第ニ章・14話 〜提案〜
「答えを聞かなくても、表情を見ればまる分かりだな。
これは忠告だが、君がこれから足を踏み入れる世界は『正直者がすべてを奪われる』、救いようの無い弱肉強食の世界だ。
そんなんじゃ、何も守ることはできないぞ。
自分自身も、たった1人残った家族も」
東の言葉で、一颯は我に帰る。
ずっと探していたお姉さんの写真を見せられて、思考が停止していた。
「そんなに表情に出ていましたか?」
「ああ、『この顔にピンときたら110番!』に知り合いが載っていたぐらいの驚きようだったぞ」
「めっちゃ驚いてますね」
たしかに、それくらいの衝撃を一颯は受けていた。
お姉さんと出会えたから今の自分があると思えるほど、
一颯にとって、お姉さんの存在は大きかった。
「すでに表情でお伝えしましたが、
その写真の方とは一度お会いしたことがあります。
とてもお世話になったので感謝を伝えたいのですが、
今はどちらにおられますか?」
「すまないがそれはできない」
一颯は眉をひそめた。
これほどあっさり拒否されるとは予想していなかった。
「それは、どうしてですか?」
「彼女の存在は、この世界から完全に抹消されているんだ。
だから、俺も詳しいことは分からない」
(完全に抹消?)
死んだというのとは、何か違う響きだ。
戸籍や記録から消されたのか、それとも別の意味なのか?
「完全に抹消って、お姉さんは何をしたんですか?」
「さぁ、な。
俺にも分からん。
だが、俺以上の権力者になれば分かるかもしれない。
彼女の居場所さえも、な。
そこで、提案があるんだ」
言葉と同時に、東はゆっくりと身を乗り出した。
軽薄な笑みを浮かべてはいるが、
その目の奥には明確な意図が宿っている。
一颯の胸に、警戒心が広がった。
この男の「提案」が、まともなものであるはずがない。
「不知火一颯。
お前、俺の養子になれ」
あまりにも唐突すぎる提案に、一颯はポカンとしてしまう。
それでもなんとか言葉の意味を考えて、回答を導き出した。
「嫌ですよ。
僕の父親は店長だけです」
東が何を企んでいるのか知らないが、
養子になるなんて選択肢は欠片もなかった。
そもそも、一颯はこの男のことがあまり好きじゃない。
「まぁ、話を聞け。
これは君のためでも、愛奈ちゃんのためでもあるんだ」
「どういうことですか?」
「知らなかったかもしれないが、
君が殺した天士くんは金剛家の正当な後継者だったんだ。
当然、金剛家はバチギレ。
将来の大黒柱を殺された挙句、相手は劣等非民だなんて、
前代未聞の大事件だ。
家紋に人間以下の獣の糞を塗りつけられた借りを返すために、君を引き渡せという電話がひっきりなしに鳴っている」
「あの、人間以下の獣って僕のことですか?」
「俺はそんなこと思っていないぞ。
向こうが言っていることだ。
個人的には、敗者が何言ってんだと思っている」
東は肩をすくめながら、心底どうでもよさそうに言った。
「話を戻そう。
このまま君や愛奈ちゃんを解放したら、
あいつらは必ず、君たちに仕返しをする。
あいつらがこれまでしてきた以上の方法でな」
東の声が、少し低くなる。
一颯は拳を握った。
その未来が簡単に想像できてしまい、
暗く、それでいて燃え上がるような感情が湧く。
「そうならないために、養子になれと。
そう言いたいんですね」
「そうだ。
もちろん、愛奈ちゃんも一緒に養子になってもらう。
君が提案を飲めば、2人とも助かるし、
俺の養子として出世街道に乗れば、
君の恩人についても、何か分かるかもしれない」
東の庇護下に入れば、金剛家も簡単には手を出せない。
風神家の者に手を出すことは、帝国そのものを敵にするのと同義だから。
さらに、
東の権力を使って国の中枢に入ることができれば、
あのお姉さんのことを知ることができるかもしれない。
東の提案は思っていたよりも合理的で良いものだった。
だからこそ、気になる。
「見返りはなんですか?」
東は軽薄そうに見えて、
裏で策を張り巡らせるタイプの非常に計算高い男だ。
何を見返りとして欲しているのか分からないうちは、
安易に首を縦にはふれない。
「いい質問だ」
そう言って、東は椅子の背にもたれかかる。
その状態で一颯をじっと見つめながら、
人差し指を1本、立てて言った。
「俺が一颯くんに求めるのは1つだけ。
君が将来、何を成し遂げるのか。
それを最前列で目撃して、時には当事者になりたい。
それだけだ」
なんとなく分かりそうで、いまいちピンとこない。
そんな回答だった。
「つまり、どういうことですか?」
「分からないか。
じゃあ、少し昔話をしよう。
およそ80年前、
1人の男が、地獄の商人ととある契約を交わした。
その契約の内容はこうだ。
『お前が所有する命と引き換えに、莫大な魔力を与える』。
男は地獄の商人と取引することで、
