第ニ章・13話 〜再会〜
身体がだるい。
まるで、錘を全身に纏っているようだ。
体を無理に動かそうとするが、
ーーージャラジャラ、ジャラジャラ。
まったく身動きができない。
「お、起きたか?」
嫌悪感を覚える男の声がした。
「んん‥‥‥」
一颯は自分が気を失っていたことに気付いた。
重たい瞼をゆっくりと開けると、
「やぁ、おはよう」
公園で死闘を繰り広げた、あの男が目の前にいた。
目が合った途端、
ーーージャラジャラジャラッ!
一颯は男をぶん殴ってやろうと、前のめりになる。
しかし、頑丈な鎖で全身を拘束されており、男に近づくことができなかった。
「寝起き早々、威勢がいいな」
男は笑いながら言った。
むかつく。
(だったら、)
鎖で拘束されているなら、焼き切ってしまえばいい。
一颯は術式を発動する。
しかし、魔力が思い通りに動いてくれない。
正確には、体内にある魔力が外へ放出されないので、術式を発動することができない。
「無理だよ。
その鎖で縛られた者は、体外へ魔力を放出することができなくなる。
破るには闘気で肉体を強化して引きちぎるしかない」
「じゃあ、そうします」
一颯は言われた通り、全身に闘気を張り巡らせ、鎖を引きちぎろうと力を入れた。
ーーーギチギチギチッ!
鎖がものすごい音を立てて軋む。
バチン、バチンと鎖の輪が何個か音を立てて千切れた。
「おい、マジで破ろうとすんなよ!
それ、すごく高いんだぞ。
ちょっと待ってろ、今、お前の妹を連れてくるから」
男はそう言って立ち上がると、慌てて立ち去る。
束の間の静寂が訪れた。
(愛奈は無事なのか?
それなら良かった)
男がいない間に鎖を引きちぎって自由になっておこうとも考えたが、本当にやめて欲しそうだったのでやめておく。
もちろん、愛奈が無事でなかったら秒で壊すが。
とりあえず、一颯は周囲の状況を確認する。
まず目に入ってくるのは、鉄格子。
レンガ造りの質素な箱部屋の正面に、しっかりと取り付けられている。
完全に牢獄だ。
次に、しっかりと周りを観察する。
掃除は行き届いているようだが、ところどころに赤黒いシミがある。
(血‥‥‥ではないな、うん。
誰かがハンバーガーのケチャップをこぼしたんだろう。
‥‥‥ん、あの白いカケラ、もしかして歯じゃない?)
そして一颯は、考えるのをやめた。
ーーーガチャ。
そうこうしていると、遠くから扉を開く音が聞こえた。
「おにいちゃん!」
一颯はほっと一安心する。
ひとまず、愛奈は無事だった。
一颯を見つけた愛奈は勢いよく駆け出すと、
ーーーバチン!
一颯の頬を思いっきり引っ叩いた。
「「え?」」
一颯と男の疑問符がハモる。
「どうして私を置いて行っちゃったのよ!
ずっと一緒にいるって約束したじゃない!」
ーーーバチンバチンバチン!
容赦ない往復ビンタが一颯の頬を赤く染める。
すでに4連続入った。
「ちょっと、僕今すっごく怪我してるんです!
ボロボロなんです、勘弁してください!」
(って、あれ、怪我が全部治ってる。
肩に風穴空いてるはずなのに、痛くない。
って、今はそんなこと気にしてる場合じゃない!)
「勘弁するわけないでしょ!
置いて行かれた私の気持ち、おにいちゃん分かる!?
分からないよね!
置いてった側なんだから!」
ーーーバチン!
5回あたった。
と思ったら、愛奈はもう一度、手を大きく振りかぶった。
(南無三!)
大きいのが来るのを見越して、一颯は目を瞑った。
「‥‥‥もう会えないと思ったじゃんか」
だが、予想に反して6発目は来なかった。
代わりに待っていたのは、優しい抱擁だった。
首元に抱きついて大泣きする愛奈の頭を摩ってやりたいと思ったが、腕は鎖で繋がれている。
一颯は、言葉をかけることしかできなかった。
「1人にしてしまったこと、謝ります。
ごめんなさい。
それと、無事で本当に良かったです」
「うん、おにいちゃんも無事で本当に良かった」
こうして、2人は再開することができた。
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「それで、この男の人はいったい誰なんですか?」
愛奈との抱擁が一通り済み、鎖を解かれた後、
一颯は一部始終を見られた恥ずかしさを隠すために、話題を変えた。
「おにいちゃん、知らないの?
