません」
「ちょっと、おにいちゃん、何言ってるの!
そんなことできるはずないじゃない!」
愛奈が大きな声で叫ぶ。
「愛奈の言うとおりだ。
上級国民に捕まったら、何されるか分かったもんじゃないぞ。
命あっての物種だ、貧民街に戻った方がまだマシだろ」
「何言ってるんですか。
店長は清子さんと約束したんでしょう?
どんなことをしてでも愛奈を守るって」
店長と愛奈は「うっ」と言葉を詰まらせる。
清子さんは、2人にとってとても大切な人だ。
口論になったらとりあえず清子さんの名前を出せば負けないくらいに。
そんな便利な清子さんだが、
母親のいない一颯にとって、その関係性はとても羨ましいものであることもまた事実である。
「まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。
彼らも本気だったら、あの時点で何かしていたでしょう。
ハンバーガーを受け取って帰ったということは、そういうことです。
さぁ、明日も早いですから、もう寝ましょう」
==========
「眠れない」
布団に入ったが、なかなか寝付くことができない。
体と頭は睡眠を強く欲しているのに。
不思議な感覚だ。
一颯は眠れない原因を考える。
(昼の騒動のせいなのか?
いや、店長や愛奈はともかく、僕はそこまであの出来事に関心がない。
貧民街にいた頃は差別を良くされていたし、今更気にしていない。
となると‥‥‥)
きっと、眠れないのは昨日見た夢のせいだ。
内容は覚えていないのに、不快感だけがずっと残っている。
自分の大切なものを汚されたような、
自分の大切なものに裏切られたような、
そんな不快感だ。
(うーん、モヤモヤするなぁ。
思い出して、この不快感の正体を知りたい)
布団にくるまりながら頭を抱えていると、
ーーーコンコン。
部屋の扉を叩く音がした。
「はい、どうしました?」
「おにいちゃん、中に入ってもいい?」
扉を叩いたのは愛奈だった。
「いいですよ」
ーーーガチャリ。
パジャマ姿の愛奈が部屋に入る。
先ほどまでのエネルギッシュ(怒)な彼女は身を潜め、
今は表情が暗い。
「どうしました?」
「‥‥‥ちょっと、聞きたいことがあって。
その、おにいちゃん、どこかへ行ったりしないよね?」
(ん?)
唐突な質問すぎて、一颯の頭に?が浮かぶ。
「どうしたんですか、いきなり。
僕はずっとここにいますよ」
「そ、そうだよね。
ごめん、いきなり変なこと聞いて」
一颯の言葉を聞いても、愛奈の表情は晴れない。
彼女は何かを気にしているのだろう。
「何か気になることがあるなら教えてください。
なんでも答えますよ」
もぞもぞと布団から這い出て、愛奈に向き合うように正座をする。
ちょうど眠れなかったところだし、
たまにはこうして静かに話し合うのもいいだろう。
「その、おにいちゃん、よく私の教科書を読んでいるでしょ。
いつもお店でずっと働いているけど、本当はもっと別の人生を歩みたいと思っているんじゃないかって。
この店を出て、勉強して、もっと良い暮らしをしたいんじゃないかって。
それに、今日だって自分を差し出していいだなんて。
私たち家族でしょ?
まるで私たちと離れてもいいような言い方、悲しいよ」
愛奈がぎゅっとパジャマの端を握りしめる。
声が少し震えていた。
愛奈がそんなことを考えていたなんて、知らなかった。
「なるほど、愛奈の気持ちはよく分かりました。
安心してください。
教科書を借りて読んでいたのは、ただ単に学校でどんなことを教わっているのか気になっただけです。
勉強して独立しようなんてまったく思ってません」
「……ほんと?」
愛奈の瞳が、少し潤んでいる。
「それに、今日の発言は家族だからこその発言です。
店長と愛奈には幸せになってほしいですから。
僕にできることなら何だってします」
一颯はそう言って微笑むが、愛奈はまだ納得しきれていないようだった。
「そ、そうだったんだ。
でも、やっぱり今日の発言は許せないよ。
だから約束して」
愛奈が、一颯をまっすぐに見つめる。
「もう二度と、ああいうことは言わないで。
あと、これからもずっと一緒にいるって約束して」
愛奈が頬をあからめながら小指を突き出してきた。
どうやら、指切りげんまんをしたいらしい。
一颯は苦笑しつつ、そっと自分の小指を絡めた。
「約束します。
これからも、店長と愛奈と僕の3人で生きていきましょう」
指を結び合ったまま、愛奈の頬がさらに赤く染まる。
ほんの少し、彼女の表情が和らいだ気がした。
愛奈が機嫌を治してくれて良かったと思いつつも、
一颯は心の奥底で罪悪感を感じていた。
きっと、この約束は守ることはできないと、
不吉な予感が胸の中に広まっていたから。
==========
騒動があった次の日の16時41分。
彼らは突然やってきた。
「撃て」
ーーーバンバンバンッ!
突然の銃声とともに、店のガラスが粉々に割れた。
店内にいたお客様が大きな悲鳴をあげる。
「全員、突入せよ」
ケープを羽織った制服姿の男たちが、
号令に合わせて一斉に店内へ押し入ってきた。
特別警察。
庶民にとって恐怖の対象である彼らが、
店内にいる人々に銃口を向ける。
「よし、お前、説明してやれ」
ゆっくりと店に入ってきた見覚えのある金髪の男が、
聞き覚えのある声で警察官の1人に命令した。
「はっ。
この店にテロリストが潜伏しているとの通報を受け、捜査令状が出ている。
ただいまより捜査を開始する。
店員、および関係者は全員、その場で待機せよ。
抵抗は一切認めない」
金髪の男に命令された男が、機械的にそう告げる。
「そういうわけだ、テロリストくん」
金髪ヤンキーは一颯を見据えながら、ゆっくりと口元を歪めた。