2.クリーチャー?
2.
男は樹里の心を読んだかのように、突然頭を下げた。
「ごめん。混乱させるつもりはなかったんだ。君の知っているSは女性だし、こんな男が突然Sだって現れても困るよね」
「何をいっているのか全然分からないんだけど」
樹里は男を見つめた。困ったという顔をしている。そこから何かを読みとることは出来なかった。
「そんなはずはない。思いだしているでしょ。君がVと呼ばれていた時のことをさ」
男は言った。
どうしてかは分からないが、この男は知っているのだ。わたしがVと呼ばれている夢を見ているのを。
それが分かって接触を図ってきている。
「君は引っかかっているはずだよ。どうして自分がVと呼ばれていたことを、この僕が知っているのかってね」
「何者なのよ、あなたは」
「言っただろ。Sだって。昔、仲間だった」
昔。私は過去の出来事を夢で見ているのか。
あのおかしな夢が、私の過去のことだというのか?
それはありえない。夢の中の人物は、今の私より年齢も上だし、顔も違う。
あんな事が現実にあるはずない。
「混乱しているのは分かるよ。だから、ちゃんと話しをする時間が欲しいんだ」
男は気の毒そうに言い、視線を巡らして一軒の店に目をとめた。あそこに入らないかということらしい。
樹里が答えないでいると、肯定と受けとったのか、何も言わずに店に向かった。
一瞬考えた。
このまま帰ることも出来る。でも、そうすれば男が何故、夢の中でVと呼ばれていることを知っているのかを、胸に抱えて帰ることになるのだ。
知りたい、と樹里は思った。
あの夢はなんなのか、どうして夢のことを知っているのか、この男なら答えをもっているかもしれない。
怪しければ逃げればいいし、人も多いから大丈夫だ。
なによりも興味がある。
危険なことはないだろう。樹里は自分に言い聞かせた。
男に続いて入った店は、どこにでもあるカフェのチェーン店だった。お互いに適当なものを頼んで席に着くと、男はどこかほっとしたように小さく息を吐いた。
男は、161cmの樹里よりほんの少しだけ背が高いだけだった。それに線が細いため、樹里とさほど変わらないように見える。二十代半ばぐらいだろうか。肌の色が白く、あまり外には出歩かないような感じに見えた。
「僕の名は、土田継尚」
男は自己紹介をした。樹里は黙って自分の手元を見つめていた。
「突然の事に驚いていると思うけど、時間をとってくれてありがとう。名前を聞いていいかな。別に僕はVと呼んでもいいんだけど」
「……樹里」
「ジュリね。僕のことは継尚でもSでもどっちでもいいよ」
ウエイトレスがやってきたので男が一時的に黙った。ウエイトレスが机の上にカップを置いて去っていくと、男が切り出した。
「どうやって話せばいいか、正直僕も困っているんだ。だからまず、僕の話を聞いて欲しい。どうして僕が君の事をVと呼んだか、どうして僕が君に声をかけたか。分からない事があれば、その都度、質問をしてくれて構わない。
だけど僕もすべてのことに答えられるとは限らない。それでも君よりは、不思議な記憶について詳しいつもりだし、わかりやすいと思う」
そういって男は同意を求めるように樹里を見た。
樹里は頷いた。
ココアをスプーンでかき混ぜながら、神経は男の方に向けていた。
何を言い出すのか興味があった。
男はコーヒーを一口啜って話し始めた。
「夢の中の世界で、僕たちはある組織に属していた。それは公には存在しないものだった。とても特殊だったし、世間に知られるとパニックになるような存在だったんだ。僕らは一般の人間が持ち得ない力を持っていたからね。
『アストラル』それが僕らの組織名だった。
その中で君はVと呼ばれる存在だった。僕はS。Sは女性だけどね。
そこでの僕らの仕事というか、任務というのはクリーチャーと呼ばれるものを見つけて、始末するという事をしていた。
クリーチャーっていうのは見た目は普通の人間と変わらない、だけど、とてつもない力を持った化け物なんだ。
