英雄記
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あの奇妙なお散歩から一ヶ月、カルセオラリアと騎士(殿下)が出会うことも巡り会うこともなく、カルセオラリアの中では最早過去の人となりつつある今日この頃。
カルセオラリアは今日も二人の教え子に勉強を教えていた。
「今日は"英雄記"について勉強してみましょうか」
「えーゆーき?? なぁに?」
「第一級史料の"英雄記"は子供向けに絵本にもなっているの。きっとランちゃんも読んだことあるわ」
「ん〜??」
そうヒントを言ってみるがピンときていない様子。
見かねた姉のリンが更にヒントを与える。
「英雄様だよ、ラン」
「あっ! えーゆーさま!! ランしってるよ! えーゆーさまがおひめさまをたすけるやつ!」
おへやにあるんだ、とウキウキした顔で教えてくれる。
この"英雄記"はルピナス王国では最も身近な英雄譚であり、王国の子供はこれを読み聞かせてもらって育つことが多い。
「キラキラなえーゆーがかよわいおひめさまをたすけてヤミをやっつけるの!」
「そうね、英雄さまはわたしたち国民を助けてくれたヒーローだわ」
「うん、ヒーロー!」
「ランや先生にとってのヒーローはいいんですが、絵本の話がなんの勉強になるんですか??」
リンは疑問点をそのまま口に出して質問する。
「これは先程も言ったとおり、"英雄記"を基にした絵本なのよ。リンさんは"英雄記"についてどのくらい知っているのかしら?」
「"英雄記"は今から約1000年前のできごとを碑文として残したもの、としか」
「ええ、それだけでも十分知っていると言えるわ。さすがね、リンさん」
"英雄記"は子供にとっても馴染みのある絵本として広く知られているが、その一方でそれが史実だと知る者は多くない。
カルセオラリアのように自ら本で学ぶか、リンのように誰かに教えを乞うたりしないかぎり知らないで終わるだろう。
「ええ! じゃあ、えーゆーさまってほんとうにいるの!?」
「1000年も前の人だよ、ラン。いたとしてももう生きてないよ」
「あ、そっかぁ。ざんねん、ランあいたかったなぁ」
「さすがに1000年も前の英雄様には会えないわ。1000年という時は人も国も大きく変えていくの。もし英雄様が1000年生きていたとしても同じ英雄様ではいられないでしょうねぇ」
「?? ランわからないよ、せんせぇむずかしい……」
「ふふ、ごめんなさい。わたしが"英雄記"の話をしたのはこの内容が当時の様子をよく文として残しているからなの。ほら、例えば」
カルセオラリアは予め用意しておいた大きな紙を机に広げる。
そこには"英雄記"の全文が一文一文の間隔をあけて書かれていた。
【世界の最果ての地より、邪悪な力を持つ者が現れた
それと同時に各地で魔が生まれた
彼の者は魔を従え、次々と村を襲った
人々のうち、抗う者も恐れる者も皆死んでいった
彼の者の力は世界を滅ぼす理の力 海は荒れ、大地は割れ、風が裂け、山々は轟いた
東の果ての地より、聖なる力を持つ者が現れた
それと同時に各地で立ち上がった者がいた
彼の者は仲間を連れ、魔を滅ぼした
人々は皆、彼の者を神の救いだと仰いだ
彼の者の力は世界を救う神の力 海を鎮め、大地を咲かせ、風を凪ぎ、山々を宥めた
聖なる者と邪悪なる者は世界の中心で衝突した
長き戦いの末に聖なる者は邪悪なる者を封じることで戦いは終結した
世界に再び平和が訪れた
彼の者は紅き女王に鍵を与えた 女王は鍵を未来永劫守り続けることを誓った
彼の者は人々の感謝を受けることなく去っていった
人々は彼の者を英雄と呼び、後世に語り継いだ
聖なる者の仲間はそれぞれに女王を守る矛や盾、知恵や目となった
英雄と呼ばれる彼の者との約束のために
"英雄記"ウェンデル・コレンティア】
カルセオラリアは読み聞かせするように読み上げてからペンを手に取る。
「この魔とは王国内に生息する魔物のこと。この文章全体で当時の王国の様子が記されているし、王国のある組織の元となったものも記されているわ。それが何かわかるかしら?」
リンとランの顔を交互に見て尋ねてみると、二人は同じ顔をして考え込んでしまった。
(ちょっと難しかったかしら。じゃあもう少しヒントを)
「この文に出てくる女王が誰なのかはわかる?」
「紅き女王……あっ、もしかしてアスカネイル王家ですか?」
「正解よ。そのアスカネイル王家に使える組織が何かはわかるかしら?」
「守護団と騎士団ですね! じゃあ、女王を守る矛や盾というのが騎士団と守護団のことですか」
「またまた大正解です」
「?? おねえちゃんとせんせぇ、なんのはなしかわかんないよ〜」
まだ幼いランは二人の会話についていけなかったため、しょんぼり肩を落としている。
「ごめんなさい、分かりやすくしてみるわね。そうね、ランちゃんはルピナス王国の王様やそのご家族はみんな髪の色が紅なのは知っている?」
「うん! とってもキレイなんだって。おきゃくさまがそめてるよりもずっとキレイなんだってきいたよ!」
商家は流行を常に掴んでおく必要があり、染め粉の販売は怠っていないし、それを求める若者たちが多く出入りするため商家の娘であるランも幼いながらに流行を知っていた。
そして本物の紅い髪がどれほど綺麗なのかも、目指すべき染め粉の色としてサンプルを見せてもらっている。
「そう、だから紅き女王はアスカネイル王家の女王様のことなの。その女王様たちに仕えているのが騎士様たちね。この中にはあと二つ、知恵と目もある組織を指しているの、わかるかしら?」
「そっか〜! うん、わかった!」
(紅い髪……そういえばあの公園にいた騎士様は今どうしてるかしら? あれから少しはちゃんと休んでるのかしら)
一応、お屋敷でのお掃除がある日はあの公園を通って池のほとりを確認しているのだが、あれから一度もあの騎士には出会っていない。
相当体調には気を使っている方だったから無茶して体を壊しているとかではないだろうし、仕事が忙しくて休んでいないのか、あの池のほとりを眺める以外の暇の潰し方を覚えたのかだろう。