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マナー違反! マナー違反!

作者: 雉白書屋

 とあるスタジオ。そこにつくられた居酒屋のようなセットの中で

タレント及びエキストラがワイワイガヤガヤと賑わいを見せる。

 それをそのセットの外の席から見つめる二人の女。

 そして司会者の男が息を吸い込んだ。



「はあぁぁぁい! 終了~! そこまでー!」


「はーい! ご苦労様でしたぁ! ありがとうございましたぁ! えへっ!」


「はい、さ、ということで売れっ子タレントのチルルちゃんが

『お酒の席のマナー』に挑戦してくれたわけなんですがぁ~どうでしょう!

お二方! プロのマナー講師のお二人の見解は!」


「えー、そうですねぇ……問題外! 

零点ですねぇ! もう見てて気分が悪くなりましたわ」


「あはは、まあ確かに至らない部分は見られましたね。

うーん、どこから指摘したものかといったところですね」


「おおっとお二人とも厳しい意見! まあ、仕方ないですかね!

僕から見てもでしたもん。いやー、チルルちゃんには難しかったんですかねぇ!

おっとチルルちゃん、泣き真似ですか、腹が立ちますねぇはははははは!

ぐわああ! ってチルルンビームじゃないよ! ははははは!

さ、では、最初からお願いしましょうかね、ええ。

えーと、まずは席の座り方ですかね。

座敷席、そこでチルルちゃんは奥の席に座りましたねぇ。

これはどうなんでしょう? まずは山下先生、お願いします」


「そうですねぇ最低ですね。まず席は目下の人は通路側に座るのが基本です。

何故かと言いますと、通路側は人の往来があり、落ち着かないですよね?

それに料理が運ばれてくるのでそれを受け取ることもあるでしょう。

まさか上司の方にそんな真似させてはいけませんわ。マナー違反です」


「なるほどー! では次に川上先生、どうぞ」


「ええ、私も同意見です。目上の方のために快適な空間を作るのが

部下の役目でありますからね」


「なぁーるほどねー! チルルちゃんよく聞いておくように!

わーじゃないよまったくぅ。さ、次はお酒の注文ですね。

チルルちゃんは頑張って人数分のお酒をメモして注文していましたねぇ。

僕なんて、ははは、とりあえずビール! なんて言っちゃいそうですが

先生方、これはどうでしょう?」


「ええ、あなたが正しいですわ。『最初の一杯はとりあえずビール』

これ、飲み会の基本ですからね。

お酒の注文をバラバラにしてしまうと運ばれてくる時間もバラバラに。

ビールの鮮度も落ちてしまいますからね。

待つ間も変な空気が流れますし、ビールはすぐきますから

ええ、まずはビールが基本です。マナー違反ですねぇ」


「古いなぁ」


「……はい?」


「あ、いえ。私も山下先生と同意見ですわ」


「そう……」


「はいはいでは! 次は乾杯の瞬間! チルルちゃんは、がはははは!

グラスを持った手を目一杯高く掲げてましたねぇ!

バイキングかよ! ってね! さ、これはどうでしょう、山下先生」


「はぁ、とため息が出てしまいますねぇ。

乾杯の時はグラスを両手で持ち、目上の人よりも下げる! これ、基本!

おまけにあの子はお酒も注文してないし、もぉー、本当に――」


「私は良いと思いましたけどねぇ」


「ん?」


「あ、いえ。大丈夫です」


「ん-、なにかしら? 言ってごらんなさいよ川上先生」


「ああ、では……私はああやって笑顔でグラスを掲げるのは

飲み会の楽しい空気作りに貢献していたと思います。

彼女、若いですし、明るい人柄も込みで適した行動だったかと」


「はぁ、はぁー、はぁぁぁあああ。ため息が出ちゃうわ。

若いからこそ、キチンとしたマナーが大切なんです!

まさか、あなた今日は無礼講とか真に受けるタイプ?

はははは! まさかねぇ!? 違うでしょ!? ね!?

いい? 飲み会も仕事の延長です!

そこでの美しい所作が会社での評価につながるんです!

ま、あなたも若いみたいだし、想像力に欠けるのも無理もないでしょうけど」


「山下先生は古いタイプの方ですもんねぇ」


「……はい? はぁぁぁぁああああい?

何!? ババアだって言うの!? 私の事を!? あなたねぇ――」


「いえいえそんな! 古くて時代に合っていないマナーを

重んじるタイプの方なんですもんねって意味です。

ババアだなんて、そんなそんな。

ええ、面と向かって人に言うのなんてマナー違反ですもの。

ご本人にご自覚があったからそう捉えてしまったんでしょうけど」


「ほぉぉぉおおおう! ま、ま、ま、まぁーいいでしょう!

