第一章・11話 〜邂逅〜
現在、小宮は一颯に抱えられながら、ビルからビルへ高速で移動している。
てっきり殺されると思っていたが、これは一体どういう状況なのか?
「ちょっと、道案内をして貰いたくて。
僕、警察本部に行きたいんですけど、詳しい場所を知らないんですよね。
だから、人質兼案内人として、ご同行して貰います」
「はぁッ、どうして俺なんだよ!?」
「だって、僕を撃ったでしょ?
けっこう痛かったので、腹いせに捕まえてやろうかなと。
あとは‥‥‥いや、これはいいです」
「お前、俺の身長が低くて持ち運びやすそうと思っただろ!」
「え、そ、そんなこと、ないですよ」
一颯はしどろもどろに答える。
小宮の勘は当たっているようだ。
チッっと舌打ちをする。
「本部に行って何をするのか知ったことじゃないが、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
裏切り者扱いされたくないし、俺は教えないぞ。
分かったら俺を解放して、潔く自首しろ」
「嫌ですよ。
自首したら意味もなく処刑されるじゃないですか。
ーーーって、なんだこれ!」
一颯の飛び移った先のビルの屋上に、腰まで浸かる巨大な水溜りができていた。
気付かず入水し、2人ともずぶ濡れになる。
その瞬間、
「かかったな、『水錮鉢』」
ビルの物陰に隠れていた警官が、術を発動する。
すると、水溜りが巻き上がりながら一颯たちを囲い込み、そのまま金魚鉢の形を形成した。
(あいつ、俺まで巻き込みやがって!)
大量の水に囚われた2人は、自由に動くことも息をすることもできない。
一颯はともかく、見捨てられた形になった小宮は、心の中で同僚に不満を叫ぶ。
しかも、罠を仕掛けていたことを知らされていなかったので、捕まるまでにあまり息を吸えなかった。
水に囚われて5秒も経っていないが、すでに苦しい。
「天士坊ちゃんの仇を捕まえたんだ。
これで俺も昇進できるな。
小宮、悪いが犯人が気絶するまで、じっとしていてくれ」
罠を仕掛けた警官が、物陰から姿を現す。
もう捕まえたも同然と安心しきった様子で、腰に手を当て高みの見物を決め込んでいる。
確かに、水錮鉢は発動の難易度に比べて強力な術だ。
囚われたら、基本的に抜け出す術はない。
より強力な魔力で水の支配権を上書きするか、高火力の魔術で纏わりつく水を吹き飛ばすしかない。
最善の対抗策は、そもそも捕まらないことだ。
だが、一颯にとって、こんなものは割れやすい水風船と対して変わらない。
(バカ、姿を現すな!
こいつに魔術は通用しない!)
『灼斬鋏』
水でできた金魚鉢が、焔光を乱反射しながら砕け散る。
術式を焼き切られて統率を失った大量の水飛沫が、まるで通り雨のように降り注いだ。
「2階級特進したくないなら、邪魔をしないでください」
「へぶぅッ!」
一颯の蹴りをくらった警官が、悶絶しながら吹き飛ぶ。
屋上から落ちて死なないよう配慮はしたが、それでも痛みで立ち上がれない程度には重たい一撃が入った。
「ほら、言わんこっちゃない!」
予想していた通りの結末で、小宮が嘆く。
「大丈夫ですか?
苦しくありませんか?」
「あ、あぁ、おかげさまで、陸の上で溺れずに済んだ」
「そうですか、それはよかった。
あの、もしかして、小宮さんってあまり人質としての価値がない感じですか?
なんか、普通に巻き込まれましたよね?」
「ああ、誠に残念ながらな。
だから、早く俺を解放してくれ」
「そうなんですか、何だか世知辛いですね。
でも、安心してください。
小宮さんは僕が守りますから。
ですから安心して、僕を本部まで連れて行ってください」
「本部に行って何するのかは知らないが、そんなことしたら、俺が長官に殺されちまうよ」
「あ、それなら心配いりません。
僕が長官を殺すので」
小宮は耳を疑った。
一颯があまりにも普通に、人を殺すと言ったから。
「ん、いやいや、どういうことだ?」
一颯と出会ってまだ数分しか経っていないが、小宮自身は彼のことをそこまで悪い奴だとは思えていなかった。
普通に会話が成立するし、誰かを殺すような素振りも見せていない。
天士坊ちゃんたちを殺したのも、何か特別な理由があったのだろうと予想していた。
だが、小宮は考えを改めた。
自分を抱えて走っている青年は、紛れもなく殺人鬼だ。
普通の人は、呼吸をするように「殺す」なんて言えない。
「別に深い意味はありませんよ。
子が返しきれなかった分の代償を、父親に払って貰うだけの話です」
「代償って‥‥‥天士坊ちゃんはいったい何をしたんだ?」
「僕の家族を殺しました。
何の罪もない、劣等非民である僕にも愛情を注いでくれた心優しい僕の家族を、何の意味もなく殺しました」
一颯の語り口は、とても平坦だった。
まるで感情のこもっていない言い方が、逆に、内なる激情を物語っている。
「それが‥‥‥天士坊ちゃんとその場にいた警官全員を殺した理由なのか?
