第四十八話 牛になった王妃様の治療(一)
ライブハウスを出たフレディアたちは、すぐにお城へ向かいました。
お城の入り口に並んでいた列は、もうありません。
急いで城内に入ると、前からブツブツと文句を言いながら出てくる男がいました。
髪の毛や髭はボサボサで、小汚い服装の太ったおじさんです。
フレディアは鼻をつまみながらおじさんに近づくと、結果を聞きました。
「おいさん、王妃様はおいさんの神通力でなほったの?」
フレディアの質問に、おじさんはプリプリと文句を言います。
「くそっ!せっかく王妃様を治してやろうと思ったのに!」
「大臣のヤツに『風呂に入ってから出直してこい!』と、追い出されてしまったわい!!」
「失礼な奴だ!たった1年間風呂に入っていないだけなのに!!」
そう言うと、体をポリポリ掻きながら帰って行きました。
二階にある玉座の間の前まで来た時、入り口で青い顔をしてしゃがみ込んでいる人がいました。
見ると、錫杖とほら貝を持ち、頭に頭巾を付けた修験者のおじさんでした。
フレディアはおじさんに声をかけました。
「おじさん、王妃様に薬は効いたの?」
「おっ、さ、先ほどのお嬢ちゃんか。実は・・・」
きゅるるるる~~~~。
「王妃様に薬を飲ませようとしたら、だ、だ、だ、大臣に毒見をしろと言われ・・・」
ぐるるる~~~~~~。
「マ、マンキンタンを5粒飲んだとたん・・・」
ぎゅるるるるる~~~~。
「はうっ!!」
きゅ~~~!ぐるる~~~~!
「うおっ!!べ、べ、べ、便所はどこだ!!この城には便所がないのか~~~~!!」
ドピユ~~~~~ン。
おじさんは尻を押さえながら、猛ダッシュで飛び出して行きました。
おじさんを見送ったフレディアは、玉座の間の入り口まで進むと、護衛の兵士に声をかけられました。
「王妃様の病を治しに来られた方々ですか?」
「はい!」
「では、どうぞ中へ!あなた達で最後です」
部屋の中は、床から三段階段を上った所に玉座が設えられ、王様がドッカと椅子に座っていました。その右隣には、牛にされた王妃様が椅子に座っています。
王様の左側の床には、黒髪でカイゼル髭のよく似合う恰幅の良い大臣が立っており、その横には金髪でガッシリした本部のギルドマスターのローゼスがいました。
部屋の周りには30人を超える衛兵がずらりと並んでいます。
そしていま、灰色のローブを着て手に羊飼いの杖を持ったお爺さんが、大臣から大声で怒鳴られていました。
「ばかもん!」
「お前はさっきから何をやっておるのだ!」
「い、いえ・・・。大天使がわしにこうしろと・・・」
「大天使が床に水をぶちまけろと言ったのか?」
「もうよい! 次!」
預言者のおじさんは、大臣に追い出されてしまいました。
次に王様の前に進んだのは、立派な法衣を身にまとった、聖職者と思われる老人でした。
「あっ、スットン教の教祖様だ!」
フレディアは神様がこの人にどんな力を授けたのか、興味深々で見ています。
教祖様は、王妃様にうやうやしくお辞儀をすると、複雑な印を結び、踊るように飛び跳ね始めました。
「チチン、プイ、プイ~~~~ッ!!悪いの、悪いの、飛んでけ~~~っ!!」
「か~~~~~っ!!」
「む、む、む、む・・・」
「とうりゃ~~~~っ!!」
教祖様はぴょんぴょんと、左右に飛び跳ねながら祈祷を続けます。
「チチン、プイ、プイ~~~~ッ!!悪いの、悪いの、飛んでけ~~~っ!!」
「か~~~~~っ!!」
「む、む、む、む・・・。こ、これは手ごわい・・・」
今度は3回ジャンプした後、左右に飛びはねました。
「チチン、プイ、プイ~~~~ッ!!悪いの、悪いの、飛んでけ~~~っ!!」
「か~~~~~っ!!」
「む、む、む、む・・・」
「あ~っ!!もうよい!もうよい!!」
見かねた大臣が、止めに入りました。
「はぁ、はぁ・・・。ぜ~~、ぜ~~・・・・」
「あ、あいや、しばらく!あともう少しで何とか・・・」
「ばかもん!!さっきから何度やっても同じではないか!!もうよい!さがれ!!」
「う~~~む。あと、もう少しでござったのに・・・」
「で、祈祷料の方は・・・」
「ばかもん!!このインチキ教祖め!!牢屋に放り込まれたくなければ、とっとと立ち去れ!!」
大臣に大声で怒鳴られた教祖様は、脱兎のごとく走り去りました。
「まったく、どいつも、こいつも!!」
「よし、次の者!」
呼ばれて前に出たのは、胸にAランクの金バッチを付けた、あの嫌なヤツでした。
ニヤニヤと、自信たっぷりに前へ進んで行きます。
その様子を見た大臣が、横にいるギルドマスターのローゼスに声をかけました。
