第八十二話 ヤーンの遺跡(一)
蜃気楼が頻繁に現れる大岩の所にキャンプを設営して、五日が経ちました。
フレディア達一行と、カルカラッサのギルドのメンバー達が参加し、総勢50名のかなり大掛かりなキャンプになっています。
日中はスターバーストを含むカルカラッサのメンバー達が、総出で蜃気楼の探索に当たっていますが、今日も探索は空振りに終わったみたいです。
帰ってきたギルドのメンバー達が、夕飯の支度を始めました。
「待っていると、なかなか現れないものだな・・・」
ハンクが大きなあくびをしながら、カレンに話しかけています。
「まったくだぜ!退屈でしかたがないよ!」
そういうカレンは、ブルートを枕代わりにして寝ころんでいました。
「おまえ、暇ならフレディア達の夕飯の支度でも手伝ったらどうなんだ?」
「他の女性たちはみんな手伝っているぞ?」
「さっき手伝いに行ったら、追い返されたよ!」
「ジャガイモの皮を剥かずに、そのままお鍋の中に入れただけなのに・・・」
(こいつ、戦闘以外はまるで使えん奴だな!俺でもジャガイモの皮ぐらい、ちゃんと剥くぞ!)
(いや待て、下手に料理を手伝わせて、不味くて喰えなくなってしまうと困るから、ここは謝っておこう)
「そ、そうか・・・。いらん事を言ったな、すまん・・・」
「ふふん!」
カレンはハンクが素直に謝ったので、ちょっと嬉しそうです。
夕飯の後は、みんな自由に寛いでいましたが、フレディア達女性陣は、ルナにお願いしてハープを演奏してもらっていました。
もちろんハープは『悲劇のハープ』ではありません。
ニコヤの遺跡で聴いたルナの素晴らしい演奏がもう一度聴きたくて、フレディア達がカルカラッサの町でハープを購入したのです。
星に手が届きそうな、砂漠の満天の星空の元で奏でるルナのハープの音色は、とても心に安らぎを与えてくれました。
望郷の念にかられる者、愛する人や家族の事を想う者、星に願い事をする者・・・。
それぞれが、思いのままに聴き入っています。
ハンクも目を閉じて、ルナの奏でる曲を聴いています。
そして、これまでの事を想いかえしながら、あの日ルナの幸せのために別れる決心をした時の事を考えていました。
本当に二人が別れる事が、お互いの幸せになるのだろうか・・・。
他にもっと違う方法があるのではないだろうか・・・。
いまハンクの心は、大きく揺れ動いているのでした。
翌日、探索に出ていた者から、蜃気楼発見の知らせが入りました。
キャンプ場から西に7キロメートル先という、とても近い場所です。
知らせを待ちわびていたフレディア達は、すぐに出発しました。
蜃気楼の前に立ったフレディアは、双眼鏡を出して遺跡の位置を確認しています。
「どう、フレディア。遺跡は見えるの?」
カーナが心配そうにフレディアに尋ねました。
「あるよ!カナちゃんも見る?」
蜃気楼の前にはムーンライトと、スターバーストを含む20名のカルカラッサのギルド員が見守っています。
カーナの確認が終わった後、フレディアが号令を掛けました。
「よ~し、いっくよ~!!」
「じゃあ、オレは行くから、ブルートの事はお前たちに任せたからな!」
「ひえ~!早く帰って来てくださいよ~」
スターバーストのズッコケ三人組は、泣きそうな顔でカレンを見送ります。
ライトブリーズとカレンが、蜃気楼のオアシスに向かって進みます。
以前はそこへたどり着くことが出来ませんでしたが、今回は違いました。
フレディア達はオアシスを越えて、砂漠の地平線に向かってどんどん進んで行きます。
蜃気楼の前でその様子を見守っていた面々でしたが、やがて五人の姿が地平線に消えてゆくと同時に、蜃気楼が消えてしまったため、キャンプへと戻って行きました。
蜃気楼の外から双眼鏡で遺跡を見た時は、小さな瓦礫の山のように見えましたが、近くで見ると立派な寺院のような建物でした。
ただ風化が進んでおり、壁に彫られた彫刻はあちこち剥がれ落ち、壁画の色も変色してしまい、さすがに年代を感じます。
入り口を進むと、中は広い空間になっており、ここは人々が礼拝のために集まる場所だったと推測されます。
今は色あせて見えなくなっていますが、天井には壮大な絵が描かれていたようです。
天井に近い大きな窓には、色鮮やかなステンドグラスが使われていたようで、今でも所々にその痕跡が残っていました。
そして圧巻なのは、周囲に何百体も並んでいる石像です。
神々と邪神との戦いを描いた彫刻で、そのどれもが複雑で繊細な技術で描かれています。
その大聖堂から通路は三方に別れていました。
正面の奥には大きな扉があり、その左右には地下へ降りる階段があります。
フレディア達は、まず正面の扉を開けて先へ進むことにしました。
ギギギギ・・・・ガ~ン!!
重い扉を開けると、真っすぐに回廊が伸びています。
長い回廊の両側には、神話を元にした神々の戦いの歴史を描いた、神や魔人の石像が並び立っていました。
そして真っすぐ行きあたった場所には、立派なレリーフが彫刻された門がありますが、その手前に水が満たされた水溝があり、このままでは進むことが出来ませんでした。
「この水溝の水って、深いのかな?」
フレディアが落ちていた棒切れを水の中に突っ込むと、「ジュン!」という音と共に、一瞬で棒切れが溶けてなくなりました。
「あわわ!これ水じゃないみたい!」
慌ててフレディアが飛び退きます。
「何かの強力な酸みたいね・・・」
「この液体を何とかしないと、先へは進めないわ!」
カーナの意見を聞き、フレディア達は周りに何か仕掛けがないか探してみましたが、それらしき物は見つかりませんでした。
「仕方ないわね、別の場所を探してみましょうよ」
そう言うカレンを先頭に、元来た大聖堂へ戻る事にしました。
大聖堂に戻った一行は、次は右側にある地下へ降りる階段を選びました。
長い階段を下りるにしたがって、暗闇が辺りを覆います。
階段を降り切った場所では、すでに真っ暗闇になってしまいました。
フレディア達はホタルンをかざして辺りを確認しました。
青白く照らされた先には長い回廊が続き、その先は少し開けているようですが、フレディアは念のため、盗賊の秘宝を使ってみました。
「ゲッ!なに、これ?」
フレディアがうんざりするような声を上げました。
長い回廊には無数の罠が仕掛けられ、あちこちで赤いプラズマがパチパチと発生していたのです。
落とし穴から、飛び出す槍、天井からの落石、毒ガスなど、実に多種多様の仕掛けが施されていました。
それらを一つ一つ解除しながら、先へ進むと、壁に悪魔の顔を模した三つの突起物が横一列に並んでいる、突き当りの場所に出ました。
「これって、何かのスイッチかしら?」
カーナがジ~ッとその突起物を観察しています。
「見ても分かんないなら、押してみればいいじゃん!」
「えっ?」
そう言うなり、カレンは一番左のスイッチを押しました。
ガコン!
「「きゃあ!!」」
フレディア達の立っていた床が抜けて、全員下へ落とされてしまいました。