それに対抗すべく、僕らの組織が作られたんだ。
君らは、とてつもない戦闘能力をもっていた。クリーチャーに匹敵、そして倒せるほどの力だ。
僕は君たちのような戦闘能力はなかったけど、変わりにクリーチャーの発する波動を感知する事が出来た。
僕がクリーチャーの存在を発見する。そして、君たちがクリーチャーを倒す。それが僕たちの役割だったんだ。
そうやって任務をこなしている時、ある事件が起きた。
組織一の力をもっていたUが殺されたんだ。通常二人一組で仕事をしていたのだが、どういうわけか彼はひとりで行動していた。
その時、運悪くクリーチャーに遭遇し、殺された。それが上層部が出した結論だった。
しかし彼ほどの力があれば逃げることも出来たはずなんだ。
そこで僕を含めた五人のメンバーが、その時なにがあったのか調べることになった。
調べていくうちに分かったのが、どうも今までのクリーチャーと違って、知恵を付けているということだった。以前のクリーチャーは闇雲に目標物を破壊をする化け物だったが、今度は僕たちと同じように考え、戦術を練ることが出来る存在になっていたって訳だ。
幾度の戦闘を重ねて、情報を集めて僕たちはクリーチャーの製造場所を突き止める事ができた。そして破壊した。
これで二度とクリーチャーは造られることはない。それで僕たちの戦いは終わった。
……はずだった。
でも、終わってなかったんだ。再びクリーチャーが現れた。
夢の中の世界でなく、この現実の世界でね……。
僕は最近この街でクリーチャーの波動を感じた。そして君の波動も。
クリーチャーが再び暴れ出す前に、どうにかしないと大変なことになる」
男は一気に話すと、乾いた喉を潤すようにコーヒーに口をつけた。
「よく分からないんだけど」
樹里は言った。
「僕にはクリーチャーと戦う力は無いんだ」
「私だとあると? あなたがいう、その化け物を倒す力が?」
男はうなずいた。冗談を言っている顔ではなかった。
「君がVであればクリーチャーを倒すことは出来る」
「あなたはさっきから過去形で喋っているけど、私はそんな化け物と戦ったことなんてないわ。頭、おかしいじゃないの」
「なんていったらいいかな。そう。いままで話したことは、まったく別の次元ですでに起こったことなんだと思う。それを夢という形で見て、感じているんだ。
夢でみる世界の事を僕は『L・D』と呼んでいるけど。どういうわけか僕らはその記憶を持っている。
そして能力も。なぜ能力もあると気がついたかというと、クリーチャーの波動をキャッチした。それに君を見つけることが出来た。これが紛れもない証拠だ。
すぐには信じられないかもしれない。しかし本当のことなんだ。力を貸して欲しい」
男はじっと樹里を見て答えを待っている。樹里はココアに口をつけた。
誇大妄想もいいところだ、と樹里は思った。ばかげてる。付き合ってられない。
「ココアごちそうさま」
そういって樹里は立ち上がった。男がすがるような目で樹里を見ていた。
「大変面白い話だったけど、私には力になれそうもないわ」
「ちょ、ちょっと、待って!」
「そういうことだから、他の人を当たってちょうだい」
樹里は男が何か言い出す前に、さよならと言って店を出た。足早に、人混みに紛れ込んだ。
ばかげてる。もう一度心の中でつぶやいた。
樹里はイライラしていた。そのイライラの原因は自分でも分かっていた。だけど考えるのが怖かった。
一度、そんなことを認めてしまえば、わたしは頭のおかしい人間になってしまう。
そんなことはあり得ないのだ。しかし男がいったことを、樹里は考えずにはいられなかった。
『アストラル』という組織、『S』という女性、『クリーチャー』の存在。
男が話した内容は、樹里が最近、いつものように夢をみていた世界と一致していた。
そして今朝見た夢も、また同じなのだ。
クリーチャーがこの現実の世界に存在する?
ありえない!