すでに7人も殺しているのに、まだ殺し足りないのか?」
「それは殺していい理由にはならない。
なんて言わないでくださいよ。
それが言えるのは、真っ当に生きている人たちだけです。
僕も、あなたたちも、それを言う資格はありません」
小宮は黙ることしかできなかった。
一颯の言っていることを間違っていると思えなかったし、かと言って、正しいとも思えなかったから。
そもそも、答えなんてきっと無いのだ。
「それで、ここから先はどう行けばいいんですかね?」
一颯たちは、いつの間にか警察本部のある筑馬市にいた。
ここから先の詳しい道のりを、一颯は知らない。
一颯の質問に、小宮はどう答えるべきか悩んだ。
正直に言うと、
小宮自身、金剛家に対して前々から不満を抱えていた。
特別警察に所属してから数年しか経っていないが、その数年間の間だけでも、両手の指で数えられないほどの人間が、金剛家の連中によって酷い目に遭っている。
その中には、すでにこの世にいない人も、心に一生残る傷を負った人もいる。
天士坊ちゃんが殺されたと聞いた時には、心の中で少しスカッとした気持ちが芽生えた。
金剛家の人間はどいつもこいつも、殺されても文句を言えないほどの前科がある。
そして、そんな金剛家の1番の巨悪が、筑馬県特別警察長官の金剛正宗だ。
長官は自分の職権を濫用して、身内の不祥事をすべて揉み消すとともに、自らも影で悪事を働いてきた。
個人的には、是非とも、天罰が降ってほしいと思っている。
だが、
「やっぱ、教えられないな」
小宮の答えは「ノー」だった。
「‥‥‥理由を聞いてもいいですか?」
「未来ある若者に、これ以上罪を重ねてほしくないんだよ」
確かに、金剛正宗は罰せられるべき人間だ。
だが、それは若者の仕事じゃない。
小宮は、これ以上この青年に罪を重ねて欲しくなかった。
「僕はいずれ処刑されます。
未来なんて無いですよ。
だから、死ぬ前にこの世界を少しでも良くしたいんです。
僕には、まだ1人家族がいるから。
少しでも彼女が生きやすい世の中になるなら、
僕は喜んで、悪魔になる」
小宮の思いは伝わったが、一颯も食い下がりはしない。
もしこのまま長官を生かしておけば、息子を殺された報復として、愛奈に危害を加える可能性がある。
そんなこと、絶対に許せない。
自身の怠惰によって、店長は殺されてしまったのだ。
もう、なりふり構ってる余裕なんてない。
「処刑されるかどうかなんて、まだ分からないだろ。
この国では強い奴が正義なんだ。
金剛家の正式な跡継ぎに勝てる奴なんて、そうはいない。
罰則は科されるだろうが、処刑はされないはずだ。
そうだな、沙縞県の長官は金剛家のことを毛嫌いしてるから、事情を話せば助けてくれると思う。
隣の県だし、お前ならそこまで逃げ切れるだろ」
小宮は一颯のことを思って提案をするが、それは一颯の望むものではない。
「ありがとうございます。
でも、僕にはもう、逃げる選択肢はありません。
やっぱり、長官は自分で探します。
迷惑をかけてすみませんでした」
一颯は抱き抱えていた小宮を地面に下ろし、頭を下げる。
そしてそのまま、たった1人で、当てもなく歩き出した。
「おい、本当に行くのかよ!」
「すべて終わったら、また小宮さんの前に現れます。
その時は、僕を捕まえて手柄を立ててください」
どうせ最後に捕まるのなら、相手は小宮さんが良い。
一颯はそう思いながら、小宮と別れて目的地へ向かった。
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(いや、思った以上に近かった!)
