こんな宝石のようなスイーツ、見たことない
多くの精霊に恵まれ、自然豊かなルピナス王国。
この国は精霊に愛されている国とされ、大きな危機の際は自然災害により守られると信じられており、大精霊を信仰する大国である。
今、この国は小さな内乱が各地で起こっていて、少し不安定であった。
国王の政治に不満を溜めた反乱軍が動きを始めたので、国は騎士団を派遣して鎮圧しているのだ。
それを狙ってか、敵国ナスタチウム帝国が頻繁に侵略行為を仕掛けてきている。
つい先日も東の海溝で小競り合いがあった。
「……ふん。この状態の我が国を狙うとは、帝国も目ざとい奴だな」
王城のバルコニーの手すりに腰かけた青年がそう呟いた。
彼は一目で上質だとわかる絹地に金や宝石で装飾された煌びやかな衣服を身に纏っている。
だが、何よりも目を引くのは彼がルピナス王国のアスカネイル王朝特有の紅く艶やかな髪をもっていることだった。
この青年の名はアンゲロス・ファイ・カルセドニー・アスカネイル。
ルピナス王国の第一王子である。
彼は父王の後を継いで、この不安定な国を守らなくてはならなかった。
即位の日は近く、この状態なので引継ぎのために現在は忙しく駆け回っている。
「失礼いたします!! 北の海岸から帝国艦隊が確認されたとのこと。現在騎士団団隊長が戦線の指揮を執っている模様ですが、国王陛下からの言伝で至急アンゲロス殿下に向かってほしいとのことです」
突然、バルコニーの扉が勢いよく開け放たれて一人の守護団員が現れた。
団員はアンゲロスの数歩手前で跪き、陛下からの伝令を告げた。
団員の額には薄く汗がにじんでおり、団員が急いでこれを伝えに来たことがわかる。
「つい先日、東から侵攻したばかりだというのにまだ来るか帝国。国王陛下の要請に従い出陣する!」
アンゲロスはバルコニーを後にし、出立の準備のために私室へと向かう。
王城のバルコニーから私室の間には長い廊下がある。
その廊下の窓から色とりどりの薔薇の庭園が見えるが、あいにくアンゲロスは花を愛でる趣味はなかったため、一度もじっくりと眺めたことはない。
彼にとって美しい花とはそこにあるもので、じっくりと眺める対象ではなかった。
その庭園には上流貴族や王族の美しき女性たちがお茶会を催していた。
純白のレースにテーブルクロス。アンティークの茶器や輝く宝石のような茶菓子。
その様子はまるで天上のティータイムのようだった。
だが、その美しき庭園にも目を向けることなくアンゲロスは歩を進める。
廊下を通る際に、貴婦人たちから黄色い声があがるがそれさえも気に留めることはなかった。
見目麗しい殿下に対して頬を紅潮させて色めき立つ貴婦人たち。
そんな貴婦人たちの中で一人だけ、廊下を歩く殿下よりも別のことに興味を示していた女性がいた。
さらさらと肩から流れる長い金髪。少女のように大きい亜麻色の瞳は爛々と輝いている。
その視線の先に見目麗しい人物はおらず、かわりにキラキラと宝石のように輝く綿菓子が映されていた。
彼女の名はカルセオラリア、男爵家といってもとても貧乏な貴族の娘であった。
本来ならばこのような上級階級の茶会に出ることは叶わないが、今回は開催者が従姉妹であったので特別に出席することができたのだ。
「うふふ、どれもこれもキラキラしてとても綺麗だわ。そうだ、弟たちにも持って帰ってあげましょう」
カルセオラリアはこの場に来ることが叶わない弟たちのために持って帰る綿菓子を選別していた。
このように豪華な茶菓子などそうそう食べられまいとカルセオラリアは思ったのだ。
だが目の前の茶菓子に気を取られるあまり、背後から近づく影に気づくことができなかった。
「カールーセーオーラーリーアー??」
名を呼ばれると同時にカルセオラリアの肩に重みが加わった。
両の肩に乗せられたのは白く滑らかな肌の手。
よく手入れがされており、触るとすべすべしていてとても気持ちのいい肌だ。
その手の持ち主は金髪にエメラルド色の瞳の女性であり、彼女こそがこの茶会の主催者である従姉妹であった。
彼女は色めき立つ女性たちの輪から外れて目立っていたカルセオラリアに気づいたのだ。
「ひょわ!? び、びっくりした! ……持って行かせてアイリス、うちでお腹を空かせた弟たちが待ってるの!」
「……はぁ。持って帰ってもかまわないけれど、それを今やらなくてもいいでしょう? 殿下が通られたのよ? それなのに貴女っていう子は」
アイリスと呼ばれた女性はカルセオラリアに対して呆れたという視線を投げかける。
アンゲロス殿下は次期国王でありながらもいまだに浮ついた話が一つもあがっていない硬派な方だ。
もしかしたら殿下の目に留まり、王妃になれるかもしれないのに。
だというのに目の前のこの従姉妹は……まったくもって理解できない。
昔から食べることが好きな子だったのはわかっていたことだったが、それにしても変わっている。
「殿下が通られたといっても……、わたしにはそんなことよりもこっちの方が大事なんですもの」
「そんなこと、って。はぁ、本当に貴女って子は……。折角の美人なのに」
アイリスの言葉に反応することなく、カルセオラリアがテーブルの上の綿菓子を口に含んだ。
綿菓子を口に含んだ瞬間にふわっとした甘みが口の中に広がる。
ほどよい甘みに顔が自然とほころび、それにあわせられた甘さ控えめの紅茶を飲む。
至福の時とはこのことをいうのだろう。
殿下がさっさと通り過ぎたことで色めき立っていた女性たちは茶会を再開させたため、穏やかな空気に戻った。
一方で廊下を渡りきり、私室へとやってきたアンゲロスは内心苛立ちを感じていた。
彼は先ほどの女性たちに少なからず怒りを感じているのだ。
各地で小競り合いが起こっているが、王城では先ほどのような茶会が頻繁に行われる。
帝国という敵国が明日にでもこの国へ侵略してくるかもしれないというのに、まったくもって呑気なものである。
「帝国に侵略でもされたらこの国は悲惨な最期を遂げるのだぞ。理解できないな」
彼は気楽に生きている貴族の女性に嫌悪を抱いていた。
一部の国民が多くの涙や血を流しているのに、何故あのようなことができるのか。
彼は彼女らが理解できず、また理解しようとも思わない。
実はアンゲロス殿下に浮ついた話がないのはこの理由があったからだった。
だが、後継ぎを残すためにもいずれは探さなければならない。
そのいずれかを思うと頭が痛くなるが、今はそれよりも帝国の侵略を防がなければない。
現在は少ない戦力を団隊長が上手く采配をして、防いでいるらしいがそれも時間の問題だろう。
彼は頭を北の戦線へと切り替えた。
はじめましての方、こんにちはの方、読んでいただきありがとうございます!!
長編シリーズの息抜きにコメディっぽい恋愛を短編として書くつもりが文字数減らせなくて中編になりそうです。
そして私生活にて身内に体調不良者続出でやばいです、書く時間ない……。
とりあえず最初は連続投稿していきます。