風神東様だよ。
ほら、県知事の」
(風神東‥‥‥あぁ、どうりで見たことあると思った。
ん、だとしたら、僕、めっちゃ無礼働いてない?)
「こ、こんにちは、東様。
先ほどは大変失礼な態度をとってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
この国には、知事に無礼を働いたからと言って、刑罰を与えるような法律はありませんよね?」
「そういえば無かったな。
ちょっと十音花ちゃんに言って、大至急作ってもらうわ」
「本当に申し訳ございませんでした」
「冗談だよ。
というか、君をわざと怒らせようとしたのは俺だし」
(確かに、目隠しされる愛奈の写真を見せて、
僕を怒らせようとしたのはこの男の方だ)
ちなみに、目隠しは加工アプリで付け足したらしい。
悪趣味極まりない。
「確かにそうですね。
じゃあ、謝罪を撤回します」
「おお、切り替えが早いね。
嫌いじゃないよ、そういうの」
一颯の反抗心を意に返さず、東は余裕の笑みを返す。
「東様は、おにいちゃんや私を善意で助けてくれたんだよ。
おにいちゃんの傷も治してくれたし。
ちゃんと感謝しないと」
公園での激闘を知らない愛奈にとっては、
東は自分たちを救ってくれた救世主なのだろう。
騙されるな、コイツけっこう悪いやつだぞ。
そう思ったが、一颯は一応、頭を下げておいた。
「いいよいいよ、気にしなくて。
じゃあ、色々と誤解も解けたことだし、
そろそろ本題に入ろうか。
愛奈ちゃんは、さっきの待機室に戻っていて。
一颯くんと、1対1で話し合いたいんだ」
声のトーンは変わっていないが、
明らかに東の雰囲気が変わった。
この雰囲気の変化は魔力的なもので、
魔力を感じることができない愛奈はそれに気付かない。
これからする話し合いの重要性を一颯だけに伝えるために、あえて言葉以外の方法を用いたのだ。
「じゃあ、おにいちゃん、上で待ってるから」
「はい、すぐに行きます」
愛奈が去っていくのを確認した後、
一颯は東と向き合った。
「それで、話とはなんでしょうか?」
「いくつか質問があるのと、1つ提案がある。
質問にはちゃんと答えてほしいのと、提案はほぼ強制。
君のためにも、愛奈ちゃんのためにも受け入れるべきだ」
「質問も提案も、聞いてから考えます」
「まぁ、いいだろう。
じゃあ、1つ目の質問。
一颯くんが固有術式を手にした経緯について、
悪魔から買ったって聞いたけど、それは本当の話かな?」
「愛奈から聞いたんですか?
確証はないですけど、術式を売ってくれた怪物が自分のことを地獄の商人、いわゆる悪魔だと言っていました」
「ふむふむ、なるほど、地獄の商人か。
じゃあ、次の質問。
一颯くんが固有術式を買うために払った代償を教えて欲しい」
「それは、教えません」
「答えたくないかもしれないけど、けっこう重要な質問なんだよね。
そういえば、一颯くんは昔、火事で母親を亡くしているね。
でも、当時の報告書によると、誰も母親の遺体を確認していないようだ。
母親の死を見たのは一颯くんただ1人らしい。
となると、遺体は今もそこに眠っているのかな?
いくら不法占拠者だからといって、遺体をそのままにするなんて、役所仕事はずいぶんと杜撰だな。
俺が部下に命じて、ちゃんと埋葬してやろうか?」
(この男、ほんとうに性格が終わってるな)
優しげな口調、どこか気遣うような仕草。
まるで本当に一颯のことを思って言っているかのようだった。
だが、その目だけは違った。
感情を一切含まず、静かに一颯の反応を観察している。
まるで、実験動物の動きを分析する研究者のように。
男はもう、答えに気づいているのだ。
「気を遣ってもらわなくて大丈夫です。
ちゃんと自分の手で埋葬しましたから」
「そう、それなら良かった。
じゃあ、最後の質問。
この人、知ってる?」
東はそう言うと、ポケットから1枚の写真を取り出した。
枝垂れ桜を背景に、1人の少女が写っている。
後頭部で1つにまとめられた光沢のある艶やかな黒髪。
あの時とは違う服装だけれど、優しい微笑みは記憶と何1つ変わらない。
一颯は息を呑んだ。
写真に写っていたのは、紛れも無い、あの日出会ったお姉さんだから。




