第三十四話 最果ての沼
妖精の里の西にある吊り橋を渡り、まる一日歩くと、どんどんと空気が重く感じるようになってきました。
道に咲いていた花もいつしか消え、いまは鬱蒼とした森が広がる寂しい風景に変っています。
やがてその木々の姿も無くなり、雑草が生い茂る殺風景な道をさらに先へ進むと、目の前の岩壁に、大きな口を開けた洞窟が現れました。
中からは湿気た空気と共に、かび臭いいやな匂いが漂ってきます。
「ここが最果ての洞窟かしら?」
フレディアがフラッシュの魔法で洞窟の中を照らすと、中にいた魔物が慌てて洞窟の奥へ逃げ込む姿が見えました。
「間違いなさそうだな」
ハンクはそう言うと、先頭を切って中へ入って行きます。
入り口から少し進むと、ハンクは歩みを止め、洞窟の天井を指さしました。
見るとホタルンの光に照らされた天井には、無数のレッドビトンとグリーンビトンが、まるでツララのようにぶら下がっています。
ビトンはスライムの一種ですが、Cランクに指定されている魔物で、レッドビトンは眠りのブレスを、グリーンビトンは毒のブレスを吐く厄介な魔物です。
特に高い天井から攻撃を仕掛けてくる魔物は、ハンクの様な剣士には厄介な魔物でした。
「うえっ、気持ち悪いわね!」
うじゃうじゃいる魔物に、フレディアが顔をしかめています。
「これは、あたしの風魔法ではちょっと無理ね。フレディアお願い!」
「ラジャー!」
そう言うと、フレディアは『アーク』の魔法を放ちました。
すると一瞬で、ビトンはかすかな光を放ちながら消滅して行きます。
「うおっ!何だこれは?!」
フレディアの放った攻撃魔法に、ハンクはビックリしています。
ここまでフレディアは攻撃魔法を使わず、弓矢だけで戦っていたため、ハンクはフレディアが攻撃魔法を持っていることを知らなかったのでした。
その他にも、最果ての洞窟には数々の魔物が生息していました。
Eランクの目玉コウモリは集団で襲ってきますが、カーナの放つ『突風』で木っ端微塵に。
Bランクの巨大なイモムシの魔物ワームは、特殊攻撃である『地震』をハンクの土属性の魔法で封じ込まれたうえ、ルナが使う『うたた寝の杖』で叩くと、ほぼ100%の確率で眠ってしまうので、成す術もなく倒されて行きました。
同じくヤドカリのように岩を背負っているBランクの岩虫でさえも、特殊攻撃の『石つぶて』もルナのガードの魔法で弾き返されたり、ハンクの土魔法に封じ込められたりで、まったく歯が立ちませんでした。
Bランク上位の魔物、ミニワイバーンも多数生息していましたが、炎のブレスはカーナの風魔法と、ルナのマジックバリアで防がれ、何も出来ないまま倒されてしまいます。
破竹の勢いで進むフレディアたちは、ようやく最果ての洞窟を通り抜けると、広大な湿原に出ました。ここが最果ての沼です。
フレディアたちは、膝上ぐらいの深さの冷たい水の中を進みますが、水草や浮き草が密集し、なかなか思うように進む事が出来ません。
またヨシやイグサが生い茂り、陸との区別がつかない湿原を進む一行に、妖魔の集団がひっきりなしに襲ってきます。
草の影からいきなり襲ってくるので、たまに攻撃を受ける事があり、ルナのガードの魔法は必須ですが、フレディアたちは、うるさいハエを追い払う程度にしか感じていません。
普通の冒険者なら、たとえAランクの冒険者でも、まず間違いなしに全滅することでしょう。
少し高くなった島のような陸地に上がり、辺りを見渡すと、前方に小さな建物が見えました。
「あれがバッカンの言っていた神殿なのかな?」
フレディアたちは用心深く近づいて行きました。
しかし近づくにつれ、それが神殿ではなく小さな祠である事が分かりました。
「あ、あの~」
祠の中に入ると、中に誰か居たので、フレディアは恐る恐る声を掛けました。
「よく最果ての沼まで参りましたね」
「わたくしはこの沼に住む、水の妖精セーラムです」
見ると全身が青く透き通った、美しい妖精が椅子に座っていました。
「まぁ、この魔物の住む沼にも妖精が住んでいたのね!」
カーナは驚いて声を掛けました。
「元々ここは美しい湿原で、美しい花が咲き乱れ、沢山の鳥や魚、妖精たちの住む楽園でした」
「ところが、いつからかヨルムンガンドという恐ろしい魔物が住み着き、美しかったこの湿原の水も汚れ、最果ての沼と呼ばれるようになったのです」
「そうだったのですか・・・」
「わたしたち、妖精の杖を手に入れるためにここまで来たんですけど・・・」
「もしかしたら、そのヨルムンガンドと戦う事になるかも知れません」
「まぁ!あの恐ろしい魔物と?!」
フレディアの言葉に、セーラムは驚きを隠せません。
「そうだ!だから、もしそいつの弱点とかを知っていたら、教えてくれないか?」
ハンクはヨルムンガンドと戦う事を前提に、セーラムに尋ねました。
「残念ですが、それは分りません」
「ですが、あなた方があの魔物と戦う意思をお持ちなら、わたくしの力を貸して差し上げましょう」
そう言うと、セーラムはフレディアたちをジッと見つめました。そして何かを感じ取った様子で、ルナに声を掛けます。
「そこの赤い髪の方・・・。どうぞ、こちらへ」
「・・・・・・・」
ルナは恐る恐る前へ進み出ました。
「水の精霊の力を、あなたに差し上げます」
「きっと、あなたの身を守ってくれる事でしょう」
そう言うと、淡いブルーの光がルナの身体に水のように流れ込んで行きました。
ルナは水の攻撃魔法、『水の精霊』を覚えました。
この魔法は水の精霊を召喚し、敵全体に水属性のダメージを与えます。魔力の高いルナが攻撃魔法を覚えた事で、フレディアたちの旅にきっと役立つ事でしょう。
「妖精の杖を納めてある神殿は、ここからすぐ東にあります」
「ヨルムンガンドは、その神殿のどこかに潜んでいます。どうか、気を付けてお行きください」
「「はい、ありがとうございます」」
「みなさんに水の精霊のご加護がありますように」