それで!? あなたが言う、新しくて時代に合ったマナーを是非聞きたいわねぇ!」


「ええ、お酒の注文も中には飲めない人がいますし

個人個人、バラバラでもいいと思います。メモを取っていたのも好感が持てますし

何なら席だって上司の方の隣に率先して座りましたし、そう悪くはないかと」


「はぁぁぁぁ?」


「あ、あのお二方! さあ次の振り返りにね、移りましょうね!

えーっと次はですね! 食事が運ばれてきて、あ、そうそう

上司のグラスが空になってお酌するんでしたね! えーこれは山下先――」


「マナー違反ですねぇ! ビールはね、何の銘柄かわかるように

ラベルを上に向けるのが基本なんですよぉ!

それをあの子はもう、ホント駄目駄目ですねぇ! 若い子はもう駄目!」


「確かに、ラベルは上に向いていた方がいいといわれてますね。

ま、私はどっちでもいいと思いますけどね」


「どっちでもいいってなによ!?」


「そのままの意味ですけど。あと、若い子は駄目と一括りするのも

マナー違反だと思いますけどねー」


「ふぉおおおう! 言葉尻を捕らえて拡大解釈の拡散!

私はねぇ何も若い子すべてが駄目と言った訳じゃありませんからねぇ!

視聴者に向けて、私を悪者に先導しようとしてますね

はい、マナー違反! マイナスポイィィンツゥ!」


「私はそう感じましたけどね」


「ふぁあああお! あなたが!? 若いと言っても二十五歳でしょ?

あっはぁ! アラサーじゃない、アラサァァァァァー!」


「はい、マナー違反! 女性に対して歳のこと言うのはマナー違反です!」


「はい残念! これはあなたの勘違い、自分も若い子に含まれるという思い上がりを

指摘したものであって、マナー違反は適用されませーん!

そもそも私の事を古いタイプといったところから

あなたのマナー違反は始まっていましたぁ!」


「だからそれこそ勘違い。ああ、根に持ってたんですね。バ・バ・ア――」


「はぁぁぁぁい! またまたマナーいはぁぁぁん!

今はっきりと言いましたね! ババアと!

はぁぁぁぁん! マナー違反! マナー違反!

大体あなたね、お酒の注文の件も私に逆らってましたよね!?

まったくもう、そもそも私、この業界の先輩よ? もっと敬いなさいよ!」


「はい残念! 私は『ババアなんて思っていませんよ。大丈夫、お若いですよ』

と言おうとしたんです。それを先生がまあ、早とちりして私の話を遮って

あ! 話を遮るそれもマナー違反ですね。重ねてポイント減です!」


「な、あなたね――」


「はーい! まだ私の話は終わってませーん! 

先程『もっと敬いなさいよ!』と仰いましたね?

これも今の時代、はい、パワハラです!

あと、飲み会は仕事の延長なんて古臭い考えは時代に適していませんからね」


「はいはぁいはぁぁああい! あなたも今、私の話を遮ったのでマナー違反でええぇぇす!」


「はーい! まだ私のターンは終わっていなかったからそのマナー違反無効!」


「それ無効!」


「それが無効!」


「無効禁止! 大体ねぇ、あなた、楽屋挨拶だって来なかったでしょ!」


「はーい残念! お忙しいだろうと思って行かなかっただけでーす!

代わりにこっちが先にスタジオ入りして

先生が来た時に挨拶と深々とお辞儀しましたぁ!」


「いーえ! 挨拶に来るのがマナーです! 私、待ってましたあああぁぁぁ!」


「暇だったんですか? どうせドアのノックの回数にケチつける気だったんでしょう?

番組収録の前に私にマウントを取るために」


「うぐ、決めつけないでよ! マナー違反よ!

そもそもあなたねぇ! お偉いさんにだけ丁寧に挨拶して

他の下っ端スタッフには挨拶が雑だったでしょ!」


「むぐ、ぜ、全員に挨拶する時間がなかっただけです!」


「先にスタジオ入りした癖に? 椅子に座って暇そうにスマホ見てたでしょ」


「な、陰から様子を窺っていたんですか? 陰湿! マナー違反!」


「あなたもよ! マナー違反!」


「あ、あのお二方、その、その辺で……」


「なによ、大体、なに? あなた、マナー番組の司会者のくせにそのネクタイの柄。

マナー違反じゃない?」


「それにあなた、本番前に私にセクハラ発言してきましたよねぇ。

ま、山下先生にはしなかったでしょうけど」


「ほおおおおあああ!? どういう意味か知らねぇ」


「いや、あの、してませんしあの……」



 ヒートアップする二人のマナー講師。オタオタし、それを宥めんとする司会者。

そしてそれをセットの座敷の上で正座をしながら眺めるタレント。

 彼女はこう思った。


 マナー違反を指摘し、相手の気分を害するのもマナー違反だよなぁ、と。


 しかし、彼女はそれを決して口に出そうとしない。

 タレントとしての自分のキャラ。番組での役割を遵守していたためであった。

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