先の大戦で敗北寸前だったこの帝国を、大勝利へ導いた。
その男が誰なのか、分かるよな?」
一颯は、その男を知っていた。
正確には、男が悪魔と契約したことは知らなかったが、先の大戦の立役者が、命を魔力に変える術式を持っていることは周知の事実だった。
この国に生きる者なら誰もが、いや、もしかするとこの世界のすべての人間が、その男の名を知っているかもしれない。
彼こそが、この大東陽帝国のすべてを握る存在ーーー。
「将軍様、つまり風神京秋様ですか?」
東は口角をわずかに上げながら頷く。
「そうだ。
俺の偉大なる曾祖父、風神京秋は、自らの家族や家臣の命を悪魔に売り渡すことで、この世界の歴史を大きく捻じ曲げたんだ」
一颯は、ただただ圧倒されるしかなかった。
この国の成り立ちの裏に隠された真実の重さを思い知らされる。
「将軍様も悪魔と取引をしていたんですね」
「一部の関係者しか知らない話だがな。
この世界に生きるほとんどの人間は、
悪魔が実在すること自体知らない。
まぁ、誰かがこのことを世間に公表したとしても、
陰謀論で片付けられて終わりだろうがな」
東は椅子の肘掛けに肘をつきながら話す。
普通なら、悪魔の存在など信じられない。
だが、一颯は実際に悪魔と出会ったことがある。
東の言葉がただの作り話ではないと理解できた。
そして、先ほど東が言った「見返り」の意味も理解できた。
「なんとなく、東様の言いたいことが分かりました。
将軍様と同じように悪魔と取引をした僕が、
この世界の歴史をどう捻じ曲げるのか、間近で見たい。
見返りとは、そういうことですね」
一颯は東と出会ってまだ日が浅いが、
なんとなく、東がどんな人物か掴めていた。
自身が面白いと思ったものにはとことん執着し、
何がなんでも自分の手中に収めようとする男。
だが、そのやり方は決して強引ではない。
無理やり力でねじ伏せるのではなく、
相手が自ら歩み寄るよう仕向ける。
それが彼のやり方だった。
一颯に対する今回の提案は、
「面白い未来を手に入れるための投資」なのだろう。
「察しが良くて助かる。
それが、君や君の家族を庇護する理由だ。
君は俺の庇護のもとで、なすべき事をなせばいい。
俺はそれが見たいし、君が紡ぐ歴史の当事者になりたい。
見返りはそれだけだ」
「別に僕は歴史を変えようだなんて思っていませんよ。
僕の目的は相変わらず、特別警察長官の殺害です。
愛奈に手を出す可能性のある奴らには消えて貰います」
(そしてその後は‥‥‥)
一颯はすべてを終えた後のことを考える。
できることなら、愛奈と一緒に再び生きていきたいが、
人を殺した犯罪者が側にいるのは、彼女の人生にとって良くないだろう。
「それで構わないが、
金剛家の現当主を殺したところで、
愛奈ちゃんが安全になる保証はまったくないぞ。
金剛家にとって、これは面子の問題なんだ。
本気で争い始めたら、
どちらかが完全に滅ぶまで殺しは止まらない」
東は続けて言う。
「君が俺の提案を飲むのが最も手っ取り早く、
かつ、確実に愛奈ちゃんを守ることができる方法だ。
今回の騒動は、俺が始末をつける。
君は、自分の力で愛奈ちゃんを守れるくらい強くなれ。
あの子のおにいちゃんなんだろ?
だったらちゃんと冷静になって、なすべきことを考えろ」
一颯は黙り込んだまま、拳をぎゅっと握りしめた。
東の言葉は、至極まっとうなものだった。
自分だけでなく、愛奈も、
もう、あの頃のような生活には戻れないのかもしれない。
だとすれば、
東の言うように、彼女を守らなければならない。
自分は店長の代わりになる必要がある。
果たして、
自分の力だけで愛奈を守れるのか。
答えは明白だ。
まだ足りない。
自分はまだ、戦う力も、守る力も、
何もかもが足りていない。
ならば、選ぶべき道は。
一颯は、静かに顔を上げ、東を真正面から見据えた。
「‥‥‥分かりました。
僕が一人前の男になるまで、ちゃんと愛奈を守ること。
あと、店長の墓を用意して、ちゃんと弔うこと。
この2つを約束してくれるのなら、
僕はあなたの養子になります」
「自分自身に関する要望はないんだな。
分かった、約束しよう。
契約成立だ。
これからは、俺が父親だな」
東が握手するために手を伸ばす。
「さっきも言いましたが、僕の父親は店長ただ1人です。
まぁ、でも、よろしくお願いします」
東の掌の上で転がされているようで気は進まない。
それでもお世話になるのはたしかなので、
一颯はその手を握った。
めっちゃキリがいい(タイトル回収)(三連休最後)ので、なろうでの連載はこの話でラストとさせていただきます!
6万字弱と、ちょうど良い長さの作品になったのではないでしょうか?
今後もゆっくり執筆させていただきますので、また出会えたらよろしくお願いいたします!




