第二十九話 ハンクとルナ
鉱山の入り口付近に、質素な小屋がポツンとありました。
雑草が生い茂り、どこまでが庭なのか分かりませんが、小屋の横には小さな池もあります。
見ると一人の女性が、小屋の前の雑草が刈られた狭い場所で、洗濯物を干していました。
「あっ!あそこで洗濯している女の子・・・」
「ハンクに誘拐された女の子かしら?」
二人の声に気付いた女性は、こちらを見ています。
年齢は18歳か19歳ぐらいで、背がすらりと高く、赤い髪に茶色の瞳の、端正な顔立ちの女性です。
「・・・・・・・・」
「あ、あの~~~っ!」
「!!!」
フレディアが声をかけると、女の子は急いで家の中に逃げ込んでしまいました。
「あぁ!ちょ、ちょっと・・・」
「家の中に入っちゃった!」
「きっと、誰とも口をきいちゃダメって脅されているんだわ!」
カーナが急いでフレディアに告げました。
「大変!早く助けてあげなくちゃ!!」
二人は小屋の扉を開けようとしましたが、中からカギが掛かっています。
「あっ!扉にカギがかかっている!」
「こら~~~っ!!ハンク、出てこ~~~い!!」
「ハンク!!女の子を開放しなさい!!」
「こら~~~っ!!早く出てこ~~~い!!」
ドン!ドン!
「ハンクのあほ~~~っ!!弱虫!出てこ~~~い!!」
ドン!ドン!ドン!
二人は村長の忠告も忘れ、もう好き勝手にわめいています。
「うるせ~~~~っ!!」
「なんだ、うるさいな~。せっかく気持ちよく昼寝をしていたのに・・・」
昼寝を邪魔されたハンクが、大きなあくびをしながら出てきました。
身長は2メートを超える大男で、鉱山の男らしくがっしりとした体格と、何より目を引くのは彼の顔でした。
銀色の混じった長く青い髪を後ろで束ね、金色の鋭い瞳は、睨むだけで人を射殺すほどの眼光を放っています。
頬には左右対称にトラの様な黒いラインが二本入り、口元からは鋭い犬歯が飛び出ていました。
「ちょ、ちょっと怖い顔をしているかも・・・」
カーナが少しビビりながらそう言いましたが、フレディアはハンクのネコの様な耳を見て、少し癒されているように感じます。
「こ、こ、こ、こらハンク!!女の子をこちらに返しなさい!!」
「早くしないと、痛い目にあうわよ!!」
カーナは、ちょっと腰が引けていますが、それでも頑張って言いました。
フレディアの後ろに隠れながらですが・・・。
(こ、この子、いつの間にわたしの後ろに立っているのよ・・・)
「お!なんだ、お前たちは?ここは子供の遊び場じゃないんだぞ。どこかよそへ行って遊んでくれないか?」
「し、失礼ね!あたしたちは子供じゃないわ!あたしたちは天使なんだからね!」
「言う事を聞かないと、神様から天罰が下されるわよ!!」
(だからカナちゃん、わたしの後ろから言うの、やめてくんないかな・・・)
フレディアを盾にして、カーナは頑張ります。
「・・・・・・・・」
二人の様子をハンクの後ろから見ている女の子は、何だか少し笑っているように見えます。
「て、天使?」
「ルナ、この子たちを知っているかい?」
ハンクは後ろに隠れている女の子に聞きました。どうやらこの女性の名はルナと言うみたいですね。
「・・・・・・・・」
「そうか、知らないのか」
「・・・・・・・・」
「あぁ、俺もそう思うよ」
「なんか様子が変ね。あの二人、なんだか仲が良さそうに見えるんだけど・・・」
不思議に思ったフレディアが、カーナに尋ねました。
「そ、そうね・・・」
「それにあの女の子、さっきからひと言も口をきかないけど、ハンクには言葉が分かるみたいね・・・」
そう思ったカーナが、勇気を出してハンクに言いました。
「あの~~~。ちょっとお話が・・・」
「なんだ?俺に用があるのか?」
狭い家の中で、フレディアたちはルナの入れてくれたお茶を飲みながら、これまでの話をハンクに聞かせました。
「なに!?妖精の杖?」
「うん!わたしたち、その杖が必要なんだけど、鉱山の坑道を通って妖精の森まで行けるのは、あなたしかいないって・・・」
「妖精の杖か・・・」
「ひょっとしたら、その杖を使えば、俺も人間の姿に戻れるかもしれないな」
「・・・・・・・」
ハンクがルナにそう言うと、ルナは嬉しそうに微笑んでいます。
「えっ!!あなた、人間だったの!?」
カーナが驚いて尋ねます。
「あたりまえだ!!」
「い、いや、たぶんだけどな・・・」
「じゃ、あなたもバズエルの力の杖で?」
「いや・・・」
「俺の場合は、その・・・。物心がついた頃からこの姿だが・・・」
フレディアの問いにハンクは力なく答えました。
「なんだ、バズエルの仕業じゃないのか・・・」
「力の杖で変えられたのなら、妖精の杖があれば元に戻せるのに・・・」
フレディアは残念そうにつぶやきました。
「けど、ボムじいちゃんは、俺のこと間違いなく人間だって言ったんだ!!」
「あなたを拾って、育ててくれた人ね?」
「ただ、ちょっと狼みたいな耳があって、それにシッポが生えているだけだって・・・」
ハンクはそう言うと、遠い昔の事を想い出して、窓の外に目をやりました。




