第一章・12話 〜終幕〜
「なぁ、いい加減やめないか?
この術式、すごく煩いんだよね」
一颯は先ほどから絶え間なく斬撃を飛ばしているが、男は特別な動作をすることなく、そのすべてを防いでいる。
(完全自動で、攻撃を無効化する術式。
そのタネはあの刀にあるんだろうけど、どうやって攻略すれば良いかまったく分からない)
「愛奈を解放して、尚且つ、僕が長官を殺すのを黙認してくれるなら、喜んでやめますよ」
「ぜんぶ却下」
「じゃあ、死んでください」
意味がないと分かりながらも、一颯は斬撃を繰り返す。
なんとか、この術式の弱点を見つけなければ。
「そろそろ俺も動き出すか」
瞬間、男は一気に距離を詰めて、一颯を殴り飛ばした。
一颯は咄嗟に左腕でガードしたものの、殴られた箇所が赤く腫れ上がる。
ただでさえ、右腕は銃傷のせいで動かせないのに、左腕まで使えなくなったらかなり不利になってしまう。
「もう一発」
男は再度、腕を振りかぶった。
それに合わせて、一颯もガードする姿勢をとる。
だが、男は腕を振りかぶったまま一颯のガードをすり抜ける形で、一颯の腹部を思いっきり蹴り飛ばした。
「がはッ」
想定外の一撃を食らった一颯は体勢を維持できず、後方へ大きく吹き飛ばされた。
公園に設置されたモニュメントに勢いよくぶつかる。
「おいおい、まさかもう終わりじゃないよな?
いくら優秀な術式を持っていても、術者に戦闘センスがなかったら宝の持ち腐れだぜ」
(僕の斬撃をすべて防いでおいて、よく言えるな。
全自動で防御とか、相手の戦闘センス関係ないじゃん)
たった1人残った家族を救うためにも、
このまま倒れるわけにはいかない。
激痛を訴える腹部を押さえながら、一颯は立ち上がる。
(今の想定外の一撃は、かなり効いたな。
なんとか一発、虚をついて一撃加えてやりたい。
ん、待てよ。
虚をつくか‥‥‥試してみる価値はある)
『灼斬鋏』
一颯は、モニュメントの土台部分に切り込みを入れた。
「ん、何やってんだ?」
「これですか?
こうするんです」
一颯はモニュメントに自身の闘気を大量に流し込んだ。
『闘気纏与』と呼ばれるこの技術は、武器使いが自身の武器を強化する時に使う基礎的な技術である。
闘気を纏ったモニュメントは、強度を一気に増す。
(よし、これだけ強度をあげておけば大丈夫だ)
次に一颯は、ジャンプしてモニュメントの裏側に回った。
そしてそのまま、
「せーのっ!」
男めがけて、モニュメントを勢いよく蹴り飛ばした。
闘気を纏ったモニュメントは形を保ったまま、男を押し潰さんと突き進む。
「なるほど、物体なら防げないと考えたのか。
残念だが、魔術も物体も同じだ」
ーーーゴロゴロゴロッ!
再び、雷鳴が轟く。
攻撃を無効化する術式によって、モニュメントが爆散した。
粉々になったモニュメントが爆風にのって散乱する。
「ん、あれ、どこ行った?」
視界を遮っていたモニュメントが消えた直後、男は違和感に気づく。
いつの間にか、一颯の姿が消えていた。
そして次の瞬間、
『灼斬鋏』
背後で微かに風が揺らいだのを感じ、男は咄嗟の判断で飛び退いた。
その直後、男がいた空間を灼熱の斬撃が切り裂く。
間一髪のところで、男は命拾いした。
(あと少し遅かったら、完全に真っ二つにされていた。
手を抜きすぎると、普通にやられるな)
男の額を冷や汗が伝う。
一颯は、いつの間にか男の背後に移動していた。
モニュメントの影に隠れて、男の死角へと回り込んでいたのだ。
「今、避けましたね?
