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異文化上官

 私と彼女はエレベーターの一室に閉じ込められてはや1時間が過ぎようとしていた。

彼女は私の上官だ。昔からの知り合いでもあるが、仲が良いというわけでは決してない、どうにも話が合わず気まずい雰囲気になる。髪型はボブの黒髪、隠密行動だというのに唇は真っ赤なリップ。

「どうにか仲間と連絡できればいいんだけど、連絡がつかない。ジャミングでもされているのかもしれない」

私が言うと彼女はとても真剣そうな顔をして言った。

「ずっと考えていたのだけれど…、私たち結婚しよう」

「はっ?」

私は彼女の顔を確認した。とても真剣な様子で私を見つめている。

「結婚すれば夫婦のように仲良くなれるわけだし、隠密行動もしやすくなると思うの」

私はあっけにとられてしばらく固まっていた。彼女の表情をみるに真剣そのもののようだ。

「いや…なんというか…、まずはこの状況から解決すべきでは?」

「急すぎた?」

彼女はそういいながら、ジャケットを脱ぎ、ブラウスのボタンを一つずつ外し始めた。

「ちょっと待て、なぜ脱いでいる」

「いや、急すぎたかなと思って」

「とにかく着てくれ」

 どうやら彼女はこの状況下でかなり錯乱しているようだった。停電していて室内は手持ちの小型照明だけなので閉塞感もある。頭がおかしくなっても無理はない。どうしたものかと思案していると急に照明が点灯した。どうやら通電したようだった。しばらくするとエレベーターは勝手に動き出し、近くの階まで下りてきて扉が開いた。私は周囲を警戒しながら降りた、特になにか特別な状況が持ち上がっているわけではないようだった。私たちはそれから一般客にまぎれてその場を後にした。

 結局のところ、彼女の部下によると大きな事件が持ち上がったわけではないらしかった。すくなくともそのような情報を現状掴んではいないということだった。


 私たちは情報を収集するため街に繰り出した。ついでにしばらく必要になる食事の買い出しをする。今回借りた賃貸物件のすぐ近くにあるスーパーマーケットで私たちはしばらく潜伏するための必需品を購入し、家に戻る。

 彼女はさっそくパソコンを取り出し、本部と連絡を取り合っていた。

「うまくいったぞ。助かった。次の作戦だが‥」

 私は彼女が本部と連絡を取り合っている間にその賃貸物件を入念にチェックした。逃走ルートの確認を行い、盗聴器などがしかけられていないかをチェックした、銃撃戦になったときにどのようなものが盾となりうるのかも十分に確認した。

「なに?これから話がしたい?だめだ、こちらは別の重要案件で取り込み中だ。日程を改めなさい、じゃあ切る」

 彼女は電話を切るなり、食材のはいった紙袋を手にキッチンへと向かった。

「別の案件って?」

私が聞いても彼女はとくに返事をしなかった。彼女の料理はなかなか前に進んでいかない様子だった。一緒に購入したらしい料理ブックを片手に悪戦苦闘していた。

「料理っていうのはなかなか難易度が高い。このマニュアル、肝心なことが全く乗っていないじゃない」

「はじめてつくるのか?」

私はそういって、手伝おうかと提案したが彼女は却下した。どうやら彼女は一人で作ることにとても拘りがあるようだった。そして、私が想定した通り今晩は出来合いのものを買ってきて食べることになった。

「ほら、これうまいんだ。買っといた」

私が取り出したのはいなごクッキーだった。彼女は露骨に嫌な顔をした。

「別に食べなくてもいいよ。うちの国ではみな普通に食べるぞ?」と私は言った。

それを聞くと彼女は意を決したようにいくつも食べ始めた。

「意外といけるかも…?」

それからしばらくしてから明日の任務についてブリーフィングが始まった。

「いよいよ、明日がラロフ王子の結婚式典だ。情報を何もつかめてはいないが、おそらく相手の国はなにかしかけてくる。心してかかれ」

「了解。ところで、式典ではやはりいなご箱が用意されるのだろうか」

「なんだそれは」

「いや、この国での風習なんだ」

「趣味の悪い儀式だな」


私は夢をみた。彼女の夢だ。

昔から少し変わった女の子だったことは覚えている。

7歳のころだっただろうか。彼女はよく私にまとわりついてきた。

そして変わったことを言って僕をからかったりした。

ただ、虫は苦手だったようだった。

そしてどういうわけか、そんな彼女に私は恋をした。

それから相手への好意を意味するイナゴ箱を作り、彼女に渡したのだ。

しかし、どうにもその後の事が思い出せないでいた。


結婚式当日。彼女は式典を邪魔しようとするものを排除するため準備を進めていた。どのような角度からであっても関係者に危害を加える者がいた場合にはすぐ対処ができるよう仲間が配置されているということだった。私と彼女は一般市民に紛れ込んで、何かあったときのために自由に対応できる部隊だった。

「手をつなぐべきではないか?」彼女は唐突に私に提案した。

「そんな必要がどこに?」

「一般市民のフリだろう。その方がより一般市民に溶け込みやすい」

私は反論するのも面倒なので、彼女と手をつなぐことにした。それから式典で王子が通る通路をゆっくりと歩いて点検することになった。

「ところで、なぜ結婚式典であんなひどい物が必要なんだ?」

「いなご箱のこと?あれは相手に好意を寄せた時に送るものなんだよ。この国の風習だよ?有名だ」

そういうと、ふぅんと言って彼女は無言になった。


結局式典では何も事件は起きなかった。信じられないほど平和に、なんの不審な点も発生したりはしなかった。

「なにも起きなかったのは幸いだが、一体どういうことなんだろう」

「たしかに不思議だな」彼女は気のない返事をした。

「なにかを企てるならおそらく今日がベストなタイミングだったはずだが。最初から何も思惑などなかったのか?」

「まぁとにかく、家に戻ろう」

彼女はあまり興味がないようだった。敵が姿もみせないことに拍子抜けしたのだろうと私は考えた。


それからどうにも腑に落ちない点が多いので、同僚に連絡をいれて確認した。

私は彼女を椅子に座らせた後、私は彼女の正面に座った。まるで、探偵が容疑者に対して行う取り調べのように。

「同僚に聞きました。私とあなたは二週間の長期休暇をとっていることになっているそうですね。どういうわけですかこれは」

「何のことを言っているんだ?」

「もしかしてとは思いますが、もともとこの作戦、あなたが独断で作り上げた架空の作戦なのでは?」

「そ、そんなわけないだろう」

図星なんだ、と私は思った。いつも精力的な様子なのでだまされそうになるが、彼女の本質は昔からなにも変わってはいない。嘘をつくのが絶望的に下手だ。

「いづれにしてもこの作戦は今日で終わりですね」

私が言うと彼女は困惑した表情をした。

「なぜ?」

「もう任務も達成したわけだし、これ以上続ける必要はないからな」

「ちょっと待て、勝手な任務放棄か?上官である私が許可していないぞ」

「いや、いきなり結婚生活なんていうのはおかしいです」

私はそういって彼女に突然キスをした。

「なっ……」

「いや、結婚生活のまえにもっとやることあるかなって」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「そういえばエレベーターに閉じ込められた時、ずっと考えていたって言っていたよな。それは閉じ込められている前から?」

「違う」

「作戦開始前から?」

「違う、7歳からだ、それと、……一つだけいいか?イナゴクッキーだけは食べられないから勘弁してもらえるか?」



おわり


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