「あやつ、自信たっぷりに出て来おったが、大丈夫だろうな?」
「もちろんです大臣。あいつは当ギルドのAランク冒険者ですからな!」
「そうか、なら良いが。これまでまともな奴が一人もおらんかったのでな・・・」
玉座の前まで進んだ男は、王様と王妃様に丁寧にあいさつをしました。
「王様、王妃様。初めてお目にかかります」
「私はギルド本部のAランク冒険者、ヌートリスと申します。以後お見知りおきを・・・」
「この度、私が王妃様にかけられた呪いを解くためにお持ちしたのは・・・」
「何と!あのカラカラ砂漠にある『ニコヤの遺跡』の、最も深い所にあると言われる究極の秘宝!」
「この魔法のトンカチでございます!」
そう言うとヌートリスは、トンカチを高らかに掲げ、みんなに自慢しています。
散々見せびらかした後、また悦に浸りながら、長々と話を始めました。
「ご周知の通り、ニコヤの遺跡は、前人未到の恐ろしいダンジョンです!」
「この偉業が達成できたのは、もちろんAランク冒険者の私だからこそです」
「いえ、たとえ他のAランク冒険者であっても、無理でしょう!」
「何しろ、かの地に住むカルカラッサの者たちもみな恐れ、誰も足を踏み入れようとしない遺跡を、私はたった一人で・・・」
・・・と、長々と自慢話を続けましたが・・・。
「あ~~~っ。口上は良いから、そろそろ始めたまえ」
あまりにしつこい前置きに、しびれを切らした大臣は、早くするよう催促しました。
「は、はぁ。それでは失礼して・・・」
そう言うとヌートリスは王妃様の前まで進むと、手に持った魔法のトンカチで王妃様の頭を叩きました。
ポカッ!
「・・・・・・・・」
しばらく様子を見ますが、何も起きません。
「あれ?おかしいな・・・」
ヌートリスは、今度はもう少し強めに叩いてみます。
ポカリ!
「・・・・・・・・」
やはり、なにも変化がありません。
「!!!」
焦ったヌートリスは、今度は強く叩きました。
ボカッ!!
「モ~~~ッ・・・・」
すると、今まで変化の無かった王妃様の頭に・・・。
ムクムクと大きなたんこぶが出来てしまいました。
それを見ていた大臣は、顔を真っ赤にして怒りを爆発させます。
「この大バカ者が~~~!!!」
「ひえ~~~っ!」
「ち、違うんです、これは何かの間違いなのです!」
「魔法のトンカチは、壊れた物や変化した物を元に戻す魔法の道具だと聞いて、私は危険を顧みず、王妃様のために命がけで遺跡へ潜ったのです!」
「つまり、私は自分の命をも王妃様のために捧げようと・・・」
今度は自分の失敗を情に訴えて、無かった事にしようと必死に言い訳を始めました。
それを見ていたフレディアは、とうとうキューピットの弓矢を取り出します。
「いや、もういいわ・・・」
そう言うとフレディアは、キューピットの弓矢で『懺悔の矢』を放ちました。
パシュッ!
キラリン!
ヌートリスに矢が命中した瞬間、淡い黄色い光が身体から溢れ出ました。
「はうっ!こ、これは・・・」
「ひえ~~~っ、申し訳ありません!私はウソをついていました」
「今までの話は全部ウソです!」
「このトンカチは、カルカラッサの行商が500ゴールドで売っていた物を、300ゴールドに値切って買った代物です!」
「な、なんだと~!!」
話を聞いたギルドマスターのローゼスは、顔を真っ赤にしてヌートリスの前まで行くと・・・。
「この痴れ者が!!貴様は永久に3ランク降格じゃ!!」
「とっととここから失せろ!!」
そう言って、彼の胸に輝いていた金バッチをはぎ取りました。
「ひえ~~~っ、ギルマス!どうかそれだけは~!」
ローゼスにしがみついて泣き叫びますが、大臣は即座に衛兵に命令します。
「この大バカ者をつまみ出せ!!」
泣き叫ぶヌートリスは、衛兵に引きずられて行きました。
「まったく、どいつも、こいつも・・・」
「ようやくこれで最後か」
そう言いながら振り返った大臣は、後ろに控えていたフレディアとカーナを見ました。
「むっ!?」
「おい!一般の者は入れてはならんと、言ってあっただろう!」
「どうして、子供が来ておるのだ!」
「は、はぁ。た、確かに・・・」
大臣に言われて衛兵が二人に近づきましたが・・・。
「あっ、大臣。この二人Bランクの冒険者ですよ!」
「なに?冒険者だと?しかもBランクの・・・」
そう言うと、大臣はギロリとギルドマスターのローゼスを睨みました。
睨まれたローゼスは、今度は青い顔をしてフレディの元へ行きます。
先ほどのヌートリスの件もあり、これ以上ギルドの失態を重ねる訳にはいきません。