意識外からの攻撃は防御できないのが、あなたの術式の弱点です」
「いいね、よく気がついた。
もう少し正確に言うと、術を発動するには相手を視界に入れておく必要があるっていうのが正しいかな。
だから、複数人で来られると結構厳しい」
男はあっさりと術式のタネを明かした。
「今度は絶対に当てます。
その前に、愛奈の居場所だけ教えて貰えませんか?」
「んー、どうしようかな」
男は周囲を見渡す。
戦闘が始まってからすでに10分以上が経過し、騒音を聞きつけた住民たちが公園に集まり出した。
中には、警察の制服を着た者もいる。
伝令術式を使って、応援を呼んでいるところだ。
そろそろ、潮時らしい。
「まぁ、だいたい現状の実力は分かったかな。
初めての戦闘にしては、上々と。
『解錠・虚空大蔵』」
男は再び、漆黒の門を生み出した。
『霊華尸餐・夜去緋扇』
『ぬばたまの 夜を待つまに 恋ひわびて
わが黒髪は 夜をやどせる』
門の中から1本の黒刀が現れる。
艶やかな黒髪を想起させる、真っ黒で光沢のある刀身。
男がその刀を手にした瞬間、公園のはるか上空に、巨大な女性の生首が姿を現した。
生首は男をじっくりと見つめるように下を向いており、垂れた黒髪が公園を覆い尽くす。
公園内を真っ暗闇が支配した。
視界を奪われてしまったら、攻撃を当てることはおろか、逃げることさえできない。
光がまったくない真の暗闇に飲み込まれた一颯は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「目が覚めたら、今度はちゃんと話し合おう」
耳元で男の声がした瞬間、急速に意識が遠のき、一颯は深い眠りへと落ちていった。
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夢の中。
「腹立たしい、実に腹立たしい」
異形の怪物が一颯に語りかける。
「‥‥‥僕は、負けたんですか?」
「あぁ、しかも、お前と同じ契約者にな。
武器商のやつめ。
余のいぬ間に、着実に契約者を育てておった」
怪物は、一颯の理解できない独り言を呟く。
というかそもそも、
この怪物が何者なのかさえ、一颯は知らない。
あの日突然現れ、一颯に『術式』を売った地獄の商人。
六眼六翼六臂の悪魔。
まさに異形の怪物だ。
一颯がこれまでに見たどんな存在よりも、
禍々しく、悍ましく、ーーーそれでいて神々しい。
成人のおよそ3倍ほどある長身の体躯。
骨張る、というより骨が剥き出しの痩せこけたその容貌は、漆で塗膜されたような光沢のある朱色をしており、どこか無機質で作り物じみている。
僧侶が身につける腰衣の下から覗く二本の足は、骨と皮しか無いにも関わらず、泰然と地面を踏みしめており、それを動かすことは、誰にも叶わぬように思える。
剥き出しの肋骨、その横から生えている三対の腕。
一対は天を優しく支えるように掲げられており、
一対は何かを祈るように胸の前で合わせられており、
一対は力を溜めるように下腹部の前で印を組んでいる。
異形の背後に揺蕩う六つの翼は、肩から生えているわけではなく、独立して宙に浮いている。
首から上にあるのは竜の頭蓋骨。
眼窩は異様に増殖し、6つの眼球が埋め込まれている。
6つの視線は別々の意志で周囲を見渡していた。
常識から逸脱した姿なのに、不思議なほど違和感がない。
この怪物を正確に象って像にすれば、帝国随一の国宝になるだろう。
そう思わせるほどに、この怪物の容姿は荘厳で、同時に人智を超えていた。
「僕はどうすればあの男に勝てたんですか?」
「無理だな。
あやつとお前では、練度に差がありすぎる。
あの日、お前は鬼として生きることに恐れをなし、人として生きる道、人間道へ引き返した。
それから5年もの歳月を無為に費やしたのだ。
