腹ペコ貧乏男爵令嬢
「うぅ、お腹が減ったわ……」
盛大に鳴ったお腹の音にこのくらいの年齢の娘ならば恥じらいを感じるだろうが、もはや日常茶飯事となっていた彼女、カルセオラリアからしたら今更だった。
というか鳴らない日がないくらいだから、むしろ鳴らなかったら、あれ今日はなんだか良い日だわ? となるレベルである。
「今朝しっかりとパンを食べたばかりなのに、わたしのお腹ったらあのお茶会の美味しい美味しいスイーツの味が忘れられないのねぇ」
先日お邪魔させてもらって食べたスイーツは本当に、本当に美味しかった。
できることならまたお腹いっぱいに食べたい。
そして更にできることならお土産に持って帰って弟妹たちにもまた食べさせてあげたい。
あのお土産に持って帰ったスイーツを食べた弟妹たちは美味しすぎてその日は興奮して寝付くのに時間がかかったくらいだ。
あれ、でもこれカルセオラリアが大変だっただけだ。
でもまぁ、その時の弟妹たちの笑顔がとっても可愛かったから良しとしよう。
そしてまたその笑顔を見たい。
けれどもそうするには悲しきかな、お金がない。
「今日も今日とて家庭教師、お屋敷のお掃除、商家のお帳簿付け。これだけやっているのにお金が貯まらないのは我が家の不思議ねぇ。ふふ、でも働き口があるだけ幸せなものだわ」
朝から晩まで働き、帰ったらまだ小さい弟妹たちのお世話や病弱な母の看病に炊事洗濯掃除とやることだらけ。
父は健在だがお人好しすぎるのが高じて厄介事ばかりを押し付けられて借金を増やし、現在は借金返済のために漁船に乗っている。
一応、実家は男爵の爵位をもつ貴族なのだが、領地は食料を豊富に育てられる土地であっても遠く、現在は未婚の叔父さんが漁船に乗った当主の代わりに治めていてくれている。
農作物が豊富にとれても立地的に田舎すぎることと、戦時中であっても豊かな恵みをもつ王国は食糧危機には陥っていないし、そもそも土地が豊かな場所ばかりなので特別儲かることもなく、食料(野菜や穀物)だけは困らない貧乏貴族となっていた。
「でも、そうねぇ。飢えることもがないっていうのも幸せなことね」
食べることが何よりも幸せな自分からしたら、飢えて死ぬことが一番辛い死に方だと断言できる。
ナスタチウム帝国との戦争に赴いている騎士たちはもっと酷い死に方があるのだろうけど。
「王都にいる限りは大丈夫、とみんなが口を揃えて言うけれど」
戦争は国境付近で日々激化しているという話も聞く。
どっちが本当なのかカルセオラリアには分からなかった。
働き先の商家では様々な場所から人が集まるので、真偽の分からない情報もよく集まる。
王国にある北の海岸から帝国軍が攻めてきたとか、南の海岸から魔物と共に攻めてきたとか、はたまた今でも戦闘中とか。
「戦争は身近に感じたことはないけれど、誰かが必ず傷つくのだから早く終わってほしいものね……」
貧乏貴族といえども男爵の爵位を持つ貴族の端くれ。
戦争が激化したら将兵として招集がかかるし、万が一にでも敗戦国になり、帝国に乗っ取られれば一族郎党処刑も有り得る。
別に自分たちが戦いたくないから早く終わって欲しいのではないが、やっぱり一番に守りたいのは家族ということに変わりはない。
「騎士様のご家族にお会いすることがたまにあるけれど、同僚の方が戦死されたというお話を聞くそうだし」
カルセオラリアの身近に戦死者はいなくとも戦争があれば誰かの命が失われているのだ。
別にカルセオラリアは博愛主義者というわけではないが、それでも思うところくらいはある。
「どうして帝国はわたしたちの国へやって来ようとするのかしら」
敵国であるナスタチウム帝国は精霊が死に絶えた土地が多いために寒暖差が激しく、人々が住める土地は限られており、王国の豊潤な土地を求めて侵略を繰り返すということはよく聞く。
だが、本当にそれだけなのだろうか。
帝国はたしかに人が住める土地は少ないというけれど、それを科学という技術で補って人の住む土地を確保し、軍事力を増強している。
精霊に頼ることのない生き方をすでに確立しているのだ。
「科学という力をもって食べ物も住む土地も自分たちの力で確保できてるはずなのに、どうしてなのかしら」
カルセオラリアはこう見えても知識だけは人並み以上にある。
食べることが一番の幸せだけれど、実は図書館で本を読むのも大好きなのだ。
なにせ読書はお金のかからない娯楽といえるし、知識はお金には変えられないと知っているから。
お金を稼ぐのには使えるけど。