小宮と別れて15分が経過した。
今、一颯は広々とした公園の中にいる。
どうやら、この公園を抜けた先に警察本部があるらしい。
ふと見上げた道路標識にそう書いてあった。
警察の追手は来ない。
一颯としてはありがたいが、やや不自然だ。
完全に撒いてしまったのだろうか?
(まぁ、もうどうでもいいや。
早く終わらせて、小宮さんのところへ戻ろう)
もうすぐ、一颯の復讐は終わる。
唯一、1人残される愛奈のことが心配ではあるが、彼女は強い子だからきっと大丈夫だろう。
一緒にいてやりたいが、自分は犯罪者だし、何より、彼女の父親を守ることができなかった人間に、彼女と一緒にいる資格なんてない。
(つい昨日まで、あんなに幸せだったのに)
一颯は、店長や愛奈と過ごした日々を思い出していた。
火事の後、店長に引き取られて。
まだ幼かった愛奈の世話をしながら、店の手伝いもして。
その後すぐに、3人で貧民街から抜け出して。
新しくオープンしたお店で、昼間は店長と2人、夕方になって愛奈が帰ってきたら3人で店を回して。
すごく忙しかったけど、幸せだった。
まるで昔に戻ったみたいだ。
食料を盗んで大人たちに追われていた、あの頃に。
いや、一度幸せを知ってしまった分、今の方が辛い。
果たして、これ以上辛いことはあるのだろうか?
俯きながら歩いていると、
「お、やっと来たか。
君、一颯くんで合ってるよね?」
公園の中心部にある大きな噴水の縁に腰掛けていた男が、長いこと一颯を待っていたかのように声をかけた。
男は警察のものとは違う、より豪奢な正装を着ている。
身長も180センチほどあり、顔立ちもスタイルも整った爽やかな見た目をしている。
(ん?この人、どこかで見た気がする)
思い出せないが、きっとテレビに出ている芸能人の誰かしらと見間違えているのだろう。
「いえ、僕の名前は太郎です。
もうお家に帰らないといけないので、失礼します」
「そっちには警察本部しかないでしょ。
君の家は牢屋の中なのかな?」
(この男、絶対めんどくさい奴だ)
一颯は心の中でため息をついた。
自分の名前を知っているので、騒動の関係者であることは間違いないだろう。
幸い、警官たちのように、すぐに襲ってくる様子はなさそうだ。
とりあえず無視して通り過ぎよう。
「無視されるのは悲しいな。
なら、これを見ても俺を無視できるかな?」
男はそう言うと、ポケットからスマホを取り出し、一颯に向かって投げた。
(なんだ、いきなり?)
一颯はついついスマホを受け取ってしまった。
「これをどうすればいいんですか?」
「おいおい、スマホの使い方も知らないのか?
右上にボタンがあるだろ。
それが電源ボタンだ。
押して、画面を確認してみな」
一颯は言われた通り、電源ボタンを押す。
画面に光が灯り、スマホのトップ画面が映し出された。
「どうだ、少しは俺と話す気になったか?」
映し出されたのは、目隠しをされた状態で車に乗せられる愛奈の姿だった。
「(愛奈の居場所を吐くのに)脳と、口と、肺以外は、いらないな」
スマホが音を立てて砕ける。
一颯の瞳が、再び真紅に燃えた。
「やる気満々だな、大いにけっこう。
『解錠・虚空大蔵』」
激怒した一颯に答えるように、男も臨戦体制に入る。
男が手をかざすと、直径30センチほどの暗闇が現れた。
星の見えない夜空のような、吸い込まれるような漆黒。
暗闇の向こうは、一体どこへ繋がっているのだろうか。
『灼斬鋏』
男が何をするつもりなのかは知らないが、行動を起こす前に腕を切り落としてしまえば何もできまい。
一颯は躊躇なく、斬撃を飛ばした。
『霊華尸餐・鹿鳴野守』
『なるかみの とどろく荒野 いでし鹿
春日の神の しるしとぞみる』
斬撃が火を吹く寸前、
ーーーピシャーンッ!
雷が落ちたような、けたたましい轟音が鳴り響く。
雲ひとつない満月の夜に雷鳴が轟くのはとても奇妙なことであるが、一颯を驚かせたのはそんなことではなかった。
(斬撃が効いていない?)
すべてを切断する術式。
一颯は確かに、腕を切り落とすつもりで術式を発動した。
しかし、男の腕は未だ胴体と繋がっており、その手には一振りの刀が握られていた。
「ここまで煩かったのは久しぶりだな。
確かにこれなら、金剛家の鎧を破れるか」