勝てるはずもない」
怪物は冷たく言い放つ。
自身の期待を裏切った一颯を非難するように。
「恐れをなした、というのは否定できません。
あの日、自分が自分でなくなる恐怖に耐えられず、術式を封印したのは事実ですから。
ですが、家族と過ごした時間を無駄だとは思いません。
2人と過ごした日々は、僕にとって大切な思い出です」
そう言いながら、
一颯は自分の選んだ道を心の底から肯定していた。
あの日、名前も知らない優しいお姉さんと出会い、
過去の男にいつまでも囚われ続けた愚かな母親と訣別し、
店長や愛奈と共に暮らすようになって、
一颯はようやく「人」としての生き方を知った。
辛く苦しい運命から解き放たれ、
笑い、励まし、支え合う日々を得た。
それは確かに幸福であり、彼にとって守るべきものになった。
だが目の前の怪物は、そんな一颯の幸福をあざ笑うように言う。
「お前がいなければ、その家族とやらも不幸な目に遭わずにすんだのにか?」
心臓が止まったような衝撃が走った。
確かに、自分がいなければ店長も殺されることはなかった。
愛奈も、巻き込まずに済んだ。
その現実を突きつけられ、何も言い返せない。
そんな一颯に、怪物は畳み掛けるように言葉を重ねた。
「お前が鬼になる道を選べなかった理由を教えてやる。
それは、お前が母親を殺したことを後悔しているからだ」
「‥‥‥それは、違う。
あの日、母親を殺したことも、
今日、店長を殺した上級国民たちを殺したことだって、
僕は後悔していない。
過去に戻ってもう一度やり直せるとしても、
僕は同じ選択をする」
「同じ選択ができることと、後悔がないことは別の話だろう。
まぁいい。
いつかお前も、自分自身と向き合わねばならぬ時が来る。
その時に、否が応でも思い知らされるであろう。
‥‥‥そうだな。
先ほど、余は「お前ではあの男に勝てない」と言ったが、それは間違いだった、訂正しよう。
1つだけ、お前があの男を凌駕する方法がある」
「‥‥‥なんですか、それは?」
怪物はその悍ましい顔を一颯の耳元にぐっと近づけ、
一颯にしか聞こえない小さな声で囁いた。
「ーーーー。」
「そんなことできるはずないだろ!」
怪物の答えは、到底受け入れられるものではなかった。
一颯は怪物を拒絶するように睨みつける。
「いいや、お前はそれをする。
なぜなら、お前は余に選ばれたからだ」
怪物は自信に満ちた声音で言い放つ。
まるで、その光景を未来で見てきたかのように。
そして一颯の額へ、人差し指を突き立てた。
夢の中の出来事のはずなのに、尖った爪が皮膚を割る痛みは、やけに生々しく感じられた。
「目が覚めたら、お前はここでの会話を忘れているだろう。
だから、余の真名を教えてやる。
余は、三世実有の法にして、不条理の上の不条理。
余は、原初より存在し、末法の世で永遠の落日を齎す者。
余は、ディアボロス=サタナエル=ナハシュ」
怪物が自身の名前を口にした瞬間、
怪物と一颯しか存在しなかった暗黒の世界に、
無限の業火が地平線の彼方まで燃え広がり、
溶岩のように沸き立つ地面から、
那由多を越える死者が姿を現した。
死者たちは悶え苦しみながらも、
大いなる存在に平伏し、
赦しを乞うように讃歌を叫ぶ。
「邪なるかな、邪なるかな、邪なるかな。神の反抗者であられる主、暗闇の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られるお方」
「主よ、我らの支配者よ。あなたは、悲劇と堕落と破滅を与えるにふさわしいお方です。あなたは真理を破り、あなたのみこころゆえに、世界は陰り、また、閉ざされたのですから」
これにて第1章は完結です!
ここまで読んでくれた読者の皆様、誠にありがとうございます!
ぜひ、ブクマと★評価をよろしくお願いします!




